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6月28日(月)M「峯の雪」(作:三好十郎、演出:児玉庸策)

劇団民芸、紀伊国屋サザンシアター。昭和19年に書かれた没後発表作。九州の陶工の名人が、国策により軍事用品の碍子をつくることを要請されて、名人気質の美意意識がそれを拒み、弟子に任せて自分は百姓として生きることを選ぶ・・・。が、弟子や長女の苦労、可愛がっていた近所の青年の出征、蒙古に行って最前線で国のために働く次女の里帰りなどで、頑固な拘りが揺らいで、最後に国策に沿うことに・・・。間に近所の名人に失望した悪酒の陶工仲間や、弟子と娘達の恋の軋轢、鑑定依頼の美術商のはなしなどがちりばめられて、戦時期の日本人の暮らしが浮かび上がる。しっかりした芝居だ。三好の芝居の価値を再確認させた舞台だった。なにより三好の個人と国家の間で折り合おうとする必死の誠実さが胸を打つ。そして日本人の良質のメンタリテイが登場人物にしなわっていることにも打たれる。それに三好はあざといくらい芝居つくりが巧い。客を舞台に釘付けにするワザをたっぷり心得ている。それを児玉がてらいなく正攻法の新劇のリアリズムで演出し、俳優達がきちんと応えている舞台はもっとも良質の「新劇」のサンプルといっていい。歌舞伎同様、日本の演劇の伝統に「新劇」がしっかり位置していることを示した舞台だった。若い人たちにぜひ見てほしい芝居だ。岡田利規の舞台を観るのと両立させる幅の広い観劇が望まれる。古い、新しいといっている時代ではなくなっている。個々の舞台を観るしかないのだ。内藤安彦の名人は沈着無類、他の俳優も若手まで役の人物になりきっている。民芸は大滝秀治と奈良岡朋子だけだみたいな謬見は完全に消えた。

▼メモ。今回の民芸のパンフレットも立派なものだった。「総戦下の三好十郎」鶴見俊輔、「三好十郎のこと」吉本隆明、「戯曲集「峯の雪」あとがき草稿」三好十郎、「三好十郎という個性」大笹吉雄、それに毎回のパンフの目玉の木村隆のインタビュー、”シリーズ 会いたい”は今回は長女を演じた中地美佐子さん。いずれもたっぷり読み応えがある。
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by engekibukuro | 2010-06-29 11:22 | Comments(0)  

6月27日(日)M「Limit」『構成・ 演出:木村真悟)

ストアハウスカンパニー、日暮里・d-倉庫。長年の江古田の根拠地が使用できなくなり、カンパニーの初の外部の劇場での公演。客席の傾斜が急で舞台を見下ろす感じはまるで江古田と違う。木村はこのタッパの高い劇場の特性を巧く活かしていた。開幕、音楽がいつものアップテンポのジャズ風のものではなく、”エリーゼのために”が聴こえて来たから意表を衝かれる。9人の男女がぐるぐる歩き回っているうちに、客席に固まって進みだす。その行列は暗く追い詰められた感じで、まるで強制収容所へ追われて行くようだ。突然一人が横向きに倒れる。あとはその連鎖でバタバタ倒れてゆく。また固まって一人が千昌夫の「北国の春」をがなるように歌う。突如白い幕が下ろされ、客席が遮断されたあとは幕に写るビデオ映像で9人の思い思いの動きを見せる。そのうち一人が消えた。音楽がいつものアップテンポのものに変わり、幕がとれて天井から古着のかたまりが落ちてきて、それぞれがソレを着て仮装しだす。ラストに色とりどりの古着で仮装した群れに、さっきの消えた男がバッチリしたスーツ姿で犬をつれて戻ってきた。一切はこの男の幻想か、この男が集団の幻想か・・・。犬の自然な居方が虚構をあざ笑っているようで・・。木村の独創的な発想による身体パフォーマンスは、この劇場で別種の展開をみせて面白い舞台だった。この集団の芯は、与えられたシチエーションでパフォーマーたちが、どんな思念・感情ををこめるかにあって、その強度が決め手になっていると思う。ストアハウスの活動はまだまだ”Limit"は遠いと思わせた上演だった。
▼メモ。d-倉庫は素敵な劇場だね。ロビーには広いテーブルがあり、灰皿があり、売店ではビールが買え、舞台も集中できる独創的な構造だ。居心地がいいのは東京の小劇場では最高だ。
・谷岡健彦さんの週刊金曜日の俳句欄で選ばれた俳句を紹介する。題は蛍・・”ほうたるをのせてやさしきたなごころ”。かなだけの感じがとてもいい。
・宝塚祈念ー競馬は騎手ではないと、何回も思ったのに・・・。
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by engekibukuro | 2010-06-28 12:04 | Comments(0)  

6月26日(土)M「春の光」(作・演出:長谷川孝治

弘前劇場、アサヒ・アートスクエア。春、結婚式が執り行なわれる神社の控え室が舞台。無論青森の神社。この控え室は新郎の同僚や関係者の部屋らしい。部屋での主とした話題は一ヵ月後に開催する映画祭の準備のこと・・。巫女だとか式の司会者だとかも出入りし、旧知との邂逅とか、親子の軋轢とか控え室は式だから久しぶりに会う破目になった人々の問題があり、なんだか変に煮詰まってくる・・。控え室に集約された地方の生活はもう東京では失われた率直で裏表がない豊かな人間関係が舞台を覆ていて、それを感じるだけでホットする。津軽弁、長谷川独特の薀蓄、時に舞台を横切るリリカルな線、この長谷川の芝居の三種の魅力は備わっているが、地方の習俗からなのか、結婚式、披露宴、2次会?この控え室でどの会を控えているのか判然としないのが一寸もどかしい。左右同時進行の平田オリザ流の展開も、ざわざわした雰囲気醸成に効果的だったが、とにかく春の光とともにその一日は終わったようだ。

▼メモ。土曜日、おもろの日。カップル、中川君、久しぶりの岸本さん。無論、日本中がそうなんだと思うが、飲み屋の話題は、もっぱらサッカーの話し。岡田バッシングが崩れたのが悔しいのか、フロックだとか、相手GKの判断ミスだとかいう、サッカー評論家がいるとか・・・。おかげで泡盛きまりの2杯を一杯増やしてたちどころに化学変化・・。
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by engekibukuro | 2010-06-27 08:08 | Comments(0)  

6月25日(金)S「ザ・kyラクター」(作・演出:野田秀樹

NODA・MAP、東京藝術劇場。劇場の芸術監督に就任して初めてのロングランの本公演。池袋の風景が変わるだろう。野田の芝居としては暗い内容である。オーム真理教のことが歴然とわかる芝居。麻原にあたるのは古田新太扮する書道の家元。芝居は習字、漢字、半紙、墨など書道のイメージが乱舞する。パソコンの文字と書道の文字の比較。墨で塾生に署名の稽古をさせて、家元はそれを悪用して財産を奪う。現今の日本人の精神の劣化を糾すメッセージが伏流する芝居だが、野田らしく単色を排してギリシャ神話の神々にを登場人物を変身させて舞台を盛り上げる。「ロープ」のヴェトナム戦争と同じく、過去の事件の痕跡の究明から現在に光をあてる問題意識がなまなましく、野田の危機感を如実に感じる。ただ、この書道教団内外の人間関係が一寸わかりにくい。主役宮沢りえは存在感に充ち素晴らしい意が、いまひとつ人物像が不透明なのが残念。しかし、真摯でイメージ豊かな舞台であり、池袋の文化が豊かになった。

▼メモ。ワールドサッカーを見て寝不足の一日。劇場であった村井健さんも同じだと・・・。
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by engekibukuro | 2010-06-26 11:41 | Comments(0)  

6月23日(水)M「6週間のレッスンン」あうるすぽっと

作:リチャード・アルフイエリ、演出y:西川信廣。フロリダのコンドミニアムに住む老婦人リリー・ハドソン(草笛光子)は出張個人レッスン「6週間でマスターする6つのダンスレッスン」を申し込む。この芝居はダンスのインストラクター、マイケル・ミネッテイ(太川陽介)とのダンスを介しての交流を描く。第1週はスウイング、2週はタンゴ、3週はワルツ、4週はフォックストロット、5週はチャチゃチャ、6週はコンテンポラリー・ダンス。マイケルはゲイだ。二人はお互い警戒心からの誤解が解けず、なかなか打ち解けなかったが、とにかくレッスンは続いた。そのうちリリーはマイケルがゲイ特有の神経過敏で感情過多ではあるが、心底は優しい男だということがわかってきた。この喧嘩しながら打ち解けてゆく過程が、草笛相手の太川が、過去にブロードウエイのコーラスボーイだったという陰影が匂う男を魅力的に演じて、素敵な舞台になった。06年の初演はこの役は今村ねずみだったが、太川のほうがイイね。1933年生まれの草笛はますます老年の輝きをまして、ダンスはおてのものだし、ゴールデンコンビの趣があった。ラストのリリーが病をえて、通院を手伝うマイケルの二人が、眼下のフロリダ湾に射す壮大な夕陽をヴェランダから眺めるシーンは感動的だった。

▼メモ、はて・・・。
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by engekibukuro | 2010-06-24 10:25 | Comments(0)  

6月22日(火)S「ベンガルの虎」(作:唐十郎演出:金守珍)

新宿梁山泊、新宿花園神社 特設紫龍テント。
幕開き、中山ラビがギターをもって登場、ひとしきり暗い低い声で歌う。続いて舞台下手の3列の公衆便所から田村泰二郎の隊長を先頭にビルマ・バッタンバンからの帰還兵が「埴生の宿」を合唱し、ビルマに残って死んだ兵友の遺骨を収集するため竪琴を爪弾きながらビルマのジャングルを歩く水嶋上等兵に帰国を呼びかける。転じて錦糸町の途上、街の女たちがケバケバしい格好で徘徊しての合唱・・。これで金の蜷川幸雄から学んだ幕開き途端に客の心を掴んでしまうワザが鮮やかに決まる。あとは下谷入谷の町内からビルマ・バッタンバンまで死んだ兵士の白骨が入った行李が時空をこえて飛び交う芝居の宇宙が広がるばかり・・。水嶋のホントーの妻か、心の妻か判然としない女を演じる水嶋カンナを中心に、旧状況劇場の古強者十貫寺梅軒と田村泰二郎が脇をかたく占め、唐の名作が蘇る。水島カンナの奮闘がラストまで貫通し、幕がおとされ背後の新宿の街にクレーンで舞い上がる。金の唐十郎の芝居の継承をライフワークにするという決意はこの舞台でも十全に示された。

▼メモ。午後晩成書房で第三次「シアターアーツ」の初号の発送。旧来より40ページ増えた渾身の出発。私も「舞台人クローズアップ」という連載を開始した。今回はもとこんにゃく座の無類の歌姫竹田恵子さんの「オペラひとりっ切り」を取り上げた。是非お読みください・・。
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by engekibukuro | 2010-06-23 13:01 | Comments(0)  

6月21日M★コクーン歌舞伎S★★ナイロン100℃

★「佐倉義民伝」(演出・美術:串田和美、脚本:鈴木哲也、音楽:伊藤ヨタロウ、ラップ歌詞:いとうせいこう)
串田の演出家としての才気に改めて感服した舞台だった。歌舞伎の名作だが、こちらは初見。悪政に虐げられた民百姓の代表として名主木内宗吾が一身を犠牲にして、幕府に直訴し、磔刑にさらされ妻子も道連れになったこの芝居の、悲痛な名場面に流石だと涙腺が緩んだが、この舞台の素晴らしさはヨタロウ・いとうのラップの劇的効果だ。芝居の主要な段落ごとに、百姓衆がラップで悪政を糾弾する効果は、その音楽性がシュプレヒコールなどのナマ効果を凌駕する”芸術性”を持っている。アッピールの深度が深く、客の心に直に届く。ラストシーンでは悪代官も義民・勘三郎も登場人物全員がラッパーになり、佐倉の出来事だけではなく、それを越えて20世紀の民衆の苦難を列挙してラップする。昭和の戦争、ヴェトナム戦争、沖縄、さては9.11まで・・・。それが少しも不自然ではなく、佐倉の苦難が現在の世界にも未解決のまま続いていることを納得させた。これからのデモ行進はシュプレヒコールよりラップのほうが数層倍効果があると思わせた。役者ではラストの一場面だけに出てきた明治の警官役の井之上隆志が場面をさらって際立った。大ファンだから嬉しいね。
★★「2番目、或いは3番目」(作・演出:ケラ)本多劇場。久しぶりにナイロンのメンバーがそろった芝居だ。舞台は廃墟の町。その町へ救援のためにやってきた男3人、女二人。皆貸衣装のような19世紀風の身なりだ。その町で救援活動というか町の人々と交流が始まる。町の住民は廃墟で不自由に暮らしているのに妙に明るい。特にきわだった事件が起こるわけではなく、ケラは交流する人間そのものを愛おしく描きだす。それは長年連れ添ったナイロンのメンバーへの気持ちに通じ、ケラは知り尽くしたメンバーの個性に沿って描き、それを、犬山イヌコ、みのすけ、三宅弘城、峯村リエ、大倉孝二、松永玲子、村岡希美、藤田秀世、長田奈麻らのメンバーと客演の緒川たまき、マギーらが自分の持ち味を出し尽くして演じ、ケラ・ナイロンのテイストが全開した舞台になった。ケラ特有の滅亡への憧憬が基底低音として響いている廃墟のチェーホフ劇だ。

▼メモ。「佐倉義民伝」に子役が大勢出る。子役出身のせいか子役を見るのが今まで好きでなかった。が、今回の舞台の子役の素直な芝居は好感をもって見られた。歳の効かな・・・。昼3時間、夜3時間の芝居はさすがに疲れるね。帰って、登山して疲労困憊して山小屋についた時のようにウイスキーが救ってくれた。命の水だね・・・。
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by engekibukuro | 2010-06-22 07:37 | Comments(0)  

6月20日(日)「フツーの生活・沖縄編」(作・演出:中島淳彦)

中島淳彦 戦中戦後三部作連続公演(長崎編、宮崎編と続く)、紀伊国屋ホール。
 米軍の上陸が迫る戦争末期沖縄のガマ(洞穴)に閉じ込められた沖縄の人々の極限状態の苦難を描く。大けがした敗残のヤマトの軍人も強引に入ってきた。中島は一人ひとりの住民を丁寧に描き、ガマ中の状態を真に迫るように髣髴とさせた。中島の劇作家としての力を如実に感じさせた舞台だ。役者達もきとんと人物になりきっていた。現在の沖縄・普天間の問題、戦争のときは本土の捨石にされ、いまもそれが繰り返されているとき、まことにこの芝居はアクチュアルだ。!どんなひどい状態でもなれれば「フツーの生活」になってしまう人間の現実を中島は見つめている。


▼メモ。ジーン・ベネデイテイ「スタニスラフスキー伝」読了。97年に出版され買いっぱなしになっていた本をやっと読んだわけだが、この時期に読んだのもなにかの巡り会わせだろう。とニかく10代に教わったスタニスラフスキーシステムはソビエト権力によって、社会主義リアリズムのために図式化された教義だったのだ!これで積年にわたるスタシステムへのアンビバレントは氷解した。そして一個の芸術家としてのスタニスラフスキーへの尊崇の気持ちが湧出した。
・福島・函館のローカル・草競馬になってからプラスになった。
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by engekibukuro | 2010-06-21 11:09 | Comments(0)  

6月19日(土)M「電車は血で走る」劇団鹿殺し

作:丸尾丸一郎、演出:菜月チョビ、東京藝術劇場小ホール。初見だがいかににも大阪でしか出来ない芝居だね。電車の大事故で亡くなった子供の追憶を、工務店の職人達がつくった歌劇団の芝居と絡めて、職人達の哀歓を縫いながらの音楽劇、電車は楽隊の隊列で現されて、さまざまな小ドラマを載せてゆく・・。大阪風のくどさはあるが、独特の劇団だという強い印象は残った。

▼メモ。劇場で隣の野田学さんと観劇。ドトールでお喋り。おもろへ。中川君とK先生。今晩のオランダ戦の視聴率、その時間飲み屋はガラガラだろう。萱のママは4年前にはゲームの時間に誰もこなかったといっていた。劇場は・・?オランダ戦、惜敗だった、残念!
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by engekibukuro | 2010-06-20 08:20 | Comments(0)  

6月18日(金)S「裂躯(ザックリ」(脚本・演出:下西啓正)

乞局、笹塚ファクトリー。箍が外れた芝居なのは毎度のことだが、今回はちょっと様子が違う。今までは一応整合された体裁がある芝居だったが、今回は親殺しのモチーフは強烈だが、芝居の枠がよくつかめないのに、個々の人物の台詞は芝居の枠から外れたナマのリアリテイがは突出する。セットをはじめ丁寧につくってあるし、役者も下西の台本に懸命に忠実に演じている。客の理解におもねらず、自分のモチーフを堂々と提示し、自分流の芝居を貫徹する態度は感心するが、今回はちょっとついてゆくのが大変だった。

▼メモ。芝居が終わった後、出演者の石村みかさん、マネージャーの吉久さん、谷岡さんと笹塚の居酒屋で飲む。石村さんは扇田拓也さんのパートナーだ。彼女が前にいたMODEのあhなしや、色々芝居の話で弾んだ。
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by engekibukuro | 2010-06-19 11:00 | Comments(0)