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広い世界のほとりに」10月30日M、TPTベニサンピット

作:サイモン・ステイーヴンス、演出:千葉哲也。英国の田舎のある家庭の祖父母、両親、二人の息子をめぐる亀裂、崩壊、再建をめぐるホームドラマ。この舞台の目を奪う特色は石原敬の舞台装置。ジャングルジムのような金属パイプで構成された構造物が舞台を覆い、左右、奥部も最大限に使って、その金属の空間で人物たちが縦横に動くときの反響する金属音が人物たちの内面のクレヴァスを暗示する。いわばこの劇場しか出来ない特色を創りあげた。D・ルヴォーの数々の名舞台を見せたこの劇場空間が取り壊されることへの残念さが募る舞台におのずとなった。この劇場の申し子といっていい千葉が愛惜をこめて、この人生の苦難に直面する普通の人々のドラマを真摯に演出し、出演もして胸を胸を打つ舞台であった。
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by engekibukuro | 2008-10-31 14:35 | Comments(0)  

素劇「あゝ東京行進曲」10月28日S劇団1980浅草木馬亭

作:藤田伝、演出:関矢幸雄。1993年初演で演出の関矢が読売演劇大賞優秀賞を受賞した作品。以後80のピカイチのレパートリーで何回も再演され、ブタジル公演では日系人が満場総立ちのスタンデイングオベレーションだったそうだ。それも頷けるのは、この芝居は昭和初年に「東京行進曲」という歌謡曲で大ヒットを飛ばした歌手・佐藤千夜子の生涯を描いたものだが、同時に昭和歌謡史になっていて、昭和のヒットした流行歌がほとんど舞台で歌われるからだ。望郷の思いが募るのだろう。この芝居での関矢の演出の特色は楽器伴奏はなしで、役者全員の”チャカチャンチャン・・・”の口三味線の伴奏音頭で歌がつずられことと、舞台が21個の積み木と細紐だけで様々な場面を見立てる何処でも上演できる簡素な道具立てだ。千夜子はそのまま歌謡曲を歌っていればトップスターの座は揺るがなかったのに、オペラ歌手を目指してイタリアに留学し帰国してから挫折する。自分の声の質を見間違えていたのだ。戦後は零落の一途をたどって窮死する。彼女の生涯をおいながらの入れ替わり立ち代り役者総員で歌われる舞台は見事で名作だ。何回も観ているが私の狙いは里村孝雄を観たいためで、里村は70年代に評判になった劇団「世仁下げの一座」のスターだった役者で、80に入ってからも芝居も上手いし、今回のような歌芝居でも古賀正男政男の「影を慕いて」を歌えば絶品だ。満足して帰路に着いた。
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by engekibukuro | 2008-10-29 13:52 | Comments(0)  

「孤独から一番遠い場所」10月27日Sステージ円

作:鄭義信、演出:森新太郎。円。円の女優朴王路美と森が鄭に戯曲を依頼して念願が叶った舞台だ。スタインベックの「二十日鼠と人間」がベースになっている芝居で、場所は吸収の片田舎の漁村と都会のサラリーマンのオフイス。その二つのが前景と後景として交錯する。時期も漁村の出来事は戦時中、サラリーマンのオフイスでの話しは平成制定直後。韓国人の流れ者二人が漁村に流れ着く。腹違いの兄弟で弟は頭が遅れている。これは「二十日鼠・・」と同じ。事件は大方原型のアダプトだが、その漁村が爆撃のため壊滅してたtった一人生き残った男が戦後のサラリーマンとして舞台に現れている。戦時中も戦後も時代に押しつぶされた無力な日本の民衆と祖国を喪った韓国人をウイシン特有の笑いをまじえて描いた悲哀感溢れた作品だ。戦時中にしてはちょっと無理な話のところもあるが、演出家、俳優の良い舞台にしようとする熱意が十分にカバーして、」孤独から一番遠い場所」という反語が十分生かされた舞台を創りあげた。円の俳優の演技水準の高さを示した部隊でもあった。
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by engekibukuro | 2008-10-28 12:55 | Comments(0)  

「ロッカバイ」10月26日M「ジャガーの眼★2008(」S

★「ロッカバイ」(作:ベケット、演出:川口智子、出演:山下順子)神楽坂セッション・・。佐藤信の劇団「鴎座」が始める「ベケット・カフェ」の第一弾公演。若い客が大勢詰め掛けていて、ベケットもマイナーではなくなったのだな・・。この芝居も翻訳した岡室美奈子がパンフで書いていたように「いたずらに難解でない」今の時代にあった訳を目指したそうで、舞台もひと時代前のベケット劇ではないなじみやすいものだった。ちょっと物足りない気はしたが、この芝居の「もうすべてがこれでおしまいか、いやもっとなにかあるのか・・」というどん詰まりの選択の自問自答は年寄りには身に沁みた。
★「ジャガーの眼★2008」(作・演出:唐十郎)唐組、雑司が谷・鬼子母神境内・紅テント。ここも状況劇最盛期を思い出すくらい超満員。役者に声がかかる大変な盛り上がり。芝居も寺山修司の大きなサンダルが目を奪う出だしから、複雑怪奇な筋、さまざまな仕掛け、絢爛たるセリフの洪水、また軽妙なミュージカル仕立てでもあり、役者もおもいきりノッテ、唐芝居のエッセンスを魅せた2008年版だった。唐さん娘の大鶴美仁音が凛々しい少年を演じていた。
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by engekibukuro | 2008-10-27 14:29 | Comments(0)  

「山の巨人」10月25日M新国立劇場 

作:ルイジ・ピランデルロ、翻訳:田之倉稔、演出:ジョルジュ・ラボーダン。「詩と現実」の境界を壮大な夢のスペクタクルとして見せた舞台。ただ、芝居のナラテイブな部分がちょっと不親切で分かりにくい。ある種の泰西名画のようななじみにくさ。しかし、そういう難点も平幹二郎の舞台を盛り上げる責務を果たす、主役の魔術師コトローネを演じた演技力と伯爵夫人を演じた麻実れいの舞台を圧する魅力が十分にカバーした。夢と現実の狭間の幽界にさらわれそうな瞬間はあった。
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by engekibukuro | 2008-10-26 08:44 | Comments(0)  

10月23日S「幸せ最高ありがとうマジで!」パルコ劇場

作・演出:本谷有希子。パルコで上演したこともあるのだろうが、かなりハードルを高めた芝居で、本谷は果敢に挑戦したが、ちょっと玉砕気味。しかし、この玉砕はハンパではなかった。さらなる転進を期待したい。
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by engekibukuro | 2008-10-24 10:37 | Comments(0)  

「デーモン」10月20日S、SPACE早稲田 

北京蝶々+流山児祥ワークショップ公演(作・演出:大塩哲史)マルチリンガルドラマプロジェクト。野田秀樹「赤鬼」と坂手洋二「南洋くじら部隊」をアレンジした日本語と英語が飛び交う芝居だ。日本軍から船で脱走した4人の脱走兵が南洋の孤島に流れ着く。巫女を崇める島民たちの言語は英語なのだ。英語が分からない脱走兵と島民のコミュニケーションギャップがドラマの芯だ。そこから理解不能の他者を「デーモン」にしてしまう心理と事態を描き、両者を追い詰める。そこらへんは「赤鬼」のトレース。英語と日本語でほとんど怒鳴りあう芝居だから、話の経緯はよくわからなかったが、流山児のコーチによって勢いが充満した舞台だった。この芝居は北京蝶々が12月にOFF OFFシアターで上演する予定の「日本語のなくなる日」の準備公演になるのだろう。f 
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by engekibukuro | 2008-10-21 11:40 | Comments(0)  

「桜の園」10月19日M地点吉祥寺シアター

作:チェーホフ、演出:三浦基。「三人姉妹」はスタイルとテクストが有効な統一を創造したが、この舞台はスタイルに統一感が薄弱で俳優も生彩を欠いていた。舞台一面に1円玉を敷き詰めてそれをロパーヒンが踏みつけて歩き回る。なりあがりブリを象徴しているらrしいが、ちょっと安易で悪趣味だ。チェーホフは自分のカラダにはまだ農奴の血が残っているといったがが、農奴の息子のロパーヒンはもっと複雑な人物ではないのか・・。色々な仕掛けがあるが、俳優の演技のスタイルが中途半端だからあまり生きていない。三浦の舞台は良し悪しが判然としてしまう。だから来年5月に東京にもってくるという「ワーニャ伯父さん」への期待がこの舞台で妨げられることは少しもない。
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by engekibukuro | 2008-10-20 14:14 | Comments(0)  

「THE TAP GUY」10月18日M博品館劇場

脚本・演出・振付・作詞:玉野和紀。アメリカのタップダンスのパイオニアである黒人ダンサー、ビル・ロビンソンの生涯を描いたミュージカル。玉野と小堺一機、HIDEBOHが主力メンバー。今週は重い芝居が重なったので週末のこの舞台でほっとして一息つけた。黒人差別と戦いながら超絶テクニックのタップを究め、ついにブロードウエイまで上り詰める。小堺がビル(愛称ボージャングルス)のマネージャー役でタップも踏むが軽妙なリリーフ、玉野、HIDEBOHが踊り巻くる。この二人のタップ合戦は圧巻だ。30年の大恐慌でビルも落ち目になって、悪癖だった酒、女、ギャンブルもやめられず若いダンサーに追い抜かれてゆき、さびしい晩年を迎える。ラストの昔つきあった女から言われる言葉が身に沁みた。「ビル、もうがんばらなくてもいいのよ、私ときままに暮らそうよ」・・オレももうそうむやみに頑張って芝居を観なくてもいいんだよな・・・。
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by engekibukuro | 2008-10-19 11:56 | Comments(0)  

「どんとゆけ」10月17日M「難民X」S

★「どんとゆけ」(作・演出:畑澤聖悟)渡辺善四郎商店、こまばアゴラ劇場。近未来には死刑制度が変わったらしい。死刑の執行は国家でなく、被害者が執行する。復讐の公認だ。執行は任意の場所で、この芝居では死刑囚の獄中妻の家で行われる。無論国家の刑務官の立会いのもとだ。この死刑囚は窃盗目的で侵入して一家の主と男の子二人を殺害した。死刑執行は被害者の妻と父親がこの家の2階で法で決まった作法により執行する。この家の居間に刑務官と縄でつながった死刑囚とご獄中妻、被害者の妻と父親が登場する。このハードルの高い設定を畑澤にリアリテイをもたせるために俳優の演技主体のトリビアリズムの集積の形で腐心する。これがおおむね成功している。つまりはこの芝居の世界を一応納得できるのだ。ただこの多作の劇作の妙手は奇想天外のアイデイアをリアルに見せる異能の人だが、結果的に死刑制度の賛否に一石を投じた芝居として有功にも見えるが、パンフでこの芝居を楽しんでくださいと書いているくらいなのだからあまり重く受け取るのは作者の本意ではなのかもしれない。だいたいタイトルが「どんとゆけ」なのがよくわからない。復讐への励ましなのか、こういうハードルの高い芝居を上演する自分への励ましなのか。しかし、芝居のあり方、創り方を考えさせる非常に刺激に満ちた舞台であったことは確かだ。
★「難民X](作:イシグロケイスケ、演出:寺十吾)tsumazuki no ishi、スズナリ。大地震のあとの被災者の後遺症を扱った芝居で、いつものイシグロのエキセントリシーとは違う、地味な芝居だ。問題に真摯に向かっているのはよく解かるのだが、被災後の日々がひどく退屈だという被災者の実感が、芝居の退屈さとパラレルになってしまったのが惜しまれる。

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by engekibukuro | 2008-10-19 08:28 | Comments(0)