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8月30日(木)S「ロック☆オペラー サイケドリック・ペイン」

作:森雪之丞。音楽:布袋寅泰、演出:いのうえひでのり、サンシャイン劇場、制作:ヴィレッ。
 雪之丞一座ー参上公演。人気上昇中のロックバンド サイケドリック・ペインのヴォーカル<詩音>(福士誠治)の前に現れた謎の美女<ソフイ>(北乃きい)は自ら天使だといい「世界を救えるのはあなただけ。あなたは救世主です」と訴える。大天使ミカエルを復活させる鍵「救世主(メシア)の孤独」をあなたは隠し持っているとぃうのだ。人しれず”孤独”を抱えていた詩音は、ソフィアの存在は特別の感情を芽生えさせた・・。というのが、この波乱万丈のロック☆オペラのスタート点。森の戯曲を最初読んだいのうえは、まさか舞台化ができるとは思いもしなった”ブッ飛んだ戯曲”だったそうだ・・。それをバンドのメンバーとして綾野剛、内田朝陽、前川紘毅、松田翔、敵対する悪魔のグループには片瀬那奈、内田慈、菅原永二、安田榮徳、劇団新感線から橋本じゅん、右近健一、中谷さとみ・・らのメンバーがかぎりなく荒唐無稽かつ真実一路の大スペクタクルを展開してゆく・・。スペクタクルを支えるのは、森&布袋の客のエモーションをいやがうえにも引きずり込み昂揚させるロックの詞と曲の牽引力と、いのうえの一分一秒も人物のアクションを無駄にさせないステージングとアニメ、コミック、レタリングを連動させてストーリーを躍動させる映像のレトリック、そして、川原正嗣の暴力と美学の結晶ともいうべき殺陣の迫力・・・かくして詩音の孤独の行く末は素晴らしい音楽とまばゆいセノグラフイーの舞台美の裡に光芒を新たにしてゆくのだ・・。おわってオールスタンデインのオベレーションがいつまでも続くのだった・・。
▲現在90歳の報道カメラマン福島菊次郎の生涯の、現在を含めた仕事と生き様を描いた映画「ニッポンの嘘」(監督:長谷川三郎)。福島はいまは山口県の柳井で柴犬との一人暮らし。生涯撮った写真は25万枚、ヒロシマの放射能障害に苦しむ一人の患者を撮り続けるたのをはじめ、現在まで日本での社会で起きた事件、出来事、歴史を網羅的に撮ってきた。現在の東日本災害、原発事故も現場に駆けつけている。妻と別れて子供を3人育て、さらに子供を成人させて、好きになった女とっ瀬戸内海の無人島でくらしたという破天荒の陣人物だ。昭和天皇が原爆について”戦争だからいたしかたない”、戦争犯罪については”そういう文学方面のことはわからない”という発言に怒り、昭和天皇の責任を訴える写真展で日本中を巡回する。虐げられた民衆の苦難を撮ってきて、ニッポンとぃう国家を信ぜず年金も受け取らない。だが、苦しい生活なのに小奇麗にさっぱりして闊達に生きている暮らしっぷりは感嘆する・・。いまはヒロシマの原爆から現在の原発事故までの、生涯のライフワークを執筆中だ。素晴らしい映画だった。銀座シネマパトス。
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by engekibukuro | 2012-08-31 13:58 | Comments(0)  

8月29日(水)M「シュペリオール・ドーナツ」ザ・スズナリ

作:トレーシー・レンツ、訳:阿藤智恵、演出:大杉祐、加藤健一事務所。
 カトケン事務所は現在本多劇場が常打ち劇場で、ザ・スズナリは29年ぶりあdそうだ。そのときの芝居は「ザ・シェルター」の初演。今回の芝居をスズナリにしたのは、観終わって納得できた。シカゴの庶民の街のドーナツ屋が舞台・・。この街はアイルランド人、ロシア人、イタリア人、黒人などの移民がごちゃごちゃ住んでいる街で、この加藤が扮するドーナツ屋の主人もポーランド人・・。この主人がつくるドーナツは凝りに凝った生地からつくる絶品だったが、いいかげんな経営で寂びれかっかた店で、常連も黒人の警官とアイルランド人の婦警のコンビとかホームレスのオールドレデイとかで・・。そのうえどこかのだれかに店をめちゃくちゃに荒らされて・・。芝居は店をなんとかしようと店員を募集して黒人の青年を選ぶ・・。この青年は小説家志望で、色んな紙に膨大な小説を書き上げていてその紙の束を持ち歩いていた・・。主人は読書家で、その小説を読んで激賞する。おしゃべりででしゃばりのエキセントリックな文学青年を気に入ったようなのだ・・。だが、その青年は少年時代にイタリア人の裏町のボスの競馬場の使い走りをしていて、そのときボスに借りた多額の馬券代金お借金を抱えていた・・。そのゼニを返せないからとボスに指3本を切られる暴行を受け、小説も捨てられる・・。主人はそれを知り、近所のロシア人の巨漢の監視下でボスに素手の戦いを挑む・。この主人は英語もできないポーランド人の子どもで、ヴェトナム戦争のときは兵役を逃れ、妻と娘とは別れて、消えない鬱屈を抱えていて、自分のアイデンテイテイに悩んでいる男で、そういう男だからこそ黒人青年を愛することに活路を見出したのだ。だからこのくたびれた中年同士の死力をつくした素手の果し合いは凄まじかった・・。この芝居がいつものカトケンワールソと違うということからの賛否両論を予期していたというが、いままでのカトケンのどんな人物でもきちんと劇的人物としておさまりが着くのと違って、このうだつが上がらないドーナツ屋の主人は、劇的な見栄えはしないが、どこの街にでもいるだろそれなりに”自分”のことに執着し悩んいでいる名もなき男を、ひとつの事件をとおして浮かび上がらせたカトケンの従来とは一味ちがった芝居は、十分価値のある成功した舞台だったとおもう。黒人青年を演じたのが、実子の加藤義宗だということも話題性十分で、またこういう地味な真実感を追う芝居はザ・スズナリがぴったりだった・・。
▲翻訳の阿藤は劇作家だが、英検一級でカトケン事務所に在籍していたころは、語学アシスタントとして貢献していた・・今回の訳も見事だったとおもう・・。
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by engekibukuro | 2012-08-30 10:02 | Comments(0)  

8月28日(火)M「「英国王のスピーチ」世田谷PT

原作:デヴィッド・サザーランド、演出;鈴木裕美、上演台本:倉持裕、GAGA。
 数々の賞に輝いた映画は見ていない・・。だが、さすが鈴木の演出とナイスキャステイングで面白い舞台だった。英国王ジョージ六世を演じるのは東山紀之、妻エリザベスを安田成美、英国王の吃音を矯正する言語聴覚士ライオネル・ローグを近藤芳正、英国教会の大司教コスモ・ラングを有福正志、英国首相ボールドウインを久保酎吉、ジョージ五世を高橋長英、ウインストン・チャーチルをラサール石井・・。極度の吃音であとの国王の座を女性問題で放棄したエドワードハ世(葛山信吾)を継ぐ王位継承での全世界へのスピーチの義務におそれおののく王を、国王などという権威を無視した一見乱暴、卑猥な矯正法で克服させる・・。このオーストラリア人で役者崩れの言語聴覚士の近藤が抜群の演技、この近藤の演技がこの舞台の成功の要だった・・。もともと上手い役者ではあったが、もうひとつピンとこなかったが、まったく不見識だった。この近藤の演技で東山の国王の苦悩と喜びが生きて舞台が高級エンターテイメントのテイストを濃く醸しだしたのだった・・。ほかに大司教の有福がいい・・。この人、串田和美主宰の自由劇場出身で、その時分に上演した尾崎翠原作の「第七官界彷徨」でのとてつもなく奇怪な老人を演じて、びっくりした時からのファンだが、不思議なビター風味のユーモアを感じさせる演技で大満足だった・・・、立派にスピーチをやりとげた英国王東山と聴覚士近藤が抱き合って喜ぶラストシーンは感動的・・、どもりが矯正されたというのは、人間が過去のひずみを克服した人間性そのものの矯正が成功したことだから・・。
▲M・プルースト「失われた時を求めて2:スワン家のほうへⅡ」(岩波文庫)をやっと読了。yはっとだが、それだけの読みがいはあるのだった・・。
・山田洋次100選、山本晋也司会のテレビで美空ひばりの沢島忠監督「森の石松」をみた。沢島監督は中村錦之助主演の「一心太助」という傑作があるが、23,4歳の頃のひばりの芝居のうまさとスクリーンをはみ出すような魅力の輝きにおどろいた・・。いまさらみたいなハナシだが・・。
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by engekibukuro | 2012-08-29 08:09 | Comments(0)  

8月27日(月)M「偽作 不思議の国でアリん、ス」

作・演出:望月六郎、ドガドガプラス、東京キネマ倶楽部、第三回したまち演劇祭in台東参加作品。
 会場の鶯谷の東京キネマ倶楽部は昔なつかしいなんともレトロなスペースで、会場右側サイドは長いカウンターのバーで、ドガドガプラスのピチピチした男女のメンバーが迫力満点のダンスが光る舞台で、アリスや白雪姫やジャンヌ・ダルクなど西洋ヒロインを演じて、下町の客を喜ばせていた。





▲湯島句会。めずらしく3人の方に一句選ばれたが、実はこの句、ある既成の句を踏まえたものだが、その踏まえ方が問題で、ある俳人には叱責された。フェイ句なのかどうも胸中たいへんな夜だった・・・。
・今回も感心した堀切克洋君の秀句「終戦の日やよく歩きよく笑う」・・。
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by engekibukuro | 2012-08-28 08:46 | Comments(0)  

8月26日(日)M「眠っちゃいけない子守唄」

作:別役実、演出:石井一十三+坂元貞美、主催:PRIZMATIC STONE{石井ひとみと陽気な人々}、新宿サニーサイドシアター。
 状況劇場、新宿梁山泊を経た石井ひとみが50歳を迎えて、その記念に尺八の紫竹芳之とこの芝居を上演した。冒頭に紫竹の尺八独奏がある異色の別役劇だ・・。この二人芝居の名作はいろんな役者で観て来たが、紫竹の初心の演技に、石井がよく対応して、この名作のテイストと”テーマ”をよく伝え、感じさせた。”世界との係わり”にのみに専心してきたひとりものの男と、一人住まいの淋しい暮らしの人の話し相手をする福祉の会の主張サービスの女性との対話劇、話していても全然噛み合わない・・、男は自分を支配している”世界”とのかかわりの話しかしない、”そういう論理的な話はわたしはダメ、もっとフツーの難んでもない会話を”と応対するが、男が話は”エチオピア人とチェコスロバキア人が会話するようなものがいいんだ、言葉は全然通じなくても”と言うにいたって応対不能と帰りかける・・。だが、エチオピア人とチェコスロバキア人とのデイスコミニュケイションという言辞のレトリックの引力に惹かれ、夫婦や人と人とが完全に解かり合えるというのは、全くの思い込みで、ほぼ解かり合えないということに気がつくことが大事だと女は気がつくのだった。男は噛み合わない会話で溶解し、女が小さな街のミニチュアを見つけだし、男の幼児のころの母親との記憶を喚起させる、そのテーブルの上のミニチュアの街に細かい雪が降り、さらにテーブルにうつぶした男の上に雪が降り続け、男は死ぬ・・。この情景は別役の「マッチ売りの少女」に繋がる別役劇の原イメージのひとつで・・。女は、会に男の死を電話で告げ、別れた男に会いに行く、たろえ自分がエチオピア人で、相手がチェコスロバキア人だとしても・・。上演時間1時間でも、これだけ奥行きが深い別役劇のサンプルのような芝居で、それをきちんと石井・紫竹は演じたのだ・・。
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by engekibukuro | 2012-08-27 08:23 | Comments(0)  

8月25日(土)M「ノビ師」チャカリキ、SPACE雑遊

作:ビーグル大塚、演出:扇田拓也。
 チャカリキは全然しらない劇団だ・・。演出が扇田ということで観に行く・・。場内チタシに”チャカリキ第15弾・4年振りの劇場公演”とあるから、随分前から活動していたんだ・・。まあ、わたしの観ている芝芝居の範囲など、氷山の一角で、知らない劇団が日本にはどれほどあることか・・。{ノビ師}とは”窃盗、泥棒を指す警察用語ー忍び込む(ノビ)プロ(師)”。
 男手ひとつで育てた一人娘は、父親の職業は私立探偵だと思っていたが、実は警察に一回も捕まったことのないノビ師だった・・。娘があるときソレを知ったが、父親が大好きだったので、自分もノビ師を目指す・・、無論父親は大反対だが。押し切られてノビ師のレッスン(すばやい侵入先の箪笥しらべとか)をはじめるハメに・・。このノビ師の周りの大小の悪党連、それを捕まえる刑事たちとの大ぜりあい、小ぜりあい、そして一人娘の出生の秘密!、いわば、我々のもしかしたら存在する裏社会への密かな憧れを刺激する芝居で、作者も裏社会や警察のプロっぽい世界をよくしっていて、してちて扇田が、その脚本を大人の童話のような、メルヘンチックでビター風味の楽しい舞台に仕立てたのだった・・。

▲おもろ。今日は常連こないで、寂しく一人で飲んで帰宅・・・。
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by engekibukuro | 2012-08-26 07:01 | Comments(0)  

8月24日8(金)S「ゲーム」(作・演出:小野寺修二)

カンパニーデラシネラ、KAAT神奈川芸術劇場、KAATキッズ・プログラム2012、こどもとおとなのための舞台・マイム。
 この舞台のテーマは”時間”だと小野寺は書いた・・。たしかにこの変幻自在のマイムの万華鏡は時間を軸に展開してゆくのは確かだが、そういう抽象的なコトバに還元してもあまりカチッと決まることを凌駕するほどの無尽蔵のイメージの乱舞だ・・・。秘密書類が入っているらしきカバンを奪い合うスパイ同士の暗闘が、突如スパイ(推定)の親玉が、きぐるみをかぶったウサギになり、小道具のキイはカバンからリンゴになって・・・、あとはめまぐるしいほどの展開の舞台に身をまかせてゆくばかり・・・、なによりも小野寺の飄々としたパーソナリテイの魅力が舞台にみなぎっているのが得がたいのだ・・・。


▲バンクーバーのN君からBBCのUチューブのベートーベンの第9、5、3、8、4の交響曲が送られてきた。指揮はボレンハイム、オーケストラはウエストイースターンデイヴァン管弦楽団、このオーケストラはイスラエル、パレスチナ、その近隣アラブ諸国の若い演奏家たちがメンバー。順番で第9を聴いたが、年末の年中行事的な第九と違ってとても若々しく清新だった・・、真夏の第九がすてきな暑気払いになるとは・・。
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by engekibukuro | 2012-08-25 08:51 | Comments(0)  

8月23日(木)S音楽劇「オリビアを聴きながら」

作・演出:横内謙介、音楽監督・編曲:尾崎亜美、振付:ラッキイ池田、彩木エリ、扉座・RAYNETプロデュース、青山円形劇場。
 尾崎の数々の名曲で紡がれる物語・・。マンション建設・販売の会社の課長(三木真一郎)が主人公、この課長は離婚した独り者・・。一人暮らしの無聊の慰めにとピアノを習いだし、若い女性のピアノ教師が気に入って、ピアノ教室のホントの狙いのピアノを購入するのだが・・、これには課長の青春時代のの苦い思いでもからんでいて・・、音楽の才能があった恋人が社会の不正を黙視できない純粋な正義派で、運動に加入して過激派への道へ・・、かっての課長は好景気の建設会社に就職してしまい別れる・・、その女性は自殺してしまう・・・。おりしも不景気で会社は課長のしらないところで計画倒産を画策して・・。舞台は課長の失職した部下の行く先探しの奔走、ピアノ購入中止からのいきさつとか、若いときの回想をおりまぜながら、ポイント々に尾崎の歌を効果的に使いながら進行し、男なのにかっての部下で課長を塾愛するアキオ(館形比呂一)とかの援助者やピアノ教師とも・・、横内一流のエンターテイメントで館形のソロダンスもあって、劇は尾崎の音楽にそっくり包まれた・・。
・円形劇場のお客にお相撲さんがいて、椅子は二人分だった。
・甲子園、大阪桐蔭と青森・光星学院の高校野球の決勝戦をる・・。高校野球をちゃんと見たのは初めてだが、試合運びがスピーデイなのにびっくりした。1日4試合もやるんだから当たり前だが、メジャーを見慣れた目には、あっという間に終わってしまった感じ・・久しぶりの爽快感!
・そのメジャーのマリナーズが8連勝、イチローがヤンキースで打率をあげている。マリナーズはイチローという重石がとれ、イチローはマリナーズという重石がとれ、両方気楽なった大成果!
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by engekibukuro | 2012-08-24 11:06 | Comments(0)  

8月22日(水)








▲文藝春秋一挙掲載、芥川賞受賞作品・鹿島田真希「冥土めぐり」読む。障害者の夫を抱え、実家の母や弟に苛まれている女性の話だが、どうも私小説仕立てのようで作者は全然モデルとがはいないといっているのが、どうも違和感を残した。作者は中学生の時、ドストエフスキーに影響され、それまでのカソリックから、ロシア正教に改宗、ニコライ堂に通っている人だそうだが、どうもノミネートされていたちた戌井昭人「ひっ」のほうが、演劇畑というわけではないが面白かった。図書館での9月号の雑誌のパラパラ読み・・。中央公論の御厨貴司会の伊藤之雄と古川隆久の対談「昭和天皇の決断と責任」が面白かった。アタマから激しい全面対決。伊藤の「昭和天皇で伝」は読んでいるが、古川の「昭和天皇」は未読だ。しかし、天皇の責任を論じて南海の戦場で餓死した無数の兵士への責任とかに言及せず、日本の決定的事項の最終判断者が天皇だというシステムを問題にしないのは・・、見当違いの感想だが・・。刺激的対談だがものたりなかった・・。「テアトロ」菅孝行「日本のチェーホフ劇ーリアリズムと抒情の罠ー」、わたしがつねずね日本のチェーホフ劇に感じていることをきちんと書いてくれている。ほかに「新潮」川上弘美「mundus」・・。
・劇作家近石アヤ(難漢字自機で変換dきず)子さんが、「テアトロ」で知った。近石さんは俳優近石真介夫人。わたしは「テアトロ」主催の劇作家大橋喜一さんが講師の「戯曲研究会」でご一緒した。私は戯曲を1本も書かない劣等生だったが、近石さんは今日の高齢者社会を予告した傑作「楽園終着駅」を書き、劇団東演で上演され高い評価を受けた。若い頃から膠原病で入退院を繰り返していらっしゃったという・・。大橋さんも最近亡くなった、合掌!
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by engekibukuro | 2012-08-23 09:56 | Comments(0)  

8月21日(火)S「百年、風の仲間たち」新宿梁山泊

作:趙博、演出:金守珍、吉祥寺シアター。在日歌手・趙博が、韓日強制併合百周年にあたって発表した「百年節」という歌を中心にした、在日の人々の朝鮮固有の「恨」の万感の諸相を歌いつくした趙博自身が歌いまくるクライマックスにむけての、大阪の猪飼野の居酒屋「風まかせ人まかせ」の開店20周年当日の店が舞台の音楽劇だ・・。韓国民謡調のメロデイーをもとにして、日本の演歌や北朝鮮の行進曲などいろんな音楽がゴチャ混ぜになっている歌で、在日の百年の苦難の生活と韓日の近代史のおぞましい歴史の焦点を歌ったものだ。さまざまな生い立ちをしょった在日の人々がこの日店に集まった。みなそれぞれ昔からの仲間で、激しい喧嘩ともだちだ・・。歌と踊りの賑やかな舞台だが、中心的なテーマは在日のアイデンテイテイ・クライシス・・。韓国の民主化運動に参加しようとしても「韓国語もわからない半チョッパリ」とあざけられ、”ナショナリズムも嫌だ、コスモポリタンも真っ平。民族的な偏見に満ちたチョーセンジンもご免やけど、バタ-臭い<在日コリアン>も嫌い。このまま陽気な在日関西人として生きるんや”・・。在日のアイデンテイテイは、日本での苦難の年月の果てに、大阪・猪飼野で日々を送る存在として決着する・・。白か黒かではなく、第三の道ともいえる独特の地点として獲得した第一歩の生活の平安だろう・・。北朝鮮が天国だと信じて帰還した父が、日本に残った息子に、向こうから手紙を書くが、インクだったら、こちらにこい、鉛筆だったらくるなというコトバをのこして北朝鮮に帰還した、やがてきたあたりさわりない手紙は鉛筆で書かれていた!そういうエピソードが満載の”問題劇”だが、趙博の圧巻のギター1本の「百年節」の歌を聴きながら、日本人にも”在日関西人”という言葉が腹に落ちた。いわば負の特権性を武器にして生きてきた在日の人々の戦いの果てに獲得した自然な決着点として・・。非常に刺激的で、演劇なではの思考を促す快作だった・・。以上の記述はパンフ転載の<「東亜日報」2011.6.14
”公演プレビュー”欄>の記事に助けられました。
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by engekibukuro | 2012-08-22 08:07 | Comments(0)