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1月30日M「語り芝居の会:で・え・く」浅草木馬亭

なかなか舞台に出る機会がとれない文学座の俳優の有志(なにしろ役者が多すぎる)が立ち上げた会で、制作・演出は早坂直家。古典落語を芝居に仕立てるのが眼目で、今回は「粗忽長屋」「火焔太鼓」「明烏」「芝浜」というきわめつけの名作。客演に菅野菜保之、山本亘がでた。なかでは菅野が中心の「明烏」が面白かった。文学座勢では高瀬哲朗か達者で湧かせていた。実力がありながら舞台にでる機会が少ない役者たちが、こういう試みでしのいでゆく。大変だなあと思うし、まあお客さんが立ち見がでる盛況だったのがなによりだ。
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by engekibukuro | 2009-01-31 10:30 | Comments(0)  

1月29日S無機的INORGANIC(2)有機の彼方へ」解体社

構成・演出:清水信臣、カンバス。総タイトルの2回目の公演。今回はちょっとコンセプトが掴みずらく、判じ物めくが、世界から剥奪された身体、リアリテイに関与する能力と関心が奪われた身体、アトム化された人間たち、この舞台はそういう決定的にネガテイブな身体、有機的なものが奪いさられた身体を併置、接触させ、それを示したものだと思う。2月の最終部で全貌が顕かになるのだろう。このタイトルのキャッチコピー「ゾーエーこそが人間の思考を回復できるのだと思う」とあるが、無知をさらけだすが、ゾーエーという言葉がわからない。どなかたにご教示をお願いしたい。
★アレクサンドル・ソクーロフ監督「チェンチェンへの旅 アレクサンドラの旅」をユーロスペースで見た。チェンチェンの軍の駐屯地へ大尉の孫を訪ねてゆく80歳の老婆のはなしだ。ロシヤでは親族が訪ねてゆき数日間一緒に過ごすのはよくあることらしい。この祖母を演じるガリーナ・ヴィシネフスカが素晴らしい。彼女は世界的な名チェリストであるロストロボーヴィチの妻で彼女自身も世界なオペラ歌手だ。ロシヤの女の存在感か圧倒的だ。この映画は戦闘のシーンは映さない。が、駐屯地の戦闘準備やそこでの日常の映像かもたらす気配こそが、戦争の過酷さがすみずみまでゆきわたって感じられた。祖母のチェンチェンの女たちとの交流が男たちの戦争の身勝手さを静謐に告発していた。
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by engekibukuro | 2009-01-30 10:49 | Comments(0)  

1月27日M「天(アマ)の空一つに見える」春風舎

作・演出:高山さなえ、高山植物園。高山の芝居は自分の故郷の松本近辺の語尾にズラがつく方言を使う。たいがいはその土地の若い主婦たちの暮らしをあけっぴろげに描いて、生々しい生活の臭いが伝わってくる。今回は女相撲のサークルの話だ。毎週一回稽古をしてちゃんこを食べる。男は親方一人だ。芝居はその親方の番付では大関だった妻が死んだことが主要な展開の素になっている。親方は稽古に出てきて妻の面影が自分を打ちのめすので、親方を辞めるという。女たちそれぞれが死者への思いがあって、その思いが加熱してくる。ただ舞台では肝腎のその死者のイメージが具体的に伝わってこないので、その加熱が思い込みで空転してしまう。女相撲のパフォーマンスとか、ズラことばでの会話は面白いのだが、作者の独り相撲になってしまった感を残した。、
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by engekibukuro | 2009-01-29 08:54 | Comments(0)  

1月25日M★「霞晴れたら」S★★「タイタニック」

★作:ふたくちつよし、演出:中島裕一郎、劇団民芸、サザンシアター。舞台は女性だけの4人
部屋の病室。この部屋の窓から隣接する火葬場の煙が見える。年齢は高齢二人、中年と若い女性が一人づつ。芝居はこの女性たちの夫婦間の不和、嫁姑の軋轢、親子の間の亀裂などがそれぞれの面会者を交えて展開される。すべてよくある陳腐といってもいい話なのだが、身近な話なのは確かで、身につまされる客も多いだろう。演劇的にはスケッチの域を超えてはいないのだが、知らない同士の会話だけに話がよく見えて、いわばその陳腐さの再発見というか,我々はそういう凡庸さには抗えない、誰にしても耐えなければならないことがあるのだとこの病室での出来事で納得するのだ。ふたくちの人物や会話を描き分けるタッチが丹念で優しい。それぞれのトラブルも最後にはなんとか修復される。いまのお先真っ暗な暮らしでは、この程度の結末でもほっとする気になるのは確か。ラストで老女が火葬場の煙を感慨深げに眺めるシーンが印象的だった。この芝居が終わったのが4時25分。あわてて5時開演の東京国際フォーラムホールへ駆けつける。★★ミュージカル「タイタニック」(脚本:P・sトーン、作曲:M・イエストン、演出:グレン・ウオルフォード)。まあ立派なミュージカルではある。キャスト全員持ち場をきちんと最大限に演じ、歌い、演出も整然としている。一等、二等、三等の船客の階級差かもたらすドラマ、人物像もよく描かれている。しかし、映画と違って氷山も浸水もボートでの脱出も沈没もそういう未曾有の遭難によるパニックには接せない。演出も映像を使ったりしないで、あくまで船内の人間ドラマとして終始させ、いわば立派な平板さを押し通す。しかし、この豪華船の遭難は人間の傲慢さへの自然の懲罰だというメセージはきちんと届いた。俳優では威張り腐った船主を演じた大澄賢也と忠実なボーイ頭の藤木孝が演技、歌唱とも際立っていた。
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by engekibukuro | 2009-01-26 14:31 | Comments(0)  

1月24日Mミュージカル「フィレモン」あうるすぽっと

台本・詞:トム・ジョーンズ、演出・翻訳・訳詞:勝田安彦。時代は紀元前、ローマ帝国の属領である小アジアの地域。時はローマがキリスト教徒を弾圧している真っ最中。この土地へギリシャから旅芸人の道化役者が流れ着いた。旅先ごとに女を騙すろくでもない芸人だ。この芸人コキアンが博打で捕まり投獄される。それをローマの総督が利用して、キリスト教の地下運動のリーダーを探しだすスパイに仕立てる。結局、この芸人が弾圧のあまりのひどさを目の当たりにして、回心してキリスト教徒になり、処刑される。このローマの総督はナチスの軍服を着ている。この話をナチスのユダヤ人虐殺と重ねあわせているのだ。この舞台を観てヴィトリオ・デ・シーカの映画「ロベレ将軍」を思い出した。この映画ではデ・シーカ自身が演じた詐欺師が投獄されてレジスタンスのリーダーと同房になる。この詐欺師がリーダーの身代わりにならざるを得なくなって自分も遂には引き受ける話。この映画を丸山真男が「前衛が消えると人民の後衛がせりあ
がってくる」と詐欺師の回心を絶賛した。この舞台はコシアンを演じた立川三貴が歌も上手いし、演技もしっかりしていたが、舞台全体はテーマに肉薄するには一息足りない印象を消せな
かった。
★朝日新聞の山本健一の「冬物語」の劇評に感心した。とくに最後の文章「時間が華やかに凍結された、一瞬の中の永遠相だ」。たしかにこの芝居は舞台がシチリアからボヘミヤに移る16年の舞台に出ない歳月の空白のリアリテイが人を打つのだから・・・。
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by engekibukuro | 2009-01-25 11:35 | Comments(0)  

1月22日S「竹田恵子コンサート」東京文化会館小ホール

「光さんに」”喜寿の森で、あるいは賢治さんの波打ちぎわ”。林光77歳、このコンサートは竹田の「こんにゃく座」の盟友でもあった(いま竹田は退団した)林光への喜寿のお祝いのコンサート。無論全曲林の作曲作品。77歳か、オレは林光がまだ20そこそこのときの、俳優座の千田是也演出小沢栄太郎のマッキー、市原悦子のポリーの「三文オペラ」の舞台にしつらえた小屋のなかでブレヒトソングの伴奏のピアノを弾いていた若き姿を思い出した。たしかカンカン帽をかぶっていたな。いろんな目玉があって、林のピアニカの伴奏で竹田が歌い、志村泉の伴奏で「二月」という曲を林自身が歌った。トシの衰えを全く感じさせない美声の素晴らしい歌で、先日の文学座の「新モリヤビル完成」の記者会見での92歳の戌井市郎さんの立派な挨拶とともに前期高齢者の励みになるものだった。舞台にバースデイケーキが運ばれた。ろうそくは17本。これは林が60歳のとき、「僕は60歳は人生の折り返し点だと思っている。61歳が1才だ」というわけで77歳のろうそくは17本。二息で吹き消した。そして林のピアノで聴衆全員が林が歌った「二月」を合唱して休憩に入る。しかし、オレは9時から会議があって残念だが会場から出ざるをえない。なんでこんな日のこんな時間にと・・愚痴ざるを得ない。
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by engekibukuro | 2009-01-23 19:27 | Comments(0)  

1月21日S「伝記」(作・演出:松井周)サンプル、アゴラ

作風ががらっと変っているのに驚いた。松井の芝居の、あのエグイ風味のカタヨリの芝居がかなりマトモな路線に振り変っていた。ただこの芝居は死んだ父親の「伝記」をまとめて書くことを巡っての話だが、色んな要素が拡散してしまって、核が浮かばない舞台になってしまっていた。
いままでの松井の特異な発想による劇が、一つの濃厚なイメージを残す忘れがたいものだっただけに物足りなかった舞台だった。
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by engekibukuro | 2009-01-22 09:32 | Comments(0)  

1月19日M「かもめが来るころー松下竜一と洋子」

作・演出:ふたくちつよし、トムプロジェクト、ベニサンピット。ベニサン最後の上演だ。竜一が高橋長英、洋子が斉藤とも子。松下竜一が書いた「豆腐屋の四季」は最初自費出版だったが講談社の目に留まり、出版されてベストセラーになり、緒方拳主演でテレビドラマ化された。その結果、地元大分の中津市では名士になった。その中津が面する周防灘の海を埋め立て開発する計画が周防灘隣接県で企画され、ソレに伴って豊前市に火力発電所建設計画が立てられる。夫婦が愛した美しい海が汚され、発電所の煙で空気が汚染されるのに憤激して反対運動を立ち上げ、裁判も起こす。結局、賛同者は電力会社に切り崩され、裁判も最高裁までいったが、棄却されてしまう。その顛末が夫婦二人の暮らしをとおして語られる。ただ、二人の物語とスクリーンに映される竜一の短歌だけでは、この顛末のリアリテイは伝わりにくい。しかし、開発されて汚染された環境での物質的に豊かになる生活と、美しい自然と共生して暮らす生活とどちらが幸せなのかという問いは確かに受け止められた。
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by engekibukuro | 2009-01-20 11:29 | Comments(0)  

1月15日S「冬物語」さいたま藝術劇場

作:シェイクスピア、訳:松岡和子、演出:蜷川幸雄。幼い頃から無二の親友だったシチリア王レオンテイーズとボヘミア王ポリクシニーズ。そのシチリア王の王宮にボヘミア王が長逗留していて、いよいよ明日にも帰ることになったとき、シチリア王は滞在を延ばすように懇願するが、聞き入れないので、妻のハーマイオネが代って頼む。ボヘミア王はそれで翻意するが、その説得の仕方がシチリア王の目にあまりに親密に見え、突如嫉妬に狂いだす。王妃を牢に閉じ込める。ボヘミア王は危険を感じて逃げる。、ちょうど王妃は臨月で娘を産むが、その娘がボヘミア王の子だと邪推して山奥に捨てさせる。あげくは裁判をして王妃を死刑にせんとするが、小さな王子は心痛のあまり急死、それを知って王妃も急死・・。アポロンの信託で全て王の邪推だと判断されるが、全てあとのまつり、王は孤独な贖罪の年月をおくることになる。王は唐沢寿明、王妃は田中裕子。話はボヘミアに移り、ボヘミアの王子と拾われた捨て子の娘の艱難辛苦の物語が広がり、貴族から羊飼い泥棒まで色んな人物が出没するが、最後には万事解決、王妃まで生き返りメデタシ々で終わる。筋も乱暴、ご都合主義で一杯の芝居だが、蜷川はそれを逆用してテンポよく面白い芝居に仕立て上げた。一種の高級大衆劇で客は大喜びでスタンデイングオベレーションがひきもきらづ。いまの幸福から見放された時代にはこういう大掛かりのハッピーエンドの芝居がせめてもの幸せのときを過ごさせるのだろう。
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by engekibukuro | 2009-01-16 15:48 | Comments(0)  

1月13日M★「夜叉ケ池」★★「パイパー」

★原作:泉鏡花、構成・演出:加納幸和、花組芝居、青山円形劇場。客を舞台に乗せたり賑やかだが、結局、最後までノレなかった。
★★作・演出:野田秀樹、シアターコクーン、野田地図。立ち見が目立つ大盛況。宮沢りえと松たか子が競演する豪華版。火星に移住した地球人の一代記。それぞれの時代のトピックを現出させるスペクタクルは見事なのだが、どうも芝居全体は隔靴掻痒で面白さが掴みきれなかった。イチローでも三振するときがあるんだから、毎回傑作というわけにもゆくまい。それに役者としての野田は奇妙な統率者を演じて異彩をはなち、舞台をリードしてゆくサマは見事なんだから。パンフのサッカーの岡田武志監督と野田の対談が面白い。岡田が演劇好きだとは知らなかった。野田の舞台も観ているし、ヨーロッパに行くときは必ずロンドンを経由してロンドンの劇場へ足を運ぶそうだ。「キャッツ」も「ミスサイゴン」も向こうで観て、海外で観るほうが感動しますねと語っていた。
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by engekibukuro | 2009-01-15 14:24 | Comments(0)