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4月26日 座・高円寺オープニングパーテイ

高円寺北口に新設された。ゆったりして見やすく、なかなか素敵な劇場だ。渡辺えりの司会で、舞台で関係者の鏡割りがあり、小田島さんの音頭で枡酒で乾杯。杮落とし公演の「化粧」の渡辺美佐子、2回目の「ユーリンタウン」の演出の流山児祥が挨拶。「ユーリンタウン」のワンシーンがプレゼンテーションされた。流山児初のブロードウエイミュージカル。このプレゼン楽しめた。公演が楽しみだ。2階のカフェでパーテイ。永井愛さん、島次郎さん、千葉哲也さんなどいろいろな人と歓談。楽しいパーテイだった。
★高円寺の思い出。高円寺は10台後半の頃の溜まり場、遊び場だった。児童劇団を経て、仲間とその頃隆盛だった青年俳優クラブ(青俳)に対抗(?)して少年俳優クラブ(少俳)という集団を設立した。仲間は篠原茂と砂川啓介と私の3人。砂川はあとのNHKTVの”体操のおにいちゃん”をやり、どらえもんの声優大山のぶ代と結婚した。砂川の実家が高円寺の材木屋で、その材木屋が倒産して家族が田舎に帰り、残された材木置き場の小屋に砂川は一人で住んでいた。その小屋が少俳のたまり場で、そこに連日集まって遊んでいた。稽古場は高円寺駅そばの氷川神社の社務所。砂川が千田是也の「近代俳優術」をテキストにして、集めた少年少女相手にエチュード(そのころワークショップなどという言葉はなかった)を繰り返す。ほかに読書会をやり、武田泰淳や椎名麟三を読むというわけのわからないクラブで、結局公演などできず、砂川が吉村公三郎監督の「足摺岬」にでたり、私と砂川が山村聡監督の「蟹工船」にでたりしたぐらいで消滅した。ただ、少俳には大映のスターになった小林勝彦や馬渕晴子、大竹しのぶの最初の夫の死んだ服部哲治などがいたこともある。とにかく高円寺界隈はテイーンエイジャー時代のホームタウンだった。冷やし中華というものを初めて食べて、その美味さに驚嘆したのも高円寺の代三元というラーメン屋。50年前は珍しいて食べ物だったのだ。今でも営業しているから、座・高円寺へゆく楽しみが増えた。砂川はモダンダンスの江口隆哉の門下生になり、ダンスの方にゆき(最近稲田奈緒美「土方巽絶後の身体」という本を読んだら、砂川が初期の土方と踊っていたという記載があり驚いた)、篠原は映画に、私はショボイ大学生になり、ほとんど未来社でバイトしていた。
高円寺の町の様相は激変したが、懐かしい町なのだ・・。
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by engekibukuro | 2009-04-27 14:33 | Comments(0)  

4月26日クリント・イーストウッド監督「グラン・トリノ」

封切り初日に見たの初めてだ。確かに素晴らしい映画だ。イーストウッドが演じるいこじな老人は朝鮮戦争でイエローを殺した記憶のトラウマを抱えている。映画は隣のモン族の一家とのぎくしゃくした関係、若い司祭との軋轢、息子たちとの違和感、荒廃した町にアジア人があふれて、そのアジア人の不良どもが老人の宝物であるビンテージカーを盗もうとする、そういうシーンを積み重ねて、ラストの意想外なショッキングなシーンで一切が落着する。モン族の一家と仲良くなり、かわいがっていたモン族の少年にグラン・トリノを遺産として渡す。その少年がグラン・トリノを老人の犬を助手席にのせて、川沿いの道路を運転して行くシーンにイーストウッドの低い歌声が重なってゆく・・。これぞ映画というものの真髄だ。ごく普通の名も無い人間の魂が輝いて見える映画だった。
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by engekibukuro | 2009-04-26 11:05 | Comments(0)  

4月24日(金)今月読んだ雑誌から

★図書4月号・久保正彰「アリストファネスへの道」ーたった一つの台詞を確定するまでの困難、学問の深さに畏敬の念を感じた。★本人09号(hon・ninの誌名改題)・宮藤官九郎「君は白鳥の死体を踏んだことがあるか(下駄で)」の連載が終わった。宮藤が小説家としても優れていることが感じられる、面白い小説だった。誌名を変えて松尾スズキが編集長を降りたようだ。オレのしらない2チャンネルの「ひろゆき」のインタビューが巻頭だがオレにはつまらない雑誌になった。★en-TAXI vol25ー特集「赤い非望」は「プロレタリア文学再読」佐多稲子(福田和也)中野重治(桶谷秀昭)蔵原惟人(スガ秀実)宮本顕治(大沢信亮)宮本百合子(宮崎誉子)葉山嘉樹(前田塁)などだが、特筆するものはないが今の社会がプロレタリア文学を呼び出しているのだろう。ほかにスガ秀実「「資本」に買収されてゆいくルンプロ、小ブルのジレンマを打開する、唯物論と選択の是非」は正月の「派遣村」の見聞記、貧困問題がクローズアップされても「資本主義を選択するか否かという真の問題が隠蔽されてはならないだろう」という提起。★すばる5月号・井上ひさし「ムサシ」、井上が強調する演劇の力というものを強く感じさせる戯曲だ。★群像5月号・蓮實重彦「映画時評」はクリント・イースドウッド「グラン・トリノ」。★新潮5月号・四方田犬彦の連載ー月に吠える「追悼の諸相」が読ませる。吉本隆明と鶴見俊輔の死者への追悼の2冊の本の比較。佐藤優の連載「高畠素之」が快調。★文藝春秋5月号・福田和也の連載「昭和天皇」は今月は「リンチ共産党」事件を取り上げた。★文学界5月号・蓮實重彦・阿部和重・青山真治の鼎談「グラン・トリノ」ははしゃぎすぎ。佐藤優「預言者ドストエフスキー」の連載が始まった。楽しみが増えた。
★中央公論5月号・西部邁・柄谷行人の徹底対談「危機への処方箋、恐慌・国家・資本主義」。柄谷「今の不況は30年代をはるかに上回る、より深刻なクライシスが訪れている」。西部「最後に居直っていわせてもらうと、われわれ年寄りは幸せである。それは、こんなくだらない世の中から早めにおさらばできるからね。若者諸君はかわいそうである。このくだらない世の中に長々と生きねばならぬ。ご苦労!という気がするね。柄谷「それはぼくもそう思う」。★「テアトロ」5月号・官孝行「地に堕ちた演劇の仕事ー象徴としての「新国立劇場」」で西堂行人を批判している。威嚇的な文章でひいてしまうが、西堂に「利権」などあるのかね。最後に★gui86号。この雑誌はモダニズムの詩人北園克衛の影響下にあった詩人たちの詩誌で、毎号愛読している。中心は北園のもっとも若い弟子で知る人ぞ知るのジャズ評論家でもある詩人奥成達。北園の高弟で毎号この雑誌に詩を載せている藤富保男は私の最も好きな詩人だ。ほかにも面白いマイナーポエットが毎号寄稿している。マガジンハウスのダ・カーポの編集長だった吉田仁(この人はある団体の設立した「小原庄助賞」を私と受賞した)の「競輪放浪記」、同じく「鳩よ」の編集長だった私の飲み友達でもあった中津川洋が小説を書いている。奥成の「北園克衛「郷土詩論」を読む」は連載50回目だ。私は北園の詩はよく解らないのだが、この回の文章で北園がどうしてこれほど信奉者が多いのか、その魅力と偉大さが少し解かってきた気がした。オワリ。
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by engekibukuro | 2009-04-25 12:43 | Comments(0)  

4月23日 芝居の無い日はカレーをつくる

わたしは下手な横好きの料理マニアで、昔からよくつくる。料理本のバイブルは小説家の壇一雄の書いた「壇流クッキング」。今は男が料理するのは珍しくもなんともないが、昔は味はともかく珍しがられたから、いいきになっていろんなものをつくった。「壇流クッキング」(中公文庫)にでている約100品目はほとんどつくった。ただ、壇さんのレシピは食材や調味料の分量表示が目分量なので、一種のカンでつくるしかない。だからとんでもない失敗もした。しかし、一つ一つの料理に面白いエピソードが書いてあって文学としても面白くて、無人島で一冊選べといわれたら、この本だ。無人島であの味、この味を思い出すことも出来るし・・・。さてカレーだが、壇流にもインド風と西欧風と2種類でているが、そのほかにもたくさんのレシピでさんざんつくった。スパイスに凝って1日がかりでつくったり、できあがりがスリリングで実に面白い。ただ、カレーだからそうまずくはならないが、なかなか自分独自の決定版はいまもできていない。それに一緒に食べてくれる連中は大概やさしいが、どんなに凝ったものをつくってもカミサンの評価は厳しい。褒められたことが殆ど無い。今日は一番普通のカレーをと、これも昔からお世話になっている帝国ホテルのシェフだった村上信夫の「おそうざいフランス料理」のレシピでつくった。スパイスはキャラウエイシードのみのチキンカレー。短時間でできて、まずまずの出来と思ったが、どうもコクが足りないのか、彼女は食卓で塩をたしやがった。決定版への道は厳しい!
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by engekibukuro | 2009-04-24 09:07 | Comments(0)  

4月22日

3月が芝居が多すぎたのか、4月は公演数が少ない。30日のキャラメルボックスの芝居まで観劇予定なし。今日は京橋のギャラリー川船で「中村宏」展を見た。中村は戦後美術の俊英画家。出発は「砂川五番」など砂川闘争の画で社会派だったが、その後、自動車や飛行機など運搬機械を対象にした絵画を描く。車の運転席の細密画である「車窓篇 TYPE4」などここにも展示された絵は、その構造美が突き抜けていた。あのあとシネカノンで「ミルク」を見た。さすがアカデミー賞を受賞しただけのことはある。ショーン・ペンは素晴らしい。子供を産まない、家族を壊すと差別・弾劾されるゲイが、だからこその底の深い、甘いラブをミルクのゲイムーブメントの困難な闘いの底流に感じさせたのが凄い。キレイでかわいいだけで、ミルクの政治運動など理解できないミルクのバカな若い恋人が首を吊って自殺するシーンが衝撃的だった。
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by engekibukuro | 2009-04-23 07:15 | Comments(0)  

4月20日S「神様とその他の変種」ナイロン100℃本多劇場

作・演出:ケラリーノ・サンドロヴィッチ。ケラが別役実や山崎哲の世界を模倣したと語っているが、その模倣が糧になって全く新しいケラの世界を築き上げた。また、ケラのナンセンスなものと、シリアスなものとの二つの作風がその模倣によって止揚された世界ともいえる。舞台は広川三憲扮するボロを着た自称神様の案内で始まる。古びた三階だての家の一階の居間。この家の前には小さな動物園があって、ときおり象の咆哮が家を揺るがす。話はこの家の一家の子供の小学校でのイジメの話と、この家を訪れる客が紅茶をご馳走になって皆行方不明になる話。これらが伏流になって様々なエキセントリックな人間たちが緊張感あふれる世界を展開してゆく。ケラ風味のサスペンスドラマとしてエンターテイメントとしても楽しめるが、「泣きながら生まれてくるのは人間だけだ」という、人間の本質的な生誕の不本意性が、その悲惨が壊れた人間を生み出さざるを得ないということを如実に感じさせる芝居だとも、そう感じざるをえない芝居なのだ。ストーリーは複雑で、人間関係や出来事は緻密で不意打ちに満ちていて、3時間弱の時間の緊張は揺るがない。なによりケラの作品にいまで協同してきたナイロンの俳優たち、峯村リエ、みのすけ、ものすけ犬山イヌコ、大倉多く田孝二、客演の山崎一、山内圭哉、水野美紀らがケラの感覚に皮膚感覚で反応して、ケラの新しい作風を築き上げているのに感動した。特に能面のような無表情で他者を拒否する母を演じた峰村の存在感が際立っていた。ケラがパンフで「シリアス風味のコントをもっともらしく演じているだけかもしれない」と語っているが、そう言い捨てられたらいいなとも思う。そのくらいこの芝居は肉に食い込んでくる底の深い感触があったのだ。4月までの今年の芝居のベスト1だ。
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by engekibukuro | 2009-04-21 14:36 | Comments(0)  

4月19日M「その男」東京藝術劇場中ホール

原作:池波正太郎、脚本:鈴木聡、演出:ラサール石井。主役は上川隆也、それに内田理名、キムラ緑子、池田成志、六平直政が加わり、重しとして平幹二朗、脇には陰山泰、朝倉伸二、弘中麻紀以下、芸達者な面々が大勢揃い、鈴木の台本、ラサールの演出だし面白くならないわけがない布陣の芝居。幕末から維新、そのあと昭和まで長命を保った、数奇の運命をくぐり抜けた剣術の達人「その男」の生涯を描いた作品。ただ、男の長命にあわせたにしても、後半はさすがに盛り上がったが、3時間40分は長すぎた。少々なかだるみした。
上川が主役の重責を立派に果たし、上川や池田にからむ謎の女を演じるキムラがなんとも魅力的、脇では上川のブス女房を演じた弘中麻紀が光った。
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by engekibukuro | 2009-04-20 12:48 | Comments(0)  

4月18日M「毛皮のマリー」ル テアトル

作:寺山修司、演出・美術:i美輪明宏。この芝居は寺山が美輪(丸山)に憧れて書いた作品だ。いままで何回も様々な演出家で上演されたが、、今回は美輪がこの芝居の決定版にするという意気込みで演出したという。今回はそれが瑞々しく実現されていて、感銘を与える舞台になっていた。美輪のマリーと美少年・欣也(吉村卓也)は寺山の母はつと修司として演じられ、この過剰な近親愛の物語は、寺山母子への鎮魂歌として感動的だったのだ。全体は美輪らしい絢爛豪華な舞台作りだったが、美輪が露出せづ、リアルなバランスよい舞台を目指していて、美輪の演技を含めて余計な過剰性を排していた。それでも麿赤児の醜女のマリーの迫力、若松武史のキャピキャピの美少女の瑞々しさ、日野利彦・マメ山田の両小人の召使のアクセントなど寺山ワールドの魅力は舞台にみなぎっていた。菊池隆則の水夫との昇華された「下品さ」があふれる美輪とのラブシーンもおおいにセクシャルだった。これら異形のものたちがづらりと並ぶカーテンコールは、あの懐かしい寺山ワールドを彷彿させ、美輪の目論んだ決定版の成功を確証したのだ。

 ★18日初出に大変なお名前の間違いをしてしまい、深謝して訂正させていただきます。
三輪(誤]→美輪(正)、麿赤児の(児)は正しくは類似本字ですが私機では変換不能なので勘弁していただきます。山田マメ→マメ山田。なおピキャピキャはキャピキャピに直します。
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by engekibukuro | 2009-04-19 07:45 | Comments(0)  

4月16日S「犀」文学座アトリエの会

作:ウージェーヌ・イヨネスコ、訳:中村まり子、演出:松本祐子★。静かな平和な町に突如犀が現れた。この犀はなんのメタファーか。この芝居が書かれた時代は、ファシズム・ナチの記憶がナマナマしかった。ファシズムに洗脳され、順応していった体験はだれしあった時代だった。大勢に順応せざるを得ない、あるいは率先して「犀」に変貌する。犀の疾走する轟音はその時代のトーンを喚起した。普通の市民が知らぬ間に感染され自ら進んで犀に変貌するさまが見事に描かれている。しかし、時代は変った。順応すべく大勢のスケールも質も変貌した。松本は主人公のベランジュを空気が読めない、KYとして描く。いまの時代にふさわしい解釈で、おおげさな構えは無用だろう。そういうものとしてシーン、シーンをきちんと描き、要所を外さない演出で戯曲の面白さを十分引き出した。解釈のいかんに関わらず、犀の出現の恐怖と、それに必死に抵抗するベランジュの残像がしっかり残ったことは、この舞台の成功の証しだろう。ベランジュを演じた大場泰正の好演が光った

  ★16日初出で演出:松本・祐子(正)を松本・裕子(誤)としてしまいました。深謝し訂正いたします。
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by engekibukuro | 2009-04-17 11:53 | Comments(0)  

4月12日M「シュート・ザ・クロウ」新国立劇場

シリーズ・同時代「海外編」Vol.2。作:オーウエン・マカファーテイー、翻訳:浦辺千鶴 小田島恒志、演出:田村孝裕。北アイルランドの老若4人のタイル職人を平田満、阿南建治、板尾創路、柄本佑が演じる。話は納品書にないタイルを盗んで売ってしまおうという職人たちの思惑の仲間同士の騙しあい。ほとんどが現場での職人たちのお喋りで劇が進行する。ほとんどがスラングだという英語だそうで、英国の客は大笑いしたそうだが、訳者苦心の翻訳と達者な役者ぞろいでなんとか感じはわかり、芝居のテイストは伝わった。特に板尾のソクラテスという(あだ名か)自前の哲学職人が面白い。食べてゆくための仕事・労働の虚しさ、何年一緒に働いてもしっくり行かない仕事仲間。そういう誰にでも身に覚えがある思いを、しもじみ感じさせる芝居でもある。ただ、ラストでなんの前触れもなく、今日定年の職人が現場で死んでしまう・・・。狐につつまれたような気がした。
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by engekibukuro | 2009-04-13 12:59 | Comments(0)