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10月30日(水)S「スガダイロー五夜公演『瞬か』」

第一夜、スガダイロー、共演ー身体表現家:岩淵貞太、田中美沙子、喜多真奈美、あうるすぽっと。

 「孤高のピアニスト」と評されるほどのズバ抜けた音楽性と並外れた超絶技巧を持つ、フリージャズピアニスト・スガダイローは山下洋輔に師事、米バークリー音大に留学・・。むろん初めての見て聴くピアニストであり
、彼のピアノで身体表現するダンサーも初めてだ・・。
 なかなかの舞台で、面白かったし、いいものを聴かせて、見せていただいた・・。
印象に残ったのは、わたしは若いころ山下洋輔(トリオも)の追っかけだったが、同じフリージャズといっても、当時の洋輔さんの破壊的なハチャメチャなピアノとは違って、フリージャズの高揚感、壊滅音の流露感が、きわめて典雅なクラシッのように聞こえたのは、耳の退化か、時代の差か・・・・。

▲図書館で11月号の雑誌を読む。「文藝春秋」桜井よしこ、劉江水、マーテイン・ファクラー外の<反中反半反日 日中韓米知識人大論争>。いまの日中韓のぎりぎりの現状が体感できる。「中央公論」佐藤優<修羅場の作法>はヒトラーに入れ知恵した当時のドイツの大知識人の話、なにやら今の日本に示唆的・・。「新潮45」は片山杜秀が3本、与那覇潤との対談「小津安二郎」、小津、黒沢明、木下恵介、今井正、山本薩夫の映画についてはリアルタイムで見てきた俺とはずいぶん違うな、しかし、文学座の評価、過渡期の劇作家だといわれたチェーホフがいまはリアルだという意見は傾聴できる、「読書日記」は船場生まれの山崎豊子の作品での船場の重要性、連載「日本国の形式」は司馬遼太郎とモンゴル、視野の広い特に日本の右翼思想につての名著がある思想史家であり、一流の音楽評論家で「地点」を評価する愛好家でもある片山は、いつかブレイクすると思っていたが、とうとうそうなってきた・・。「文藝」に田中康夫の新連載「33年後のなんとなくクスタル」、「なんクリ」のヒロインとの再会・・・・、ヤスオちゃんも彼女ももう50代後半、場所はフレンチレトラン、むろんヤスオ一流の薀蓄満載、楽しみが増えた・・。
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by engekibukuro | 2013-10-31 10:45 | Comments(0)  

10月29日(火)M「未来を忘れる」文学座アトリエ

作:松井周、演出:上村聡史。

 松井が”上村さんが「ドラゴンボールって漫画のピッコロ大魔王は、口から卵を吐いて新たな部族を生み出すんですよ。そんな感じでどうですかね?」と言ったことが、この芝居の出発点だという・・。どうも、もうこれは世代差でつていけないのは仕方がない・・。未来の逆読みのライミさんとか、ゴキブリに由来するブリオさんが出てきたり、こらは一種のSFドラマななのだろう。全体、どういう芝居なのかよくわからなかったのが正直なところだが、松井は、自分が発想したコンセプトを他者の理解を、それぽどあてにしなくても、徹底的に追い詰め独特の世界を創り上げて、秀作を生み出してきたこと・・・。未来は永遠の生命であるゴキブリだけかという含意もふくめて、松井が日本の未来に非常にペシミステイックなことが、強く印象に残った。これは共感できた・・・。それと、いままで松井主宰のカンパニー「サンプル」の役者のノリに慣れていると、文学座の演技陣の芝居とかなり感触がちがうという、これは当たり前だが、興味深かった・・・。文学座の役者のお芝居にしてしまう能力の抜群さも改めて感心した・・。

▲レッドソックスが第五戦に勝った。上原すごい・・、ボストンンのフエインパークで優勝だ!
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by engekibukuro | 2013-10-30 08:14 | Comments(0)  

10月28日(月)

▲佐藤優「人に強くなる極意」(青春新書)読む。わたしは佐藤の愛読者というより、今を生きる現実感覚の確認として週刊,月刊の連載をすべて読んでいる。それに佐藤の母が沖縄生まれで、今の沖縄の問題での沖縄の人々の立場を訴えている言論と、それと外務省出身としての、アメリカをもっとも重視する現実主義者でもあって、その両者の兼ね合いが、きわめてアクチュアル・・。そして、きわめて上質な知的なエンターテイメントの作者で今小説新潮に連載している「落日の帝国 プラハの憂鬱」はその白眉、これは外務省からのロンドン留学のときの自伝だが、もともと同志社大の神学部出身の佐藤は、チェコの神学者フロマートカの研究が専門で、ロンドンでチェコからの亡命者が営む古本屋と知り合い、亡命者あちとの付き合いが輪を広げてゆく・・。抜群の記憶力に根ざす文体が魅力的なのだ・・。この本はサラリーマン向きの一種のハウフツー本だが、佐藤が今の安倍内閣の妙な舞い上がり方に批判的で、今の日本は戦前の政治の愚かさの繰り返しさているのじゃないかととてもペシミステイッなのでちょっと安心した・・・・。
▲堀井憲一郎「やさしさをまとった殲滅の時代」(現代新書)。殲滅ー皆殺し(にして滅ぼすこと)「新明解国語辞典」。堀井は若い世代の殲滅状態をトレースするが、われわれ高齢者も殲滅にさらされている。ニッカン現代の五木寛之のギネスを獲った長期マラソン連載のエッセイで、”私たちは・・・みずから楢山をめざして歩き続けなければならない”、”いま、老人の大集団が暴走するか、自滅するかの瀬戸際に立たされている。選択は私たち自身の手にある。さてどうするか”。と書いている・・。え、どっちもダメじゃあん!
・ワールドシリーズ第4戦、上原のけん制球でレッドソックスが勝った。昨日は、藻類妨害で負け、今日はけん制で勝った・・・・。野球はフシギ!
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by engekibukuro | 2013-10-29 08:21 | Comments(0)  

10月28日(月)


▲このまえ書いた奥秋圭夫妻の記事がでている「ソトコト」10月号を読んだ。彼は「西荻案内所」の署長で、奥さんの亜矢さんは和裁の達人で、アシスタントを務める。そしてしイラストレーター夫妻のチャンキー松本・犬ん子夫妻がメンバー。「ソトコト」記者の奥秋君へインタビューで、この案内活動が西荻を活性化するためのさまざまな活動が、演劇出身出資の彼らしく、記者がいみじっくも「西荻劇場」とネーミングして、彼もワタシヘのメールで「リミニ・プロトコル」を参考にしていると書いていた。それよりなにより、巻頭の彼を中心に奥さんも入ったメンバーの写真がすばらしい。それに三角旗を掲げて西荻観光という名を染めたハンテンを羽織った彼の写真も面白い・・。奥秋君の知り合いは必見、「ソトコト」のバックナンバーはどこの図書館にもある。彼はデザイナーで編集実務のベテラン、わたしは「シアターアーツ」の編集委員を10年間やっていたが、彼が編集の命綱のよう人だった・・。
・そ「シアターアーツ」の55、56号を改めて読んだ。柾木編集長の特色がよくでていて充実していて、戯曲も長田育恵、平田オリザ、宮沢章夫とそろっている。特に56号の「60年代演劇の射程」の唐ゼミの主宰中野敦之君の「いま、唐十郎の劇を上演すること」で、「少女仮面の今までの解釈の間違いを指摘したところ。あの芝居の春日野八千代ては春日野の老残だと思っていたが、普通の初老の女とは・・唐ゼミの芝居は中野君の
明晰な演出でいろいろ教わる・・、今度の「唐版滝の白糸」が楽しみだ。56号の内田洋一さんの演劇時評で藤田貴大「cocoon」と別役実「四谷怪談」評に同感。「四谷怪談」は戯曲を生かしていない。55,56号とも坂口勝彦さんの「ダンス時評」が際立っていた・・。「悲劇喜劇」11月号は「特集 演劇と地元」地味だが有益な各地の演劇人の声をきいた・・・。
▲ニホンシリーズの楽天の田中マー君をちゃんと見た。子供のころから野球を観てきて、別当や杉下、スタルヒン(これは自慢・・)、稲尾、杉浦と名投手をみてきたが、その人たちに匹敵する、この若さで、この風格と威圧感!感服した。
▲天皇賞は福永祐一がジャスタウエイで、菊花賞につづいて優勝、父親の名騎手福永洋一の域に近ぢいてきた。
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by engekibukuro | 2013-10-28 16:59 | Comments(0)  

10月26日(土)M「しあわせ日和」鴎座、テレプシコール

ーサミュエル・ベケットよりー企画・美術・演出:佐藤信。
The Happy Days(Samuel Beckett)へのオマ^ジュ・・。竹屋啓子 田村義明。
 この公演は次の(10・31-11・03)「森の直前の夜」(ベルナール=マリ・コルテス作)と二本立ての上演だ。この公演の全体のキャチフレーズは★「極私的演劇宣言 あなたに伝えたいことがある」★
 舞台の大半を占める箱の穴から首だけ出してうつむいている女、さて首をたててあのセリフをと・・・、しかししゃべらないば、いつまでたっても・・・・、そうか、竹屋さんはダンサーなんだと改めて思い直す・・、ここから上半身だけの驚くべきパフォーマンスが始まる・・・。彼女は横のカバンから、歯ブラシとクリームをだして、歯を磨き、いろいろな小物を箱の上に並べてしげしげととみつめたり、急になにや遠くを見つめたり、腕を左右に伸ばしてダンスの香りを感じさせたり、箱の後ろに潜んでいるらしい男にモノを投げて、そこだけは笑ったり、目玉をクリクリさせて自分で喜悦満面の表情を見せたり、セリフのないサイレント・パフォーマンスの支えは顔だけ、表情の多様な変化を主眼にするしかない・・・、それを竹屋は、1時間あまり、さまざまな変化を持続させたのだ・・。むろん佐藤の演出の、表情の変化、モノを置くタイミング、など極微的な間の置き方の配慮、そして全編を流れる音楽の佐藤の極上のセンスがこのパフォーマンスの支柱なっている・・。とにかく竹屋の表情の豊かさと可愛らしさは抜群で、第一級のダンサーの余技(?)ではぜんぜんない・・。ラストに物影の男の求愛パフォーマンスを穴から出られない女が悲しげに見つめるみちめるが恩んがが男女の到達不可能性・・・・・
ベッケトへのオマージュは完ぺきになされた,佐藤の極私的と自ら見限っの想像力の威力は、私は六本木の地下の舞台から佐藤の芝居を数多く観てきたが、この舞台は佐藤の演劇のエッセンス、結晶点だと感じさせたのだ。そして、二人の芸術家同志の夫婦にしかできない、まさしく極私の賜物なのだった。

▲おもろ。カップル、中川君、久しぶりの岸本さん、カップル氏の川越の家ではもう暖房をいれたそうだ。
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by engekibukuro | 2013-10-27 11:03 | Comments(0)  

10月25日(金)S「MANSAI解体新書その弐参」

世田谷アパブリックシアター。
 今回は特別編「萬斎」、萬斎自身を解体する試み、舞台に出てきて、萬斎は”今回は小屋のあきができてしまい、急きょ低予算のこの試みを立ち上げました”と笑いをとって・・。この特別編は三回にわたる、今日は主題は「舞」で解体者は、ダンスはむろんのマルチ文化人・文芸評論家で芸術院会員元「ダンスマガジン」編集長の三浦雅士、明日は「映」で犬童一心、明後日は「娯」でいとうせいこう。
 三浦はダンスについての博学を立て板に水の勢いで、喋りまくって、萬斎が”やっとしゃべれた”というくらい口をはむ余地がないくらいにどんどん萬斎を解体してゆく・・・。論点のポイントが多岐にわたるのでつかみにくいが、三浦は萬斎の身体が、ほかの能狂言師の身体とまるで違う、隙だらけだと・・、能狂言師の身体はもともと農耕民族の身体性で、バレエは狩猟民族の身体で、日本では明治維新で産業社会の身体に国家が解体させたが、1960年代に武智鉄二、後に鈴木忠志などが観世寿夫や萬斎の父万作などの能狂言たちと協同して「月に憑かれたピエロ」やギリシャ悲劇を演じたりして、資本主義社会の、それに拮抗する身体を作る試みがあったし、それを応援する藝術家、文化人がいた。そいう潮流が消えてしまって、能狂言師はいまだ農耕民族的身体を頑固に保持している・・。しかし、三浦によれば萬斎の身体はかってのその潮流を受けついでいて、隙だらけのまさに現在的な身体だと評価するのだ。その例証が萬斎が舞う、ラヴェルのボレロだと、それを後半で舞った、典雅な白装束にえ帽子、面をつけてボレロを舞う、素晴らしい狂言の表現の核を内在させた素晴らしい舞kだったいだった、確か隙だらけ、受容度が高い身体、あえていえば、弱肉強食の資本主義の狂暴化としての新自由主義社会の身体か、妄想気味だが、こういう舞いをコンテンポラリーダンスの人などそう思うのだろうな・・・、とにかく興味深い一夜であった。
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by engekibukuro | 2013-10-26 10:59 | Comments(0)  

10月24日(木9)S「三人姉妹」あうるすぽっと

作:アントン・チェーホフ、脚色・演出:山崎清介、華のん企画

 再演だが見応え充分・・。山崎が創った独創的な舞台だ。土台を置き、大きな額縁をしつらえる。その額縁の中の一種の風景、展示として「三人姉妹」を上演する仕掛けだろう・・・。テーブルと椅子だけの舞台に、ナターシャ、オーリガ、ヴェルシーニン、アンドレイ、トウゼンバッハ、マーシャ、ソリョーヌイ、アンフィーサ、クルイギン、イリーナ、チェプトウイキンと登場人物全員が舞台に最初から最後まで居座る。自分の出番だけ前面にでてきて芝居をする・・。ほかの人物は椅子にじっと座って黙然としている。人物たちの会話も、普通の「三人姉妹」ではあいまいになったり、口ごもったり、婉曲だったり、・・・・・のような要素、セリフが整理されて、人物たちが、その場で言いたいことだけを直截にしゃべり、いいつのる。その結果、人物あちのキャラクターが明確になり、人物間の関係、葛藤、愛憎が鮮明になり、よく知られたシーン群が全く新しいイメージで迫ってくる。オーリガの困憊、マーシャの絶望、イリーナの不幸、チェプトウイキンの虚無、アンドレイに至っては、額縁舞台から地の舞台に降ろされて,乳母車を押して、額縁舞台の周りをうろうろするばかりで、登場人物の資格を奪われたようで・・・。そのような舞台を、山崎が演じるチェプトウイキン(チェーフにそっくり!)、オーリガの伊沢磨紀を筆頭にこのカンパニー全員のアンサンブルが見事な結束をみせる。山崎が創造した、「三人姉妹」のエッセンスだ。それを観て、人生が最後まで不幸が立ち消えないのだとしみじみ感じても、まあ仕方がないとチェーホフを堪能したのだった・・・。
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by engekibukuro | 2013-10-25 08:14 | Comments(0)  

10月23日8(水)S「京劇 オイデイプス王」BeSeTo

原作:ソフォークレス、演出:翁国生、中国・せっ(サンズイに折)江京劇団、新国立劇場
 京劇でオイデイプス、京劇の様式を完全に順守(音楽、衣装、化粧、軽業(まるで空中で無限に転回しているような超絶バクテン)、それらを総合した演舞)した舞台は、今まで観てきたオイデイプス王から、相当な違和感があったが、京劇の様式美、芸術性にしだいに飲み込まれていって、オイデイプス王の悲劇の東洋的な受け取り方に納得させられる。これは、従来の舞台では、王妃(オイデイプスの実母)の出番がオイデイプスとくらべて,早々に消えてゆくのだが、この舞台では、それこそたっぷりの嘆きの見せ場を見せ、、この王妃を演じた毛〇(難字)の無類の美しさ、演舞の流麗さに魂を奪われるような感銘をうけ、王妃が自分の宿命の恐ろしさに絶望してもうもうと白煙がたちこめる舞台奥の奈落に身を投ずるシーンに戦慄を覚えた。むろん、演出の翁国生のオイデイプス王も場内を圧する迫力と存在感で、素晴らしい舞台が成立したのだ。この舞台には西欧的、日本の新劇的な荘重な悲劇性とは異なる。が、このオイデイプスがこうむった、それと知らず父を殺し、母と通ずる不条理な宿命は、この舞台でのように大嘆きに嘆きに嘆くのも、より人間的というか東洋的でオイデイオプスが隔絶した特異な存在でなく、共に嘆くことがっできるのだ。             
▲豊島区テラヤマプロジェクト第二弾、テラヤマ☆歌舞伎「無頼漢・ならずもの」製作発表が、豊島公会堂で
行われた。「無頼漢」は寺山が書いて篠田正浩監督の映画シナリオで、原作は黙阿弥で、今回は中津留章仁
が脚色し、流山児祥が演出、豊島区と流山児★事務j所が連携した豊島公会堂で上演するもの。高野之夫豊島区長の挨拶から、流山児、中津留、主演の山本亨、塩野谷正幸、それに五島三四郎、田川可奈美、三ツ矢雄二の挨拶があった。・11月21日(木)-12月1(日)・いまや演劇の街池袋へ尽力した高野区長が、この芝居にもチョイ役で出るそうで実にうれしそう・・。わたしも根っからの池袋育ち、区長の話を聞いて、思い出が駆け巡った・・、区長の実家の高野古書店にもよく行ったし公会堂の横にあった今はないストリップ劇場フランス座に高校時代もぐりこんだし、西口の闇市で安酒を飲んだ・・。去年上演したテラヤマ第一弾「地球☆空洞説」も無類に面白かった。オモシロサはワタシが保証できるぞ!
▲テレビの爆笑問題のジブリ訪問で、高畑勳監督が、日本人はアニメに向いていると、それは、日本の絵巻物、浮世絵の伝統がるからと、そうか、なるほど・・・。
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by engekibukuro | 2013-10-24 09:17 | Comments(0)  

10月22日(火)M「本当のことを言ってください。」

作:畑澤聖悟、演出:黒岩亮、劇団昴、赤坂RED/THEATER

 舞台は北関東の食肉加工会社「オリエントミート」。この会社は東哲之介会長一族が経営陣を占める同族会社、この会社、ちかごろ、この会社のつくるソーセイジやミートボールへのクレームが重なり、ついに「オリエントミートのビーフソーセイジにポーク肉が混入している」という記事が新聞井に載ってしまった・・。舞台は、東京から辣腕の弁護士を呼んで、記者会見の謝罪のリファーサルの場面から始まる。厳しい特訓だ・・・。ちょうどそのころ、一族に嫁入りして重役にもなっている東弓子が大学時代の親友、北林しおりを呼び寄せて入社させる。しおりは離婚した一児の母だが、前の会社での営業のベテランだ・・。劇は、このしおりの会社への視線で会社の様子が判明してくる・・・。その後もクレームが続き、返品が重なる・・。そのたびに謝罪が繰り返され、ついにはしおりが営業して納品した学校給食用のミートボールで中毒が出る騒ぎになり、会社は存亡の危機にあったされる・・。これは社内に誰か内部告発者がかいると、犯人さがしが始まり、社内は疑心暗鬼の渦に・・。しおリが、いくら頼んでも会社は工場内をみせてくれない。実は、安く売るために、中国からくず肉を仕入れ、大量の薬や粉を入れて加工した製品が製造されていて衛生状態も最なのだ・・・。こんなんものでも、味についてはモンクがこない、味の素とインスタントラーメンになれてしまった消費者の舌にはおいしいのだ・・・。だから、工場のパートたちのは自分の子供には食べさせない・・。畑澤はよく調べ、一切の顛末を活写するが、ついには自殺者が出る結末に、今は引退している会長が、一族を並べて、”私は終戦で満州から帰ってきて、食うや食わずで頑張ってひもじい思いをしている子供に食わせたい一心で食品の会社を起こした、お前たちは、自分の子供たちに会社の製品を食べさせているのか”と問いただす、一族はうなだれるだけだ。このラストは、日本の戦後の大事なものlが、失われ、荒廃してきた戦後日本の歴史を鮮やかに撃ち、示したのだ。畑澤は日本の社会のさまざまな事象をケーススタデイとして劇化して、数々の佳作を書いてきたが、このラストシーンに一切が集約されたこの芝居は、ケーススタデイを超えたスケールの秀作だ・・。
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by engekibukuro | 2013-10-23 09:58 | Comments(0)  

10月21日(月9)M「SEX、LOVE&DEATH」

ーケラリーノ・サンドロヴィッチ短編三作によるオミニバスー *「2/13000」**「死んでみた」***「スモーク」(作・演出:ケラ+ナイロン100℃)下北沢ザ・スズナリ
 ケラの旧作2本*・***新作**の上演。日本劇団協議会「日本の演劇人を育てるプロジェクト」主催。

 ケラが若手の新人と作る芝居は、ケラの独特の力によってとても面白い舞台ができあがる・・。これは同じ条件の岩松了の新人相手の舞台と双璧だ、いつも驚かされているのだ・・・。
この舞台も期待にたがわぬ面白い舞台で、ひさしぶりに大笑いできる芝居を堪能した。最初の*は、ケバケバしい風俗の店、店名は・いじりまくりマンボ・、なんだかアタマの店の雰囲気は、三浦大輔の芝居みたいだと錯覚したが、三浦風リアルじゃない、ロコツ、ロコツでも、あけっぴろげな風俗嬢、ヘントコな客の艶笑ドタバタ喜劇で、ケラ・テイストでは、しつこくならばな意外、意外の転調で申し分ない面白さ・・・。新作の**は、3人の男が一人のムラタという人物だということになって、床屋に座っていても、バーで飲んでいても3人一人の合体で、3人はブルーのワイシャツに赤いネクタイ姿で、この格好はほかの、ムラタをめぐる人物たちも同じで、一種のユニフォーム・・・。これはケラの現在の高い到達点を示すごとくの、ケラのナンセンス劇のエッセンスだ。そのテンポの良い律動感で客をどんどんケムにまいてゆく・・・、話は再現不能のこっちの力不足だが、舞台の高揚感が世の中にはびこるセンスを叩きのめすナンセンス劇の白眉だ・・・。***は南の島のホテルに滞在しているテレビのロケのメンバーたちが、この島の呪いの木の毒物を吸い込んで悶死する、島のホテルの男女のクロンボさんが大活躍の恐怖の爆笑劇・・・。とにかく若い俳優陣がほんとうにうれしそうにイキイキと演じているのがとてもいい、岩松もそうだが、ケラも若い俳優の力をフルに全面展開させるワザをているのだ・・。
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by engekibukuro | 2013-10-22 08:48 | Comments(0)