<   2009年 05月 ( 17 )   > この月の画像一覧

 

5月29日S「江戸の青空」北九州藝術劇場プロヂューースj

脚本:千葉雅子、演出:G2、世田谷PT。芝居のネタは12本の古典落語。役者が西岡徳馬、吉田鋼太郎、松永玲子、それに松尾貴史、柳家花緑と豪華メンバー。これだけのメンツで面白くならないわけがない・・。とおもいきわ、それがさっぱりはずまない。まあ、台本作者がこういう趣向に不向きなのと、ベテランと若手の調和がとれていないからだろうね。表層の笑いだけで、芯から楽しめない。もっとも私は観劇の狙いが松永玲子だったので、彼女なりに芝居にフィットしていたから、まあ満足ではあったのだが・・・。
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by engekibukuro | 2009-05-30 08:04 | Comments(0)  

5月26日M「花咲くチェリー」文学座、紀伊国屋ホール

作:ロバート・ボルト、訳:坂口玲子、演出:坂口芳貞。この舞台はもんくのつけようがない完璧といっていいく
らい完璧な傑作だ。坂口は一瞬でも目を離せない緊密な舞台を創りあげた。主役のジム・チェリーを演じた渡辺徹にとって、この役は年来の念願の役だが、オレはげすのカングリでマスコミの売れっ子の特権でこの主役を演じられたなどと思ったことを恥じる。この芝居での故北村和夫の名演技の記憶が残っている客もまだ多いのを、その客に挑戦して自分の力で演じて、北村とは異なる人間像を堂々と打ち出し、完璧に渡辺のジムを演じきった。妻のイソベルを演じた名越志保も立派な賢妻を演じて、不当にも憎まれ役になってしまう役を好演した。坂口はジムの家族やジムに関わる人物たちのポジションをきちんと整備し、劇を一部の隙もなく創りあげた。ジムの果樹園経営の夢も、鉄の火掻き棒を折り曲げるという力持ち幻想も、ただ普通の生活に耐えられない弱さを隠蔽するためだけの詐術で、どうしようもない男なのだ。最後にやっと火掻き棒を曲げられても、妻は見ようともせず、愛想もつきて家を出てしまう。男と女の本質的な断絶を示唆する。別役実はパンフで「ガラスの動物園」のトム、「セールスマンの死」のにウイリー・ローマンと並べて、このジムも”どうしようもない男”の系譜に置き、このアンチヒー^ローたちの奇妙な存在感の魅力を語っているが、この芝居でのジムも現実ではダメ男でも、舞台では役として復権するのだ。ただ、「ガラスの動物園」のトムは終幕で、放浪の途次家に残した姉のローラへの詩的モノローグがあり、「セールスマンン」のウイリーが自殺した葬式で隣家のチャーリーが”セールスマン”についての述懐かあり、そこで客は悲惨な芝居に一息つけるのだが、この芝居のラストの火掻き棒を曲げるという行為は、あまりにバカバカしくて、別役はそれがかえって形而上的な祈りになったというが、救いの無い愚行の印象のほうが強い。いずれにしろ本年屈指の舞台だった。
★おくればせながら映画「スラムドッグ&ミリオネア」を観た。さすがカデミー各賞をそうどりしただけのことはある。インドの現実と人間の生死を描いて、ラストのプラットフォームのダンスシーンまで怒涛の迫力だった。また「グランプリ・トリノ」を再見した。初回で見損なった部分がいかに多いか、映画は2回みたほうがいいのか。
それでラストトシーンでは初回より心にしみて落涙した。
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by engekibukuro | 2009-05-27 11:21 | Comments(0)  

5月25日S「鴨川ホルモー」吉祥寺シアター、Aダンカン

原作:万城目学、脚色・演出:鄭義信。原作はベストセラーだそうだ。若い映像系の出演者ばかりで、私は誰もしらなかった。ホルモーという競技はよくわからんが、そのホルモーと京都の闇に群棲している「鬼」をめぐっての青春グラフテイだ・・。舞台は皆ハツラツとして活気あふれるが、この男女が京大生とうのが、時代の移り代わりを感じたものだ。
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by engekibukuro | 2009-05-26 08:46 | Comments(0)  

5月23日M「来年こそは」民芸、紀伊国屋サザンシアター

作:アン・チスレット、キース・ロウルストン、訳:吉原豊司、演出:高橋清祐。サブプライムローンのように、カナダの農村が、投資ファンドによって蚕食され、崩壊する姿と経緯を描いた作品。農業はいまやビジネスでしかなく、土地と動物、農業と酪農の牧歌的な共同体は壊滅する。いまのグローバル世界では日本もその脅威を免れるはずもなく、その意味ではアクチュアルな作品だ。しかし、芝居がもっと練れていれば、頭の理解ではなく、体感できるのにというキワミは残った。主役は樫山文枝。
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by engekibukuro | 2009-05-24 07:23 | Comments(0)  

5月21日S「通過」(作・演出:松井周、サンプル

三鷹市星のホール。松井の出世作の再演だ。舞台を四方から見下ろす客席。客席の後ろ、隙間、舞台の四隅まで多種多様なゴミで埋めて、舞台はちゃぶ台が置いてあるだけ。異様なカリスマによってこの一家に関わる人間たちが暴力的に洗脳され、病理集団(逆ユートピア)と化するという話だ。初演では舞台の袖にゴミの堆積が崖になっている外の風景がみえて、芝居のパーステクテイブの広がりがあったが、今回は人物たちの動きがちゃぶ台の周りだけに限定されるので、この異様な芝居ががんがん煮詰まってしまい、上手に描かれているからなおさら観ていて息苦しいほどで、終わるとどっと疲れる。松井の芝居つくりの才能は目を見張るほどだが、この芝居の狙いが、ゴミと人間が等価などということをいいいたいわけではないだろうし(そうだとすればこの過剰なゴミは単なる説明にしかならない)、もう一つ不分明だ。迫力満点の松井にしかできないユニークきわまる芝居だけになにか隔靴早々だ。しかし、まだまだこれからの作家だから大いに楽しみでもあるのだ。サンプルの俳優、、カリスマを演じた古館寛治が素晴らしい。こういう役を演じると天下一品だ。おなじく辻美奈子も面白い。この二人がサンプルの舞台のトーンを支えている。
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by engekibukuro | 2009-05-22 10:07 | Comments(0)  

5月20日M★「初夜と蓮根」S★★「病気」

★作:土田英生、演出:岩崎裕子、円、ステージ円。土田の作品を土田主宰のMONO以外の劇団、とくに新劇系の劇団で観ると恒常的に不満が残ってしまうのは致し方ない。舞台が開くと、すぐそっれぞれの役をMONOの役者で思い浮かべてしまう。この芝居も金田明夫扮する父親はMONOだったら土田だな、あの役は金替え、この役は奥村だなとかすぐ思い浮かべる。長い間一緒にやってきたのだから当然だが、MONOの役者は土田の芝居の空気とリズムに本能的にノッテしまう。どんな荒っぽいストーリーでも、ありえないような話でも、MONOの役者独特のクッションが効いて、話に絶妙な距離をおいて見せてしまう。円の役者も金田以下、皆上手に演じているし、話も面白いし、客も喜んでいるからまずは成功だと思うし、第一MONOの芝居を観ている客も少ないだろうから、比べるのも筋違いだとは思うが、結婚して中年になった夫婦がこれまで一度もセックスをしていないというマレな話話が、どうもベタで生々しくなってしまい、土田本来の舞台とは感触が違うと感じてしまうのは、どうにも致し方ない。
★★作:別役実、演出:K・KIYAMA,名取事務所、シアターX。舞台の電信柱に「応急救護所」という看板がかかている。受付に看護婦が一人坐っている。通りかかった男が看護婦に呼びとめられて、至極健康なのになんだかんだ話しかけられているうちに、突然現れた浮浪者に身ぐるみ剥がされ、最後には本当に病気になり、路上に捨てられてしまう。どこからか暮らしが保護されているというセキュリテイ神話を信じ、医者や医学をを盲信していた男の末路が描かれているのか・・。この舞台の断然の特徴は、別役芝居初体験の俳優座の森尾舞演じる底意地の悪い看護婦の演技。別役のどんな絶望的な芝居でも、そこにみなぎるペーソスとか隠れたユーモアで、なんとなく救われるのだが、それを発現するのは別役テイストを身につけた役者だ。だが、森尾がストレイトにがんがん演じるので、他の別役経験者の役者はそのペースに巻き込まれて、なんだかナマナマしい芝居になって、この男の自己責任が問われるような結末になった。自分で身を守ることが出来ない男は三谷昇の神様も匙を投げたようだ・・・。森尾を活用したK・KIYAMAの面目躍如の演出だった。
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by engekibukuro | 2009-05-21 10:44 | Comments(0)  

5月16日M「タトウー」新国立劇場シリーズ海外編vol3

作:デーア・ローアー、演出:岡田利規。塩田千春の舞台美術の域を超えた、無数の窓枠を天井からつるしたインスタレーションが舞台を圧するようだ。崩壊した東ドイツの廃墟から集めたものだそうだ。これは窓枠が本来属していたはずの部屋、家庭の不在を示し、喪失感を浮き上がらせるものだ。芝居は、岡田らしい身振りの記号を伴った興味深い舞台だったが、全体としてインスタレーションにドラマが飲み込まれてしまった。様々な形で、このインスタレーションに芝居の細部は関わるが、インスタレーションの強度にドラマが対抗できていなかった。だから、近親相姦を扱ったドラマの内容がみえてこない。ナチュラリズムを排した、棒読みのような俳優のせりふも、身振りもドラマの強度を感じさせなくて、最後には息切れしてしまった。俳優をインスタレーションの材料として意識して演出したとも思えないが、この舞台は塩田の個展だという印象のほうが強い。しかしとても刺激的な冒険的な試みとして岡田の模索がひしひしと感じられ、忘れられない舞台であったことは明言できる。
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by engekibukuro | 2009-05-17 08:25 | Comments(0)  

5月13日S「無頼茫々」風琴工房、ザ・スズナリ

作・演出・舞台美術・衣裳:詩森ろば。大正時代の新聞の筆禍事件を中心に、新聞と権力の抗争の歴史を描き、現在の新聞・マスコミのありかたにも警鐘をならした芝居。こういう硬質な題材に真摯に取り組み劇化し、、それを熱心観る満員の客、そういう風琴工房の活動のありかたに感服した。破天荒な熱血記者を中心に、当時の新聞社のありさま、多彩な人物を描き断章を重ねる形で創る作りあげた芝居だ。志しの高さを感じた芝居だが、難をいえば事柄の演劇的伝達の域を出なかったこと。もっと習熟して、演劇そのものの力でテーマを貫徹して欲しかった。
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by engekibukuro | 2009-05-14 12:44 | Comments(0)  

5月10日M「楽屋」(作:清水邦夫、演出:生瀬勝久)

SISカンパニー、シアタートラム。「雨の夏、三十人のジュリエットが還ってきた」と同時公演、まるで清水リヴァイヴァル。これまでこの芝居はいろいろな集団で上演されてきた名作だ。今回は、小泉今日子、蒼井優、村岡希美、渡辺えりという豪華カyストで立ち見がでる大盛況。生瀬の”とにかくおもしろくする”という意気込みが実って、下手すると陰々滅滅の芝居になってしまうのを、笑いとペーソスをブレンドして、芝居の魔力、女優の役への執念の世界を、まさに面白く見せた。これはキャストそれぞれの特性を活かしたからで、村岡の豊満と孤独、蒼井のおかし味たっぷりの悲痛、小泉尾・渡辺のプロンプターどまりで亡霊になってしまったコンビのいとおしさ、それらをそれぞれの出自の違いもプラスにして、見事な舞台を創りあげた。この芝居の目玉の一つは、チェーホフや三好十郎の名作を女優たちが演じるシーンで、ラストの「三人姉妹」のラストシーンの場も新劇臭くなく、独特の味わいがあった。
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by engekibukuro | 2009-05-11 10:15 | Comments(0)  

5月9日M「関数ドミノ(作・演出:前川知大、イキウメ

赤坂レッドシアター。05年に初演された作品。「身近な生活と隣り合わせに異界が現れるスリリングな世界観と、運命についての法螺話。イキウメ・スタイルの原型となった作品」だそうだ。なるほど、これが原型かと納得した。ドミノという超能力の持ち主の話で、とてもややこしい話だ。よくもこんなややこしい話を芝居にできたなと感心したが、どうも異界になじみにくいたちなので、ドミノというものがもうひとつピンとこない。しかし、芝居がおわったとき後ろの席の若い女性が”ああ、面白かった!と心からの満足を漏らしていたらしいから、こちらのトシのせいもあるのかな・・・・・。
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by engekibukuro | 2009-05-10 10:12 | Comments(0)