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3月30日「第五十三回岸田国士戯曲賞授賞式j於出版クラブ

受賞作品は蓬莱竜太「まほろば」と本谷有希子「幸せ最高ありがとうマジで!」の2本。坂手洋二が選考経過を詳しく話し、いろいろ議論があったことを語った。ほかでは松井周の「家族の肖像」の評価が高かったそうで、これは松井ファンとして嬉しかった。乾杯の音頭をとった野田秀樹が二人の受賞者に「いろいろ批判があったことなんか気にしないで、若いんだから、あと100年、200年たったらあなた方と我々は同じようなものだ」と二人を励ました。パーテイではもうすぐ子供が生まれる野田が嬉しそうだった。まわりで、「野田に絵本を読んでもらえる子供はなんてハッピーなんだろう・・」とか言ったりして・・・。長塚圭史の「SISTERS」が落ちるなど、上演と戯曲の違いを考えさせられたが、白水社は岸田賞を存続させているのはたいしたものだ。とにかく蓬莱の劇作家としての底力は凄いと思うし、本谷の切れ味のシャープさも魅力的だ。二人の今後の活躍を祈りたい。
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by engekibukuro | 2009-03-31 09:43 | Comments(1)  

3月29日(日)「リア王」(構成・演出:多田淳之介)

キラリ☆カンパニー 東京デスロック、キラリ☆ふじみマルチホール。舞台にはベニヤの丘がしつらえられている。左右に急峻な坂。演歌が大音量でながれる。冒頭のリアの遺産相続のセリフはゴネリルとリーガンが喋る。衣装も着物、ふんどし、紋付ほか和洋様々の千変万化。急峻な坂はこの芝居の戦い、葛藤、困難の主戦場。これら多田らしいフォルムでリアの物語が語られる。この芝居での多田のいたいことは「老人と若者の溝が少しでも埋まることだ」だという。たしかにそういう願いは感じられたが、だが過激なフォルムの割にはこじんまりとまとまってしまって、なにか未知への挑戦というような要素がほしかった。
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by engekibukuro | 2009-03-30 10:30 | Comments(0)  

3月28M「少女仮面」(作・演出:唐十郎)東京芸j術劇場小H

F/T参加、演劇/大学09春、近畿大学藝術学科舞台芸術専攻、唐十郎演劇塾公演。近畿大学1年生の春日野八千代を演じた久保田友理が素晴らしい。まさに驚異的な演技だ。唐の演劇、言葉と身体は演劇の垢に汚れていないまっさらな若い肉体と魂を一挙に、無媒介に解放する力をもっていることを、唐ゼミの若い俳優たちの同じ例に連なって、この舞台でも堂々と証明した。それによってこの戯曲が新しい光を当てられ、セリフの一つ一つが輝かしく粒だった。唐のセリフのリズムに適合する心と体をもった天与の資質に恵まれた女優だ。さらに貝を演じた松山弓珂も男役春日野の可憐な相手役として、十分なコントラストを成立させていた。初演の早稲田小劇場の白石加代子と吉行和子を彷彿させた。腹話術師を演じた小林徳久も状況劇場公演での根津甚八を思い出させた。この芝居の男と女、仮面と本体、ウソと真実のあわいの悲喜劇の渦そのものを肉体という容器の中で攪拌し、何処かへに昇華するダイナミテイが久保田の演技で表現され放電された。さらに唐の満州への憧憬、国賊を殺した甘粕大尉(大杉栄)とのかかわりの不気味さ、の本の暗部へのイメージもこの戯曲の含有物だということも、この舞台が光源として感じさせたのだ。

★誤記訂正のお詫び  3月28日付けの劇評の上から6行目”貝を演じた中田有紀子”と書いたのは”貝を演じた松山弓珂”でした。4月3日に訂正いたしました、また”春日野を演じた久保田友理”を・有理・と誤記してしまいました。中田さん、松山さん,久保田さん、近畿大学関係者の皆様、 大変失礼いたしました。心からお詫びいたします。
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by engekibukuro | 2009-03-29 11:14 | Comments(0)  

3月27日M★「私のかわいそうなマラート」S★★「転校生」 

作:A・アルブーゾフ、演出:小笠原響、名取事務所、シアターX。1964年のソ連邦時代の作品だ。幕開きは逸ソ戦さなかのレニングラード(現サントペテルベルグ)。空爆で町は壊滅状態、焼け残ったアパートの一室で16歳の少女がうずくまっている。そこへこの部屋の持ち主の18才少年が帰ってきた。二人は一緒に寝起きする。この部屋にもう一人の18歳の少年が病に倒れて転がり込んできた。3人の共同生活が始まる。この少女を二人の少年が愛してしまう。この三角関係を少年期、二人の男が戦場から帰還した青年期、さらに事態が変化した中年期と三期にわたって描いた劇だ。この3人を伊澤真紀、林次樹、金子由之(劇団昴の「ゴンザーロ殺し」で注目された)という実力俳優がほぼ完璧に演じた。芝居は見事に終始した。だが、逆によく演じ抜かれると返って戯曲の骨格の弱さがあらわになった。三人の関係の変化も、二人の男に愛される女の苦悩もきちんと描かれてはいるのだが、シンプルに過ぎて陰影が薄く、余韻が残らない。しかし、3人の俳優が最善をつくした好舞台であったことは確かだ。、
★★作:平田オリザ、演出:飴屋法水、F/T,東京藝術劇場。初演の静岡の劇場より広いここの中劇場を客席を含めて女子校生たちは我が物顔で縦横に使い切って、初演よりスケールの大きい劇になった。出産、少女期、72歳の転校生、自殺する少女を含めて、「生命」そのもののインパクトが打ち出されて、飴屋の目論見が見事に果たされた。少女たちの演技も初演より格段に上手になったし・・。それにしても72歳の転校生が現れると客席が異様に静まり緊張する空気がながれる・・・。この謎の転校生の姿は忘れられないだろう。

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by engekibukuro | 2009-03-28 12:35 | Comments(0)  

3月26日M★★「開かれたカップル」★★M「醜い男」

作:ダリオ・フォー&フランカ・ラーメ、演出:ペーター・ゲスナー、うずめ劇場、調布せんがわ劇場。久保酎吉と松尾容子の夫婦二人芝居ア。もうさっぱりセックスを求めなくなって、浮気を繰り返す夫を恨んで自殺の真似事を繰り返す妻に困り果てた夫が、”お前も浮気しろ”ということになって、双方浮気合戦のゲームにまい進するという艶笑喜劇。そこはフォーらしく今の政治の話を混ぜ込む。それをゲスナーは日本の今の麻生とか不況とかの話題を混入させるが、本筋にはあまり関わらない。見所は二人の演技合戦で、俺は久保が今の日本で一番巧い役者だと思っているから、それがこの舞台でも確かめられたから嬉しい。松尾もその久保相手に奮戦して、見応えのある芝居になった。
★★作:マリウス・フォン・マイエンブルグ、演出:トーマス・オリヴァー・ニーハウス、TPT、BanKART Studio NYK。ベニサンピットを失ったTPTが横浜バンカートで再出発した。マイエンブルグは今月F/Tで松井周が演出した「火の顔」の作者だ。巨大な石柱が4本ある元倉庫の広大な空間を使った芝居だ。なにがしか非劇場空間だったベニサンを偲ばせる場所だ。この広大な空間のごく一部、客席の目の前に椅子を4脚並べて男3人女一人がおおむね椅子にすわりながら芝居をする。空間の果てに鏡があって目の前の芝居を遠く映す。この空間を背景にした極小部分で演じられるというのは面白い趣向で、なにか芝居の背景にある空虚で広大な世界を感じさせる。芝居は顔をめぐるアイデンテイテイの話で、整形芸術家が男の顔を整形しまくると、遂には誰もののアイデンテイテイが消滅してしまう。顔さえよければおおかた人生バンバンザイというような、一種バカバカしい話を役者が早口で喋り捲る。セリフが機智縦横で、4人の役者のテンポのよい掛け合いのような応酬が面白くて飽きさせない。世の中、ほんとにバカバカしいことだらけだと実感させるスピーデイコメデイだ。池下重大以下、4人の若い役者が瑞々しく演じまくって、TPTの再出発を飾るにふさわし面白い舞台だった。
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by engekibukuro | 2009-03-27 12:17 | Comments(0)  

3月25日★「川を越えて、森を抜けて」★★「アルカリ」

★作:J・デイピエトロ、演出:高瀬久男、加藤健一事務所、本多劇場。アメリカ・ニュージャージーに住むイタリア系アメリカ人の家族の話。二組の祖父母(加藤健一・竹下景子、有福正志・一柳るみ)と近くに住む孫(山本芳樹)。毎週日曜日には料理自慢の母方の祖母がつくる料理でデイナーをみんなで過ごす。この孫が昇進する話が出だしだ。昇進はするがシアトルに行くのが条件だ。祖父母たちは必死になって孫のシアトル行きを阻止する策略を練る。強引にデイナーに知り合いの女性(小山萌子)を同席させてお見合いをさせたり・・・。青年の自立への願望とイタリア風の濃密な家族愛との葛藤が芝居の芯だ。いろいろあって、最後には孫はシアトルに出立するのだが、カトケン事務所独特のテイストのハートウオーミングな芝居に仕上がっていた。
★★作・演出:水沼健、壁の花団、こまばアゴラ劇場。ナチの収容所から戦後解放されて故郷へ帰ろうとする女が、途中で昔孤児院だったという建物を訪れる。舞台にはたくさんのトランクが散らばっている。そこには正体不明の男が二人と女が一人いる。ここで起こることは全く脈絡がない。猫だとか指輪だとかのモノの話がなんのつながりも無く喋られて、人物の動きも普通の理解を配慮しない。ただ収容所で死んだ人間のもちものを連想させ、あるいは収容所の記憶の拡散を感じさせるのみ。水沼はそういう統一への回帰を意図していないだろう。だから、観て感じるのは役者の振る舞いと言葉の強度だけだ。これは4人の役者(F・ジャパン、金替康博、亀井妙子、内田淳子)が責務を果たしているといっていい。特に金替。このMONOの役者はかって松田正隆作、平田オリザ演出の「月の岬」で忘れられない突出した演技をした役者でMONOでも特異なキャラクターとして活躍している。この舞台でも独特の声音で喋るセリフは客をひきつける。それとこの前の「春琴」にも出ていた内田。すてきな美人だし、語りもメリハリが魅力的で客を集中させる力をもっていた。上演時間70分。これが限度だろう。よくわからん舞台だが、イメージの残像だけは確かに残した。
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by engekibukuro | 2009-03-26 11:00 | Comments(0)  

3月24日S「蜉蝣峠」(作:宮藤官九郎、演出:いのうえひでのり)

劇団☆新感線、赤坂ACTシアター。宮藤が新感線に前に書き下ろしたシェイクスピアのマクベスと落ち目のメタルバンドを組み合わせた芝居は面白かったが、今回いのうえ歌舞伎用のオリジナル台本は「マクベス」のようなベースがないせいかもしれないが、宿場街のアウトローたちの話はあまり面白くなかった。いのうえがあの手この手でなんとか客をひきつけようとしてたし、古田新太、堤真一、高田聖子、梶原善も頑張ってはいたが、特にラストの堤との下駄を使った立ち回りは圧巻だったが、台本の弱さを補えなかった。
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by engekibukuro | 2009-03-25 11:16 | Comments(0)  

3月23日チョンウイシン「焼肉ドラゴン」各種受賞祝い大祝宴

ウイシンが「焼肉ドラゴン」各種演劇賞を受賞した謝礼として自費で開催した祝宴が神宮前のベーカリーカフェで行われた。お花、ご祝儀いっさい受け取らず、「遅刻してもお咎めなし。ご家族、ご友人を誘っての冷やかしも大歓迎です」という、堅苦しいスピーチも一切なしのただ飲んで、食べて、喋るだけの大祝宴だった。会場満杯、人数240人以上で、分厚い炭火焼きの牛肉をたらふく食べ、こういうパーテイにありがちな、上下とかないさまざまな演劇人、映画人の横断的な交流が賑やかで、嬉しいパーテイだった。かえりはウイシンが一人ひとり挨拶して、彼の人柄がにじみでた祝宴だった。、
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by engekibukuro | 2009-03-24 10:28 | Comments(0)  

3月22日M「勅使川原三郎:ダブル・サイレンスー沈黙の分身」

シアターコクーン。舞台が終幕したときの拍手は純粋に身体的な反応だ。それは自分の意識を超えておる。その自分の拍手の程度で評価の度合いを自分でしるのだ。この舞台、私は勅使川原のダンスは初見参の新参者だが、舞台に強烈に惹き付けられていてもなにか戸惑っていたのが、終わった直後の自分の拍手でたしかに舞台が自分に伝わったことを知った。身体の奥義を究めんとする意欲そのもののダンス、舞台には無数の噴煙が立ち昇り、すべてが暗闇のなかでのパフォーマンス、鍛え抜かれた身体の勅使川原と傘下のダンサーたちの完全燃焼のダンス・・・素晴らしかった。
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by engekibukuro | 2009-03-23 08:27 | Comments(0)  

3月21日M「同行二人」(作・演出:菅間勇)菅間馬鈴薯堂

王子小劇場。キャバレー廻りの三流演歌歌手の影山ザザが所属事務所が倒産してしまい四国・高松に流れ着き、ドサ廻りの一座・尾上団五郎一座に身をよせる。高松の安キャベレーの楽屋が舞台。ここで寝起きする三流芸人たちの暮らしっぷりを描いた芝居。世の中不景気だし、芸も出し物もダメダメの一座。旧国鉄の全国の駅名をそらんじていて、その列挙しか芸がない芸人とか・・。こういう芝居はよくあるステロタイプの大衆劇に逃げないで菅間らしい(かっての劇団卍のときの前衛劇の書き手らしく)芝居にしたという気持ちは分るが、どうも芝居としてはいまいちで、芝居の芯がきわだたない。人物の書き方もゴツゴツしすぎ。しかし、こういう場末の三流芸人たち、また、他の芝居のホームレスたち、最下層の人間たちへの菅間の優しい眼差しは痛いほど伝わってくるのも確かで、馬鈴薯堂設立以来の菅間の芝居の最大の魅力はその優しさだ。
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by engekibukuro | 2009-03-22 10:29 | Comments(0)