<   2014年 01月 ( 31 )   > この月の画像一覧

 

1月30日(木)S「男たらし」(脚本・演出:ベヤンヌマキ)

ブス会、ザ・スズナリ


 いままでブス会は、女同志のあけっぴろげのシチエーションで、男にとっては”女の内幕”を覗き見るような刺激的で面白い舞台をみせてくれていた・・。が、今回は内田慈の女ひとりで、あとは男5人で、内田扮するよしみという女がっ小さな会社をのっとってしまう話・・、-男たらし、たらしたつもりが たらされてーという男と女の紆余曲折の展開で・・・、いろいろ工夫もあって、サンプルの古屋隆太、イキウメの大窪人衛など面白いのだが、いまひとつ女ばかりの芝居の破天荒なキレが乏しいとは思ったが、新しい試みへの挑戦だから・・・善戦だ・・。


▲「テアトロ」で菅孝行が演劇とは直接関係ない「特定秘密保護法案」への徹底批判の論文を載せている。”人間には愚行権は認められているが、政治家にはない、純正右翼ならそれはそれだが、愚かしいだけだと安陪晋三を弾劾する”溜飲がさがる迫力がある文章だ。


▲神保町萱へ。平凡社の編集者と著者の先生が飲んでいた、これがこの店の定番、原風景だった、このこの風景が見られなったので、今日は懐かしかった。その平凡社の三沢さんにタバコをもらって、禁煙やぶり・・。
[PR]

by engekibukuro | 2014-01-31 08:18 | Comments(0)  

1月29日(水)M映画「エレニの帰郷」新宿バルト9

▲新作の撮影中の事故で亡くなったギリシャのテオ・アンゲロプロスの監督の遺作「エレニの帰郷」を見た。アンゲロプロスの「旅芸人の記録」はわたしの生涯最高の映画だ・・・。日本に来た作品はほとんど見ている。こんごろたまに映画をみても、あまり感興がわかず、やはり芝居のほうが・・などと思っていたが、アンゲロプロスの映画は違った・・・。混迷をきわめたギリシャ現代史を叙事詩的に描く映画作家というのがアンゲロプロスの定評だが、それはまったくそうで、小国ギリシャの現代史が20世紀そのものの歴史を体感させる映画群なのだ・・。だが、アンゲロプロスの映画の最大の魅力は画面のマチエール、1画面々の質がおおきなテーマにせりあがってゆく・・・、この「エレニの帰郷」は、ギリシャでの政治活動により旧ソ連に逃亡し、そこでシベリアで収容されたエレニという女性の、彼女に恋する二人の男とのソ連、ドイツ、アメリカ、カナダとへめぐる物語で、この3人の物語にエレニの息子の映画監督と孫の少女エレニがかからみ、時、場所が変幻自在してそれを追うのは大変だが、1画面、1画面をナメルように見ていく(実際ナメ欲をそそるのだ)うちに、この映画が20世紀そのものを描いていること、パンフで蓮実重彦が「二十世紀の黎明と終焉とをこれほど的確に描いた映画作家はいない」と書いている。主力の俳優が素晴らしい、エレニのイレーヌ・ジャコブ、監督Aのウイレム・デフォー、カリスマ的名優、ブルーノ・ガンツ、ミシェル・ピッコリ、20世紀の歴史に翻弄されて生き、死んだ人々の物語は悲劇的にもかかわらず、わくわくすろほど面白い、それは20世紀に発明された映画そのものの面白さの真髄をアンゲロプロスが通暁しているから・・。私の戦前特高に弾圧され、戦後共産党の幹部になった叔父が、亡くなるまぎわに”モリオちゃん、20世紀は面白かったよ”といった言葉を思い出した、信奉していたソ連が崩壊する前に亡くなったのが幸せだったが・・。オレはもう20世紀の遺物かな・・・。最後に年老いた恋の片割れが運河に投身し、エレニも病いに倒れる、そしてラスト、もうひとりの年老いた恋の片割れと孫のエレニ、このラストシーンの素晴らしさ!わかりやすい映画ではないし、こちらの思い込みが強いが・・・・・・・・・必見か・・・。
[PR]

by engekibukuro | 2014-01-30 07:15 | Comments(0)  

1月28日(火)S「ドン・ジュアン」山の手事情社

原作:モリエール、構成・演出:安田雅弘、東京芸術劇場シアターウエスト

 安田と山の手事情社はさまざまな演劇表現の方法をあくことなく追求してきたが、近年到達した極度に狭い舞台空間<四畳半>での、身体の歪みを演技表現の強度にした<ルパム>という表現方法での上演で、シェイクシピアの「タイタス・アンドロニカス」などで独特のテキストの内実を凝縮した成果を挙げて、ルーマシアのシビウ演劇祭で高い評価を得た・・・。この方法は昨年の武田泰淳の「ひかりごけ」でも成果をえていた。今回は舞台にブロックをところせましと積み重ねてある、その不安定なブロックの上で不安定なパフォーマンスの挙措を展開する・・・、開幕、演技陣総員のブロックを使ったステップパフォーマンスを繰り返して舞台のトーンを醸成して、そこへドン・ジュアンと従者のスガナレルが登場して、非常冷酷、神を信じないモリエールの名作で描かれた稀代の漁色家ドン・ジュアン、さまざまな悪行の末、だまし殺したものたちの墓が動きだしドン・ジュアンを晩餐に招待して、ドン・ジュアンは招待に応じる・・・。<四畳半>形式とは空間処理が異なるので、密度が拡散気味で、新しい表現の探求のための実験という感じで、ドンジュアンとスガナレルが浮いてしまった力演だとも感じたが、毎回表現の新しい分野を探りあててゆく意欲がみなぎる舞台は見応えがあるのだ・・。
[PR]

by engekibukuro | 2014-01-29 09:43 | Comments(0)  

1月27日(月)





▲山口果林「安部公房とわたし」(講談社)を読む・・・。どうもなんともいえない読後感でしまつに困る本で・・・。山口果林が18歳の時、24歳年上の安部と知り合ってから安部の死までの紆余曲折の愛の物語・・・。安部は戦後彗星のごとく現れた前衛文学の騎手であり、しかも共産党支持のコミュニストでもあった文学、政治共にアヴァンギャルドであった素晴らしく魅力的な作家だった・・。「壁」で芥川賞をとり、さらに演劇への関心が深くて、雑誌「群像」に安部の戯曲「奴隷狩り」が掲載された時の驚きと感動は忘すれられない。俳優座で千田是也演出の田中邦衛や三島雅夫がでた「幽霊はこにいる」の面白かった記憶は今でも残っている・・。その後安倍は「安部公房スタジオ」を立ち上げて演劇にのめりこみ、当時俳優座に在籍していた山口も参加する・・。安部の妻、舞台美術家の安部眞知の美術はとてもフレッシュで、素敵な美人であり、ほんとうにし素晴らしい夫婦だと思っていた・・・、だから、その夫人を裏切り、山口を愛人にしたという顛末のこの本はちょっとショックだったのだ・・。”世の中には知らなくてもいいこともあるんだ”・・。ひとつには山口がNHKの連続テレビ小説「繭子ひとり」でブレイクしたのだが、、それは見ていないし、舞台も安部スタジオの舞台に出ているのだが、わたしはこのスタジオの舞台はあまり面白くなかったこともあってか、ここの舞台に出ていた山口の記憶が薄い・・。まあ勝手な自分にひきつけた感想だが、24歳年上のノーベル賞にもノミネートされた世界的文学者との一生をかけた愛の物語の安部の晩年の病苦との戦いの描写の切迫感に集約される真実感は忘れられないだろう・・・。
[PR]

by engekibukuro | 2014-01-28 06:57 | Comments(0)  

1月26日(日)






▲上野のの森美術館で遠藤彰子の過去最大の回顧展を見る・・。壁がみえないくらいにびっしりと1000号サイズ、1500号サイズの巨大絵画が並ぶ・・。「子供時代に不思議に思っていたことを想像力を使って描いた」というカラフルな幻想的なシリーズ、エッシャーのようなうねる「らせん空間」に独特な群衆像を配置、展開した作品は80年に安井賞を受けた。この群衆の一人一人のフォームが魅力的で、なにかバルテュスの人物をおもわせて(家人はぜんぜん違うというが)、面白い・・・。遠藤は武蔵野美術大学教授、60代後半、とにかくこれだけの画面をうめつくすエネルギーに見るたびに驚くの・・・。この幻想的な巨大絵画に囲まれているととてつもない別天地に連れて行かれたような気持ちになるのだ・・・。
[PR]

by engekibukuro | 2014-01-27 07:12 | Comments(0)  

1月25日(土)Mミュージカル「シャアーロック・ホームズ」

ーアンダーソン家の秘密ー

 脚本・作詞:ノ・ウソン、音楽:チェ・ジョンユン
 演出:板垣恭一、訳詞:森雪之丞、上演台本;中谷まゆみ、東京芸術劇場プレイハウス

 韓流ミュージカルはわたしにはちょっと濃すぎるので、敬遠気味だったが、この作品は板垣・中谷が和流にしてくれて、受け入れやすい舞台になった・・。ホームズが橋本さとし、ワトソンが一路真輝、双子役を浦井健治以下のメンバーで、この作品のベーシック・メッセージ”この世で最も凶悪な凶器は、愛だ”という基本ラインをきっちり貫いたミュージカルがdきていた・・。それにしても橋本の歌唱力、その歌rと芝居の兼ね合いのうまさはびっくりする・・・。板垣のステージングの腕前も見事で、客も大喜びの舞台だった・・・。ただ、こういう推理物のミュージカルはストーリーを追うのが、ちょっとタイヘンだった・・・。



▲おもろ。カップル欠席、中川君だけ、二人で、田中マー君の契約金161億円は、サラリーマンの4千年分の給料だとか、1球いくらだとか・・・、それで盛りあがったのだった・・・・。
[PR]

by engekibukuro | 2014-01-26 07:33 | Comments(0)  

1月24日(金)S「パノラマー唐ゼミ☆版」

作:やなぎみわ、演出:中野敦之、やなぎみわ×劇団唐ゼミ

 近年演劇による近・現代史を描くことに意欲を燃やす、京都の美術家やなぎみわと、やなぎが若年からファンだった唐十郎の弟子たちの劇団唐ゼミのコラボレーションが唐十郎が生まれ育った下町界隈で行われた。このコラボはまた、美術家、音楽家、落語家、映画作家とのコラボでもあり、総称「パノラマプロジェクト」の一一環でもあり、入谷交差点の焼き鳥屋前に集合し、この町の界隈の名所を散策し、パノラマの実物も見学し、しかるのち会場へ・・・。パノラマ館とは巨大な円筒形の建物に360度に描かれた油絵を、中央の見物台から眺め、実地に体験したような気持ちにさせる空間装置。主なテーマは戦争であり、国民教育も担っていた。
kの芝居のパノラマでのテーマも日清戦争で敵の難攻不落の防御壁をよじのぼって門を開けた兵卒をとりあげ、この戦果でこの兵卒は金鵄勲章をもらう、だがこの兵卒はほめそやされて舞い上がってしまい、放蕩の末、川上音二郎の一座の戦争芝居で本人を本人が演じ、最後には零落の果、公園で死ぬ・・・。ほかに、こコパノラマを描いた二人の画家の対立する絵画論や、萩原朔太郎が出没したり、芸者上がりの波乱万丈の人生を生き抜くアゲハという女性など、多士済々の人物群が登場、パノラマをメ巡っての数々の話、論点も奥が深、やなぎみわが手がけたモンゴリアンドレスも華美であり、それと日清戦争など昔の物語だと思っていたが、この芝居ではナマナマしくアジアが蘇ってきて、今の日本のヤバサが感じられてきたのが怖い・・・。そして唐ゼミ演技陣の健闘、唐十郎の芝居を演じ続けてきたことが、それ以外の芝居でも、それがきとんとと力になっていたことが、この舞台で中野の演出も含めて証明されたと思った。とくにし椎野裕美子のアゲハは舞台の華としてしっかり存在したのだった・・・。アフタートークのpロヂューサー室井尚の司会でのパノラマ研究家の木下直之とやなぎみわの話は有益だった。とくにこの芝居で、やなぎみわの志向している演劇の価値と面白さがわかったことがが収穫だった・・・。
[PR]

by engekibukuro | 2014-01-25 08:07 | Comments(0)  

1月23日(木)S「運転免許私の場合」「劇」小劇場

作:ポーラ・ヴォーゲル、翻訳・演出:小川絵梨子、名取事務所

 ”物語は、ある一人の女性の過去を遡る・・・。小児性愛、近親双姦、家族簡に隠された性。常に避けられ、卑しまれ、語られない家族間での性的タブーを紐解きながら、感のが自分の人生を自らの手に取り戻してゆくまでを鮮烈に描いた問題作”、そういう芝居を小川は、狭い狭い椅子だけの舞台で、物を凝縮させてゆく、その女性とタブーを犯す叔父の関係が主軸だが、その叔父を演ずる中村影男の図抜けた演技力がテキストの深部をきちっと理明示させ、普通の平凡な人々に潜む暗闇を感じさせたのだ・・。テキストを堅調に余計な粉飾を一切排し、車の運転の習熟の過程と、生のタブーに呑みこまれてゆくプロセスを同時に進行させてゆく演出は小川の演出力の才質のサンプルのような作品だった・・。叔父はアルコール中毒で死ぬ・・。



▲観にきていた谷岡さんと、高校時代から親友だという日本女子大の教授の山口俊雄さんと飲む。山口さんは押川淳の研究者で、大好きな石川淳の話ができてうれしかった・・・。
[PR]

by engekibukuro | 2014-01-24 09:35 | Comments(0)  

1月22日(水)





▲ギュンター・バウアー著「ギャンブラー・モーツアルト 『遊びの世紀』に生きた天才」(春秋社)を読む。この神童であり、天才音楽家が数々の名曲を生み出しながら、18世にヨーロッパを席巻したあらゆる遊びに夢中になって、ギャンブルにのめりこみ、莫大な収入を得ているのに、死んだときは多大な借金が残った・・。著者はこれはギャンブルの借金だろうと推測する。モーツアルトは、射的、ビリヤード、九柱戯などの競技に習熟していて、こういう競技委はすべて賭博の対象で、ほかにあらゆるカードゲームに夢中になり、舞踏会も大好きで、舞踏会にはギャンブルがつきもの、ほかに言葉遊び、ナゾナゾ遊び、それに有名なスカトロジーの”ウンコ”多用な手紙の数々、音楽の天才は、遊びの天才でもあって、名曲の数々はこの遊びと緊密に結びつているとと、著者は見立てる・・。非常にマニアックな本だが、モーツアルトのすべてとと18世紀が爛熟した”遊びの世紀”だということを教しえられたのだった・・・。

▲高橋昌也さんが亡くなった、近頃は黒柳徹子の芝居の演出を手がけていたが、ボクは高橋さんの俳優座でのデビュー、加藤道夫作「襤褸と宝石」を観ている。また、俳優座の野中マリ子さんも亡くなった、この「襤褸と宝石」での高橋さんの相手は野中さんだったかもしれない・・・。合掌!
[PR]

by engekibukuro | 2014-01-23 08:03 | Comments(0)  

1月21日(火)M「しろたへの春 契りきな」RngーRong

作:山谷典子、演出:小笠原響、サイスタジオコモネAスタジオ

 1942年のソウル、当時、日本の統治下で京城と呼ばれていた。そこで小さなさ写真館を経営していた日本人が、亜hん日活動により捕えられた朝鮮人受刑者を撮影することになった。この芝居は、その写真館の一家の娘たち、医師の娘婿、朝鮮人の女中、助手などの当時の生活が描かれ、その情景とそ一家の孫やひ孫の現代の日本の生活が交錯する。いまの日本と韓国との対立を、その遠因になる日本の支配下の人々との日常での関係を洗いなおし、見つめなおす試みである・・・。朝鮮人に対して横暴で人間扱いしない日本人もいれば、できるだけ彼らを扶助していこうとする日本人もいた・・・。いま「歴史問題」として中韓から厳しくされていることがらも、答辞の支配、交流の負の側面、それとは違った面の生きた歴史をふりかえるのに役に立つ時宜をえた芝居だと思う・・・。 
[PR]

by engekibukuro | 2014-01-22 06:50 | Comments(0)