1月26日(月)「KANO-1931海の向こうの甲子園」

 1931年日本の植民地下の台湾の嘉義農林校(KANO)の野球部が日本人監督近藤のもとに猛練習を重ねてついに甲子園まで進出する、決勝戦で惜しくも敗れるのだが・・・。「KANO」は日本人、台湾人、韓国人生徒のの混成チーム・・。その甲子園までの道筋と天候不順で水不足がたたり農業が難渋していた台湾に水利施設をつくり、今でも台湾の人々の敬愛され、感謝されている日本の土木技術八田興一の業績も描かれるマー・ジーミアン監督の3時間にわたる大作だ。
 KANOの野球は台湾でもレベルが低く低迷していたが、嘉義の会計事務所で働いていた当時の中等野球の名門校松山商業野球部出身の長瀬正敏が演じる近藤が見かねて監督になり、独特の猛練習でついにKANOを台湾のトップのチームに育てあげる・・。KANOの野球は泥くさいとほかのチームの監督に揶揄されていたが、この映画も思いついたことは何でも盛り込もうというテンコ盛りの泥くささと、日本人、台湾人の役者も概して素朴だが稚拙で、ひと昔前の日本映画の趣があり、また近藤監督も終始ぶっちょずらの一言居士で、指導の仕方がどろくさい・・。にも拘わらず、そんなうるさい話を歯牙にもかけない、この映画はいいたいこと、伝えたい気持ちが溢れ返っている・・。それはその頃の台湾、日本の時代の空気を映しだす臨場感に満ちているのだ・・.嘉農校は甲子園進出以来台湾こっての野球名門校になってその後も何回も甲子園に進出する・・。戦後、阪神(その頃は猛虎)タイガースのセンター呉選手は嘉農出身で殿堂入りした名選手で、子供のころわたしはファンで、当時から東京育ちなのにアンチ・ジャイアンツのタイガースファンだったから、2番センター(チームの打順をいまでもいえそう・・)の攻・守・走の三拍子そろった呉は素晴らしかった・・。そんな大昔を想いださせてくれた映画だった・・。
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by engekibukuro | 2015-01-27 10:32 | Comments(1)  

Commented by ハナコ at 2015-02-07 22:23 x
「KANO」、素晴らしい映画でしたね。
ところで本文中に、間違いがあるので・・・、

>韓国人
ではなく、原住民です。

ちなみに韓国、満州からもチームは出ていましたが、オールジャパンだったそうで。その地域での現地の人は、野球を理解するレベルに達していなかった、という説もあります。

台湾の原住民、特にアミ族は野球にたけていたそうで、嘉儀農林が甲子園に出場する以前の大正14年にアミ族のみのチームが来日、嘉儀農林と同じく、試合を見に行った日本人は、みな、能高団を応援したそうです。
のち、メンバーの何人かが平安商業にスカウトされています。

近藤監督も、台湾原住民が野球に向いているのを知っていて、スカウトしています。

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