9月18日(月)ブレイデイみかこ著「花の命はノーフューチャー」(ちくま文庫)

ブレイデイみかこは、英国のブライトンに英国人の夫と住む。夫はダンプの運転手たちの管理者。この本は、英国のワーキングクラスの人々の
生活をヴィヴィドに描いていて、英国が厳然たる階級社会だということを如実に感じさせる実にクールでシャープな文章で、ものすごいくらい面白い本だった。音楽、とくにセックスピストルズが好きで、そのうえとてつもない酒飲みだ。貧困の現実を”清く貧しく美しいなどと称する言葉に向かって”清く貧しく美しく、なんてふざけたことが、現実の世界に在り得ようか。清貧、などというのはあれは趣味だ。貧乏とは、足りないことで負けることで醜いことだ。自分から負けることを選んでいるような趣味の野郎どもに、勝ちたくても負け、必死に勝とうと努力するのにやはり負け、負けたくないのに負け続けている人間の気持ちがわかるか。ちっとも負けていないやつに限って敗北の神髄なんてものを語りたがる。そんなに好きなら貴様も降りてきやがれ。玄海灘の荒波の如くに気持ちが逆立って來たので、とっとと家に帰って今日はイヴニング酒でもかっくらってやろうと思う。どうせ負けるなら王道で、などと思ってみても気分は暴力性を帯びるばかりですから。”

・息子一家が来る。上の孫の誕生祝い。近所の斎藤肉店のサーロインステーキを焼く。この店の肉は絶品なのだ。

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# by engekibukuro | 2017-09-19 10:45 | Comments(0)  

9月17日(日)詩人 藤富保男さん死す

詩誌「gui」の詩人藤富保男さんが99歳で亡くなった。藤富さんはとてもユニークな詩を書いてきた詩人で、毎号の「gui」の届くのを楽しみにしていた詩人だった。アメリカの詩人 e e カミングスの詩集の名訳もある。短い詩を挙げておこう。「穴」という詩だ。
 「穴」
昼すぎ 枯木の根を一本抜く
夕方 虫歯も抜く
夜 名月を見ながら
鼻毛四本の次 短い五本目も抜く
深夜 錆びた太刀を
非常に非情に抜く
明け方 ゆっくり
誠実と嘘九百の舌を抜く

次の朝 もう抜くものはないか




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# by engekibukuro | 2017-09-18 09:42 | Comments(0)  

9月16日(土)M「川を渡る夏」オフイス3〇〇

作:渡辺えり子、演出:稲葉賀恵、すみだパークスタジオ

 ああ、懐かしい押入れだ。渡辺がたちあげた劇団3〇〇の初期の池袋のシアターグリーンで上演した舞台は、ピチピチした現代風の芝居が展開していて、突如舞台背面の押入れが開いて、そこから渡辺の故郷とおぼしき山形の村の風景が現出する・・。都会と田舎のそのコンストラストがとても鮮やかで、とても面白く、独創的だった。今回の舞台にもその押入れが背面にあったのだ。この芝居は、昨年イプセンの「野鴨」の演出をして、しっかりした舞台を創った文学座の稲葉賀恵が演出した。この作品は1986年に渡辺が演劇集団「円」に書き下ろした作品だ。
”17歳の時から10年もの間居眠り続けていた北林未知男は、ある日突然目を覚ました。27歳になった未知男は過去の記憶を取り戻すかのように通っていた高校へ向かうが、そこで未知男は死んだはずの伯父の小津達一郎と出会う。このキパーソンの伯父を若松武史が演じる。渡辺特有のイメージのエンドレスかと思われるほどの湧出を稲葉が、しっかり舞台に焼きつけユニークな芝居を創りあげた。
・おもろ、中川君、沢さん、久しぶりにそろったあ。

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# by engekibukuro | 2017-09-17 10:34 | Comments(0)  

9月15日(金)M「スマイル」オペラシアターこんにゃく座

作:鄭義信、作曲:萩京子、演出:立山ひろみ、俳優座劇場
鄭義信と萩京子とのコンビでのこんにゃく座でのオペラ作品は、1999年「ロはロボットのロ」、2002年「まげもん」、2009年「ネズミの涙」と3本あるが、この作品は、その前史1997年に名古屋のオペラグループうた座が初演した。作曲家萩京子と劇作家鄭義信のオペラ第一弾だった。今回萩の念願かなってのこんにゃく座での上演だ。”じぶんのことをいつか月に還るウサギだと思っている男コトバのぼたんは戦争に行った父の帰りを待ちながら母サヨコと二人で暮らしている。けんとはアメリカ人の父と日本人の母を持つ金髪の少年。いじめられるから学校ににも行かれない。”戦争の時代のぼたんとけんとの交流を描き、一方また別に漫才トリオ”サマーフラワーズ”は、今日も街から街へ、村から村へと笑いを運ぶ・・。ウサギの耳を付けたぼたんと金髪のけんとの交流のシーンと、漫才トリオのシーンが分離しているきわみはあるが、この漫才トリオのシーンは鄭義信(チョン・ウイシン)の持ち前の喜劇のセンスが横溢していて、この作家の幅の広さを改めて感じさせて、けんとの悲嘆、ぼたんの月への憧憬につける萩の音楽が初々しくて気持ちを揺さぶる舞台だった。

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# by engekibukuro | 2017-09-16 10:07 | Comments(0)  

9月14日(木)「オイデイプス」ソポクレス:河合祥一郎訳(光文社古典新訳文庫)

河合祥一郎先生から、新訳「オイデイプス」を寄贈していただいた。先生は東大の英文科のシェイクスピア学者だが、同時に読売演劇賞の審査員でもある演劇評論家でもあり、自分でも演出してシェイクスピアの芝居の上演をしている。次の公演は「お気に召すまま」だそうだ。そういう背景があるから、この「オイデイプス」の新訳は、とても簡潔でドラマテイックだ。オイデイプス王は父を殺し、母をめとり、子供をつくる。ラスト近くの義弟クレオンに対するオイデイプスと子どもたちへの台詞。オイデイプスは自分で目を潰している。
”そなたに祝福あれ!この計らいゆえ
そなたの運が私より遥かに恵まれますよう。
どこにいる、子供たち。さあ、おいで。
おまえたちの兄のこの手をとっておくれ。
かってははっきりと見えていたおまえたちの父の目を
潰してしまったこの手を。何も知らずに気づかづに、
私を生んだその腹から生まれたお前たちの
父となってしまったこの私の手を。ああ!”
(略)
”おまえたちの父は、その父を殺し、
母の子を生んだ。自分が生まれた
その腹から、お前たちを生んだのだ。
そう言ってお前たちはなじられよう。
誰がお前たちを娶ろうか。お前たちは、
夫もなく子もなく死んでいくのだ。”

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# by engekibukuro | 2017-09-15 10:29 | Comments(0)