10月4日(水)

山田風太郎「半身棺桶」(ちくま文庫)を読む。これは山田の随筆集。おもに自分の身辺のことを書いてあるのだが、読書録でもある。なかで漱石のことで自分でも疑問に思っていたことを書いてあったのが嬉しかった。一つは「こゝろ」、この小説の先生は、仕事にもつかず毎日過ごしている。それだけ財産があるのだろうが、山田は「二十数年無為に過ごしてゆく、ということについて、漱石は何の疑問ももたずに書いたにちがいないし、当時の読者もそれを怪しむことはなかったに相違ない。しかし、現代のわれわれから見て、首をひねられずにいられない最大の点はこのことである。」と・・。それと未完の遺作「明暗」について、とくに女性の会話の見事さを挙げている。これは江藤淳の漱石論でも挙げていた。たとえば「よござんすか、あなた方二人は御自分達の事より外に何も考えていらっしゃらない事だけなんです。自分達さえ可ければ、いくら他(ひと)が困ろうが迷惑しようが、丸で余所を向いて取り合わずにいられる方だという丈なんです」、あるいは「誰だって左右よ。たとい今其人が幸福でないにした所で、其人の料簡一つで、未来は幸福になれるのよ。屹度なれるのよ。屹度なって見せるのよ」、山田は「日本の女言葉は、これほど自在であったあったか、と感嘆する」と書く、私も同感だ。
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by engekibukuro | 2017-10-05 10:02 | Comments(0)  

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