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「瀕死の王」9月29日Sあうるすぽっと

作:イオネスコ、演出・美術:佐藤信.先刻ブログを打ち終わる寸前に停電になり、画面が消えてしまった。で、打ち直すのがもうタイヘンなので要点だけ記すことにする。くわしくはシアターアーツの観劇日誌に書く。
・この芝居は王に扮した柄本明の演技の素晴らしさにつきる。・その演技につきそう形で佐藤が見晴らしのよいしっかりした舞台を創った。・脇では第一夫人を演じた佐藤オリエの貫禄が光った。・第二夫人の高田聖子は周りのベテランに気後れしていた。・この芝居が佐藤・柄本コンビの舞台の頂点的な成果であること。・またこのコンビの舞台、特にこの舞台で、このコンビの芝居が客の同調気構えを外してゆく、舞台との一体感が至上の観劇体験だという習わしを拒んでいること。それがいまの演劇状況、観劇様態への批判になっていること。以上。
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by engekibukuro | 2008-09-30 14:00 | Comments(1)  

9月27日M「近代能楽集」+9月28日M「ザ・ダイバー」

作:三島由紀夫「綾の鼓」(演出:前田司郎)「弱法師」(演出:深津篤史)新国立劇場。前田演出は彼の反面の資質である端正な舞台をつくった。深津は衣装や舞台面を異様にカラフルにしたスタイリッシュな演出。いずれにしてもこのテクストはあまりいじりようがないので特に突出した演出ではなかった。むしろパンフで二人ともいままで避けてきた新劇の古典を壊すにしろ、生かすにしろ「父」として正面から立ち向かうと語っているのが喜ばしい(今回のテクストは適例ではないが)。ソレを仕向けた芸術監督鵜山仁の功績だが、彼自身パンフで今回の芸術監督の騒ぎに関し、この軋轢をエネルギーの源泉にしたいと発言しているのも喜ばしい。いままでなかった遠山敦子理事長の”ごあいさつ”が掲載されているのも変化だろう。
「ザ・ダイバー」(作・演出:野田秀樹、共同脚本:コリン・テイーバン)シアタートラム。言葉は英語でスーパーがつく。能「海人」と源氏物語の桐壺、夕顔、葵上、六条御息所などの人物を主軸にして現代の子殺しを犯した女性に繋げる芝居。野田が演じる精神鑑定医が犯人の女性を鑑定する過程が一応のラインになっているが、話の進みより千変万化するイメージの連鎖が客を襲う舞台で、全体を捕まえるのがタイヘンだ。しかし、主軸になるキャサリン・ハンターの演技が客を支える。様々なキャラクターを演じても、一個の一貫した存在として舞台の主軸であり、身体のすばらしい柔軟性、声の多彩な変化で中世から現代までの女の命の力を存分に感じさせた。
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by engekibukuro | 2008-09-29 11:03 | Comments(0)  

「ベルナルダ・アリバの家」錬肉工房アトリエ公演9月21日M

テクスト:ガルシア・ロルカ・水原紫苑、構成・演出:岡本章、音楽:藤枝守。初演の横浜公演は故観世栄男がでて、8人編成だttが今回は岡本と黒テントの横田桂子と錬肉の女優3人。テクストも前回のものを解体して凝縮されたものになった。それは演劇としての結構を外すが、詞章が際立つ言葉の純化をもたらした。いわばロルカの作品を触媒にした岡本固有の表現術の洗い直しの試みだ。多様な場で活動をしている岡本だが、私には多少拡散ぎみに映っていたがこの舞台での表現の凝縮・深化を見て岡本の原点の独自性を確認できたのが喜ばしいことだった。おもえばこのアトリエの82年の杮落とし公演「水の鏡」をみて感動して、当時受け持っていた「噂の真相」に劇評を描いた。91年の能役者が出た「水の声」も良かった。どうも錬肉工房はアトリエ公演が一番だといいそうになるが、多様な活動の中でこのアトリエに戻ってきて原点を確かめる作業が更なる前進に必須のことだと思えた。錬肉の女優たちが岡本の表現の根幹を体得していた。横田も先導を果たしていたし、岡本扮する老女は言霊が震える現代能の立ち姿だった。・・・今週末まで更新なしホッ・・。
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by engekibukuro | 2008-09-22 17:14 | Comments(0)  

「続・河をわたる」菅間馬鈴薯堂王子小劇場9月20日M、

作・演出:菅間勇。この芝居は86年に大田省吾主宰転形劇場の本拠地だった氷川台のT2スタジオで初演されたものの続編。馬鈴薯堂の前身菅間主宰の劇団卍のころの芝居だ。菅間は早稲田小劇場出身でその頃の卍には前々回記した「本気でオンリーユー」に出た原金太郎や小田真、馬鈴薯堂の中心女優で菅間夫人の稲川実代子などが活躍していた。今回も稲川が芝居を仕切る。初作はそのころの菅間の作風である極めて観念的だが清新な舞台だった。今回はリアルで隅田川の勝鬨橋河畔のホームレスたちの掘っ立て小屋の集落の話。ホームレスには流浪型と固定型の二つの種類があるそうだ。ここは固定型の共同体で、暴力亭主から逃げてきた女とか、イイ家の子なのに自分を見つめたいために入り込んでdきた娘、昼間は外資系の大会社に勤めて夜はここで寝るサラリーマンとか様々な人間の一種の逃げ場、アジール人あっている。ここを仕切っているのは稲川扮するかっては旅役者だった小母ちゃん。カップ緬を外の人に売って御礼に集落総員で歌やどさ芝居を客に演じる。だが、住民の圧力で取り壊されることになった。最後の夜に隅田川を泳ぎ渡り、翌日から小母ちゃんの故郷天草へ歩いて帰る、長い旅にでる。菅間特有のペーソスが溢れた芝居で、最底辺のホームレスたちへの優しい眼差しが肌に感じられる舞台だった。、 
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by engekibukuro | 2008-09-21 10:36 | Comments(0)  

「偶然の音楽」9月18日M世田谷PT

原作:ポール・オースター、構成・台本・演出:白井晃。二村周作の美術とか、人物の榛地とか構えはなかなかいいし、主役の仲村トオルも頑張っているのだが、どうも物語が地に着かず、うまく入り込めないのが残念だ。
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by engekibukuro | 2008-09-19 06:50 | Comments(0)  

「ゆらゆら」ザ・ガジラ、ベニサンピット9月17日M

作・演出:鐘下辰男。来年閉館になるベニサンの特性をうまく使った快作だ。38歳のひここもり男がある一家を惨殺して、妊婦を殺し腹をさいて胎児をバラバラにする。この犯人の精神鑑定をうけもった医者と犯人の母親の犯人が生まれつきの異常者か後天的な育ちのせいかをめぐる葛藤、対立が芝居の軸。この母親を市原悦子、鑑定医を小林勝也が演じて見応えたっぷりの舞台であった。ほかの人物たちもユニークで、細部の芝居も豊かで、鐘下の芝居の幅が大きく広がり、成熟を感じさせた。いろいろ書きたいことはあるが、多岐にわたるのでこの芝居の核と思われたことを書める。この母親は自分の息子を徹底的に守り、遺族の悲しみなど歯牙にもかけずかえって事件で儲かったなどという女で、息子は病気だと主張、医者は後天的な育ちだと主張する。その医者は自分の母親にいじめられてそだった。望んだわけでもないのにたまたま生まれてしまった人間の実存と、人間の病理を探求する科学との非対称的な対立と並立を鐘下は結論やメッセージに回収されないダイナミズムで描き、市原の演技力を借りて人間の実存の絶対性を鮮やかに提示したといえる。
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by engekibukuro | 2008-09-18 09:59 | Comments(0)  

竹内まりやソングミュージカル「本気でオンリーユー」9:16M

原作:唯川恵、脚本:高須晶子、演出:大根仁。パルコ劇場。無知は恐ろしい。主役の女優が竹内だとばかり思い込んでいて幕間にパンフを見て、この女優は松浦亜弥だと分かった。竹内は音楽のみだった。この舞台に早稲田小劇場出身で小劇場を渡り歩いた原金太郎がおでん屋のおやじで出ていたので驚いた。彼とは昔よく芝居の話をしたものだ。休憩から席に戻ったら、隣にいた劇評家のS・Y氏、その隣のT・K氏は戻ってこなかった。しかし、このミュージカルで今時のOLたちの色恋沙汰の様相を学べたし、彼女たちの底なしの寂しさも感じられた。竹内ソングは彼女たちの気分に優しく寄り添っていた。それに主役二人のカップルが最初に出会った屋台のおでん屋で竹輪ぶと卵ばかり食べているのも気に入った。(私事にわたるがウチのかみさんがつくるおでんは主役は大根とこんにゃくの本格派で、竹輪ぶと卵は異端だといってだんこ排除する。私は残っただしに密かに竹輪ぶと卵を入れて翌朝一人で食べるのが習わしだ)。主役の松浦はチャーミングだったし、なによりマルシアの歌唱力が圧倒的だった。
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by engekibukuro | 2008-09-17 08:16 | Comments(0)  

オペラ「そしてみんなうそをついた」こんにゃく座9月15日M

俳優座劇場。副題ー芥川龍之介「藪の中」よりー。台本・作曲・芸術監督:林光、演出:大石哲史。歌役者(こんnyはく座では演者をこう呼ぶ)のトップの大石の初演出。この起用で歌役者の歌が精緻になった。ただでさえややこしい話をオペラにするのはタイヘンだが、色々工夫してやっているが、なかなかこなしきれない感じ・・。しかし、寺嶋陸也のピアノと各種楽器のバンドを背景にした音楽は申し分ないものだ。ただこの座特有の弾むような楽しさがやや欠ける。これは来年2月によていされているチョン・ウイシン作・演出、萩京子作曲の「縁の下の西遊記」を楽しみにしよう。
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by engekibukuro | 2008-09-16 09:43 | Comments(0)  

「葡萄」9月14日(日)MTHESHAMPOOHATスズナリ

作演出:赤堀雅秋。ちょっとしたはずみで人を殺して、15年刑務所にいた男が刑期を終えて故郷の村に帰ってきて、そこでコンビニ強盗をやってしまう。舞台は民宿をやっている旧友の家の居間。もう警察に目をつけられている男はここで民宿の従業員の女に出会う。この女は28なのにすっかり老けてみえ、太っていて容貌もいまいちで自身周囲のブス視を受け入れている。この女を池谷のぶえが演じる。この芝居はこの女と男の暗い交流を描く。男は人の話をきかず汚語を撒き散らす無神経の塊みたいな人間で観ていても不愉快千万だ。そのうえこの家の子供が部屋に閉じこもっていて3日も食事をせず母親や先生がおろおろしている。主人はそんな状況なのにもうヘラヘラしているだけの最低男。ろくでもない男と最悪の状況を見せるのだが、おそろしいほどリアリテイがある。しかしそのリアリテイはそこらへんの道端からそういう男を拾ってきて舞台にあげたようなもので演劇を通り越している。芝居の細部はきっちりしているが、舞台から汚染されたような気分で観終わる。しかし、しばらくたって触感が消えると、この周囲から100パーセント理解されない男と女の交流の必死の切実さが蘇ってきたのだ。男のきいた時には失笑した不器用な「愛」という言葉も真実なのだ。男は捕まるが、女は必死に呼びかけ多分「獄中結婚」するだろうな・・。この芝居でいままでよくわからなかった赤堀の芝居が、それに世間からかなり評価され、固定客もいる赤堀の芝居の一種の探究心の深さと才能を感じることができた。
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by engekibukuro | 2008-09-16 08:40 | Comments(0)  

[顔lを見ないと忘れる」9月13日M

作・演出:鈴江俊郎、演劇ユニット昼の月、仙川劇場。入獄した常習窃盗犯とスーパーで働く妻との刑務所の面会室での話し。子供ひとりいて、妻はスーパーで夫が刑務所だという理由でいじめられ、親切ごかしの課長に誘惑されかかっている。夫の盗癖は出てきてもおさまりそうもない。お先真っ暗の夫婦だが、鈴江は窮状の二人の面会風景をに実に、実に面白くみせる。二人はリコーダーを合奏したり、別の過去に場面を飛ばしたり、鈴江の才気の面目躍如だし、二口大学、押谷裕子の夫婦も鈴江才気に応えてモンクあっかという出来ばえで快作だとは思うが、どうも鈴江の才気が芝居の内実より先行していて受け取り方が落ち着かない。困ったことだがしかたがない。
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by engekibukuro | 2008-09-14 01:55 | Comments(0)