<   2011年 10月 ( 28 )   > この月の画像一覧

 

10月30日(日)M★「三人姉妹」S★★「西陽荘」

★作:アントン・チェーホフ、脚本・演出:山崎清介、華のん企画、あうるすぽっと。
 舞台は額縁できちんと枠どられた絵画の設え。テーブルと椅子だけの一杯道具で、登場人物全員が最初から最期まで常に舞台にいて、その人物たちが自分の出番のとき動き出し、他の人物はただ座って待っている・・。まるで活人画のよう・・。凝縮された空間でのそれも全員を背景での個々の芝居は、それだけ緊張感をまし、山崎が長台詞を割って、剪定した台詞は感情のノリがよく、イリーナもマーシャもオーリガもそのほかの「三人姉妹」のお馴染みの人物たちがとてもくっきり鮮明にみえてきた・・・。俳優jはオーリガの伊沢磨紀、アンドレイの佐藤誓など<子供のためのシェイクスピア>のメンバーが主体だが、それにヴェルシーニンが福井貫一、チェプトウイキンが久保酎吉・・。全員ところをえて好演だが、やはりこの芝居そのものがそうだが、舞台の牽引者は伊沢で、出色は久保で、従来のこの芝居のおおくはぼそぼそした老人にしかみえないこの老軍医をほんとうに人生への絶望を感じさせる、この芝居の厭世感のトーンを作り出していた。それと新国立劇場研修所出身尾の吉田妙子のイリーナがきれいだし、初々しくてとてもチャーミングだった。クルイギンの北川響もそうだが、新国立出身の俳優が第一線で活動できる時代になったというのも印象j深い。とにかく山崎の清新で独創的な演出で「三人姉妹」の、チェーホフの人生の苦難、生きてゆくことの絶望、そこからわずかでもの光明をみいだすという世界がずっしりと舞台から伝わってきた、今年屈指の舞台だった。
★★作・演出:唐十郎、唐組、雑司が谷・鬼子母神。主人公のドロップアウトしたフータローは、自称f同居人の女が残した30円しか記載されていない貯金通帳をもって女を捜しに京成小岩のおでん屋「ちくわぶ」にやっきくる・・・。ここで元の勤務先の「サフランミルク」の上司に遭遇、牛乳の牛の確保で失敗した上司、成り上がりが出世し妖艶・豊満マダムと濃厚なお付き合い・・。いろいろもめて、舞台は茨城は大洗のそばの港へ・・。津波でできたかのようなゴミの山・・、フータローの運命は・・・、ラストの幕が切られて、バックミラーのついた小船が神社の裏に躍り出る・・・。今回はギターをもって大昔からの常連作曲家の安保由夫が流しの歌唄い役で舞台に登場した。。、堂々たるアングラ唐流演技を披露した・・。あっというまに終わる唐芝居のエッセンス。立ち見がでる大盛況で唐の根強い変わらぬ人気、老若男女の支持者の層の厚さをあらためて感じた。面白そうな新人もでてきた・・。
[PR]

by engekibukuro | 2011-10-31 07:30 | Comments(0)  

10月29日(土)M音楽劇「詩人の恋」加藤健一事務所

作:ジョン・マランス、訳:小田島恒志、訳詞:岩谷時子、演出:久世龍之介、本多劇場。
これで4回目の観劇だが、何回観ても、加藤健一の演技・歌・ピアノの三位一体の凄さは、数々の賞を受賞したのも頷ける素晴らしい舞台だ。。そして、それを補完し支え続けた畑中洋も光る。多分、最高の二人芝居だろう。音楽の愉悦と現実の苦難・・・20世紀のユダヤ人の酷薄な運命。その最大の加害者のドイツ人のドイツ語を使ってウイーンで暮らす加藤が演じるユダヤ人のヴォイストレーナーと、ユダヤ系のアメリカ人の畠中の天才ピアニスト・・。音楽の都ウイーンに住むオーストリア人にとっては元ナチスの大統領候補の人気が高い・・。そういう音楽と現実の相克、矛盾を深く内包させたこの芝居は、まだまだ深化された舞台が期待できる。

▼メモ。戴いた森泉笙子さんの自伝的ドキュメント「青鈍色の川」を読んだ。森泉さんはかって新宿にあった名高い文人バー「カヌー」のママだった・・。はにや埴谷雄高がママのご贔屓だった・・。この書物は戦時中の学童疎開の記録、私も行ったが、森泉さんは5年生、わたしは3年生で、森泉さんが行ったのは群馬県の四万温泉、わたしは長野の上林温泉だった。あちらは今は北区になった滝野川区、こちらは豊島区だった。同じ学童疎開でもひもじさ、いじめ、シラミなどは共通しているが、違うところもあって、思い出したくもないこともあるが面白かった。共通しているのは戦後成人してから疎開地を何回か訪問していること・・。わたしのそのときの同級生は絶対行かない人もいる、とてつもない悪夢だったのだ・・。
・土曜、おもろ。カップル、中川君、わたしの句会の次回の兼題”神の留守”の話から、ワケがわからなく盛り上がったのだった・・・。11月に日本中の神社の神は出雲大社に主張して留守なのだ・・・。
・ワールドシリーズはカージナルスが優勝した。残念!レンジャース。3位のワイルドカードから出発して、地区優勝、リーグ優勝してワールドシリーズ制覇、奇蹟のような想定外の進出・・歴史に残る快挙だ。素晴らしいラルース監督!
[PR]

by engekibukuro | 2011-10-30 09:58 | Comments(0)  

10月28日(金)M「思い出のカルテットーもう一度唄わせてー」 

 黒柳徹子主演海外コメデイ・シリーズ第25弾、ル テアトル銀座。
作:ロナルド・ハーウッド、演出:高橋昌也。舞台は欧州では常置されている引退した音楽家が集まる老人ホーム。登場人物は元オペラ歌手男女4人。シシー(阿知波悟美)は豊満なボデイで天真爛漫な心をもつ、レジー(鶴田忍)は気がいいスケベじじい、ウイルフ(団時朗)冷静沈着で読書家、そこに昔4人でリゴレットを唄ったとこのプリマドンナ・ジーン(黒柳徹子)が入所してくる。彼女、かっての栄光をいまでもハナにかけた、エキセントリックな女、ウイルフとも短期間結婚していて、その後何度も結婚を繰り返して、早いうちに引退している。話の中心はヴェルデイの生誕記念日のガラ・コンサートのフィナーレで4人が「リゴレット」の四重奏(カルテット)を披露しようとする話が持ち上がったこと・・。ジーンは拒否する。実は彼女唄う声が出ないのだ。舞台人の引退ホームでの芝居は、欧州では定番もので、過去のアレコレの事件や人間関係などが、”実をいうと”とか”正直いって”とかでどんどん事実が暴露され、覆る・・。この芝居もそういう芝居の典型で4人の役者も黒柳を中心にしてみな巧いし、これ以上ないくらい安定している・・。最期は声がでないジーンも唄うリゴレットが見事に成立した、それはかっての4人の名舞台のCDを活用したのだ・・・・。
▼メモ。出版健保でインフェルエンザの予防注射、医科歯科大で内視鏡検査の結果をきく・・・。
ル テアトルに入る前に筋向いのギャラリー川船で末松正樹小品展を見る。画廊の人に”末松さんのお知り合いですか”と声をかけられる。”いや好きで、板橋美術館で亡くなってから初めての個展をやったでしょ”この個展のとき、美術館で見ていたのは私一人だけだった・・。末松の絵は抒情的な抽象画で、そのときすっかりファンになった・・。末松は1940年代にダンスの習得にドイツに行ったが、そのごフランスで絵画の勉学に専念、マルセーユの日本領事館の嘱託になり、フランス警察の監視下で大戦時、フランスに滞在、戦後帰国して戦後美術に新風をもたらした・・。小品は5万から15万まで値段がついていた。余裕があれば買うのになあ・・。
・今年のワールドシリーズ・カージナルス対レンジャースは史上稀に見る素晴らしいシリーズになった・・。
逆転につぐ逆転で、野球の最高の醍醐味だ。特に昨日の第六戦の延長11回裏のカ-ジナルスのフリースの逆転ホームランは球場を興奮のルツボと化した・・。今日決勝戦・・。わたしはマリナーズにいたときからのファンだった強打・好守の三塁手ベルトレイがいるレンジャーズをもちろん応援・・さて・・・。
[PR]

by engekibukuro | 2011-10-29 08:38 | Comments(0)  

10月26日(水)MEMO






▼古東哲明「瞬間を生きる哲学 <今ここに>に佇む技法」(筑摩選書)を読む。

なかなかユニークな本で、特にM・プルーストの「非意思的想起」についての解説が勉強になった。
それについてのS・ベケットの引用
「非意思的想起は、爆発的で、即座の全体的で心地よい爆燃作用である。それは過去ばかりでなく、より多くを復活させる。その焔で慣習や習慣がつくった作品をすっかり舐め尽くすからだ。あの明るい輝きのなかで、リアルなものを啓示するからである。だが非意図的回想は御しがたい魔術師であり、場所と時間を選んでその奇蹟を上演する。彼の書物全体は、非意思的回想に捧げられた記念碑であり、その活動の叙事詩である」(S・ベケット「プルースト」大貫三郎訳)
・”夏草に機缶車の車輪来て止る”<山口誓子>、この俳句を瞬間の哲学の結晶あdとする、熱のこもった論述は感動的だ・・・。
[PR]

by engekibukuro | 2011-10-27 11:30 | Comments(0)  

10月25日(火)M★「眠れぬ雪獅子」M★★「出会頭」

★TSミュージカルー企画・演出・振付:謝珠栄、音楽:玉麻尚一、原作:大谷美智浩、ミュージカル台本:T・S、世田谷パブリックシアター。西暦843年、古代チベットの王が仏教を禁じた。それに反抗した仏僧ドルチェが王を暗殺したが、それを記録した弟を失い、それから輪廻を彷徨う弟を救うため1000年を超える輪廻の旅が始まった・・。時間が流れ、1940年、チベットの村々では暴君領主のもとで村民たちは暴政に苦しんでいた。
ドルチェは旅芸人の一座にまぎれて、領主の暗殺を企てるが・・・。東山義久、伊礼彼方をはじめ実力派のミュージカル俳優が安定した力を見せたが、ミュージカルといえども話が少々図式的すぎる感が否めなかったが、張春祥が振付けた京劇風のダイナミックなダンスは見応え充分だった・・。
★★イデビアン・クルー新作公演。振付・演出:井出茂太、川崎市アートセンター アルテリオ小劇場。
今回は生活臭を落とした、純度の高いシンプルなダンス・・。だが、ダンスにはコトバ性がたっぷり内包されていて、コミュニケイションの諸相がユーモラスに凝縮、拡散してゆくダンス・・・。ラストにはミラーボールが天井から降りてきて舞台に着地、舞台と劇場の壁に白玉を映し出した、ステキなエンデイングだった・・・。
▼湯島句会<続>次に多かったのが小川洋さんの”柿すだれ夜が水平に降りてくる”だった。毎回のアベレージ・ヒッターである★谷岡健彦さんと★★堀切克洋君の選ばれた句は・・・
★”胸あかくして道行の菊人形”、”まなかひの天王山へ蘆を刈る、”天守閣ありし高さに後の月”
★★”新米をいつものようによそひけり”、”枕辺にこきこきこきと柿を聴く”
私も一句選ばれた、”柿たわわ眠気を誘う昼日中”、選ばれたのは天にも昇るように嬉しいのだが、これは「図書」10月号の坪内稔典「柿への旅」に引用された”柿たわわ眠くなるのはこんな感じ”(薮ノ内君代)にヒントをえたのだが、許容範囲の類句だろうか・・・なにか忸怩たるものが・・・。だから選ばれなかったが”木の実でもボクの好ミは木の実ナナ”という句を好きだといってくれた方が二方いて、これはそのまま嬉しかったが、この句を無署名の出句のなかで江森の句だと特定されたのがフシギでしようがない・・。軽佻浮薄で瘋癲すれすれの老人を夢みる私としてはこういう浮薄な句があっているので・・・。
・俳句とは、安定した恒常的な日常へのオブセッションなのだろうか・・・。
・晩年の殿山泰司さんに映画評論家の松田政男さんのお供でお会いしたことがあるが、ステキな老人だった、真似しようがない・・・。
[PR]

by engekibukuro | 2011-10-26 12:31 | Comments(0)  

10月24日(月)M」開幕驚奇復讐譚」国立劇場

原作:滝沢馬琴。家人の急用でチケットが回ってきて、久しぶりの歌舞伎。オニギリとシュウクリームを持って・・・。尾上菊五郎、菊之助氏、中村時蔵、尾上松録主体の座組み・・。室町時代の足利義満に蹂躙された楠正成の子孫の復讐譚・・。子孫の楠姑摩姫に扮した菊之助と仙女の菊五郎の客席の左右を飛ぶ<両宙乗り>、キレイなお姫様の宙返り、眼光煌々の狼を従えた仙女・・・・。波乱万丈の歌舞伎のルーテインが十分楽しめた・・。
▼劇場で終わったら”エモリ”さんと声をかけられた・・。ダンス・演劇評論家の立木さんだった・・。”歌舞伎は小さなころから、母に連れられて観ていたのよ、今日のお芝居、宙乗りも、照明とかも良かった、面白かったわ・・。彼女、古今東西の舞台を観ているんだ・・、今日も仕事ではなく楽しみできた・・。元気でいいね・・。

・第四十六回湯島句会。出句数97名、483句のますますの盛会。兼題は木の実、菊人形、秋祭、柿、当季節雑詠。わたしの句も一つ選ばれた光栄に浴したのだが・・。圧倒的多数に選ばれあtのが、中村孝哲さんの”信長の盆にのせ菊師来る”、名乗る数が多すぎて、最期はうんざりしたような感じで・・凄いね・・。次は
・・★マチネーの時間がきてしまった・この項明日に続行ということで・・。
[PR]

by engekibukuro | 2011-10-25 12:19 | Comments(0)  

10月23日(日)MEMO





▼あうるすぽっとの会議室で、シアターアーツ主催で劇評講座「劇評とはなにか」・・。メールマガジンを単独で発信している高野しのぶさんと、演劇ジャーナリストの徳永京子さんがゲスト。シアターアーツ側から、柾木、梅山、藤原、嶋田君らが、西堂編集代表の司会で討議した。わたしのようなネット・リテラシイがほとんどが欠けている老人にはいろいろ勉強になった・・・。年をとったら若い人に学ぶに限る・・。長田郁恵さんがきていた。


・菊花賞、オルフェーブルが三冠を達成、凄い馬だ。全くの小額だがバケンもゲット・・。
[PR]

by engekibukuro | 2011-10-24 10:17 | Comments(0)  

10月22日(土)M「トータル・リビング 1986-2011」

作・演出:宮沢章夫、遊園地再生事業団、西すがも創造舎、F/T参加作品。
 1986年に四谷四丁目のビルから飛び降り自殺しアイドルと、2011年3月11日の接点とは?”「欠落の女」とか「忘却の燈台守」とか「眩暈の司法書士」などという役名を名乗る女はなにものなのか?結局、最期まで?は消えなかった・・。映像と帯同した芝居の流れも掴みにくく、俳優たちの演技も稚拙、あるいは”お芝居”を峻拒したリアルな舞台上の存在としても説得力があまりない・・。舞台藝術を熟知した宮沢の今回の表現の方法論が内在しているのだろうが、舞台を覆う不毛感は消えなかった・・・。が、この不毛感こそがいまアクチュアルなのかもしれない。宮沢は原発反対のデモに参加したことを書いている。この舞台のモチーフも3・11をどう舞台化すかが緊急の課題だったにちがいない。3・11を取り上げた作品はトラッシュマスターズの中津留章仁がもう2本書いているし、ケラも「奥様をどうぞ」で原発で右往左往している学者や政治家を強烈に笑いとばしていた・・。宮沢のこの作品もそれぞれの作家の諸断面のひとつで、応対することの困難を如実に示したアクチュアリテイをもった作品だと考えたい・・・。

▼土曜・おもろ。カップル、中川君、ひさしぶりの岸本さん。おもろでだ冷奴やチャンプルに入れる豆腐は、石油缶に入ってくるが、中川君の話しだと、ここの豆腐屋のご主人は東大出だそうだ・・”だからおいしいんですよ・・・!?フムフム・・。それと池袋にはフィリッピンバーが30軒ぐらいあるそうで、小金をもっているジイサン連が通いつめているそうだ・・・。
[PR]

by engekibukuro | 2011-10-23 09:36 | Comments(0)  

10月21日(金)「あなた自身のためのレッスン」

作:清水邦夫、演出:多田淳之介、富士見市民文化会館キラリ☆ふじみメインホール。
客席を舞台裏に設え、客は舞台を見、空席の観客席を眺める・・。この芝居の設定はどこかの市民会館のホールが舞台で、そのホールの管理人夫婦が芝居を回す・・。この演目を選んだのは、同じ市民ホールだからだろう・・。まあ、市民ホールのあり方が問われているといえばいえる・・。演出の多田が1年前にこの戯曲を読んだときの印象派は、「わけがわからない」ということだった・・。1年後に「わけがわかったのか」・・。観ているこちらもよくわからない・・。ホールの管理人、と闖入してくる疑似家族と、その家族の妻、母だといいはる女と地元の名士の消防署長・・。ホールの舞台の吊りものに洗濯物を干す管理人の妻・・・。よくわからんが、これはピランデルロの流儀で、登場人物が作者を探すのではなく、自分の役を探す芝居で、「あなた自身のレッスン」とは、そういう役を探すこの舞台に出ている俳優のレッスンのことらしい・・。だから、多田の世代の若手俳優ではもたない懸念があるからか、小田豊、大崎由利子、猪俣俊明、中村まことのベテランを中心において、若手宇井晴雄、伊藤沙保、大川潤子を支えた・・。だから、話がよくわからなくてもオーバーな芝居をしてもサマになる中村と三条会の大川のいかにも三条会風の過剰芝居の夫婦が双方フイットして面白く過ごせたのだが・・。この芝居は1970年に清水が俳優座に書き下ろした作品で、なにか非常に新劇に対しての挑戦的な芝居だったのではないかと思う。大筋が清水固有の諒解に固執した作品でも、人物の特性や、なによりどういう場面でもの台詞の面白さが、わけがわからなくてもとにかく”芝居”としては飽きさせないという強烈な劇作家としえの自信に裏打ちされた作品だったのだろう・・。多田がこのキラリの舞台機構を存分に活用して、興味深い舞台に仕上げたのだった・・・。
▼メモ。東上線鶴瀬のバス停でドイツ演劇の平田栄一朗先生とご一緒になった。富士見の終演が10時で平田先生のお住まいは藤沢だと・・・。ギリギリ、たいへん・・。
・図書館で雑誌各種。「テアトロ」の菅孝行「台湾演劇とわれわれー藝術と小国主義を考えるー」の日本が小生として藝術を柱に再出発すろいう論に賛同したい。
・「文学界」の片岡義男「そうだ、それから、マヨネーズ」、おそろしく調子いい小説でも、なんとなしいい気持ちにさせるセンスはさすが!
[PR]

by engekibukuro | 2011-10-22 11:54 | Comments(0)  

10月20日(木)MEMO





「群像」10月号ー高橋源一郎「恋する原発」380枚を読む。主人公はAVの監督で、話もAV業界のアレコレや近頃業界も下り坂で、企画に四苦八苦していて、その企画も22歳の童貞と72歳の老婆が演じる「稲元ヨネさん72歳・夫が戦死してから50年ぶりのセックスです、冥土の土産にしたかった」というのや、「恋するために生まれてきたの・大正生まれだけどいいですか」などというもので、もう末期症状のありさまを呈していて、四文字コトバがバカバカでてくるポルノ小説とみまがうばかり・・・。そこへ震災がやってくる、この業界もなんとかしなければと、「東日本大震災被災者のもなさんへのチャリテイAV」を企画するのだが・・・そんなギッタンバッタンのゴシック活字が頻出するページが、突如中断され大マジメな「震災文学論」が挿入される。NYの9.11のとき、スーザン・ソンダクのテロリストを擁護したとされた文章への全米の非難の話からカワカミヒロミ(著者名全部カナカナ表記)の18年前に書いた小説「神様」と今年書いた「神様2011」が雑誌に同時掲載されたこと、ミヤザキハヤオの「風の谷のナウシカ」劇場版116分と完全版8時間の差異と”腐界”の話、イシムレミチコ「苦界浄土」の水俣病の重患の少年の話の引用・・・。人間を襲う災厄と「神様」のクマ、ナウシカ、人間離れした重患の少年の透きとおった笑顔・・、ヤアモトヨシタカ「フクシマのゲンパツ事故をメグッテ」のジュール・ヴェルヌ「人口島」の人間の驕りへの警告・・。文学の異常時・災厄への役割!が述べられ、元のAV界へ・・。終末は福島第一原発の前でのガイガーカウンターが鳴り響くなかでの1万組、2万人のセックスシーン・・・。
・・・<ってのはどう?その案却下。なんでー そんなのAVじゃないからだよ>
これは、震災後の画一的になってしまいつつある震災・原発事故へ言語や思考への撹乱、日本がこれを機に根源的なヴィジョンを自分のものにするための突破口を開かんとする渾身の小説だ・・・。
[PR]

by engekibukuro | 2011-10-21 10:07 | Comments(0)