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9月28日M★「黙読」S★★「世田谷カフカ」

★作・演出:加藤一浩、東京乾電池、シアター711。登場するのは男二人、女一人。それぞれ常時本を携帯している。背景は三人の共同生活の準備中の話だ。会話も出来事も抽象と具象のねじれと亀裂が基本トーン。椅子とかモノの扱いがイヨネスコを感じさせ、自分の言葉の発声を即座に外在化、客観化するセリフはコルテスを思わせ、男二人、女一人の組み合わせはトリフォー風、そんなことを思わせつつ、加藤独自のオリジナルな世界が亀裂を伏在させつつ展開する。細部の意表がごく自然につらなるシンプルな3人芝居をゆるみなく1時間半もたせる力はそうとうなものだ。観終わって後をひく異色の作家の芝居は、いまの若い世代の主要をしめる現代口語劇ーナチュラルな芝居をつまらなく思わせる力がある。
★★~フランツ・カフカ「審判」「城」「失踪者」を草案にして~。脚本・演出:ケラリーノ・サンドロヴィッチ、ナイロン100度C、本多劇場。カフカの長編3本を、スペクタクルな見せ場を随所にちりばめて、カフカの世界を親しみやすい場所・世田谷に移し変えた。3作のそれぞれのヨーゼフ・K(カー)を一同に集めたりの、ケラらしいアイデイアが生きた異色のカフカ劇だった。ケラの力作が続いた後からだろう、リラックスした雰囲気があふれた舞台だった。

 *27日「宮城野・お詫び」の誤記訂正の一箇所(文中2行目)が未訂正だというご指摘を受けました。お詫びして訂正いたします。
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by engekibukuro | 2009-09-29 13:39 | Comments(0)  

9月28日 お詫び

9月21日記載の「宮城野」のブログで大きな間違いをしてしまいました。出演なさった安田顕さんのお名前を矢野顕と誤記してしまいました。本文は訂正しましたが、ご本人および関係者の方、ブログをお読みになってくださっている皆様に心よりお詫びいたします。コメントのチェックとお詫びが遅くなってしまったことも重ねて陳謝いたします。
         
    江森盛夫
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by engekibukuro | 2009-09-28 11:16 | Comments(0)  

9月25日S★「て」26日M★★「愛とその他」

★作・演出:岩井秀人、ハイバイ、東京藝術劇場小ホール。東京藝術劇場の藝術監督に就任した、小ホールを使って若い意欲的な劇団の公演を重ねる企画「芸劇eyes」の第一弾。初演の評判を聞いていて、期待していた作品だった。期待どうりの第一弾にふさわしい上演だった。岩井の家族を描いた極私亭なしばいだが、十分皆それぞれが思い当たるところがある内容の芝居だ。細部がきちんとアクセントをつけて丁寧に描かれていて、その積み重ねが全体を厚みのある舞台に仕立てられていた。セリフも登場人物たちの過剰な繊細さと暴力性がうらはらになった一種のサスペンスをはらんだ、切れのよいものだった。祖母の死を巡っての家族の崩壊の局面を描くが、祖母が若い女優が老けずにそのまま演じ、母親を男の役者が演じる。極私性の湿度を感じさせないで、より普遍的な世界に変貌させる試みだろう。ゆるみのない舞台で満足したが、祖母が常時手ににしている模型の手が分かりにくい。アフタートークのアンアケートでは、それが義手だという解釈が大半だったが、岩井は義手ではない、仮面のようなものだと言い、この芝居の発想はその「て」からのもので、だからタイトルにしたというが、一寸飲み込みにくい。その「て」は強い印象を残すが、芝居の内容と分離しているような感じが否めない。それがこの芝居の底部を象徴しているなにかとも思われるので気になった。
★★作・演出:加藤一浩、東京乾電池、シアター711.加藤の作品をなじめて観た。とてもユニークなもので、面白かったが、ひっかかりかつかめない、途方にくれるような芝居でもあった。女ばかりが7人でてくる。ある家の食卓がある部屋に、まず娘の友達が訪ねてきた。母親が出てきて、角替和枝が演じるのだが、この母親一旦消えると次には同じ衣裳で別の女優が演じ、さらに三番目の女優がでてくる。3人の女優が同一人物を演じるのだ。そして隣の家の主婦が部屋に入ってきて、さらに近所の主婦たちがぞろぞろはいってくる。話はクッキーを焼いて失敗したり、庭の野良猫たちがどうしたとか、町内会のゴタゴタの話で盛り上がり、色々種々雑多な話題がりとめなく連綿と続く。座布団の敷き方もうるさくて、一寸シュールなテイストは吉田戦車の漫画のようでもあり、そのうち、快い違和感といった空気が客席に漂ってきた。女優たちの演技もいわゆるウマさとは無縁の演技術で魅力的だ。いかにも乾電池風ではある。この上演は「加藤一浩作品集」と銘打って4本の芝居を上演する。ほかの舞台も観て加藤のテイストの基を探りたい。
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by engekibukuro | 2009-09-27 16:15 | Comments(0)  

9月24日M★「命を弄ぶふたらり」M★★「BUG」

★作:岸田国士、演出:柄本明、東京乾電池、シアター711。同劇場の加藤一浩作品集公演の番外公演。線路脇の空き地に、眼鏡をかけた男が坐っている。そこへ顔を包帯でぐるぐる巻きにした、ぼろい浴衣姿の男が現れる。このふたりは線路に飛び込んで視察を企てるつもりの男たちだった。原因は一人は新劇の役者で、恋人が男が劇団の女優と関係があるというあらぬ噂に苦しんで永久に去ったこと。一人は科学者で事故で顔面が潰れて、いいなずけと醜い顔をしたまま結婚生活が出来ないこと。そういうことをとつおいつ話しながら、どちらが先に飛び込むかか言い争う。列車が通るたびにお互いに飛び込むか失敗してしまう。岸田はこのふたりが本気で自殺したいのか、たんにそれらしく思い込んでいるだけなのか、結局命を弄んでいるだけじゃないのかとと、人間の本気と思い込みのギャップを辛らつかつ情愛をこめて描き出す。岸田の苦いユーモアをこめた人間観がたっぷり感じられる芝居だ。眼鏡をかけた男が山地健仁、包帯をした男が柄本明。芝居は柄本ペースだが、新人ときちんと向かい合って演技する柄本がすがすがしい。岸田のめったに上演されない戯曲に光をあてて真価を惹き出した試みは大いに価値がある。面白かった。
★★作:トレシー・レッツ、訳・演出:坂手洋二、燐光群、ザ・スズナリ。オクラハマのモーテルに住む、麻薬と酒に溺れている”私の人生は最低よ”と自嘲している44歳の女と、ある日ふらりと女の友達が連れてきた飄々とした男が気があって同棲し始める。女の元亭主は強盗事件で刑務所に入ったが、保釈ででてきて女を苛む。二人の子供は行方不明になっている。同棲している男がある晩、部屋に虫をみつける。その虫は男の皮膚に食い込んでただれをつくる。芝居はこの虫が男を、次に女を食い荒らしてゆく話。男は軍隊にいて医学的なモルモットにされて、生物兵器の実験台にされ、軍隊を逃亡し追われているという。この男の偏執が妄想なのか、後に出てくる医者はこの男がパノライアだというが、真偽はあいまいだ。芝居はこの二人の虫にたいする妄執の昂進の極点まで追い詰める。部屋の壁をサランラップで覆いつくし、最後には部屋ごと石油で場j爆発させて二人は死ぬ。西山水木と大西孝洋が男女を演じて大熱演。西山は最後は半裸姿だ。あまりに凄まじいのでもうヘキヘキしてしまうが、観終わってしばらくすると、アメリカ人好みのタランテイーノ風のエンターテイメントだという気もするが、人生に絶望している男女が真偽不明のホントらしい妄想に狂奔して人生に決着をつけるという物語は、一つの象徴性を獲得している舞台だと思い直すことができた。西山と大西の演技は戯曲の要請に最大限に応えていたのだ。
の出
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by engekibukuro | 2009-09-25 16:32 | Comments(0)  

9月23日MS「ユートピアの岸へ」(作:トム・ストツパード)

翻訳:広田敦郎、演出:蜷川幸雄、Bunkamura20周年記念金特別企画、シアターコクーン。開演12:00、終演10:20の無論休憩はあるが、10時間になんなんとした第1部、2部、3部を通してみた。このロシヤ、ヨーロッパにまたがる19世紀の革命家、それにまつわる多種多様なインテリゲンチャ、その家族、召使を演じる多数の俳優の、阿部寛、勝村政信を筆頭にしたした演技陣の総体としての水準の高さをまざまざと感じさせた舞台だったこと。この成果は蜷川マジックでもあるのだろうが、俳優たちの自主努力の結果だろう。膨大で難解なセリフを芝居の中に違和感なしに溶け込ませたことは相当凄いことだ。日本の現代劇の底力を確かめられた喜ばしいことだった。19世紀の亡命革命家、ゲルツエン、バクーニン、オガリョフなど日本では馴染みのない人々の運命を描いたこの芝居の現在でのかかわりは、いまやロシヤでもヨーロッパでも日本でもインテリゲンチャという社会層が全く存在しなくなったということをを巡問題だろう。しかし、この芝居はかってのインテリに対するノスタルジアではなく、難しいが多くの示唆に満ちていて、これから考えることだが・・・。しかし、この資産家の亡命貴族たちの物語は凄まじい色恋沙汰、スキャンダルも重要部分で物語そのもとしても十分面白いのだ。カーテンコールには客席はスタンデイングオベレーション、舞台側もこれに応対してお互いの”敢闘”を讃えあった。この芝居をよりよく理解したい方たちには、この芝居の元になっている本2冊を紹介しておく。英国の国際政治学者でロシヤ史専門のE・H・カーの「浪漫的亡命者」(筑摩書房)、ちなみにこの本は寺山修司の愛読書だった。もう1冊は同じくE・H・カー「ミハイル・バクーニン」(未来社)。版元には在庫切れだろうが図書館にはあります。
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by engekibukuro | 2009-09-24 18:33 | Comments(0)  

9月21日M「宮城野」(作:矢代静一、演出:鈴木勝秀)

草月ホール。草刈民代の初舞台。相手は安田顕の二人芝居。草刈が演じる宮城野は江戸の遊郭の女郎。安田の役は宮城野のなじみ客の絵師・矢太郎。矢太郎は師匠の天才浮世絵師・東洲斎写楽を自身の手で殺めてしまった。舞台は遊郭の座敷。宮城野はすでに矢太郎の写楽を殺めてしまったことを知っている。芝居は、その殺しの顛末、写楽の孫娘と矢太郎の関係、宮城野の女郎になったいきさつなどが二人の会話で浮かび上がり、遂には宮城野が矢太郎の逃亡の手助けをして、さらには自分で矢太郎の罪をかぶるところまでの話だ。草刈が素晴らしい。芝居がたどたどしいところがあるが、それがなんともいえない初々しさになって、矢代の祈りがこめられた美しい聖女として自然に感じられるのだ。バレーのプリマドンナとしてのキャリアを終わらせた彼女だが、バレーの舞台経験はドラマの舞台にすんなりスライドして、板にしっかり着いていた。安田もしっかり応対して芝居を地につけた。人気演出家のスズカツは多種多様の芝を手がけるが、この舞台は草刈の存在によって矢代のカソリックの世界、マリア信仰の祈願を美しい舞台にして仕上げることができた。
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by engekibukuro | 2009-09-22 10:13 | Comments(2)  

9月20日M「ハイライフ」(作:リー・マクドウーガル)

台本・演出:流山児祥、流山児★事務所。theatre iwato。この芝居三回目だが、何回観ても面白い。カナダの作家が書いたジャンキーたちの滑稽だが切ない話。ずいぶん杜撰な銀行襲撃が、決行まぎわに仲間内の喧嘩で大失敗。この芝居は流山児の演出作品では最上のもので、事務所の貴重な財産だろう。初演以来の塩野谷正幸、若杉孝二を軸にした演技陣も堂に入っていた。ただ、今回のプレート舞台の四隅の下にベッドを置いた舞台は、かなりショーアップした演出だが、少々上滑りしていた。ジャンキーたちの滑稽だが切ない人間味の実質の伝わり具合が薄くなってしまった感じがした。
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by engekibukuro | 2009-09-21 09:31 | Comments(0)  

9月19日M「旅とあいつとお姫さま」座・高円寺

原作:アンデルセン「旅の道ずれ」・ノルウエイの昔話「旅の仲間」、脚本・演出:テレーサ・ルドヴィコ、台本:佐藤信。座・高円寺の目玉企画である主として杉並区の子供あっち向けの児童劇の第一弾。父親を失ってひとりぼっちになった若者が、夢のみたお美しい少女を探しに旅に出る。途中で悪者に殺されたうえに、死骸を踏みつけている現場に出会う。若者は親から譲られた全財産を悪者に渡してし死者を墓に葬るように懇願した。その死骸が蘇って若者の旅の苦難をたすける”あいつ”になった。若者はとうとう少女に出会う。少女は王家のお姫さまだった。ところがその姫は悪魔に取り付かれたとんでもない人殺しだった。若者は”あいつ”に助けられて姫にとりつく魔王を退治して、姫の魔性をとりはらい晴れて結婚する。テレーサは「悪意を愛に変える劇」だとしているが、この舞台は無償の愛と悪が立ち向かう、とくに悪に取り付かれた姫の迫力がきわだっていた。展開がスピーデイでシンプル、姫の辻田暁がダイナミックで魅力的。それを助ける高田恵徳、KONNTAらが何役も演じて盛り上げた。子供たちも悪と愛の姿がくっきり胸に残って忘れないだろう。、
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by engekibukuro | 2009-09-20 08:19 | Comments(0)  

9月17日M★「久保田万太郎の世界」★★「哀愁の町に霧が

★「短夜」「燈下」の2本立(演出:黒木仁)文学座有志による自主企画、文学座アトリエ。「短夜」は浅草の大店の息子の先代が死んだあとにもらった嫁との別れ話。「燈下」は町の有力者が神経の病で寝たり起きたりだったが、ようやく快方に向かった夜、近所の青年が訪ねてきて昔話をする芝居。おかみさんと一人息子がいる。文学座には久保田万太郎の高弟の竜岡晋という人がいて、文学座の万太郎の舞台のスタイルを創りあげた。そのスタイルが現在でも継承されtいる。かっての下町言葉は今聞くと多少の違和感があるが、その言葉や振る舞いはきちんと様式化されている。「短夜」の中村影男、「燈下」の鵜沢秀行の芝居は、その典型で見応えがある。下町の人々は、相手やまわりの人たちに大変に気を使って言葉をつくすが、なかなかそれが意のあることが通じない、それに堪えて暮らす行間の間の張り詰めた寂しさが万太郎世界の真骨頂。万太郎の芝居は底光りしている。
★★「哀愁の町に霧がほにゃらら」(作・演出:御笠ノ忠次)SPACENOID、王子小劇場。スペイスノイドはもともと千葉の八千代市の高校生仲間がつくった集団。演出の御笠ノは特攻隊を描いた芝居「出口のない海」で「若手演出家yコンクール」の優勝賞を獲った。この芝居は御笠ノが愛読しt椎名誠の仲間との共同生活を描いた「哀愁の町に霧が降るのだ」に憧れて、スペイスノイドの仲間と石神井の
ワケアリ物件を借りての共同生活をそのまま芝居にした。まあ、青春グラフイテイ。なかなか個性的な連中が、今風のイキイキした会話が耳に快く、それぞれ表現者として巣立ってゆくであろう青春のキラリと光る1ページだ。
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by engekibukuro | 2009-09-18 11:57 | Comments(0)  

9月15日M★「青木さんちの奥さん」★★「ユエナキ子」

★作:内藤裕敬、演出:平田オリザ、こまばアゴラ劇場、青年団プロジェクト。平田が大幅に書き換えて、平田流のファルスにして面白いが、この狭い空間では過剰に騒々しい。青年団の初期では、この空間でも聞き耳を立てねばならなかったことを思い出してしまった。
★★作:宇梶剛士、演出:石田恭子、劇団パトスパック、吉祥寺シアター。パトスパックは宇梶、石田と唐組にいた金井良信がつくった劇団。そのVOL4公演。副題は”ドウシテ、イキテイルノダロウ・・・”石井里弥が演じるヒロインが生きていることへの煩悶を、夢と現実を混淆させて描く。イメージは多彩で整合的でリリカルでもあり、俳優陣も懸命に演じているが、ヒロインの煩悶の内容が夢のイメージに押しつぶされて、十分には共感しにくいのが難点か・・・。、
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by engekibukuro | 2009-09-16 14:31 | Comments(0)