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5月18日(木)戌井昭人l「ひっ」

 
 ひっ、ひっさんの本名はヒサシ、僕の伯父だ。中途半端な仕事でテキトーに生きてきたが、
”そんなある日、エロ雑誌を読んでいたら通信講座の広告を目にした。そこにあった「あなたも人気作曲家の仲間入り」という謳い文句に惹かれ、添えてあった葉書で申し込むと、うっすぺらな教則本とハーモニカが送られてきた。本来ならここで騙されたと思って止めてしまうものだが、ひっさんは薄っぺらな教則本で必死に勉強した。「ひでえもんだたけどよ、あの駄目な感じが、良かったのかもしれねえ。スカスカで薄っぺらで、だからおれの基礎はスカスカでペラペラだな」
 半年後には楽譜をよめるようになり、神保町の中古楽器屋で安物のギターを買い、カルチャーセンターのギター教室に通い始めた。その頃は、掃除用具の営業の仕事もまだ続けていたが、営業中もギターを持ち歩き、暇を見つけては公園などで練習していたので、一年後にはギターの腕も驚くほど上達して、作曲も出来るようになった。”
 そして幸運が重なって、作曲した曲が売れるようになって、売れっ子になってしまう。そのひっさんが、10年曲づくりを続けて、やめてしまう。そして三浦半島の先端の一軒家で悠々自適に暮らしていたが、亡くなった。
 この小説は甥の僕が、ひっさんの言い伝えで、家に残したモノを、庭で燃やすところから始まる。僕は大学を
出て、テキトーに生きてきたが、ひっさんに、ホントのテキトーさを教えられたのだ。ひっさんの半島での友達たち、海岸の洞窟でまっ裸で暮らす気球さんなど、いろいろな人に会い、ひっさんの思ひでを反復する・・。
ひっさんが、とても魅力的に描かれていて、それが戌井の真骨頂だ。

by engekibukuro | 2016-05-19 10:00 | Comments(0)  

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