<   2013年 04月 ( 30 )   > この月の画像一覧

 

4月29日(月)M「とうめいなすいさいが」Pカンパニー

作:別役実、演出:富士川正美、池袋シアターグリーンBOX in BOX THEATER
典型的な別役セット、下手に真っ赤なポスト、上手にバス亭表示、真ん中にベンチ・・。この風景の中で、男1から男6、女1から女3までが、行き来する・・、その中で林次樹が扮する大きなトランクをさげたぴっしとしたスーツ姿の男が、通りかかったホームレス風の男にしきりに声をかける・・。子供のとき、あんたには会ったことがある、山田君でしょ、いや鈴木君、いや・・と名前を連呼するが、かけられた男はとりあわないが、とうとう根負けする・・、声をかけた男は自分の姓名の姓がわからない、必死に声をかけたのも、もしかしたら、この男が自分の姓をしっているかもと思ったから・・、名前だけは、トランク中にはいっている子供の頃はいていたらしいパンツにエイジと文字が縫ってあるのが入っていて・・、このエイジの<姓>探しと、ホームレス風の男の両親らしい西本裕行と原知佐子の老夫婦の別役会話のサンプルのような場面・・、息子が昔、家出してしまい、その息子が帰ってきて子供の頃のように鯉のぼりを揚げるのだけが楽しみだったのに、その鯉のぼりが盗まれてしまったという話が主軸、老夫婦は鯉のぼりが盗まれてしまって、とうとう根が切れて自殺する・・。鯉のぼりは実は息子が盗んだのだ、ラストシーンはその息子が舞台奥の柱で鯉のぼりを揚げる・・全員歌唱・・。この芝居の最上のシーンは別役テイストが凝集した、西本と原の老夫婦の会話・・絶品だった・・。長い一生がゆるやかに消えてゆく・・、静かで美しくさえある”死よ驕ることなかれ”(ジョン・ダン詩集)・・・。
[PR]

by engekibukuro | 2013-04-30 09:27 | Comments(0)  

4月28日(日)堀切克洋シアターアーツ賞・大賞受賞


 受賞作は「翻訳(不)可能な文化をめぐる旅ージャン=ミシェル・ブリュイエール『たった一人の中庭』ー」だ。2012年の秋に、旧朝日中学校を改造した<にしすがも創造舎>の地階、三階、中庭を使ったインスタレーション・パフォーマンスだ。ブリュイエールは1959年フランス生まれ。その肩書きは「演出家、映画監督、作家、造形芸術家、グラフイックアーテイスト」と多岐にわたっている。1990年から2006年までセネガルに居住して、アーテイスト集団LEKsを主宰し、この集団には様々な国籍・職種の専門家たちが所属している。現在は、現在、この集団はマルセイユ・ベルリン・パリを拠点にしている。この建物を使ったインスターレーション・パフォーマンスはヨーロッパに密入国した不法移民のキャンプを模し、様々に展示して、モンスターのダンスや演技パフォーマンも含めて、キャンプ=収容所の問題の解読装置を創ったのだ。このヨーロッパへの不法移民のキャンプのことは、昨年上映されたフィンランドの映画監督カリスマキがフランスで撮った、フランスの港町が舞台の映画(タイトル失念・老害か)で、移民の子供を扱って意欲的で感動的な映画だった。堀切はこの解読装置が日本で上演され、どう解読されるか、インスタレーションが内包し、提起している問題などを分析、解読してゆく・・。ヨーロッパからきた作品が、日本でいかに翻訳されるか、翻訳可能、不可能な文化の弁別、事大主義的、形式主義的に翻訳され、作品の内包する政治的なアクチュアルなリアリテイが単なる鑑賞対象にしかならないことを指摘する。また、”社会には「切実な問題が溢れ返っているにもかかわらず、それを「切実な問題」として捉えられぬ歯痒さ”・・これは”当事者以外が「切実な問題」として考えるためには、あまりに語彙が<不足している>のである。”というような鋭い指摘などがあって・・。私もこのインスタレーション・パフォーマンスを観て、すっかり感心し、面白かったのだが、ケムにまかれたような不分明感もあった、この堀切の解明で理解できたというより、自分の受け取り方の浅はかさに気づかされたのだった。さらに、この論文の射程の深さを理解できたかも心もとないのだ。それにしても日本への翻訳の担当当事者とはなんなのか・・・。なにより、私がなにより感心したのは、この論文の文章の良さで、難しいことを論及しているのだが、この上演に接している臨場感の快楽も伝わってきて、最上の演劇批評になっていることだ・・。堀切は俳人としても一家をなしつあるが、本業の演劇研究者、批評家としてもこの先がほんとうに楽しみだ・・。
[PR]

by engekibukuro | 2013-04-29 10:35 | Comments(0)  

4月27日(土)M「しゃばけ」」赤坂ACTシアター

原作:畠中恵、脚本・演出:鄭義信、アトリエ・ダンカン プロデュース。
 鄭義信(チョン・ウイシン)は昨年もアトリエ・ダンカン プロデュースで日韓の人気俳優での(日本は草彅剛)「ぼくに炎の戦車を」を同じこのACTシアターで上演した。今回は、畠中恵の人気時代劇小説「しゃばけ」の舞台版で、ウイシンが「ご案内」で”今回「在日」の問題は一切ありません!(笑)”と書いたとおり、まったくの娯楽大作・・。江戸有数の薬種問屋の病弱の若旦那を演じる沢村一樹を中心に、マギーと山内圭哉の妖(あやかし)のコンビが、大阪弁で芝居を回して、臼田あさみ、高橋光臣と人気俳優が彩って、実力派の宇梶剛士、阿知波悟美、久保酎吉、星野園美が固めて、なんと堂々の麻実れいが舞台を締める、豪華、多彩なキャストが集結した。若旦那がある晩殺人事件を目撃してしまうことから発するミステリーが本線だが、久米大作の音楽でのミュージカル仕立ての、ウイシン独特のコメデイでもあって、麻実がみんながとめなかったら何番でも際限なくマイクで歌いまくりそうな麻実のさすが宝塚の女王だった貫禄は、ACTシアターも狭いくらいの圧巻だった。麻実がきつい芝居での様子でなく、ここではこでは完全にリラックスしてのコメデイエンヌで、こんな麻実はみたことない。麻実が扮するんの薬種問屋の主人の女房、若旦那の母親役で、主人を演じるのはウイシンの芝居の常連の久保酎吉、久保は岡っ引きの親方と二役で、その早代わりが見せ場になって客席を沸かせた・・、久保は早稲田新劇場、MODEと観続け、つきあい続けた役者だが、麻実の相手役になったとは・・、それとこれもウイシンの常連の星野園美の相手が元唐組の金井良信、このコンビもこの芝居の売りで・・、そんな感慨にふけったが、これがウイシンの演出かといぶかるくらいのお客サービスが凄くて、舞台からも、幕間でも役者が客いじり、いや客と大戯れで、お客さんも大喜びだから、引き気味のすれかっらしの劇評家は孤立模様で、それでもカーテンコールでの2回の三本締めは神妙に手を打ったのだった・・。鄭義信絶好調!
▲おもろ、カップルはダステイ・ホフマンの監督した映画「カルテット」を見てきたそうだ。帰りがけに中川君。大型連休で、おもろは暦どうりで、来週は泡盛は呑めない・・。
[PR]

by engekibukuro | 2013-04-28 09:46 | Comments(0)  

4月26日(金)








▲「シアターアーツ」2013・春・54号がやっと届いた。定期刊行物が危うくなっているね。しかし、内容は充実している。最初から通読するのがタイヘンだ・・。特筆ものは奥秋圭が撮った表紙の写真がすばらしい・・。震災後の高校演劇での評判の高い、福島県立いわき総合高等学校校庭の写真だ・・。夕暮れにかすむ校庭の奥行き深い林並木の遠景が背景に写真の中央に女の子(くるみちゃん)が一人ぽつんと立っている、手前にはこわれた椅子・机がかたまって放置されていて、寂寥感が震災後のたたずまいとしてキャッチされている。全読していないが、坂口勝彦・ダンス時評「プライベートとパブリックの交差するところ」と★森山直人・関西からの発言「『現在』という奇妙なリアリテイーやなぎみわ、三浦基、ごまのはえ」が読ませる。どんな抽象的な論述も、舞台を観る評者の感受性を基にした舞台の言語による再記述がないと説得力がとぼしいということ・・。とくに★がとりあげている三浦基・「地点」の「コリオレイナス」は今年1月に京都に行って観たので、とても興味深くて、やはりこの芝居は「地点語」はあわないか・・。
[PR]

by engekibukuro | 2013-04-27 08:18 | Comments(0)  

4月25日(木)



▲「ユリイカ」2013年1月号「この小劇場を観よ!2013」をおくればせに読んだ。この特集を読めば、自分が、ずいぶんとほんとに狭い範囲でしか芝居を観ていないか、ほとほと感じる。とくに今文化の各方面で旺盛に書いているマルチ批評家佐々木敦の「私の(偏)愛する劇団たち」でとりあげている劇団は観ていないのはもちろん、名前もしらなかった。それにここに書いている演劇評論家の執筆者も大半は知らない・・。(知っているのは、内野儀、森山直人、徳永京子、中西理ぐらいか・・)。しかし、巻頭の「野田秀樹vs岡田利規」の対談を筆頭になかなか充実していて、勉強になった・・。とくに目玉ともいうべきは藤田貴大で、編集部が聞き手の「喪失と獲得をリフレインして、もっと遠くへ」というインタビューを読むと、いま20代の彼の小さい頃からの密度の濃い演劇体験を知って驚く・・、それに藤田の劇団「マームとジプシー」に客演した飴屋法水の友人の美術批評家椹木野衣が「Aと劇場のほとりで」という藤田論を書いていてわたしは椹木の愛読者だから嬉しかった。藤田の芝居のポイントはそれこそリフレンの魅力で、わたしは★「ワタシんち、通過。のち、ダイジェスト」と「LAND→SCAPE/海を眺望→街を展望」しか観ていないが、特に★のリフレインは強く印象に残った。だが、藤田の岸田國士賞の受賞作品を否定したという岡田は、野田との対談で、”端的に力のあるテキストだと思えなかったんですね。あの作品で用いられている繰り返しという手法は編集の領域だし、演出家の領域だと僕は考えてます。その手法をなしにしたらノスタルジーを平凡に扱っているだけのテキストだというのが僕の意見です」と言っている、また、長い間、岸田賞の選考委員だった井上ひさしは”この賞は戯曲を対象とするものだと信じている。つまり、この賞は舞台成果に対して与えられるものではない」と言っている。戯曲と舞台成果の兼ね合いというものの評価の微妙さ難しさは、岡田が横浜のSTスポットで上演したマームとジプシーの藤田の芝居をほめてくれたと藤田がいっているだけにややこしい・・・。それとこの特集では、近頃評判の小劇場ではある中津留章仁の「トラッシュマスターズ」や日澤雄介の「劇団チョコレーチケーキ」はとリあげられていない。演劇の手法と演劇でなにを訴えたいかという問題で、この特集では手法のほうが特化されているようだ、演劇には俗悪さも許容する魅力の強さもあって、小劇場の潮流も現在変化していると思うだけに、示唆に富む特集だった・・。
[PR]

by engekibukuro | 2013-04-26 09:38 | Comments(0)  

4月24日(水)M「レミングー世界の涯まで連れてってー」

作:寺山修司、上演台本:松本雄吉・天野天街、演出:松本雄吉、企画・制作:パルコ/ポスターハリス・カンパニー、パルコ劇場。

 寺山修司の周知の名作戯曲を基に、大阪の「ジャンジャン☆オペラ」で名高い「維新派」の松本と名古屋でユニークな前衛演劇活動を続けてきた「少年王者館」の天野が上演台本を新しく、新解釈で創りあげ、八嶋智人、片桐仁、常盤貴子、松重豊が中心のキャストがこの近頃では珍らしい野心的な試みに挑戦した・・。役者たちは、松本の演出に戸惑ったらしいが、八嶋のリーダーシップをもとに、寺山の魂を蘇らせた新しいテキストに新しい血液を注ぎ、ユニークな舞台が立ち上がった。舞台の基調はジャンジャン☆オペラでの独特のダンステップのリズムで、維新派風の美術と音楽、天野のコトバの魔術がちりばめられ、八嶋のコック1と片桐のコック2が住む下宿の部屋のカベが、ある日突然消えて、それが世界喪失の夢また夢の物語へと展開してゆく・・。寺山、松本、天野のそれぞれのテイストがミックスされた舞台で一番感じたのは、個人的なことかも知れないが、昭和のアバンギャルド演劇へのノスタルジーだった。この甚大な懐かしさは、時代と演劇のかかわりの微妙さ、厳しさにつながるもので、その意味で画期的な情動を促す舞台だった。この芝居のプロヂューサーであるポスターハリス・カンパニーのオーナーの笹目浩之は、19歳のときこの「レミング」の天井桟敷の舞台を観て、”人生を貼りかえられた”という、その笹目が、ロビーに嬉しそうに立っているのにであった。よかったね、笹目君・・・。
[PR]

by engekibukuro | 2013-04-25 08:45 | Comments(0)  

4月23日(火)S「横濱短篇ホテル」青年座、紀伊国屋ホール線えんっざ

作:マキノノゾミ、演出:宮田慶子

 94年の「MOTHER-君わらひたまふことなかれー」から始まって、「フユヒコ」「赤シャツ」とたてつづけに、マキノのの青年座への書き下ろし新作と宮田の演出がコンビを組んで、マキノの芝居の独特の面白さ、価値を演劇界に定着させた。そのコンビが12年ぶりに復活、マキノの新作を新国立劇場芸術監督の宮田が出身母体の青年座で演出した。
 横濱のニュー・グランドホテルを思わせる由緒ある老舗ホテルの客室と喫茶室それにロビーラン ジが舞台、7篇の短編からなる芝居だが、冒頭は三島由紀夫が割腹自殺した1970年、新作のキャステイングに迷っていた映画監督の芳崎とプロヂューサーが打ち合わせしているか客室に高校演劇部の奥山ハルコが、ヤクザに追われている、かくまってくれと飛び込んできた、実はそれが自分の売り込みの口実だったのだが、それが見事に功を奏してスターへの道へ・・、次は1975年の喫茶室、シナリオライター志望の柳井フミヨはシナリオを読んでもらっている芳崎監督に長時間待たされている、その喫茶室には3時間も恋人に待たされている杉浦洋介がいた・・、やっときた監督は彼女のシナリオをにべもなく返す、柳井と杉浦はのちに夫婦になるのだが・・、実は奥山と柳井は高校演劇部ので一緒だった・・、この、後には女優としてシナリオライタ-として大成する二人が物語を回して、1980、1985、1990、1995年と5年ごとのエピソードが続き、そしてある年の初夏で終わる・・、二人に関連する様々な人物が織り成す物語は、マキノの昔からの野望という「短編の名手」という領域に達しているし、新国立でキツイ芝居を演出している宮田が、古巣でリラックスして演出して、横堀悦夫、椿真由美、大塚仁志、津田真澄など定評のある青年座演技陣がそれぞれ快演して、12年ぶりの青年座への新作書き下ろし作品は、マキノの円熟を示してあますところがなかった・・。
[PR]

by engekibukuro | 2013-04-24 09:20 | Comments(0)  

4月22日(月)M「カルデロン」T FACTORY

作:ピエル・パオロ・パゾリーニ、訳:田之倉稔、構成・演出:川村毅、衣裳・美粧:宇野亜喜良
 ミラノのカルザンテイ社より出版されているパゾリーニ全集の戯曲編に掲載されている6本すべての上演を、この「カルデロン」と同時上演のリーデイング「ピュラデス」(未見)で行ったことになった。「オリジア」のリーデイング二始まり、「豚小屋」「騙り」「文体の獣」と続いたパゾリーニだ・・。パゾリーニの戯曲は、オーソドックスな戯曲からはまったく逸脱してもので、だが”劇的とも呼べる生々しさと血なまぐささを抱えている”魅力に憑かれて、川村はこれをポスト・ドラマの戯曲としてとらえて演出したという。この「カルデロン」も物語として紹介するのは難しい・・。17世紀スペイン、劇作家ペドロ・カルデロン・デ・ラ・バルカの戯曲「人の世は夢」、画家デイエゴ・ベラスケスの絵画「ラス・メニーナス」にインスパイアされた、パゾリーニの幻想の世界・・・。宇野の美粧にはこの「ラス・メニーナス」が舞台に随所で映し、なぜかそれと日本の高橋由一の名画「鮭」が映されているのが不思議・・。新国立劇場研修所一期生の河合杏南が演じるロサウラという若い女をめぐる話で、若松武史、笠木誠、大沼百合子らに蘭妖子、新橋耐子が加わる異色キャストでパゾリーニの映画から感じられた鬱屈した興奮が伝わってくる芝居で、川村の出発当時からの、新しいもの、難しいものへ冒険的な試行の持続に改めて思い至り、敬意を表すること大だ・・。
▲第64回湯島句会、神保町銀漢亭にて。今回は選ばれないと諦めかけていたら、披講の最後のほうで近恵さんが、一句、兼題のカト(難漢字表記でオアタマジャクシのこと)での「蟇蛙お前も元はカトなのか」を採ってくださった。これで後の酒がさらにうまくなった。谷岡さん、堀切君、松代展代さんたちとワイワイ騒いで日本酒がやたらに進んで・・・。堀切君から東大大学院の論文集「表象」をいただく・・。
・孫崎亨「戦後史の正体」読了、外務省の大使経験者が書いた本だから説得力が多大にあるのだが、戦後日本の総理大臣をアメリカに対して「追随派」と「自主派」に腑分けして、現在はほとんど追随してほとんどアメリカのいいなりだと結論ずけるのだが、むろん自主派がいいに決まっているが、これまで全てがアメリカはの謀略で日本が支配されているという、謀略史観はちょっと疑わしい気持ちにもなる本だ。一匹狼の人か・・。
[PR]

by engekibukuro | 2013-04-23 11:46 | Comments(0)  

4月21日(日)Mチェルフイッチュ「地面と床」公開リハーサル

 KAAT神奈川芸術劇場において、チェルフイッツチュ・岡田利規の新作「地面と床」の公開稽古が行われた。音楽はこれまでチェルフイッチュの芝居の音楽を担当してきた楽団サンガツ、主に芝居の稽古もさることながら、芝居と音楽の調整がこのリハーサルの主眼点のようだった。音楽劇といっても、役者が歌うのでもなく、全編音楽が流れるわけでもない・・。舞台に役者が演技する木製のプレートがあり、下手に大きな鏡、プレートの背後に字幕掲示の板面があり、舞台背後に4人編成のバンドが控えている。字幕があるのは、この芝居の初演がベルギーだから、フラマン語の字幕がでるのだが、今回は日本語で、字幕も劇中のネタになっているので、稽古に必要なのだ。岡田の芝居とバンドの音楽の調整が、どっちが主体か、芝居の流れに、どう音楽が加わるか、岡田とバンドリーダーとが、稽古のピースを終わるたびに話し合う・・。大昔の子役で、新劇の八田元夫さんの演出を受けていたわたしには、この岡田の役者へのダメだしはそれほどびっくりはしなかったが、岡田の芝居の出来具合がわかってきて大層興味深いものだった・・。平田オリザの演出の光景をドキュメントした映画「演劇」での平田の稽古の、役者の動きを秒速で計って指示するのとも違うが、暗示的な微作動変化への指示で、その指示に役者が即刻反応して動きを変えてゆく・・。役者が主体的なオブジェだという印象が、岡田の芝居の新しさの要因だということがおぼろげながら解かってきた・・。どういう芝居だが、ただ幽霊がでてくる芝居だというこぐらいしか説明されずの稽古だが、初演がベルギーで、それから各国を回って日本では、ここKAATで12月に上演される。雑誌ユリイカの今年1月号の特集”この小劇場を観よ!”での岡田と野田秀樹の対談で、冗談まがいに野田が”オレを使え”と言って、岡田が”チェルフイッチュの役者をもっと上達させるほうが、野田さんを使うより自分の芝居に適っている”と応答していたが、それがわかるね、この稽古を見て・・。




▲久しぶりに孫がきた、元気でよく喋って大はしゃぎで・・。
[PR]

by engekibukuro | 2013-04-22 10:25 | Comments(0)  

4月20日(土)M「あわれ彼女は娼婦」演劇集団 円



作:ジョン・フォード、訳:小田島雄志、演出:立川三貴、ドラマトウルク:山本健翔、ステージ円
 ピューリタン革命によって、劇場が閉鎖されるエリザベス朝演劇の最後に輝いた作品だ。それも兄と妹の近親相姦という最悪のタブー、、キリスト教社会にとってはなおさらのタブーを犯した兄妹をめぐる物語で、兄と妹はタブーを乗り越える純粋な愛だと信じきり、それを基に社会に対峙してゆくのだが・・当然のように壮絶な破滅への赴く曲線を描くドラマで、サブストーリーが幾重にも重なり、多彩な人物たちが織り成す物語は、演劇の原点を思わせる厚みをもっている。いま、東京ではいろいろな種類の芝居が次々上演されているが、こういう古典作品が上演されることは、大事なことだと思わせる舞台だった。愛、恋、正邪、友情、親子の情愛、法、義務とかの人間を規定する事柄の、人間を動かす普遍的な規定を洗いなおす作用が貴重なのだ。それに芝居として、タブーをめぐうおぞましい話だから、興味の幅がひろく、ストーリーもあざといくらいに面白くできた芝居でもある。そういう作品を、初演出の立川が、舌なめづりするように、それこそ初々しく演出し、演技水準が高い演劇集団円の役者たちが演じきった・・。良い舞台だった。

▲2週間ぶりのおもろ。ネット右翼の反韓デモを非難して、右翼に”殺すぞ”というメールを受けていた有田芳生さんが来た、デモが下火になり、新大久保では逮捕者がでて、大阪のデモは中止になったそうだ。久しぶりの小松君、58歳なのに河口湖の山小屋でこれかから夫婦で暮らすそうだ。アベノミックスで株の調子がいいそうで・・。中川君、カップル、やはり土曜日のおもろ、泡盛はイイ!
[PR]

by engekibukuro | 2013-04-21 08:33 | Comments(0)