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2月27日S「オセロ」東京藝術劇場F/T

作:シェイクスピア、原案:宮城聡、謡曲台本:平川裕弘、演出:李潤澤(イ・ユンテク)。主演:美加理。俳優陣はク・ナウカと韓国コリべ。韓国のシャーマニズムの祭祀「招魂クッ」にまつわる芸能と日本の複式夢幻能とのコラボレーション。舞台一杯に装飾幕が幾重にも垂れ下がり、音楽、舞と華美だが、「オセロ」の物語性は一寸弱い。まあ、F/T開催当初の祝祭劇として楽しめばよいのだろう。美加理が相変わらず美しい。
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by engekibukuro | 2009-02-28 10:33 | Comments(0)  

2月26日M★「トワイライツ」S★★「カール・マルクス:資本論」

第一巻」。★作・演出:蓬莱竜太、モダンスイマーズ、吉祥寺シアター。ロビーには生花が一杯。岸田賞も受賞したし、蓬莱の評価・人気の高さをまざまざと感じさせた。ただ、舞台は一休みの感じが無きにしも非ず。この芝居は秀作「回転する夜」と似ていて、同一シチエーションを違うパターンで繰り返す。小学生時代の「どらえもんごっこ」を芝居の起点にして、一人の美しい女の子をめぐる話だが、人物それぞれは面白く描かれてはいるのだが、蓬莱のどんな趣向の芝居でも必ずあった胸に収まるリアリテイというか実質感が今回は薄いのだ。だが、山本亨が演じたヒロインの兄、母が違う妹への秘めた思いの破局が因で嫌われ者を目指し、自暴自棄の暮らしを送る男のたたずまい、存在感が素晴らしい。この山本を観るだけでもこの芝居の価値がある。
★★コンセプト・演出:ヘルカルド・ハウグ・ダニエル・ヴェットル、リミニ・プロトコル、F/T09、西すがも創造舎。俺は「資本論第一巻」は数ページで挫折したぞ。この舞台には俳優でなくドイツ人、日本人の普通の生活者がナマで舞台に上がる。大学教授、ギャンブラー、映画監督、投資コンサルト、などなど種々雑多な経歴をもつ人々、ドイツ人、日本人の盲人もいる。この人たちの資本主義社会の荒波を潜り抜けた生活史が語られる。その語りを縫って、資本論が盲人が点字版をなぞりながら朗読する。客には資本論の文庫版が配られて、大学教授の指示に従ってページを開き、街頭箇所に目を走らせる。登場する人物はほとんど「資本論」など読んでいない。この舞台はそういう人たちと「資本論」の無関係をあぶりだすような趣向で、現に資本主義社会で辛酸をなめてきたのに、そのことを分析し現在の惨状を予告している本はまるで読まれない度し難い状況を描き出す・・・。まあ、書物とか理論と生身の暮らしとはつながらない、まあそれが普通なのだという、そういう状態を色々な見せ方をこらして感じさせて、それが返って「資本論」になじませる道筋をつくるという狙いらしい。ソ連崩壊でマルクス主義はイデオロギーとしては無効のようだが、このろくでもない資本主義社会の少しでも外部にいて少しでもましな生き方が出来るというよな示唆がちりばまれた、自由闊達な舞台だった。かしこまって全部読もうとしなくても、ほとんど理解とは遠いかもしれないが、数行読んでもなにか肯ければ役にたったことになり、まずは第一歩かもしれない・・。とにかく、リミニ・プロコトルは凄いし、面白い。
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by engekibukuro | 2009-02-27 11:58 | Comments(0)  

2月23日M「夜の訪問者」SISカンパニー紀伊国屋ホール

作:J.B.プリーストーリー、翻案:内村直也、演出:段田安則。ホールの入り口には「満員御礼」と大書された張り紙、一ヶ月近い公演で大盛況だ。高橋克実、渡辺えり、坂井真紀、八嶋智人、岡本健一、梅沢昌代、段田安則と腕達者の役者がこの名作を演じた。段田演じるこの芝居のキーパーソンである警官橋詰は、全てを知っているの神のようで威圧感がみなぎる。この芝居の初演は1951年、三越劇場、この警官役は東野英治郎だとパンフに記されている。そうか東野英治郎だったと記憶の底からこの人の舞台が浮かび上がってきた。東野の警官はもっとあたりの柔らかいじわじわと追い詰める、死んだ娘への思いがこもったものだったんじゃないかな・・。しかし、当方15歳だったからあてにはなるまい。この芝居、俳優座劇場の常打ちレパートリーで色んなメンバーで観ているが、話が分っていても飽きない面白い芝居だ。
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by engekibukuro | 2009-02-24 18:31 | Comments(0)  

2月22日M「ロミオとジュリエット」三条会スズナリ

演出:関美能留。フム?・・・・。
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by engekibukuro | 2009-02-23 11:27 | Comments(0)  

2月21日M「ワーニャ伯父さん」あうるすぽっと

作:A・チェーホフ、英訳:マイケル・フレイン、訳:小田島雄志、演出:山崎清介。一風変った「ワーニャ」を山崎が演出した。細かい枝葉を剪定して物語と人間の核だけが露出した舞台だ。ちょっとキレイなだけで、1日中どんより無為に過ごすエレーヌにワーニャもアーストロフも夢中になり、仕事もなにも捨てて入り浸る。ソーニャもアーストロフへの実らす恋に身を焦がす・・。キャステイングが面白い。木場勝己のワーニャは自分の巧過ぎを制御するのが大変なくらい巧い。小須田康人のアーストロフがしれっとしていて面白い。「1980」の柴田善之のセレブリャーコフが空疎な空威張りの教授を好演。井沢磨紀のソーニャは絶品(おれが井沢の大ファンだから、えこひいきかも)。人間のろくでもなさと崇高、愚かさと賢明さが平然として一人の人間のなかに両立しているサマがまざまざと見えてくる舞台だった。これぞチェーホフだという感じだ。ラストのあのソーニャのセリフも井沢は心から聴かせた。「伯父さんや私にはもう喜びはないけど、辛抱してやっと死んで神様のところへ行けば神様がよく辛抱したと慰めてくれてやっと息がつけるのよ」。おれももうすぐ息がつけるか・・・。
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by engekibukuro | 2009-02-22 11:18 | Comments(0)  

2月20日S「イスメネ 控え室 地下鉄」黒テントiwato

作:佐藤信、演出:出演俳優陣。佐藤が22歳のとき書き、、1966年に初演された作品を上演することは十分意義のあることだ。だが、不満もある。作品が生まれ、観客が観るときには、必ず相当のその時代の加勢がある。この芝居の軸になっているコカコーラにも、3本の異なるテクストの共通性も自然に受け入れる時代の感受性があった。40年たった現在上演するには、作品の時代を超えた普遍性を蘇らせるには、それなりにの強力な思考と態度が必要だろう。たとえば唐ゼミの演出家中野敦之は唐十郎の作品を、現在の自分たちの世代の課題を通して読み直し、現在に再生させている。、
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by engekibukuro | 2009-02-21 08:54 | Comments(0)  

2月19日S「真心一座身も心も流れ姉妹たつことかつこ獣たち

の夜」サブタイトルがやたらについているが、メインタイトルは「流れ姉妹」で章仕立てのシリーズものだ。今回は第三章。作:千葉雅子、演出:河原雅彦、本多劇場。たつこ(千葉雅子)とかつこ(村岡希美)の姉妹の母澄江(木野花)は男漁りの性悪女でたつこはいじめ抜かれて育ち、武道を習って母親を殺し山林に埋めた(前章)。今回は殺したはずの母親が生き返ってどこからかたつこに手紙をよこした。かつこは母と姉の間にいてなんとか仲直りさせたいと願っている。しかし、たつこにも暗い過去があるらしく、保護観察士が付きまとう。たつことかつこは母を捜しに日本各地を訪ね歩き、とうとう大阪飛田新地で老残の娼婦に身を落した母をつきとめる。母を訪ねる行く先々でたつことかつこは、いろんな男につきまとわれる。河原演出は山場、山場で歌謡曲をガンガン流して盛大に盛り上げる。大衆演劇みたいな娯楽劇。見所はあばずれの老娼婦を演じた木野花、超うば桜の、すれすれのナリで濃過ぎる色気を発散して圧巻だ。高橋和也にレイプされるのもうなづける地獄の色気・・。この高橋の男闘組時代を思わせるギターを鳴らして唄う歌も舞台を盛り上げた。なんだかワケのわからぬうちに芝居が終わってしまったが、この三人の女の運命はいかに、次回のお楽しみということだろう。
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by engekibukuro | 2009-02-20 12:27 | Comments(0)  

2月15日M「グランド・フイナーレ」富士見市文化会館

キラリ☆ふじみ芸術祭2009。原作:阿部和重、脚本:岩井秀人、演出:富永まい。松田洋治が演じるロリコンのダメ男の話だが、演出のコンセプトは、この男を巡る出来事や言動のシーンに必ず童話的なかぶりもののマントを着た男女がメルフェンタッチのダンスや歌の混じるシーンを随伴させることだ。そこにグリムの残酷な童話のような世界を創ろうとしていることはわかるが、どうもそれが分離してしまって、渾然一体の融合した舞台にはなっていない感じを否めなかった。あとで久しぶりにキラリふじみの芸術監督の生田萬さんと会ったが、この不便な場所での創造活動の金のこととか大変らしい。それでも意欲的に若い人材を育てて、機会を与えてゆく仕事を続けてゆく。敬意にあたいすることだ。そういえば、この芝居の印象になにか既視感が残ったのは、この舞台のテイストが昔の生田演出の「ブリキの自発団」の舞台のテイストだったのだ・・。生田さんが演出に色々アドヴァイスしただろうから当然といえば当然だが、なんだか懐かしかったわけだ。 
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by engekibukuro | 2009-02-16 08:19 | Comments(0)  

2月14日M「ピランデッロのヘンりー四世」シアタートラム

作:ルイージ・ピランデッロ、英訳:トム・ストッパード

、翻訳:小宮山智津子、演出:白井晃。串田和美+白井晃共同プロジェクト。偽狂人のヘンリー4世を演じるのが串田。たしかに串田はきちんと演じていたし、松井るみの白一色の美術もキレイだし、白井の美学が貫かれている舞台だったと思う。だが、ストパードの訳に白井が手を加えたテクストは話が割り切れすぎているような気がする。ただ復讐のためだけのよう狂なのか。これはかって劇団雲で上演され、芥川比呂志がヘンリー四世(タイトルはイタリア語の「エンリコ四世」だった)を演じ、芥川のよう狂王の不気味な不可解な表情が目に焼きついているせいかもしれない。ピランデッロの不透明で不可知の世界の厚みがあまり感じられなかったのが、千葉哲也、秋山菜津子を加えた意欲的な作品だっただけに、ちょっと残念だった。
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by engekibukuro | 2009-02-15 10:56 | Comments(0)  

2月12日S「ネズミの涙」こんにゃく座世田谷PT

作・演出:鄭義信、作曲:萩京子。ウイシンの快進撃が続いている。昨年の小宮孝泰の一人芝居「線路は続くどこまでも」も小品ながら感動的だったが、この舞台は傑作だ。こんにゃく座は30年ちかく観ているが、この舞台はこんにゃく座の日本語創作オペラの目標を達したものだろう。登場するのは天竺ネズミの旅回りの一座。芝居の品ベースはブレヒトの「肝っ玉おっ母か」。ただし一座の移動は幌車ではなくおんぼろバス。またリーダーはおっ母だが、ダンナがいて息子と娘の4人家族。一座の出し物は4人でできる西遊記だけ。「肝っ玉」と同じく、世界は戦争の渦中。どぶネズミ軍とクマネズミ軍が戦っている。戦場を旅して興行する一座の劇中劇がふんだんにちりばめられて、ウイシン独特のユーモアたっぷりで賑やかに進行する。なにより驚いたのはこんにゃく座の俳優たちの演技水準の急激な上昇だ。いままでは歌の場と芝居がともすれば分離していたのが。今回は歌も芝居も渾然一体で見事に融合している。萩の曲も韓国の打楽器サムリノリを取り入れて、芝居の一つの脈として染みとうるような曲だ。だから歌と芝居の境目がない純然たる歌芝居になっていた。兵隊にとられて惨殺される息子、どぶネズミの奇襲を町にしらせるためバスの上で太鼓を連打して銃殺される娘。一家はつぶされ、米粒より小さいネズミの涙が世界を覆う。それでもおっ母はどぶネズミに呼ばれても興行を続ける。それしか生きてゆく術はない。なけなしの元気で何とか生き続けるネズミたちの姿は今の我々の姿だ。それを歌うラストの合唱は感動的だ。鄭義信が貧乏ネズミたちにあくまで寄り添う姿勢は彼の劇作群を貫いている。是非観ることをお勧めする。14日(土)は13:00、19:00、15日(日)は11:00、16:00。世田谷パブリックシアター。

 
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by engekibukuro | 2009-02-13 13:37 | Comments(0)