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9月29日(木)S「LOVE GAME LOVE」ARICA 

出演:安藤朋子、演出・構成:藤田康城、テクスト:倉石信乃、装置・オペレーション:高橋永二郎、音楽・演奏:猿山修、高橋永二郎、茂木夏子、衣裳:安藤陽子、森下スタジオ Sスタジオ。
 対面式空間の中央に大きなシーソー機械が設置されている。安藤はそのシーソーの窪みで演技する。シーソーの左右の操作の揺れに従って、寝転んだり、滑ったりしながら、テクストに参照したという近松門左衛門「おなつ清十郎五十年忌念仏」に由来する日本の女の古風な情念がこもった台詞を生々しく語り、つぶやき続ける・・・。後で聴くと、シーソーの上での転変激しいパフォーマンスで生傷がたえなかったそうだが、薄暗がりで、シーソー稼動の機械音が断続的に刻まれる空間で、安藤の常より過剰な台詞の生々しさ、衣裳を脱ぎ捨ててゆくセクシュアルなアクションと、シーソーという機械・モノとの対比が、有機的なものと無機的なものの融和性という虚偽が剥奪された状態、たとえば原発と人間という対比まで、考えてもおかしくないかもしれな・い・・・。それくらい安藤の演技の凝集度が高く、シーソーを使ったパフォーマンスというアイデイアが抜群だった。シーソー機械というオブジェを使い、安藤を取り込んだインスタレーションとしてのアートか、安藤の演劇的世界の更なる展開とも判然としないところが境界藝術として新鮮だった。アフタ-トークで藤田が、いずれこのシーソー機械のさらなる開発を勧めて、電気を発する機械にして、東電に対抗する極小自家発電機にするという・・・、近松の情念が機械に籠もって凝集されて電気を起こす・・・!

▼メモ。メジャー公式戦最終日。イチローのマリナーズと松井のアスレチックスの対戦。アスレチックスが勝った二人とも無安打。ただ、イチローが素晴らしいファインプレイを見せてせめてものシアトルのノファンにサービスした。イチローは184安打1、11年連続の200本安打は果たせなかった。しかし、11年連続180本安打を売った選手は3人しかいない。スタン・ミュージアルとピート・ローズ、その二人と片を並べるのだからイチローは凄い。来年は今年活躍しだした若手選手、アクリー、コーポ、スモーク、彼らがクリンアップとして活躍してイチローとともに毎年最下位から脱却したチームに来年はして欲しい・・。
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by engekibukuro | 2011-09-30 11:59 | Comments(0)  

9月28日(水)メモ








▼デボラ・ソロモン「ジョセフ・コーネル 箱の中のユートピア」(白水社)読む。
20世紀の風変わりなアメリカのアーテイストであるジョセフ・コーネルの500ページ近い伝記。日本でも展覧会が何回も行われ、作品のコレクターも多いらしいが、わたしはこの人を知らなかった。コーネルの作品は、チープな雑貨や、写真や、名画の複製などを材料にしたコラージュ・・。それを箱につめた箱作品・・。そういう箱作品とアッサンブラージュで、シュールリアリズムの作家たち、ナチを逃れてアメリカにきていたヨーロッパの例えばマルセル・デュシャンに評価され、戦後アメリカを席捲したジャクソン・ポロックらの抽象表現主義の時代にもデ・クーニングに評価され、ついにはポップアートの時代まで生き残り、アンデイ・ウオーホルに好まれた・・・。真にアメリカ的な文化が詰まったアートとして時代々の美術風潮を乗り越えた。私生活では殆ど一生を母親の圧政下に置かれ、障害者の車椅子で暮らす弟の面倒を彼が死ぬまで献身的に世話をいて、一生独身だった・・。ほぼ晩年、やっと母親のクサビから脱却、性的な行為をはじめたときの相手が、ニューヨークで絵を画いていた若い頃の草間弥生だったという。性的関係はあったが、コーネルはインポテンツだったと草間は回顧している・・・。一生ニューヨークのクイーインズで暮らし、ニューヨークから一歩も出ず、甘いものに偏執して、多分、酒もタバコもやらず過ごしたコーネルの一生を、顕微鏡的にまで詳細に記述した、ずっしりと読み応えのある本だった。、
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by engekibukuro | 2011-09-29 07:14 | Comments(0)  

9月27日(火)メモ





▼「新潮」10月号の丸谷才一の300枚の小説「持ち重なりする薔薇」を読んだ。元経団連会長が、元週刊誌編集長編を相手に、自分が結成当初から贔屓にし支援してきた弦楽四重奏団の内輪話を語るという小説だ。
このクアルテットはアメリカの音楽学校へ留学した同級生が結成した。元会長は当時日本の商事会社のアメリカ支社の社長だった。だから舞台はアメリカと日本を往復する。楽団員の女性関係が主とした話題だが、これは関係者が死ぬまで秘匿する・・というほどの話かとはおもえない。朝日新聞の文芸時評で斉藤美恵子が、この小説は老大家の弛緩小説で、色事のはなしも男の猥談の域をでないと書いているが、楽しいスノビズムが横溢した丸谷一一流の風俗小説ともいえて、この元会長は若いときに子供に死なれ、最初の妻がアル中、次の妻がアルツハイマーが原因で死ぬという苦味もあり、日本の戦後の経済活動と芸術活動を鏡にした現代史とも取れる小説だと思う。何より80を越えた作家とも思えない生々しさと、一種の露骨な受け狙いが文章にみなぎっていて頼もしい。10歳ほど下の古井由吉がもう枯れ味の小説を書いているのに・・・。
・「銀漢」10月号。谷岡健彦「せりふの詩学 『このドジの役立たずが!』ロナ・マンロウ『アイアン』」。母親が父親を殺して無期懲役で刑務所にいる一人娘。幼少の頃の事件で、記憶がない・・。それを確かめに後年母を刑務所に会いに行く・・。娘は母に優しく接するが、母は娘が思っているような人間ではなく、父が自分を虐待していたわけではない・・・と、その誤解で娘が無駄な時間をすごすことを断ち切るため、わざと下品なことばで娘をなじる・・。その下品な言葉の劇的効果がこの作品の決め手だと・・。2002年にエジンバラ演劇祭で初演されたそうだ。谷岡がこの欄で毎回紹介してくれる英国の芝居は、ぜひとも観たくなるように魅力的に書かれている・・。
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by engekibukuro | 2011-09-28 10:45 | Comments(0)  

9月26日(月)MEMO





▼第四十五回湯島句会
 投句者98名、490句 ますます盛会・・・
★谷岡健彦さんは3句、★★堀切克洋さんは4句選ばれ、今月も生彩を放つr・・・。
★・バイカルの湖面に細き月の眉・☆綺羅綺羅の星飛ぶマーク・ポランの忌・☆名月を割って出湯につかりけり
★★・糸瓜やや言ひ訳のごと曲がりけり・秋思あり顔と腕なき菩薩にも・敬老日ついでに父母に何か贈る
・☆みちのくの稜線を研ぐ雁渡し
谷岡さんの☆は披講終了後の3人のベテラン俳人の講評で取り上げられ評価された。
堀切さんの☆は主宰者伊藤伊那男先生に秀句として特筆された。

「湯島句会」編集長川島秋葉男さんが”どうもえもりさんの湯島句会の記事は、谷岡さん、堀切さんの句だけですね・・”といわれたが、二人は友人だし、こちらは俳人でもない新参者でまだ俳句のことがよくわからないので仕方がない・・。それでも伊那男先生にお話をうかがったり、ホトトギス同人の坂西敦子さんに色々教わったり、段々みなさんに馴染んできたので、もっと広い視野で句会のことを書けるかもしれない・・。とにかく、終わった後のお酒とお喋りは最高だ・・・・・。
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by engekibukuro | 2011-09-27 12:35 | Comments(0)  

9月25日(日)MEMO








▼<ワンダーランド 劇評を書くセミナー2011>
フェステイバル/トーキョー編 第1回トークセッション「私が考える劇評ーセミナー入門編」
講師 新野守宏、岡野宏文、木村覚、堀切克洋。西すがも創造舎。

今回のセミナーはF/Tの演目を選んで、セミナーの参加者に劇評を提出してもらい、上記の講師が講評する。今回はその講師の演劇観・劇評についての考えを開陳するもの・・。
わたしのように高齢まで無手勝流でやってきたものには、改めの勉強の良い機会だった。
特に、堀切君の話が面白かった。18歳まで芝居を観たことがなく、それから観始めてげんざい20代後半、それで劇評講座の講師になったのだから、驚くべき順調さだ・・。
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by engekibukuro | 2011-09-26 09:18 | Comments(0)  

9月24日(土)M「ペリクリーズー船上の宴ー」

作:シェイクスピア、訳:松岡和子、構成・演出:栗田芳宏、梅若能楽学院会館、りゅーとぴあ。
 りゅ-とぴあ能楽堂シェイクスピアシリーズ 第七弾。「ペリクリーズ」はさいたま藝術劇場の蜷川演出、内野聖陽がペリクリーズを演じたのを観たが、雄大ではあったが、物語が錯綜し、あっやこしくて良く飲み込めなかった記憶がある。今回は栗田が、急所だけに整理して物語の骨格を伝えた。栗田が語り手になり、かつ、様々な役を演じる。その物語に沿ってペリクリーズ(柄谷吾史)を主軸の芝居が能舞台の上で展開する・・・。舞台背後、側面に楽器が並び出演者全員が要所要所で音楽を奏でる・・・。栗田の舞台を支配する存在感と、含蓄豊かで立派な語り口が舞台を圧倒する・・。それが、多難きわまった変転の日々のはてに、奇跡的な大団円を迎えるという、シェイクスピア独特の幸福感に満ちた舞台成果をもたらした・・・。
▼メモ。木山潔さんに会場であった。10月12-16日に俳優座劇場で別役実の新作「同居人」をK・KIYAMAの名で演出する。”たいへん難物の戯曲で、大試練”だそうだ。
・梅若会館の東中野から高円寺へ出て座・高円寺で島次郎舞台美術1986-2010」展を見る。MODELSは「ヘンリー六世」など7点、写真(益永葉)は1986年の「宵待草(作/演出:竹内銃一郎)から2010年「シャンハイムーン」(作:井上ひさし、演出:丹野郁弓)まで36点、ほとんど観た阿舞台だ・・。ひたすら懐かしかった・・。島さんにも会えて、鐘下辰男さんが来ていた。
・おもろ、カップルと昔の講談社の絵本のはなしなどで盛り上がる。年齢の少しの違いで、随分記憶とモノが違う・・・・。池袋西口公園は「ふくろう祭り」、なんとステージでは岡晴夫の「憧れのハワイ航路」を歌っていた円・・。これは懐かしすぎる・・・。
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by engekibukuro | 2011-09-25 09:01 | Comments(0)  

9月23日(金)MEMO







▼杉浦直樹が亡くなった。
この人の出発点だった新演劇研究所。下村正夫と瓜生忠夫が設立したスタニスラフスキー・システムを遵守した集団だが、この集団から、後に大成した二人の俳優がいた。内田良平と杉浦直樹だ。二人とも20代前半・・。
内田もその才能を直に感じたが、杉浦も凄かった。特にゴーゴリの「検察官」のフレスターコフ、このなんとも不思議な魅力を放った杉浦が演じたフレスタ-コフは、その後内外の役者でこの役を何回も観たが、杉浦以上のフレスターコフを観たことはない・・。最後の舞台は永井愛の「こんにちは母さん」だった・・。最期の言葉が「私の人生、メデタシ、メデタシ」だったそうだ・・。これはゴーゴリだ、あのフレスターコフが眼前に蘇った、
合掌!
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by engekibukuro | 2011-09-24 10:56 | Comments(0)  

9月22日(木)M「朱雀家の破滅」新国立劇場

作:三島由紀夫、演出:宮田慶子。
 公爵朱雀経隆を中村伸郎が演じたNLTの初演舞台は観た。今回の朱雀公爵は国村隼。他に木村了、香寿たつき、柴本幸、近藤芳正。この作品は、1970年の自衛隊乱入、割腹自殺の3年前に画かれた。決行前のその期間には小説では「英霊の声」、論文では「日本文化防衛論」などがあり、決行への思想的準備が固められていたようだ。3.11以後ではこの作品の日本の滅亡の預言性が現実味を帯びてきたと、パンフレットに書いている。
 「たとえば第一幕で朱雀公爵の1人息子経広が許婚の璃津子に言う言葉がある。『海が僕を惹き寄せる。何故だか知れない。絶望と栄光とが押し寄せる海風のなかにいっぱい孕まれてゐる。かうして海から来る風に顔をさらしていると、絶望と栄光の砂金がいっぱい詰まった袋で頬桁を張られてゐるやうな気がする。又、いつから海が僕を非難するやうになったのか』・・・・・詩人の言葉の予言性とは時・場所・目的の極限性を離れて独特の射程をしなえるのである。
 事実、2011年に東北の海は激しい勢いをこめて、半世紀もの間原子力エネルギーの力で暖衣飽食してきた日本人の『頬桁を張った』ではないか」と・・・・。
 そのことを思わせてくれた舞台だったが、ラストの敗戦後の華族滅亡のとき滅んでしまった朱雀の幕切れの台詞、パンフ掲載の詩人高橋睦郎のエッセイでは戯曲を解く鍵だといっている台詞「どうして私が滅びることができる。疾(と)うの昔に滅んでいる私が」が余り印象の残らなかったのが残念だった・・。
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by engekibukuro | 2011-09-23 15:26 | Comments(0)  

9月21日(火)M「連結の子」(作:田村孝裕、演出:上村聡史

文学座、吉祥寺シアター。

 祖父が運転士だった一家の話。孫(長男の子)が自殺サイトで知り合った女性を嘱託殺人で殺して服役していた・・。刑期を終えたその孫の引取りを両親が拒否し、祖父が引き取る。祖父は、長く病苦で苦しんでいた妻の延命処置を拒んだことの後悔があって、それが孫の身元引受人にさせた動機になった。この芝居は孫の場長い不在の原因を親戚も近所の人たちにも曖昧だったのを、叔父の婚約者がネットで調べて噂を流し、孫もこの一家も風評被害にさらされるというのが大筋・・。この一家、祖父が鉄道員だったので、父は熱狂的な鉄道模型マニア、叔父は鉄道写真マニア(撮り鉄)、孫は乗車マニア(乗り鉄)で鉄道マニア一家なのだった・・・。すいう噂や蔑視の状況から、近所の人たちとの関係の復活や、親戚同士の結束など、そういう営為のメタファーとして、鉄道の連結の強い機能が表象されているのだ・・。文学座ならではの新進気鋭の演出家上村の本公演へ抜擢、新進ではあるが実力は確実に認知されている田村の戯曲、上村の舞台の時空の自然な変化、田村の多彩な人物の造形力、これに応えた金内喜久夫、倉野章子以下の文学座の演技陣、文学座の伝統の更新の気概が伝わってくる舞台だった・・。ただ、この芝居の出発点だと思われる嘱託殺人のことがもう少し前面にでてこないと、中心が定まらないとは思ったのだが・・・。
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by engekibukuro | 2011-09-22 09:25 | Comments(0)  

9月20日(火)MEMO









▼「シアターアーツ」2011秋48号、晩秋書房にて発送業務・・。
特集は「翻訳者の使命」山形治江×松岡和子×新野守宏
上演テクストは大信ペリカン作「キル兄にゃとU子さん」
わたしの「舞台人クローズアップ」は”流山児★事務所の看板女優 伊藤弘子”
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by engekibukuro | 2011-09-21 07:40 | Comments(0)