<   2012年 02月 ( 25 )   > この月の画像一覧

 

2月28日(火)M「八百屋のお告げ」グループる・ばる

作:鈴木聡、演出:鈴木裕美、座・高円寺。

 5年ぶりの再演。る・ばるの舞台はほとんど観ているはずだが、この芝居記憶が無い・・。松金よね子、岡本麗、田岡美也子のグループに加納幸和、井之上隆志、モダンスイマーズの津村知与志が参加した・・。高校時代からの親友3人、もう50を超えて、松金は熟年離婚して二人の子供は離れて暮らしている、岡本は独身で不倫を繰り返し、最近の相手が死んでしまった・・、田岡は子供のいない夫婦・・。ある日、松金が二人を家に呼ぶ・・。彼女が宣言する・・”今夜12時に私は死ぬ”住んでいる町の八百屋のオヤジに告げられたという・・。この八百屋は占いが特異で、かなりの高率で占いをあてている・・・。この話を軸に、加納のセールスマン、井之上のバイク便の運転手、津村の高校時代の憧れの男子の息子が絡んで・・。このメンバーの芝居なら面白くないはずはない、る・ばるの芝居はほとんど楽しんできたし・・、だがこの芝居はどうも空転ぎみで面白くなってこない・・面白い舞台をつくることにかけては本邦随一といってもいい作の鈴木聡、演出の鈴木裕美のダブル鈴木の舞台でもこういうことがあるんだ・・。ただ、カクスコ以来の大ファンで、日本一巧い役者だと思っている井之上隆志だけは空転に歯止めをかけるような工夫をしてい嬉しかった・・。期待しただけにがっかりした・・、それとも今日はオレの体調が悪かったのかな・・・。
[PR]

by engekibukuro | 2012-02-29 08:23 | Comments(0)  

2月27日(月)










▼第五十回二月湯島句会。於、神保町銀漢亭
兼題 ・針供養・薄氷・野焼き、当期雑詠
・一人5句投句の総数490句、この句を3人が読み上げ、100人ばかりの超結社の俳人が選句する(わたしは俳人ではなく句会愛好家)。今回嬉しいことに2句選ばれた。
 ”ツギ当てしこのブリーフで針供養”(二人)、”幽やかに小さな朝の結氷期”
谷岡健彦、堀切克洋のご両人は毎回のハイアベレージを今回も維持、秀句を連発、選ばれてゆく・・。3回自作だと名乗りをあげた後の酒のうまいこと!(今日はとびきりの濁り酒がでたのでなおさら)・・。
[PR]

by engekibukuro | 2012-02-28 09:36 | Comments(0)  

2月26日(日)Mストアハウスカンパニー 上野ストアハウス

「Ceremony2012-おひさまのほうからー」(作・演出:木村真悟)
舞台には色とりどりの古着の山・・。暗がりから舞台にいつのまにか立っている黒尽くめの服を着た男女8人・・。静かに古着の山の周りを旋回しはじめる、単線、複線、複々線の旋回のステップの速度が昂かまるうちに、古着の山に挑むように山を踏みつぶし、執拗にかかわってゆき・・、古着はどんどん踏み潰されて拡散してゆき、舞台に散乱してゆく、古着と戦う男女の表情の真剣さ、厳しさ、せっぱつまった情念の立ち昇りは、古着がこれら男女に向ってたちはだかる現実の象徴だからこそなのだろう・・。果敢なアクションの勢いが急に弛緩しだし、まるで歩けなくなるような感じになって、昂揚感の持続は分断されてゆき、さらに逡巡ののちに演者は古着と戯れはじめる、舞台一杯に広がった古着、襤褸を持ち上げ、とびちらし、繰り返し撒き散らすと、それらの古着が遠く瓦礫の片鱗にみえるような・・、さまざまな彷徨の果てに終末にむかう、半裸になった体に古着をまといだし、静かにそれぞれがお互い無関係なコトバをつぶやきながら、生のあらゆる瞬間がかっすたと思わせる舞台の一回の生は相変わらずの日常へと終わってゆく・・。木村真悟の発明した、この演劇性を煮詰めつくしたパフォーマンスは、この上野ストアハウスでさらに成熟した成果をみせた・・。昨年開場したここ上野ストアハウスも使われていい劇場になったね・・。
▼新宿ルノアールで「シアターアーツ」の編集会議、わたしは10年続いた編集委員も今日で最後、西堂編集代表も降板して、これからは柾木、梅山、藤原君ら若い人たちが、新野、野田さんらの後見のもとで雑誌をだしてゆく・・。
[PR]

by engekibukuro | 2012-02-27 10:06 | Comments(0)  

2月25日(土)M「狂おしき怠惰」作・演出:中津留章仁

トラッシュマスターズ、駅前劇場。
 昨年の公演「背水の孤島」が各種演劇賞を受賞した中津留の新作だ。前半は題材は3・11に起因して多発している甲状腺癌の患者を治療する病院が舞台、抗がん剤の新薬の実験的投与の問題、医者と製薬会社の癒着、医師たちの看護士を巻き込んだ男女関係の乱脈、誤診と実験投薬の失敗で患者が死亡し、正義感の息子が慟哭する・・。舞台は下手に病室、上手にトイレ・・。しかし、わたしには登場人物の言動に違和感が付きまとい、病室とトイレを場にする人物たちの接触、会話のご都合主義が常識的な禁じ手を全く無視しているとしか思えない・・。後半は中津留芝居のワンパターンの時代の経過を超スピードでナレーションで流し、何十年後の前半の人物たちのその後を描く・・。舞台は製薬会社の応接間、日本はTPP(環太平洋経済連携協定)に加盟し、混合医療が解禁され、貧富の医療格差がはじまった・・。癌治療の新療法のレーザー医療が効果をあげはじめ、製薬会社の会社の売買が恒常化し、政財界との癒着も横行して・・。昨年の「黄色い叫び」や「背水の孤島」は3・11の災害を題材にして、その現実を中津留と共有することができるが、医師や製薬会社の裏話は真偽を確かめようがない・。その紋切り型のダ-クストーリーを受容するしかない・・。失笑をまねきかねないラストシーンまで、最後まで違和感が消えなかった・・。ただ、癌治療の現状や、製薬会社と医学界の関係や、TPPの問題などよく調べて取材していて芝居のアクチュアリテイを支えているのは確かで、それが魅力になっていることは事実・・。しかし、以上のシニカルな見方をものともしないエネルギーが休憩なしの3時間の芝居を実現させるのだろう・・、結局この社会派エンタアテイメントをどう位置づけるのか・・、既成演劇の概念への新味の挑戦であることは確かで、つまるところわたしの狭い了見による偏見が露呈するするのだろうか・・。ここまでこだわるのは「背水の孤島」のラストの公園の樹木による発電のヴィジョンが美しくて強い印象をのこしたからだ・・。
[PR]

by engekibukuro | 2012-02-26 08:22 | Comments(0)  

2月24日(金)




▼図書館で「群像」「新潮」「文学界」「新潮45」「中央公論」「テアトロ」を拾い読み・・・。
中央公論の佐藤優の連載は、「イラン問題」、イランの核開発の進展を阻むためイスラエルが暴発してイランの各施設を爆撃する可能性が現実化したので、欧米のインテリジェンスがイランの核物理学者を謀殺して開発の進展を阻止している・・、爆撃による中東の大戦禍を避けるためには謀殺は小事あdというインテリジェンスの冷徹な認識・・。新潮45で武田徹が反原発と賛原発の論者のマップをつくっている。あまりに論点が細かく多岐で混迷してくる・・。文学界の佐藤優と玄侑宗久の対談「福島と沖縄から『日本』を読む」で佐藤:原発をなくしていくというベクトルは国民的コンセンサスで、有識者はやはりその方向で責任を持たないといけないとおもいます。どうしてかと訊かれても、それは理屈がない世界だと思うんです。最も重要なことは理屈がない、と・・。”理屈がない”
その関連・・。「僕のお父さんは東電の社員です」(毎日小学生新聞+森達也)現代書館。
毎日小学生新聞にゆうだい君という小学6年生の投書が載った。これはこの新聞に載った元毎日新聞論説委員の北村龍行さんの「東電は人々のことを考えているか」という論説に反論したものだ。”原子力発電所を造ったのは誰でしょうか。もちろん東京電力です。では、原子力発電所を造るきっかけをつくった誰でしょうか。それは日本人、世界中の人々です・・、発電所を増やさなければならないのは、日本人が、夜遅くまでスーパーを開けたり、ゲームをしたり無駄に電気を使ったからです”この投書に全国の小学生を中心に、中学生から大学生、読者の親の大人までが様々な意見を投書してきて、それを森達也がまとめた「僕たちのあやまちを知ったあなたたちへのお願い」。森はまず地震大国の日本にアメリカ104基、フランス59基、ついで世界で3番目の54基もの原発をもち、しかも原爆と水爆の双方の被害者だということを考えずに大人たちが原発を造ってしまったことを、小学生たちに謝った。そして日本での原子力開発の歴史、原発の構造、日本の高度成長の時期、チッソが起こした水俣病という公害と原発事故の類似、東電の社員といことの組織の一員だということの意味とあり方をナチスドイツの幹部の例をひいてその危うさを解説し、考えられる限りの関連事項を小学生の理解にはちょっとたいへんだなとは思うが、本当に真摯に書かれたこの文章は、原発について書かれたものでは日本の後続世代にたいする責任感がひしひしと感じられる私の読んだ中では一番感動的なものだった。もう理屈ではなく、原発をなくす!
[PR]

by engekibukuro | 2012-02-25 09:23 | Comments(0)  

2月23日(木)M「持ち主、登場」CBGKシブゲキ

作・演出・出演:大倉孝二、峯村リエ、村岡希美、KENTARO!!、ブルースカイ、ナイロン100℃ side SESSION #11。
 みんなでつくった作品らしいが、どうもお話が弱くて、せっかくのとびきりの個性派出演者の力と面白さが活きていないなという印象が拭えなかった・・。まあ、大倉、峯村、村岡は昔からの大ファンだから楽しめたことはそうなんだが・・。

▼渋谷ユーロスペースで前田司郎の劇「生きているものはいないのか」を石井聰亙改め、石井岳龍監督によって映画化された作品を見た。原因不明の病気で、人がバタバタ死んでゆく話で、芝居のときはなんだかあっけにとあっれて、前田の特異な死生観に触れた感じあtものだ。映画は前田が映画用の脚本を書き、石井がさらに脚色した。映画は、3・11を体験した現在、この原作が切実なアクチュアリテイを内在していることを石井が顕在化した・・。舞台では、舞台上で人がバタバタ死んで折り重なって死体の山ができあがった・・。映画では、出てくる個々の若者たちの様々な死に様の克明な描写が圧巻だ・・。もう、列車事故から端を発して原因不明のウイルスが蔓延して、日本だけでなくアメリカでもどん℃死んでいて、テレビもネットも機能しなくなり、自衛隊の救助もなく、国家が壊滅して・・、そういう全くの無政府状態の雰囲気を映画はホントにリアルに醸しだす・・。最後にはカフェのボーイの染谷将太だけが生き残るが、夕日に輝く空から飛行機が墜落し、鳥たちがどんどん空から落下してゆく、人類死滅の最後の風景・・。映画館をでて街にでて、渋谷の街路でバタバタ人がしんでゆくのを見ても全く違和感を感じないだろうと思った。この映画は荒唐無稽の話でなくて、われわれは心の底にこの死滅をリアルに感じているのだとおもわざるを得なかった。
[PR]

by engekibukuro | 2012-02-24 08:32 | Comments(0)  

2月22日(水)









▼「文藝春秋」3月号も芥川賞受賞作2本を読んだ。
円城塔「道化師の蝶」はまったく分からない、サクバク感のみ残る小説だった。奇人実業家のA・A・エイハブラムという男が、子宮癌で死んだなんて・・読み違えかな?
田中慎弥「共食い」は評判だけの読み応えのある小説だった。西のほうの地方の町の話で・・。その町の男と女のまったく無防備な原初的な接触、性と暴力がなまなましく描かれ、なにか神話的な叙事詩をさえおもわせる底力のあるものだった。田中の”文学命”の熱気を感じさせる、久しぶりに堪能した日本の小説だった・・。
[PR]

by engekibukuro | 2012-02-23 09:26 | Comments(0)  

2月21日(火)M2012年・蒼白の少年少女たちによるハムレット

作:W・ウイリアム・シェイクスピア、演出:蜷川幸雄、翻訳:河合祥一郎、さいたまネクスト・シアター、彩の国さいたま芸術劇場インサイド・シアター。特別出演:こまどり姉妹
 若者の集団ネクスト・シアターに今回は美術、照明、音楽、衣裳、舞台の若いスタッフが登場して両者あいまって若々しい息吹がみなぎった舞台だった。まず美術(中西紀恵)、蜷川のアイデイアを活かしてスタッフ総力で作った舞台は、三方から見下ろす客席の中央に四角い講師のはまったガラスの舞台で、そのガラスを透かして下の空間も劇空間で、登場人物は上下の空間を使って登退場する、この立体的な舞台が平面舞台では見られないダイナミックな迫力を生んだのだ。宿命の王子ハムレットの勝ち目の薄い運命との戦い周知の数々のシーンが、蜷川の強い鞭撻によって破局への不可逆的な勢いを演じ抜いた・・。そしてこあmどり姉妹が2回登場、ハムレットとオフェリアとの愁嘆場の直後、こまどり姉妹は自分の持ち歌の演歌を歌いながら舞台を一周する。すると場面のパセテイックな空気が一変する。悲劇ハムレットは、純日本の生活者の心の底からの心情を唄ってきた芸能者の歌で完璧に相対化されて、いままで感じたことが無いような名状しがたい空気が醸造されたのだ。リーフレットの堤広志の文によると、蜷川演出の1973年の舞台「泣かないのか?泣かないのか?一九七三年のために?」の演出ノートに「客席通路から突然、三味線を持ったこまどり姉妹がうあたいながらくる。この時ぼくらの舞台は拮抗できできるのか?」と書いたそうだ。40年ぶりに両者はその時を迎えたのだ。しかし、この舞台は拮抗できていた。蜷川の挑発にのって、若い俳優たちは個々の役を目一杯以上に表現するハメになった機会を全員活かせたと思う。川口覚のハムレットは中心になりえていたし、隼太のギルデスターン、高山皓伍のローゼンクランツもこの二人はこれだと思わせた面白さだったし、老け役もポローニアスと墓堀りを演じた手打隆盛は今までこの訳を演じた俳優たちと全くそん色ないし、特にポローニアスは出色だ。ラストにこまどり姉妹がでてきて舞台を、彼女たちの歌で閉めるのだが、こまどり姉妹が代表する日本の生活者の歌に抗うネクスト・シアターの奮闘に”長いこと芝居に係わって観て来てよかった!”と思わず涙がでるくらい嬉しかったのは、この両者の出会いが我々の生活と観劇のギャップの根幹を突くものだったからだろう。蜷川の試みの凄さはおどろくべきもので、ネクスト・シアターは次回公演がほんとうに楽しみになる集団に成長した。
[PR]

by engekibukuro | 2012-02-22 10:35 | Comments(0)  

2月19日(月)M「女王の器」(作・演出:松井周)サンプル

川崎市アートセンターアルテリオ劇場。
 舞台全体が強大な白い布で覆われている。その布は天井からの綱によって要所を支えられている。その布のステージの裏に役者が待機しているスペースがあって、色んな道具やスタッフの動きの気配などが色彩ゆたかな明滅する光のなかで見えてくる・・。この芝居はその白布の舞台と裏のセノグラフイーが主体だ。巨大白布の上で演じられる芝居は、ストーリーはなく、人物達も部分関連で、芝居のメインストリームは分断されていて、古屋隆太の卑猥な刑事、古館寛治の建築家、羽場睦子の母、この3人のサンプルを支えている役者が舞台を締めているが、ほかにカフカ風の門番あdとかイケニエ女などが、不意に出没して、小規模な出来事が連鎖してゆく・・。この話の脈絡も不分明で、中心的なイメージへの追求でもない小規模な出来事の連鎖は、巨大白布の上のパフォーマンスの質感だけが勝負で、それは危うい賭けでもあるのだが、2時間ほどの時間を一定のクオリテイクtを持続させたのだ。松井は宝塚でバイトをしていたそうだが、芝居はステージングが基礎であることを確信しているようで、芝居のストーリーも人物も主題展開も、ある特定のステージングを思いつく後から作り出すようだ・・。それがかなりの成功度が高いのも、劇空間の第一義性の確信、劇場型思考が見についているからだろ。これはアヴァンギャルド・アートのようなものへの志向ではなくて、演劇の可能性への自然な松井独特の対し方から生み出されてくるのだ・・。
▼H・F・セイント「透明人間の告白」(河出文庫 上・下)読了。椎名誠と北上次郎がやっている「本の雑誌」の創刊30周年記念特集の”30年間のベスト30”という企画で、ベスト1に選ばれただけのことはある面白さだった。元来SFは苦手なのだが、これはジャンルなど関係ないとてつもない面白さだった。この現代のニューヨ-クで、放射能事故の突然変異で透明になってしまった株やの男音、透明ならなんでもできると思いきや、透明の体でこの社会を生きるのはたいへんな困難で、さらに透明人間を悪用せんとするFBIに追われて・・、また、透明男と恋におちた女とのベッドシーンの描写の独創性・・。
・20日は朝、ブリの照り焼きと海苔弁当をつくって医科歯科大へ。終日最後の抗がん剤投与の点滴で過ごす。髪の毛が抜けたぐらいで、副作用がなく、経過は順調のようだ。来月は放射線治療。
[PR]

by engekibukuro | 2012-02-21 10:31 | Comments(0)  

2月18日(土)M「少しはみ出て殴られた」MONO

作・演出:土田英生、吉祥寺シアター。
 オリジナル・メンバーの水沼健、奥村泰彦、尾方宣久、金替康博、土田英生に岡嶋秀昭、ヨーロッパ企画の諏訪雅、中川晴樹が加わった・・。舞台は、窃盗や万引きなどの軽犯罪の犯罪者専門の刑務所。水沼と土田が看守であとは受刑者、囚人への融和政策で看守と囚人は刑務所内では仲よくしようということで、双方まるでお仲間のように過ごしていたが・・、管轄してる国家マナヒラが分裂し、マナヒラとヒガシマナヒラの二国ができ、おまけに極小地域のコチまで独立した。マナヒラ出身は看守の水沼、囚人の奥村、岡嶋、ヒガスマナヒラ出身は囚人の尾方、金替、諏訪、看守の土田、コチ出身は囚人の中川一人・・。それまで囚人も看守もゲームとか踊りとか、和気アイアイと過ごしてきたのに、出身地がそれぞれの分裂国家になってしまって、生まれた国への忠誠というかアイデンテイテイに目覚めてしまい、一寸した行き違いなのに話がおおげさになってきて、小さな亀裂が国分裂を尾反映してどんどんエスカレートしてゆき、看守、囚人いりみだれての大乱闘の騒動になり、怪我人続出して・・。この芝居が現代の寓話で、あたら国家とか宗教とかが表立つと、それまで仲良く暮らしてきた他民族や他宗派と殺し合いになるという今の中東世界や、MONOは京都の劇団だから、いまの大阪の橋下政治とか、連想の範囲はとても広くて・・。ただ、土田の作風がそんなに深刻な書き方をしないから、なんだか隔靴掻痒で、だから大乱闘の場は芝居にしないであとの語りだけですませているぐらいで、物足りない感じが拭えない・・・。が、土田特有のリズミカルな台詞を楽しむのがMONO必見法で、今回もそれは期待にかなった・・。
▼アフタートークはこの芝居の舞台美術の柴田隆弘とMONOの役者でまた有能な舞台美術家でもある奥村泰彦の二人の話が土田の軽妙な司会で面白かった。どうもいままで奥村と水沼の顔と名前を混同していたみたいで、このトークではっきりした・・。
・おもろ。カップル、昔のジャン・ギャバンの「望郷」やイングリット・バークマンとハンフリー・ボガードの「カサブランカ」なんかの話で勝手に盛り上がって、面白かった・・。
[PR]

by engekibukuro | 2012-02-19 09:35 | Comments(0)