4月26日(火)M「雲ヲ掴ム」作・演出:中津留章仁

青年劇場、紀伊国屋サザンシアター
 中津留はパンフレットに「凡庸さの中で研ぎ澄ます牙」という今回の作品について抱負を書いている。
「今回の戯曲は凡庸である。この文章からはじめたい 要するに新劇の歴史上よくある切り口の戯曲であるということだが、これを否定的に論じるつもりはない。元来私はTRASHMASTERSというカンパニーを主宰しており、そこでは革新性というのがひとつのテーマとなっている。自身のカンパニーでは凡庸であることをあまりよしとせずにやってきたが、一方で革新性は観客との共有を図る上では非常に厄介な代物であることは重々承知している」と・・。言葉が分かりにくいが、中津留の作劇態度が説明されていると思う。凡庸であるという今回の戯曲は、戦車の備品をつくる中小企業の工場の事務所を舞台にしている。中央の壁に神棚があり、下手の壁には日の丸が貼ってある。主題は、憲法九条をもつ日本が、武器を製造し、さらにその武器を輸出して、その武器が他国の民衆を殺しているという現実との矛盾だ。この工場には、戦車の備品にかかせない器具を正確に造る職人がいて、その職人の評価で、この工場はもっている。この会社の社長の長男は、小さい頃、人殺しの道具を作っている家の子だと、いじめられた。次男は家の仕事の矛盾に批判的だ。この工場はむろんヨツボシという大会社からの受注で作っている。いずれにしろ、日本のどこかの工場で作らざるをえないのが現実だ。この芝居では、名人といわれた職人が大怪我して受注がとまってしまうことが、山になっている。たしかにある意味、凡庸な主題かもしれないが、平和憲法をもつ国民は心にとどめておくべきことだ。ただ、ぶたいはともすれば紋切型の叫びあいになっていまい、それが主題の深みを削ぐようになってしまっているのが惜しまれる。楽しみは、中津留が今年の秋に新劇の牙城劇団民藝に書き下ろす新作fだ。そこでこそ凡庸と革新の問題が真に試されることだろう。
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by engekibukuro | 2016-04-27 09:43 | Comments(1)  

Commented by PineWood at 2016-05-02 09:30 x
凡庸な語り口が研ぎ澄ました非凡な牙と対峙する事の困難さが今回のお芝居にあったように見受けられた。寧ろ、恋愛劇を主題に構築し直して行くという本当の凡庸さこそが求められたのでは?生命掛けの恋愛劇を含む青年劇場の島を巡る前作(見すてられた島)の方が史実的にも興味深く見る事が出来た…。

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