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11月28日(月)第四十七回十一月湯島句会神保町銀漢亭

 投句者99名、総句数495の大盛会。100名、500句ももうすぐだ・・。各人5句投句。
兼題 神の留守、蓮根掘る、綿虫、当季雑詠。神の留守とは、11月に全国の神社の神様が出雲大社に集合するので、各地の神様はお留守になる・・・。
 今回一句選んでいただいた。”神の留守狛犬あくびをかみ殺す”。
10月の末、唐十郎の唐組のテント芝居を雑司が谷の鬼子母神の境内で観たときの神社の狛犬を詠んだ・・。
 オリジナルな句が初めて選ばれ、ホトトギスの同人の坂西敦子さんが”これは俳句だわ”といってくれたのが嬉しかった。

今回も★谷岡健彦、★★堀切克洋の二人は快調、特に谷岡さんは特選も獲って絶好調・・。
★・空缶を転がし冬の来たりけり・神留守の夜の裏木戸鳴り止まず・神々の旅愁か出雲しぐぐるは
 ・諫死せし家老の庭の藪柑子
★★・健やかは曲がりあること蓮根掘る・小春日や白きブリーフ新調す・霊山に雷鳥白き神の留守




・ではしばらくお休み・・。
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by engekibukuro | 2011-11-29 08:27 | Comments(0)  

11月27日(日)M「おやすみ、かあさん」あうるすぽっと

作:マーシャ・ノーマン、訳:酒井洋子、演出:青山真治。
 母が白石加代子、娘が中嶋朋子の二人芝居。前回は白石と渡辺えりだった・・。
娘が屋根裏から死んだ父が残したピストルを捜し出し、母に”今晩自殺する”とこともなげに言う。娘は小さい頃から癲癇の症状があり、夫に去られ、子供は非行に走り、家を出た・・。いまは母と二人暮らし・・。娘は不幸ではあるが、自殺するほど決定的な原因だとは思えない・・。どうも母の自分勝手な性格との折り合いの悪さの蓄積の果ての結果らしい・・。母もそれを知っていながらどうにもならない・・。そういう複雑で途方にくれるような母と娘の関係を書いた戯曲はたしかに名作といわれるのに値するだろう・・。しかも白石と中嶋という日本の演劇界で屈指の名女優が演じるのだから舞台の緊張をはらんだ静謐な気配と、それが敗れる激情の暴発・・ラストの娘が舞台から去り、娘の部屋からピストルの発射音まで、二人の芝居は寸部の隙もない演技の持続は素晴らしい・・。これ以上ないような舞台だけど、どうもこの芝居は馴染みにくい、単に暗い話だからではなく、男には母と娘の軋轢、葛藤がよく理解できないからだろうと思うのだが・・。

▼お知らせ!明後日から検査入院のため、この演劇ブログをしばらく中断します。明日は湯島句会なのでなにか自分の句が選ばれたら報告させてもらいますが・・。
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by engekibukuro | 2011-11-28 09:06 | Comments(0)  

11月26日(土)MENO

▼津野海太郎著「ジェローム・ロビンスが死んだ なぜ彼は密告者になったのか」は平凡社版の単行本は読みそこなっていたが、小学館文庫に入ったので読んだ。津野さんの本は「滑稽な巨人ー坪内逍遥の夢」や黒テント時代の活動の記録の思い出を書いた「おかしな時代」、「したくないことはしないー植草甚一の青春」などは愛読したが、この本はそれらを大幅に上回る名著だね・・。平成二十年度芸術選奨文部科学大臣賞を受賞したのも十分に頷ける・・。ジェローム・ロビンスは、この本の出発点「踊る大紐育」・「ウエストサイド物語」・「王様と私渡す」・「屋根の上のバイオリン弾き」などの名高いミュージカルの振付家・演出だ家。津野さんはジェローム・ロビンスに初めて接したのは映画「踊る大紐育」だ。ジーン・ケリー、フランク・シナトラ、ジュールス・マンシンの3人が水兵に扮してニューヨークの路上で踊りまくるミュージカル映画。中学生のとき見て、1950年代のアメリカのソ連との冷戦の繁栄を謳歌した時代の底抜けの幸福感が充満した映画に感動して、あちこちの映画館で7、8回も見たそうだ・・・。1938年生まれの津野さんの二つ年上のわたしもこの映画を見た・・。とてつもなく面白かった・・、ミュージカル映画への開眼がこの映画だった。だけど見たのは1回だけだ・・。しかし、本著はその記憶に関することがとっかりだが、偶然インターネットで発見した記事、ロビンスが非米活動委員会でnaming namesに係わった密告者だったという記事に驚き、それから大量の内外の文献、ネットで調べて、このユダヤ人でゲイの天才振付家の生涯のみでなく、その友人や仕事仲間の芸術家たちの群像、ロビンスがニューデイール時代に一時入党していた共産党のことなどを詳細に描き、20世紀の裸形のアメリカを赤裸々にしたことだ・・。エリア・カザンと並んで、赤狩りに協力したという汚名が生涯消えなかったロビンス・・。また、ミュージカルなどの大衆芸能の振付・演出にスタニスラフスキーシステムのフロイドの精神分析学を加味したリー・ストラスバーグのアクターズスタジオのメソッドが組み込まれているという指摘にも驚
・。津野さんはこのメソッドで育ったマーロン・ブランドやモンゴメリー・クリフト、ジェームス・デイーンなどの演技をなんともクサイというのも、ああそうか、と思った次第だった・・。
・おもろ・有田さん、中川君・・。今日はおもろ特性の塩辛をつまみにした・・。うまい・・。
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by engekibukuro | 2011-11-27 08:52 | Comments(0)  

11月24日(木)ザ・スズナリ開場30周年記念公演

 「うお伝説」(作:山崎哲、演出:関美能留)ザ・スズナリ。
この芝居はザ・スズナリの杮落とし公演(1981年)だった。この公演を皮切りに、山崎と主宰劇団「転位・21」のブームが巻き起こったのだ。今回の上演を観て、山崎劇が山崎が創りだした、俳優が絶叫に近い発声で強度をあげてゆく表現法が、山崎戯曲のテイスト確保に不可分のものだと改めて感じた。関は主宰劇団三条会の上演での独自のスタイルで演出したが、昔の転位・21の上演の記憶が強いので、どうもピンとこなかった。だが、夫婦を演じた谷川昭一朗と占部房子の奮戦でかろうじて山崎のテイストが守られたように思った・・。

▼メモ。渡辺京二×津田塾大学・三砂ちづるゼミ「女子学生、渡辺京二に会いに行く」(亜紀書房)読む。女子大生の様々な質問にス渡辺がこたえてゆく・・・。なかなか渡辺の人柄がわかって面白い・・・。”男によって女はきりがないくらい深くつきあってゆける、浅いままもいくらでもいるが・・。””人間は一生読書を続けること!”・・。
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by engekibukuro | 2011-11-25 07:39 | Comments(0)  

11月23日(水)S「たった一人の戦争」作・演出:坂手洋二

燐光群、座・高円寺。
 受けで腕に腕章をわたされて劇場へ・・・。そこで10分間舞台平面にたったままで地下1000mの檜谷地下学センターに案内される。ここは「高レベル核廃棄物の最終処分場」について研究する場所だ。芝居は見学者のグループが地下1キロの研究所へエレベーターで降下して、研究所の広報係りの説明を聞くまでの疑似体験を客にさせるのだ・・・。主眼は原発・核燃料廃棄物処理などの日本の原子力政策とその現状が、3・11以後の事故かから焦点的に露呈されたこと・・。さらにダム開発などの日本の国土開発などを含めて、坂手の情報収集の凄さが際立っていて、坂手の情報演劇の真骨頂だ。だから知らないことを山ほど知らされるが、それらネガテイブな情報は、この日体調を崩して観ていたせいか、一人の客には処理できない、怖いだけになりかねない、情報汚染とすれすれの感じ方をしたのは、まちがった見方かもしれないし、実情は絶望的なのだろうが、演劇はどんな悲惨な現実をとりあげても、それに対処する見方・力を与えるものであるとすれば、あまりにも見事な情報劇としての坂手の達成が・・・多分、燐光群の最初期から観ているものとしてなんともいえない複雑な気分をにならざるをえなかった・・。
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by engekibukuro | 2011-11-24 10:06 | Comments(0)  

11月22日(火)S「袴垂れはどこだ」 tpt

作:福田善之、演出:千葉哲也、すみだパークスタジオ倉。
 この芝居は1964年劇団青年芸術劇場(略称・青芸)によって、演出・観世栄夫、装置・朝倉摂、音楽・林光で俳優座劇場で初演された。これは観た。米倉斉加年が”じいさま”を演じた・・。鴎座の「霊戯」のとき、D-倉庫のロビーで流山児祥が”昨日「袴垂れ・・」を観たけど、いい本だね”と感嘆したら、一緒に喋っていた佐藤信が(マコトさんは当時青芸の研究生)”あの芝居が福田さんのピークだよ、そうそう研究生には唐さんもいてスライド係りやっていたんだ”と応じた。たしかに凄い芝居だと改めておもった・・。山本亨、真那胡敬二以外は、オーデイション・ワークショップで選ばれた34人のカンパニー。”袴垂れ”という噂だけで見た人もいない、長者や金持ちを襲って金品を奪い、その獲った金やものを貧乏人に配った一大の義賊・・。それを慕って、貧乏な流れ百姓が”偽袴垂れ”として同じ金持ちを襲い貧乏人に配るという組織をつくり、実行した・・。掟の第一は無用な殺傷は一切しないこと・・。しかし、ホンモノと称する”袴垂れ”が出てきて、居候になり人を殺し、女をたぶらかす・・。人間として清廉潔白と人間のどうにもならない差がサガとの対立、葛藤を福田が、当時の共産党などの2組織と人間”の問題として、演劇的に思考したもので、その思考自体が面白い芝居に純然と化す・・。それを千葉が今の時代の問題(3・11以後の日本)にリンクさせて、傘を携行した大勢のメンバーが傘を使ったパフォーマンスで歌い踊るシーンをどんどん使って盛り上げる・・。まことにダイナミックなアンサンブルでたいへんな成果を挙げたのだ。偽袴垂れの百姓たちの大部分は芝居が未熟だとはいえるが、その分若々しいエネルギーがみなぎっていて迫力満点だった・・。
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by engekibukuro | 2011-11-23 11:55 | Comments(0)  

11月21日(月)川村毅「4」初稿リーデイング

<劇作家の作業場>、シアタートラム。
 川村が死刑制度に関する刑務官、裁判員、法務大臣、死刑囚のモノローグ、対話でそれぞれの心象風景を描いた作品で、今回は前半部分のみ・・。全容は来年上演される。主演者は吉田鋼太郎、手塚とおる、扇田拓也、中村崇。わたしは扇田が吉田・手塚のベテラン俳優に並んで、どう演じるかというのが観にいった動機だが、扇田が吉田、手塚ご両親(昭彦氏夫婦)に賛辞を伝えた・・。
▼メモ。小腸の検査でカメラを装着して、1日すごす。病院の外へでて、映画を見てもいいというので池袋東急でさだまさし原作、瀬々敬久監督の「アントキノイノチ」を見た。親友をいきちがいで自殺に追いやった少年時代の記憶に呪われた繊細で感じやす過ぎる少年時代をすごした青年が、やっと重度の躁鬱症から抜け出して、遺品の整理会社で働き出す・・。そこで高校時代のレイプされた傷か残されている女性に会う・・。二人の痛ましい交流を描いたものだが、少々感傷的ではあるが、青年を演じた岡田将生と女性の榮倉奈々が実に瑞々しい演技で素晴らしい!それに瀬々の重く沈んだ映像がドアラマを見事に支えていて、久しぶりにみたこの日本映画に満足した・・・。

▼信さん、コメント有難うございました。ご指摘の誤り訂正しておきました。すみませんでした。
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by engekibukuro | 2011-11-22 10:32 | Comments(0)  

11月20日(日)M「The Spiris Play 霊戯」鴎座

作:郭宝崑、構成・演出・美術:佐藤優、D-倉庫。
 中国の昆劇の俊英、孫晶、唐沁、京劇の張春祥、日本の観世流能楽師清水寛二(WCで西村高夫)それに日本の現代劇の笛田宇一郎のコラボレーション・・。戦争の残虐性を根源的に洗い直した作品で、先の戦争の日本の、アジア(特に崑の暮らしていたシンガポール)・中国への残虐行為が背景に存在する。香港や中国各地でのワークショップや上演を重ねてきたものの日本での上演だ。詩的な台詞の中国語の翻訳のスーパーが読みにくくてよくわからなかったが、能の謡、昆曲の地から湧いてくるような音調、昆劇の俳優達の驚くほどの身体性、緊張感がみなぎっている昆劇や能の様式な演技が舞台を盛り上げて、さらにそれら伝統演劇の名手の演技と見合った笛田の音量豊で格調高い演技が伝統演劇の様式性に拮抗して舞台の中心に位置していたのが素晴らしかった。細部が多少不明でも。テキストの根幹の命は伝わって、終始舞台の緊張感に包まれて観た。これは佐藤信しかできない演劇だと思った。
▼メモ。上演前に表のロビーで佐藤信、流山児祥、内野儀さんと歓談。病気の話、信さんは大動脈乖離の大病から生還、流山児事務所の12月公演「オールド・バンチ」の老優たちは瓜生良介さんを除いて皆癌の持ち主だそうだ。流山児自体も新造に難があり、一発発作がおきるとアカンそうで・・。
・国書刊行会のドイツロマン派全集でハインリッヒ・フォン・クライストの短編小説を読む。3・11についての佐々木中のエッセイで佐々木がクライストの「チリの地震」を高く評価していたから・・。クライストが「こわれ甕」などの劇作家だとばかり思って思ういたが、小説も素晴らしく面白いことを知った。
・昨日木ブリジストン美術館で「野見山暁治展」を見た。生命力あふれる生涯の絵画群れ、あwたしは野見山の故郷を描いた「僕の生まれた川オンガ」が群中一番好きだ。永遠を思わせる川の水の白色の神秘・・。
・今井さんご指摘有難う。、直します。
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by engekibukuro | 2011-11-21 06:41 | Comments(1)  

11月19日(土)M「あなたに会ったことがある」

原作:カフカ短編小説より 構成・演出:松本修、MODE、笹塚ファクトリー。
 カフカの代表作「アメリカ(失踪者}」「城」「変身」「審判」を舞台化して、成功させた松本がカフカの短編小説の「田舎医者」「流刑地にて」「狩人グラクス」などから構成された舞台で、これは松本の真骨頂、松本の演出のエッセンスが詰まっている。松本がパンフで語る。”今、世にある多くの演劇の行為が、「あらかじめ概念化され、要約されたもの」=戯曲をいかに上手にやるかということに重きをおいてなされている。あるいは「すでにあるに日常の身体・言語」を作者が面白がれる状況へ並べ替えたり、それにメッセージを言わせたりする演劇。それらの傾向とは違うものを作り出したいと思う。しかし、それに興味を示してくれら観客がはたしてどれくらいいるだろうか”
 また、”カフカの解釈ではなく我々はまず「テキストに書かれたまま」をやってみる。つまり俳優の身体でカフカを読むということ・・。その身体感覚がカフカの純粋な解釈とかでなく享受すりということで、それは人間の再現だけでなく、街の風景、時間や空間の推移などさえ俳優の身体で表現するというもので、それをマイムなどの身体行動、とくに松本演出が特に冴える”行列”のアクションで表現するもので、それに私が今の日本の演劇界で松本が一番の使い手と思っている劇中音楽がかぶさっ、て、それを福士恵二以下の俳優たちが松本の意を呈して演じて、とても類をみない面白い宇舞台が実現したのだ・・。つまりはカフカの楽しみ方を学んだということ・・。はたして他のお客さがわたしと同じかどうか・・。あとで松本にきくと”ワケガワカラナイ”という客もいたそうだ。

▼メモ。劇場で伊藤弘子さんに会った。「シアターアーツ」の私のコラム「舞台人クローズアップ」で伊藤さんをとりあげたことを喜んでくれたらしい。わたしは”ユーリータウンはよかた、立派な女優になって・・」と・・。
・おもろ。カップルと中川君、それに久しぶりの嶋田君。昔の映画の話で盛り上がる。おれは昔の東映や松竹の映画の脇役を並べ立てて自慢する・・・。
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by engekibukuro | 2011-11-20 08:40 | Comments(0)  

11月18日(金)S「太陽」(作・演出:前川知大)イキウメ

青山円形劇場。
 40年ほど前、世界的なバイオテロでウイルスが拡散して、人口は激減し、政治、経済は混乱、社会基盤が破壊された。しかし数年後、感染者のなかで奇跡的に回復された人々がでてきた。彼らは免疫や代謝においていままでの人間よりはるかに上回る体質に変化していた。若く健康な肉体を長く維持できる反面紫外線に弱く、太陽の下では活動できない・・。彼らは自分たちをホモ・ノクセンス(夜を生きる人)と位置ずけ、略称はノクスで、普通の人間をキュリオ(骨董)とよび差別するようになった。そしてノクスが社会を掌握して、キュリオの人口は減ってゆき、ノクスに依存するようになる・・。舞台は長野の荒廃した村落のわずかに残った男女とノクスの役人、医者らのとの交流、相克を描く・・・。太陽の下では生きられない不自然人間ととにかく太陽を浴びてごく自然に生きられるリュクスとの対立・・。前川はいろいろなエピソードを重ねて面白く芝居を進めてゆき、このSF劇を興味巨深いものにしてゆくが、この対立はただの面白い話にとどまらない、普遍的な意味を考えさせるが、それがよく掴まえ切れない・・。それが残念・・。

▼メモ。雑誌ー「新潮45」の佐藤優の橋本徹批判、ファシストにさえなれない凡庸な人間だと・・。同じ佐藤の「中央公論」の論文は、ロアシのイズベスチュア紙掲載に載ったのプーチン首相の論文の分析、ソ連、ロシアの指導者はレーニン、スターリンも大部の論文を書いた。プーチンもその伝統に並んでいるのだ・・。「新潮」の柄谷行人の「哲学の誕生の連載は今回で終わり、一寸がっかりが、オレの知識ではよくわからなかったが、ギリシャのイオニア文化について学んだ・・。「テアトロ」村井健と坂手洋二の斉藤憐への追悼文。
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by engekibukuro | 2011-11-19 09:44 | Comments(1)