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1月30日(月)M-日韓演劇フェステイバー

「トンマッコルへようこそ」(作:チャン・ジン、演出:東憲司)。劇団桟敷童子主体の座組に塩野谷正幸が参加・。朝鮮動乱時に韓国の山の上に住む村に連合軍の飛行機が墜落して、一人だけアメリカ人の飛行士が助かる・・。それにつれた韓国軍、北朝鮮軍の兵士も紛れ込んできて、平和な村が三すくみの緊張状態になってきたが・・・。この村の村人たちは、南も北も関係なくのどかに暮らしきて、兵士たちをなんとかなだめようして振舞っているうちに、兵士たちも、この平和な村を守ろうとする気持ちが高まってきて、連合軍の無差別爆撃から、自分たちが犠牲になってこの村を爆撃爆撃魔からそらす・・・。よく出来た物語で、物語演出に秀でた東の演出は、敵・味方が笑顔で一緒に写っている1枚の写真の構図を物語りとして解きほぐして感動的な舞台をつくりあげた・・・。

▼今年最初の湯島句会、投句100人を越す、隆盛一途の勢いだ・・。選句で「しかと踏む退院の日の霜柱」という句を選句したら、これが谷岡健彦さんの句で、あとできくと、私の退院にちなんで作ったそうで、嬉しい限り、さらに選句多数でさらに嬉しくて・・・。

・笠井叡「カラダという書物」に衝撃をうける・・。理解できているのはほんのわずかでしかないことはたしかだが、カラダという人間にとっての究極の絶対的な範疇を独自に精査して、新しい概念体系を創りあげる壮絶な試みだということはひしひし感じられるのだ・・。舞踊評論家の立木K子さんが”ダンスは哲学よ”と言っていあたことを思い出した・・。ダンサー笠井叡だからこその実践的でもある本なのだ・・。
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by engekibukuro | 2012-01-31 10:40 | Comments(0)  

1月29日(日)

 
 東京都写真美術館で、バレエダンサー首藤康之のドキュメントフイルムを「今日と明日の間」を見る。作品は「Between Today and Tomorrow」、「時の庭」、「空白に落ちた男」、「アポクリフ」共演者は中村恩恵、小野寺修二、斉藤友佳理、シデイ・ラルビ・シェルカウイ。テーマ音楽は椎名林檎。作品だけではなく、故郷の大分のバレエ団にはいってバレエを始めた、大分の劇場での初舞台の”やっと僕の居場所を見つけた”という回想があり、それらのフイルムから15歳で東京バレエ団で本格的にバレエダンサーを目指し、モーリス・ベジャ-ルやマシュー・ボーンを虜にした芸術性の高さ、美しさが画面からにおい立つような映画だった。ベジャールとの稽古のシーンもあるし、共演者のインタビューもある。首藤のほうから持ちかけたという、バレエではない、小野寺修二演出のマイム「空白に落ちた男」は作品としても面白いが、小野寺が”首藤さんは案外不器用だが、一回つかまえると絶対ぶれない、まさしくダンサーが天職だということを感じさせる人だ”と・・。本当に天職とはこういう人のことだと全面的に分かるダンサーだ。また、故郷の自分の出発点だったバレエ団の記念公演の演出と振付をして、小さな子供たちとの稽古風景は和やかなもので、孤高の芸術家のドキュメントとうような高踏的なフィルムにならなくてよかった。(こんな映画があるとは全然全絵しらなかったが、家人がみてきて教えてくれた。ちょうど笠井叡「カラダという書物」という本を読んでいたのでグッドタイミングだった)。

・餃子、木須肉を買い、朝日連載のケンコウテツのレシピの生姜とバラ肉の稲庭うどん入りスープを作り、ビールで家人のささやかなバースデイ・・・。
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by engekibukuro | 2012-01-30 09:41 | Comments(0)  

1月28日(土)M 乱歩の恋文」てがみ座、シアタートラム

作:長田育恵、演出:扇田拓也。初演の成功を認められ、世田谷パブリックシアターのネクストジェネレーション公演の演目に選ばれた。伊勢湾の漁村の娘が、後の江戸川乱歩になる平井太郎という東京から出張してきた会社員に一回だけ会って、あとは東京からの恋文だけで東京へお嫁にくる・・。この乱歩の妻と、日本ではじめて本格探偵小説を書き出す乱歩の初期の窮乏生活と苦闘・・。ソレを支えた妻・・。芝居は、探偵小説が成功して売れっ子になり、とうとう書けなくなり、ある日原稿を投げ出して出奔してしまう、妻はさがしまわり、とうとう浅草の傀儡師の一座の芝居小屋にたどりつく・・、そこでの人形芝居で乱歩と妻の今までと乱歩の生活が描かれてゆく・・。妻の献身、傀儡芝居の怪奇が渾然として浅草の奇怪な一夜が明けて・・。その過去、現在の様々な人物たちの初期の探偵小説にかかわった横溝正史など、それら一体がきちんと描かれた、若い劇作家として本格的な戯曲を書ける、井上ひさいの教え子らしい長田は力のある作家だ。初演の狭い王子小劇場で、この戯曲を迫力たっぷりの舞台に仕立てた扇田の演出が、今回はもっと整理されて、乱歩が最初に目指した多くの火たち普通に読んでもらせる小説を書いてゆくという、のちにそれが大きく実現した、日本中の少年の胸を湧かせた怪人二十面相と明智小五郎、小林少年の「少年探偵団」の成功の日が見えるようなラストになった・・。ただ、初演の成功は諸刃の剣で、初演に挑む熱気が減退する気味が感じられ、そうすると演技の技量の物足りなさが目に付いてしまう・・。面白い芝居だけに一寸残念・・。
▼おもろ。中川君、今日封切られたイーストウッドの「J・エドガー」を観てきたと、オレのはなをあかしてやろうと・・口惜しい・・。面白いと、イーストウッド命のオレも嬉しい・・。直ぐ行こう・・。あとはデパートと100円ショップの客層と品物の品質のはなし、コンビニスイーツの話、とくにコージーコーナーのジャンボシュークリームとコンビニシュークリームの比較などで盛り上がる・・・。
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by engekibukuro | 2012-01-29 08:33 | Comments(0)  

1月27日(金)M「太陽は僕の敵」(作・演出:土屋亮一)

シベリヤ少女鉄道スピリッツ、座・高円寺。

 土屋は”何はともあれ、誰も見た事の無いようなものを見せたいと思っています”とチラシに書いていたが、まったくそのとおりで・・・。随分まえにこの劇団の芝居を観ていたが、今度観て驚いた。こんな児童劇団の芝居のような、遊園地向きのスペクタクルのような芝居をやる集団に変貌していた・・。アラブの砂漠の王国のお姫さまや、アリババが活躍する財宝探しとかの物語で、ストーリーがややこしくて筋を追う気力がうせて、もうただぼんやり舞台を眺めているだけで、土屋は以前はケラも注目していたトンガッタ芝居をしていたのに、よほど意識的に反時代的な出し物をだしたのかねえ・・、失笑の気配が客席にしのんでいたし・・。ただ、舞台上は主に女の登場人物、舞台下は男の登場人物と区別されていて、舞台上のお姫様やら魔法使いのお婆さんが出てきて、人物たちが四六時中なにやら呟き揺れるように左右に動き回っている、その動きが一種の様式になっていて、それだけ眺めていればなんとかなるような・・。びっくりしたのは、舞台下の悪の総統と対決する正義の戦士(らしい)が、まさかと思ったが、後で配役をみたらそうだった、「猫ニャー」で池谷のぶえと並ぶ主力俳優だった小村裕次郎だった・・・。まあ、不思議な見ものだったが、4時10分終演だったが、4時からの10分が長かったこと・・・。
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by engekibukuro | 2012-01-28 07:13 | Comments(0)  

1月26日(木)M「寿歌」(作:北村想、演出:千葉哲也)

シス・カンパニー、新国立小劇場。
つ 大震災・原発事故の前から、この公演は決定していたそうで、演出の千葉も3・11以後の現状に重ねるつもりはないと書いている。しかし、客は重ねざるをえないし、むしろ千葉がこの多義的な芝居を色々稽古を重ね、出演者と話し合いながら紆余曲折しながら創り挙げた舞台というから、客もこの今の現状にドンピシャリの芝居に多義的に、むしろ積極的に係わらざるをえないし、そういう応対をさせるエネルギーがこの舞台から太く流れてきたのだ・・。ゲサクが堤真一、キョウコは戸田恵梨香、ヤスオが橋本じゅん。最初は戸惑う。初演の北村主宰の名古屋の「T・P・O師☆団」の初演、続く同じ北村主宰の「プロジェクト・ナビ」での上演で観たものとはトーンが違うのだ。初演は1979年だ。その時の舞台は、話にも舞台の配置も距離があり、核戦争による人類の絶滅、ヤソ・キリスト教、モヘンジョダロ・死の丘などの神話的な寓話性に作者さえ自分がなにを書いたのかわからない、上演しながら理解してゆくといっているくらいだから、舞台に衝撃をうけながら客もピタッとはわからない、ただ、遠景にミサイルの光芒が見え隠れする距離があったのだ。舞台も「瓦礫の道」とう設定も道らしきパースペクテイブがあった。今度の舞台は、空間が狭くて局所的で、バックの核の内部を思わせるマスクメロンの網の目の装置(松井るみ)が舞台に覆いかぶさるようだし、衣裳もサイケデリック(前田文子)で、演技も今回の俳優陣は名古屋の役者にあった一種の余裕がない。それこそ3人の役者の持ち味全開の、それこそ”ええかげん”なふざけ放題みたいな感じで、それが人類の絶滅がまるっきりありえないわけではない現状を強烈に感じさせるのだ・・。だから絶滅も放射能もヤソも、それらのシンボリックな会話も、たびたびの奇蹟も、下手な旅芸人の芸も全部混濁状態で推移するので、ヤスオがエレサレムへ、ゲサクとキョウコがモヘンダジョロに行くにしても、はたして行けるのか明日にでも死ぬかもしれない気配が充満していて、その絶望の深さの度合いにおうじてどんどん”ええかげん”さが累乗してゆく・・。しかし、千葉はとにかくなんとしても生きてゆかねばならないと決意して演出したのだ。朝日の大笹吉雄の劇評がただしく指摘したとおり、ラストの有名なト書き「この日から氷河期始まる」をカットして明るいタンゴを流したのだ。これでスタテイツクな冷え冷えした結末にならず、これしかないと思わせる方向を示したのだ・・。
これで寿・ソレをコトホグ、キョウコが最後に歌う「寿歌」が完全に意味をもつのだ。
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by engekibukuro | 2012-01-27 08:38 | Comments(0)  

1月25日(水)M「ネガヒーロー」プロペラ犬、CBGKシブゲキ

作:水野美紀、演出:入江雅人。この劇場は元シネセゾンだった。大好きで実力満点の池谷のぶえ、福本伸一がでていて、それは楽しめたが、芝居は役者だけではないからねえ・・。


▼松濤美術館で「渋谷ユートピア」を見た。渋谷近辺に住んでいた画家の絵を集めた展覧会。これは池袋近辺に住んでいた画家の絵を集めた、昨年の板橋美術館の「池袋モンパルナス」展と対をなす。渋谷のほうがいわゆる大家が多い。日本画の菱田春草、洋画では児島善三郎、林武、海老原喜之助、野口弥太郎、岸田劉生が4点、中に国立近代美術館所蔵の重要文化財の「切通しの道」が出ていて、これは日本の洋画で一番好きな絵だから嬉しかった。また、「田村氏の肖像」は劉生の肖像画は「麗子像」もいいが、この絵のような日本の名もない庶民の肖像をしっかり描いて、日本人への信頼感をああててくれる肖像を素晴らしいと思う。「池袋モンパルナス」にも出ていた寺田政明(俳優の寺田農の父)の絵が2点でていた。渋谷近辺にも住んでいたのか・・。竹久夢二の作品が沢山でていたのもよかった。夢二の描く女の可憐なエロチシズム・・。会期の遅くに行ったせいか、目録にあった富永太郎の作品の展示が終わったらしいのが残念だった。建築家の蔵田周忠が住んでいたおいう代官山の同潤会アパートの写真が出展されていて、戦前だが子供のころ、ここにステキな伯母さんが住んでいて、オヤジと訪ねたのを思い出した・・・。
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by engekibukuro | 2012-01-26 07:47 | Comments(0)  

1月23日(月)




▼朝海苔弁をつくり、医科歯科大で終日点滴・・。
・病室でロジャー・バルパース「もし、日本という国がなかったら」を読んだ。「アメリカ人をあyめた私」の続編としての本だろう。日本人、日本文化、日本語を”世界で一番好きな作家は宮沢賢治”だという著者が、そのすべての素晴らしさを詳述する。これほど世界中を旅し、語学の達人で、日本の文学、美術、演劇をきわめて、浪曲までならって舞台でうなる人の語ることは、全面的に頷き傾聴するしかない。日本人自身が自分の国や日本語が世界でとても特殊な、日本人しかわからない価値しかないと思っているネガテイブな心性を客観的に目ざめさせてくれるような本だ。だが、今の日本のたいへんさ、ポジテイブな価値がしびんでいる現状ははっきり指摘していて、その豊かな潜在性にきずき反逆し、立ち上がれと若い日本人に呼びかけているのだ。演出家としては岸田今日子に出てもらった舞台が生涯忘れられないものだという話や、おもしろいエピソードが満載の本だ・・。
・「悲劇喜劇」2月号「特集 唐十郎」は唐ゆかりの人の文章が満載で面白かった。表紙はテンガロンハットをかぶった唐さんの満面の笑顔がステキで、唐十郎の略年譜の詳細さが凄い・・唐さんの写真を撮ったのは編集長の今村麻子さん、年譜の作成といい感服した・・。
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by engekibukuro | 2012-01-24 10:06 | Comments(0)  

1月22日(日)M「びんぼう君」(作・演出:前田司郎)

五反田団、アトリエヘリコプター。

 たしかに前田がチラシに書いたとおり、五反田団の代表作だろう。前田の芝居はほとんど観ていたつもりだったが、この芝居はみていない・・。6年前が初演。前田が、”金持ちの立場から描いた絵が卯作品です。僕の家はわりかし裕福だったのです”という芝居で・・。何処の家でもテレビがあったわけではない昔、テレビがないので友達が話す「サザエさん」の話わからない、びんぼう君と父親が、勝手に想像して絵にかいたりする・・。びんぼうだからこそ、いろいろなことを父と子が想像して楽しむ喜び・・、ナイことの賛歌のような芝居で、そこに学校の宿題で月の観察のをするために、女友達があyってくる・・。びんぼう君の家は月がちゃんとみえるんだ・・。この3人のわけのわからないママゴトだとかなんだとかの遊びが、抱腹絶倒で、前田の極北的なセンスが煌く、まさしく天才的としかいえないシーンが続出する。これも父親の黒田大輔という前田の芝居の初期からの前田テイストの芯からの体現者と、これもそれに準ずる女ともだちよの端田新菜の演技がモノをいい、子供の大山雄史もまけずに頑張っていて・・。女ともだちは御殿山に住んでいる金持ちらしい、つまりは五反田、品川の前田の作品の魅力のローカリテイもタップリで、前田の得意な才能が如実に納得できる舞台だった。こういう芝居はわりかし裕福な家で育たないと書けないないだろうね・・。

・桑原さん、電話番号がわからなくなってしまって、用件と番号をFAXしてください・・。
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by engekibukuro | 2012-01-23 06:57 | Comments(0)  

1月21日(土)M「青べか物語」黒テント、イワト劇場

 原作:山本周五郎、上演台本・演出:鄭義信。
 黒テント出身のチョン・ウイシン(鄭義信)が、いまや大成して出身母体に台本を書き、演出した。わたしは練馬の稽古場公演での彼の処女作を観た記憶が蘇る。題名もどういう芝居だったかも思い出せないが、とても印象的で面白かったという記憶は残っている・・。山本周五郎と黒テントではちょっと肌があわないような気がしたが、そこはいまや円熟の作者だ、望郷の悲哀がたちこめる物語として2時間半、蒸気船が主要交通機関でまったくの僻地だった浦粕(浦安)のとんでもない人々の猥雑で気のいいさまざまな所業が、黒テントの得意技の歌・楽器の音楽シーンをたっぷり入れて面白く描かれ、さすがだと思わせる舞台になった・・。荒地だらけだった浦安がいまやホテルが林立するデイズニーランドの大歓楽地と化した・・。今回は創立メンバーの斉藤晴彦、服部吉次、小篠一成の3人がほぼ中心の舞台回しで、これがオールドファンには無類に楽しい・・。楽器万能の服部がひさしぶりにピアノを弾き、サキソフォンを吹くのもわくわくした・・。ウイシンの故地公演は楽しい舞台になったのだ・・。
・隣が内田洋一さん、俳句の話をして面白かった。おもろ、カップルと有田さん。朝日が連載している「プロメテウスの罠」の話で、原発事故のときの政府の周章狼狽ぶりが怖いくらいの話で、あのときの菅のそれでもの懸命な処置が誰か他の人間ができたのかというと、”いまの野田だったらできないでしょう”と・・。消費税もTPPも有田さん反対だそうで、党の処置がどうなるか・・。
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by engekibukuro | 2012-01-22 08:27 | Comments(0)  

1月20日(金)


▼「シアターアーツ」冬号を読む。別役実×野田秀樹の公開対談「大震災と演劇」の記録が面白かった(司会:山口宏子)。この震災・原発事故のことを自分の演劇として書くのかという話で、野田はオウム真理教のことを描いた「ザ・キャラクター」はサリン事件のあと15年たってから書いたし、別役の日本の終戦後のはなしである「マッチ売りの少女」は20年後たと、そのくらい時間をかけて発酵させないと「マッチ売りの少女」のような名作は生まれなかったのだろう・・・。新野守宏のコラム「徐々に揺れがおさまるなかで」、F/Tの夢の島で上演したオ-プニング作品「宮澤賢治/夢の島から」でのロメオ・カステリッチが演出した「わたしという現象」での津波をじかに連想させる沢山の白い椅子が連鎖的にひきずら倒れてゆく見事な演出が必要以上になまなましく、もし津波とのなんらかの当事者だったらどうかんじるだろうと書いていた・・。わたしも凄いとおもったが、すこし違和感を感じたことも思い出した。事件のあとは時間が必要だということか・・・。柾木博行「そして劇場が行く」の連載は震災後の劇場・演劇の真摯な取材に感服する。
・久しぶりに神保町の銀漢亭で谷岡さんと呑む・・。退院後はじめてなので、俳句や芝居のことをべらべらかってにしゃべって酔っ払った・・・みたい・。雑誌「湯島句会」で村上一行さんが、特選してくださったわたしの句「冬霞命の果てが透けて見え」を丁寧に選評してくださった。ご自分の不本意な年齢での親しかった友達の死を例に挙げての評で、「句の作者が意識している命は、ごく親しい人か、あるいは自らの死ではないだろうか」と指摘された・・。入院直前に作った句で、たしかにそういう意識があったのだろう、この冷静な指摘はとても貴重でありがたかった。
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by engekibukuro | 2012-01-21 12:16 | Comments(0)