8月31日(木)M「喝采」加藤健一事務所

作:クリフォード・オデッツ、訳:小田島恒志・小田島則子、演出:松本祐子、本多劇場
アメリカの演劇界の話。主役の俳優が、突然いなくなってしまって、プロデューサーや演出家は困り果て、代役として、かっての名優で今は酒浸りのフランクを選んだ。このフランクを加藤健一が演じる。今は妻のジョージー(竹下景子)の支えで生きているフランクはまずは酒を断ち、久しぶりの稽古に立ち向かうことになる。アメリカではニューヨークのブロードウエイでの本公演の前に試験的な公演を行う制度がある。その試験的な公演は、ボストンで行なわれた。フランクは久しぶりの舞台で、なかなかうまくいかず、つい隠れてアルコールに手を出してしまう。しかし、フランクの才能を認めて、復活を信じている演出家のバーニー(山路和弘)は、なんとかボストンの初日を開けた。新聞の劇評はかんばしくなく、プロデュサーのフイル(大和田伸也)は別の俳優を探し出すのだが、バーニーは断固フランクの続行をフィルに認めさせる。アメリカの演劇のジャンルにある、これはバックステージものである。休憩のあと、ブロードウエイの初日は観客の反応は拍手喝采の成功を収める。芝居の中心はフランクの復活に至るまでの、ジョージーとの軋轢、さらにフランクの復活にバーニーとジョージーは意見の食い違いから口論になって、それが嵩じておもわず二人が抱き合う展開になったり、アメリカのバックステージの微妙で複雑な世界が顕現する。加藤健一の芝居は出発点の一人芝居「審判」いらいほとんど観ているが、この芝居の受取り方はちょっと異質だった。それは、いまテネシー・ウイリアムズの晩年の悲惨さを書いているブルース・スミス「テネシー・ウイリアムズ最後のドラマ」を読んでいて、アメリカの演劇界の厳しさ、特に劇評家の絶大の権力を知ったからかもしれない。カトケン芝居が取り上げる芝居は、多種多様で明るい芝居も、暗い題材の芝居もあるが、さいごにはカトケンの個性のテイストで収まりがつき、安心感をもって見終わることができるのだが、この舞台は、そういう安心感がもてなかった。ボストンからニューヨークまでの間に、フランクが復活する経緯を描くのは難しいことはわかるが、フランクの鬱々たる印象の残像が残ってしまったのだ。これはカトケン芝居へのこちらの勝手な思い込みのせいでもあるだろうし、この芝居がアメリカの演劇界を厳しく描いた秀作だということを認めたうえでのことでもあるのだが・・・。

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by engekibukuro | 2017-09-01 10:27 | Comments(0)  

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