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7月30日(月)S「いつか見た男達ージェネシスー」

作:松原敏春、監修:佐藤B作、脚本:千葉雅子、演出:福原充則、本多劇場。
 50歳に達した役者が10人集まって、「劇団500歳の会」を設立。その旗揚げ公演だ。荒谷清水、池田成志、宇梶剛士、小川菜摘、金井良信、千葉雅子、中村まこと、深沢敦、山西惇、渡辺いっけいの10人。芝居は松原の書いた、東京ヴォードヴィルシーの代表的レパートリーだ。この人たちが50歳になったのか・・。池田は「山の手事情社」時代から観ているし、金井の唐組時代の異様さはいまでも鮮やかだ、深澤の「花組」時代、タイニイアリスの舞台にシュミーズ姿で出ていたな、山西は鈴木裕美演出の「法王庁の避妊法」が出会いだった、実に面白かった、渡辺も最初からうまかったな・・。とうとうの感慨にふけって観ていた・・。

▲演劇評論家で学習院大学教授の佐伯隆幸の最終講義の記録。「演劇人佐伯隆幸とは誰なのかーユゴーとベルナール=マリ・コルテスに沿って」を読んだ。全ページ118ペ-ジのうち本文33P、あとの85Pが「註紀」の完全佐伯流・・。一読、ほとんど理解に達しなかった・・。そして「註記」のもの凄さ・・。古くからの付き合いだが、これほど佐伯さんが和漢洋の膨大な教養の持ち主とは不覚にも知らなかった。漢文や日本古典のの引用も凄い・・、出てくる名が、平田篤胤、鈴木大拙、吉田松蔭、北村透谷、吉田寅次郎、下って羽仁五郎、藤田省三、そしてトルーマン・キャポーテやガートランド・スタインの小説やエルロイのミステリーまで出てきて、話の行きがかりから、日本の侠客の大物、大前田英五郎や会津の小鉄まで出てきて、ほかに枚挙にいとまがないぐらいの和漢洋、古典、現代の文献が渉猟されて・・。ワタシは佐伯さんのコルテスの戯曲の翻訳が大好きで、この翻訳での「綿畑のなかの孤独」での柄本明とコンタの台詞が、ちゃんと役者の息にあったフシギな魅力があって・・、だから多少読んだことがあるスラヴォイ・ジジェックとコルテスのことを論じた部分は多少理解できたか・・。とにかく全体の論旨や主題は不分明だったが、講義の雰囲気や註記の熱気や
言説の口調などの不退転の生涯の回顧で、その生涯の決算の心意気は理解を越えて十分感じられた。これは大学教授の最終講義というより、演劇人佐伯隆幸の一人芝居、独特に打ち立てた面目躍如のパフォーマンスだといっていいのだ・・・・。
・医科歯科大へ。定期診察だが血液検査でγーGTPに厳しい数字がでた、K先生”エモリさん酒は・・・”、わかりかしたよ!・・。
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by engekibukuro | 2012-07-31 09:20 | Comments(0)  

7月28日(日)








▲窪美澄「ふがいない僕は空を見た」・。かなり前のベストセラーで図書館から1年がかりぐらいできた・・。なにげなく頼んだ本だが、最初、高校生の男の子とコスプレマニアの主婦とのセックスの話がでてきて、そういう種類の本かと思ったら、この高校生の男女の友達のはなしが中心になってゆく短編連作だった。団地に住む高校生・・、この団地は5階までエレベーターがないような建物で今はもう人生の落後者が住むスラムになっている。生活破綻者の親をもつ高校生が、朝の新聞配達、夕方のコンビニでのバイトで健気に精一杯生きている姿が丁寧に書かれていて、今時の貧乏物語で、見当違いだろうが、昔のプロレタリア文学の感触だった・・。いいものを読んだと思った。
・東京都江戸東京博物館で「発掘された日本列島」展をみる。この博物館ははじめてで、こんなに広壮な建物だとはしらんかった。最近発掘された土偶や埴輪をみた。細かい色んな説明は、説明を読まず、隣の幼稚園児くらいの女の子に説明するお母さんのはなしを聞かせてもらってすます。”この埴輪はバラバラだったのをきちんとくっつけたのよ”、”セロファンテープで?””セロファンテープじゃムリね”・・。土偶や埴輪をみていると、気が鎮まって・・。
・札幌競馬場のクイーンSで蛯名騎手はミッドサマーフェアを3着に持ってきた。助かった。
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by engekibukuro | 2012-07-30 07:26 | Comments(0)  

7月28日(土)S「月の岬」(作:松田正隆、演出:高瀬久男)

Pアカンパニー、シアターグリーン。
この芝居、6月に平田オリザ演出で観たばかり・・。演出家の違いで、舞台が異なるのは当たり前だが、これほど違うとは・・・。どうもこの舞台は、はじめから緊迫していて、平田演出のような、ごく普通の日常の覆いが、だんだんほころびが表立ってきて、ひとつの破局状態におちいってゆく、それが日本の南西の果ての小島での満ち潮で島になる岬を月が満面を照らす光景と密かに結びついてゆくような十分な余白のなかでの出来事にこの舞台はなっていないと思わざるをえなかっ。これは初演以来の平田演出に洗脳されているのかもしれないが・・・、この舞台はなんだか当初から煮詰まり過ぎているようなきがした・・。舞台の一家の長女平岡佐和子に復縁を迫る清川悟はストーカーに見まがうが、そうではないなにか男女の究極のかかわりのような超越性を感じさせないと、この芝居の風合いはでない・・・と。高瀬久男の演出は、「リタの教育」いらいの大ファンだし、松田の作品の文学座アトリエでの高瀬の演出で、松田の真価を教えられた恩恵がある演出家で、今年5月のアトリエでの公演「ナシャ・クラサ」にも感動したのだが、この舞台は一寸違和感ガ拭えなかった・・。

▲おもろ。今日は中川君だけ・・おつまみ新製品の激辛柿の種のサンプル製品をもらう・・。今の沖縄では泡盛はほとんどの人が水割りで飲んでいると・・。おれみたいに冷凍泡盛を生で呑むのは珍しい・・らしい・・・。
・谷岡健彦さんが週刊金曜日の俳句欄で特選を獲った。
 兼題キャンプ。”月入れて飯盒洗うキャンプかな”
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by engekibukuro | 2012-07-29 09:26 | Comments(0)  

7月27日(金)S「三谷版 桜の園」神奈川芸術劇場KAAT

作:アントン・チェーホフ、翻案・演出:三谷幸喜(小野理子訳「桜の園」に基づく)、音楽・演奏:萩野清子、PARCO劇場。
 「桜の園」が喜劇かどうかという話はややこしくて、うーんこれが喜劇なのかなあとかナヤムわけだが、・・。しかし、きわめて興味深い舞台であったことは確かだ。まずはラネーフスカヤの浅丘ルリ子は素晴らしい。東山千栄子や杉村春子という新劇の名女優からいろいろな女優のラネーフスカヤを観てきたが、これほど自然に貴族階級の文化に染まりきった言動を自然に振舞うのはじめて、抵当の「桜の園」の救済策としてロパーヒンが口にする別荘地として切り売りする話など、”あなた、そういうお話は低俗なのよの一言でおしまい、百姓から這い上がったリアリストのロパーヒンにはまったく理解不能で・・。この芝居で一番印象に残るのは、落日の輝きのような没落貴族の美しさを満身でしめす浅丘とナリからなんから満身俗物の塊のような市川しんぺーのロパーヒンの対比だ。金のない、あるいは金を蔑視する貴族文化と金はあるが文化が皆無の勃興階級、この対比が図式的なくらいに描かれてた「桜の園」ははじめてだ・・。ほかに目に付いたのはラネーフスカヤの身の回りの世話をするヤーシャはいままではえらく軽薄なあんちゃん風だったのが、今回の迫田孝也のヤーシャは立派なパリ仕立ての偽紳士だったこと・・、藤井隆のトロフイーモフがロパーヒンがくれようとする餞別を投げ返すような革命を予感させるロシヤ雑階級の毅然としたインテリだったこと・・。
 しかし、わたしの「桜の園」への興味は、ロパーヒンとラネーフスカヤの養女のワーリャの恋がいつも中心だ。ハリコフにケシを植えて、これはモルヒネのもとになるだろうもので大金を儲けるような目端がきくロパーヒンは、俗物だが、ラネーフスカヤに心服しているのはたしかで、ワーリャ出自はよくわからないが平民ではある、この桜の園を実質的に差配している賢い女性だ。おなじような貴族階級ではないが、自分の才覚で立派に生きている二人だ・・。この二人が周囲では結ばれると思わせていて、ステキな組み合わせだと思うのだが、結局結ばれない・・、お互いに相手の手の内をしりすぎているせいか・・。今回の神野三鈴のワーリャは衣裳が彼女の差配としてのポジションを誇示するような服装が印象的だが、市川との恋のアンチクライマックスはなんともいえない悲哀感を帯びた
ものだった・・。わたしの今まで一番のロパーヒンは、麻実れいのラネーフスカヤのときの香川照之(現・市川中車)でワーリャは千葉哲也演出の流山事務所の伊藤弘子だったが、今回のコンビも捨てがたい恋の神秘を感じさせた・・。これからも二人の恋を追ってゆくだろぅ・・。面白かった。
▲「テアトロ」8月号の菅孝行の演劇時評の「日本演劇にとっての<ユダヤ人>」が面白かった。「カフカの猿」、「負傷者16人」「ナシャ・クラサ」をとりあげて、「カフカの猿」のキャサリン・ハンターの演技と他の2本の日本の芝居の俳優の演技を比べて論じたものだが、堅いが核心をついていると思った。
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by engekibukuro | 2012-07-28 10:42 | Comments(0)  

7月25日(水)S「東京ノート」(作・演出:平田オリザ)青年団

 現在大ブームのフェルメールの<真珠の首飾りの少女>が展示されている「マウリッツハイス美術館展」を開催している東京都美術館の講堂ロビーで上演された。この芝居の舞台は2024年の近未で、そのころヨーロッパでは戦争の真っ最中、ヨーロッパ中の有名美術品が日本に避難してきているという設定で、フェルメールの全作品も日本にきている・・。そのフェルメールを展示しているという美術館のロビーでの話し・・。つまり作品と会場がピッタリの上演・・。この第39回岸田戯曲賞受賞作品は、小津安二郎の「東京物語」がモチーフで、年老いた両親が上京して、子供たちを訪ねる映画だが、この芝居は田舎で両親の世話を結婚もせず引き受けている絵が好きな姉が、東京の兄弟たちを訪ねてくる話で、その集合場所がこのロビ-、あとで館内のレストランで食事・・。むろんロビーには、この一家だけではなく様々な人がきて、まったく無関係な風景が展開されるのだが・・。この会場は、ロビーにある記念品の売店もそのまま営業しているらしいし、臨場感はたっぷり、この芝居はたしか3回観ているが、2回目は横浜美術館のロビーだった・・。今回はフェルメールを展示している美術館だし、この臨場感は青年団・平田リアリズムの真骨頂で、このリアルはときとして芝居を通り越してしまう・・・、だが、この芝居ではさきほどの一家の姉を演じた松田弘子が柱だ。この一家の犠牲になっているのに、それを兄弟たちに気にさせまいとする女性像は忘れがたいし、松田の立派な持ち役だ・・。「東京物語」で東山千栄子を思い出すように、「東京ノート」では松田弘子を思い出す・・。
▲イチローはマリナーズの盟友だったエース・フェルナンデスから二塁打を打った。重荷がとれたように楽々と打っている・・。
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by engekibukuro | 2012-07-26 09:45 | Comments(0)  

7月24日(火)









▲マリナーズのイチローがヤンキースに電撃トレード、このニュースに驚愕・・。しかも発表当日のシアトルのホームグラウンドでヤンキースのメンバーとして出場した。打順が8番というのが、さびしくも厳しいが、今までの51番から31番の背番号のユニフォームでグランンドに現れたイチローに、シアトルのファンがスタンデイングオベレーションの拍手で応じたのは、感動的だった。イチローもそれにこたえて、ヒットを打ち、さらに即座に盗塁して、ファンを喜ばせた・・。イチローはチームの殆どのメンバーが20代になって、39歳の自分はもう邪魔になりかねないし、年齢も重なった今年の調子も下降気味なので、新天地でサマ変わりしたいという気持ちも、そうだろうなとは思う。しかもヤンキースは東部地区の首位を現在独走・・、ワールドチャンピオンに最短距離のチームだ。野球選手ならせめて一回はチャンピオンチームの一員になりたいだろう、万年最下位のマリナーズではかなわぬ夢が実現できそうなのだ・・。ア・リーグで一番負けているチームから、一番勝っているチームに移籍したイチロー・・。今年はマリナーズの20代の選手の若返りを応援しようと決めていたのに、イチローがいなくなったらどうも脱力してしまう・・、かといって最下位チームから最上位チームに乗り換えるのもどうも・・、悩んでいたら、その戸惑いを当分かかえて楽しめば・・という声がきこえてきた・・・。
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by engekibukuro | 2012-07-25 08:10 | Comments(0)  

7月23日(月)M「重力」(作・演出:中島新)トム・プロジェクト

赤坂レッドシアター。
 作者の中島新は、一般には昨年、石田えり、佐野史郎主演、飴屋法水演出で上演された「おもいのまま」で得たいのしれない暴力を描き客を凍らせた作品を書いたことでしられた・・。この芝居も、どこかの部屋で男女4人が目覚めるが、みなほとんど記憶がなく、なぜここにいるのかわからない。周りは土と岩に覆われて抜けだすことができない・・、さらに部屋全体が90度傾いていて、横倒しになっている・・。この4人は、川島なお美、岸田茜、大出勉、鳥山昌克。部屋の中のいろいろな怪しげなモノや、一番年長の鳥山扮する男の振る舞いに他の人間が疑心暗鬼で、なにやらホラー気味の様相を帯びてくる・・、中島のサスペンスの、こまかいモノ・小道具やカキモノの暗示などで追い詰めてゆく手法が群を抜いていて、カタストロフイーに・・・。が、実はこの4人は難病の娘をかかえた一家で、娘の病気を治すためにはあらゆる犠牲を惜しまない父(鳥山)、看病で足が不具合になった母(川島)、妹の病気をなおすため8浪しても医学部を目指す兄(大出)、・・、そしてこの家が崩壊したのは、建築会社の手抜き工事の結果で、この場は全員、前頭葉の一時的損傷で認知能力がなくなっていて・・。二転三転するストーリーで明かされるのは、家族の紐帯への一家の意欲で、サスペンスドラマが、気持ちのよいホームドラマに転化したのだった・・。鳥山は唐組をやめてから「海辺のカフカ」につぐ舞台だが、独特の存在感を示してきた・・。この中島は、一昔前アングラ劇団として独特の魅力があった中村座という劇団の主宰者金杉忠男が舞台芸術学院で先生だったときの生徒で、同期に蓬莱竜太と田村孝裕がいて、蓬莱と田村はいまやそうそうたる劇作家・演出家だか、この芝居は蓬莱と田村に十二分に匹敵する面白い舞台だった。わたしとも生前親しくしてしてもらっていた泉下の金杉さんも3人の活躍にさぞ喜んでいるだろうな・・。
・神保町銀漢亭で湯島句会。兼題は、昼寝・避暑・夏座敷・夏館・打ち水。わたしはゼロだが、谷岡健彦、堀切克洋の両氏は、あい変わらず高得点。
・谷岡:ミニカーを手から離さぬ昼寝かな。堀切:滑りゆくインクの真青避暑の宿。
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by engekibukuro | 2012-07-24 13:22 | Comments(0)  

7月22日(日)M「ヘンリー六世 Ⅲ」あうるすぽっと

作:W・シェイクスピア、-小田島雄志翻訳によるー、脚本・演出:山崎清介、子供のためのシェイクスピアカンパニー。
 「リチャード三世」と同時公演で、順序としてはこの「ヘンリー六世 Ⅲ」を先に観るべきだった・・。だからといって先に観た「リチャード三世」の素晴らしさにはなんら支障はないが、リチャードが、この「ヘンリー六世」の第三部で、さんざん産まれたときにもう歯が生えていた異常児だとか、背中のコブを笑いものにされた、ヨーク家の3兄弟の末っ子が、逆境をはねかえして、ルサンチマンの塊になって権力の座へ台頭する、ただならぬ気配を充満させた予兆の舞台であったから・・。山崎扮するリチャードが、コブの代わりに左手の人形で、その特異性を表現したのも、「リチャード三世」を先に観たから、ちょっと戸惑ったが、これを先に観ていればすんなり入って行けたんだろう。しかし、この「ヘンリー六世 Ⅲ」も見応え十分だ・・。王座を争うランカスター家(赤薔薇)とヨーク家(白薔薇)、両家の薔薇戦争の陰謀と裏ぎりが渦巻く、血なまぐさい煮詰まった抗争が、それでも暗鬱一色でなく、場のかわりが敵味方全員の手拍子で推移する手拍子シェイクシピアの魅力が横溢していた。なかでもこれは極私的な入れ込みかもしれないが、伊沢磨紀の王妃マーガレットが出色・・。このマーガレットは2009年の新国立劇場の鵜山仁演出の中嶋朋子、さいたま芸術劇場の蜷川幸雄演出の大竹しのぶも素晴らしかったが、この伊沢の芝居っ気が目立たないマーガレットの説得性は惹きつける・・・、この女優はこのカンパニーの世界があってこそかもしれないが、女役も男役も、男の豪傑も女の赤ん坊も、悪女もお姫様も何を演じてもサマになる、というより納得できるのだ・・。とにかく、情報の解読装置みたいな芝居や抹消神経のゲーム合戦みたいな芝居をみたあとに、このカンパニーの舞台を観ると、それこそこれぞ芝居だと、シェイクスピアという王道を含めてまずはホットするのだ・・・。
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by engekibukuro | 2012-07-23 08:22 | Comments(0)  

7月21日(土)





▲おそまきながら開沼博『「フクシマ論 原子力ムラはなぜ生まれたか』読了。1984年生まれ、まだ20代の福島のいわき市う社会学者、東大の社会学部というのは古くは、清水幾太郎、日高六郎、次の世代は見田宗介、その門下の橋本大三郎、大沢真幸、宮台真司、吉見俊哉など、ジャーナリズムへの進出の伝統があり、随分読んできた。この著者も上野千鶴子ゼミ出身で、それに繋がるが、落ち着いた筆致で半分学術論文だが、わかりやすい文章だった。「フクシマ」といっても、この本は3・11以前に大部分が書かれたもので、ほとんど書き終わったときが3・11だった。基本は日本の”中央と地方”の社会学的分析で、日本が敗戦まではアジア各地に植民地をもち、戦後は日本本土の地方を植民地化したという、ポストコロニアリズムの枠組みで、元福島県知事の佐藤榮佐久へのインタビューなどの現地取材も十分された論文だ。だが、福島の原発事故がもたらした事態は、その”中央と地方”の格差があからさまに露呈した・・。論点は多様だが核心は、今まで事故が起こるまで福島などに全く関心がなかった中央のインテリが声高に脱原発を叫んでいるのと、原発のおかげで”出稼ぎ”にゆかずに家族がそろって幸せに暮らせるという現地の人たちの落差、その圧倒的なリアリテイを無視することは、なんの解決にもならないというもの。これは同じ20代の社会学者・古市憲壽の著書「絶望の国の幸福な若者たち」と通ずるものを感じる。先が見えなくても現在だけは幸せだと思って暮らす若者たちと、事故の不安をみないことにして幸せだというのと・・。この20代の学者が、日本の近代の淵源までさかのぼって現在を分析しているのは共通していて、そのむしろ前の世代の学者・論客よりも、繁栄と停滞を体験した世代のむしろ成熟した思考は、これから考えあんければいけないことの基礎になると思えた。
・家族がイタリアンレストランで快気祝いをしてくれた。・おもろ、中川君、カップル、昼のワインで泡盛がきつい・・。
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by engekibukuro | 2012-07-22 09:57 | Comments(0)  

7月20日(金)S「千に砕け散る空の星」シアタートラム

作:デヴィッド・エルドリッジ・ロバート・ホルマン・サイモン・ステイーヴンス、翻訳:広田敦郎、演出:上村聡史、コーチブラザース。
 3週間後の土曜日に宇宙が消滅するという・・・、その日までの、英国の田舎の5人兄弟の一家の話・・。癌で瀕死の長男は実家で母と暮らし、あとの4人はちりじりで、ほとんど皆没交渉・・。最後の日に皆、故郷の家にもどって終末を迎えられるのか・・。この物語を三人の作家が書く・・。5人の兄弟も、その配偶者や子供も、みなあまり幸せでなく、エキセントリックで・・。どうもそれぞれの暮らし方や様々なエピソードの言動が、英国や英国人の特殊性がきわだっている感じで、馴染みにくい・・。テキストはそういうものにしても、長男が中嶋しゅう、母親が倉野章子、ほかに中村影男、大滝寛など実力俳優がでていて、おちついてきちんと観られるのだが、舞台との距離がなかなか縮じまらない・・。ただ、いよいよ世界がおわるという日に家族がそれを迎えるシーン、兄弟の一人が皆にウイスキーを回すのだが、誰一人正気でこの日に接したいと、ウイスキーなど見向きもしない・・。みなお世辞にもほめられない問題を抱えている人たちだが、最後には英国人の強さを、その異様な静けの裡に示し、印象的だった・・・。わたしだったらウイスキーにとびつくぞ・・・。
次男の娘を演じた安藤サクラ、最近どこかで見たなと思い出すと、映画「愛と誠」の不良番長だった・・・。
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by engekibukuro | 2012-07-21 10:10 | Comments(0)