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2月27日(木)

男の




▲ジョン・アーヴィング「ひとりの体で{上}」(新潮社)を詠んだ。
 これはアメリカのヴァーモント州のファーストシスターという小さな町で生まれ育った男の、おもにトランスセクシュアルへの傾斜と、そのさまざまな体験を描いた小説だといっていいが、おどろくのはこんな小さな町でアマチュアの演劇が盛んなこと・・・。大半はアガサ・クリステイの小説を芝居にして町の人を楽しませるているのだが、秋のシリアスシーズンと名ずけたシーズンには、イプセンの「人形の家」「ヘッダ・ガブラー」「野鴨」を上演するのが恒例だという・・・そして製材業の主人公の一家が主たるメンバーで、祖父が女の役を演じるのが決まりで、母親がプロンプターだという・・・、さらにこの町の男子校のシェイクスピアを教える教師は、戯曲を理解させるために生徒に実際に役に扮させて上演する、「テンペスト」でも「リア王」でもどんどん上演してしまう・・。TVもない時代の話だから、町の娯楽として盛んなことはあたりまえのような話だが、町の人々がイプセンを知り、登場人物を演じるのは、あの人だ、この人だとさかんに話題になる、だからこの小説の大半は芝居に関する話で、いろいろ大変なこともあるのだが、演劇が空気みたいなこの町はステキだ・・・。
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by engekibukuro | 2014-02-28 08:32 | Comments(0)  

2月26日(水)Mエドワード・ボンド「戦争戯曲集・三部作」

Aプロ 第一部「赤と黒と無知」第二部「缶詰族」、訳;近藤弘幸、演出:佐藤信、ドラマトウルク:長島確、美術:島次郎、座・高円寺、劇場創造アカデミー4期生終了上演、座・高円寺

 2011年の劇場創造アカデミー1期生終了上演から毎年公演を重ねてきたエドワード・ボンド「戦争戯曲集・三部作」の4年目の上演、今年は今までの部分上演の成果を踏まえての初めての三部作一挙上演だ。演出は第一部、第二部をAプロとして佐藤信、第三部「大いなる平和」はBプロとして演出は生田萬。
 創造アカデミーのとっては相当に手ごわい戯曲で、座・高円寺芸術監督佐藤信はよくぞ取り上げたと思える難物戯曲だが、4年間上演を重ねて肉迫してきた・・・。今回は第一部「赤と黒と無知」にはプロの俳優、重盛次郎、占部房子、下総源太朗が演じるという試みが行われた。これはボンドの戯曲の芝居としての相貌を露わにして、戯曲理解の十分な手掛かりになっていた・・。ボンドの劇作への思考過程そのもを劇化する手法は、紆余もあり曲折もあったなかなか捕まえにくいのだが、たとえば戦争に駆り出された新兵が、故郷に戻って民間人を一人殺してこいという命令に服すが、同郷の老人を殺せず、自分の父親を射殺する・・。この追いつめられた不本意きわまる行為は、逆に理不尽な命令への、肉親への愛をかけた強烈な抵抗として胸をうつシーンになっていて、劇的思考の結晶として顕現していた・・・。だが、4期生が演じる第二部「缶詰族」は、どうも彼らの真摯な演技にかかわらず、テキストの重みが、彼らのパフォーマンスの上を素通りする感を否めなかった・・。それでも、この労働者階級に生まれて、社会の矛盾にさらされてきたボンドの、戦争・核戦争にとどまらず世界の不幸、悲惨への劇作をとおしての考察・警告のアクチュアリテイは、現在、ますます的を射ているという実感は十分伝わってきた舞台ではあった・・・。
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by engekibukuro | 2014-02-27 10:11 | Comments(0)  

2月25日(火)★Mお気に召すまま★★S尺には尺を

作:W・シェイクスピア、訳:小田島雄志、文学座、あうるすぽっと

 今年はシェイクスピア生誕450年にあたる。文学座は今年をシェイクスピアイヤーとしてシェイクスピア作品を連続的に上演し、あわせてシンポジウムなども開催してゆく・・・。その第一回公演の2本交互上演。
★の演出は高瀬久男、★★は鵜山仁。
 双方とも文学座の俳優の演技力の高さと、新劇の伝統を持続してきたアンサンブルの密度を感じさせた舞台だった。あわせてダジャレの面白さを含めて小田島訳の言葉の面白さをきちんと伝えていることも特筆すべき・・。シェイクスピアはさまざまな現代的な解釈にさらされているが、シンボリックな幕をつかった美術の舞台で、シンプルに律儀なくらいにきちんとテキストを上演する、これはシェイクスピア観賞の原点に立ち戻るという価値があったといえる。
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by engekibukuro | 2014-02-26 09:36 | Comments(0)  

2月24日(月)M「燐寸」(作・演出:中島淳彦)

ハートランド、ザ・スズナリ
 月曜の昼間なのにスズナリは超満員・・・。当代きってのウエルメイドの作者中島の作品だからか、ハートウオーミングなハートランドのファンたちか、この盛況には驚いた・・。
 舞台は中島の故郷、数々の中島の芝居のホームグランドの宮崎の海辺の町・・。そこの小さな病院に矢野陽子が演じる西村多恵子が入院している・・。漁師の夫に先立れた老婆で、軽い胃潰瘍なのに看護士の立ち話を盗み聞いて末期の癌だと誤解して怯えている・・・。恐慌を来して東京の姪3人に電話する・・、本来連絡すべきたった一人の妹智恵子(大西多摩恵)へはわだかまりがあって、姪をとおしてしか・・・。もともと多恵子は東京育ちだが、駆け落ちのように夫の故郷、この宮崎へやってきたのだった・・・。姪たちはもう伯母さんに会うのは最後だと宮崎まで見舞いに来て、妹も来たのだが・・、女性ばかりの芝居、この病院でのてんやわんやの中島あrしい悲喜こもごものシーンが展開して、矢野と大西という味のあるベテラン役者が演じる老姉妹の関係、来歴が浮き彫りになり、実は妹のほうが末期の癌だった・・・、この芝居の基本ラインは虚実の病魔に襲われた老姉妹の最後の頑張った覚悟”私の人生は面白かった”、”笑って死ぬわ”というメッセージを高らかに伝えることなのだが、これが矢野・大西の芝居で客に伝わったのだ・・・最後の後日談では妹の末期癌も名医の神の手の手術で消えてしまったという、そして姉妹は長寿を寿ぐのだ・・・。中島らしい面白い脇筋は、会社勤めの若い女性が、会社のスポーツ部の砲丸投げの選手が誤ってとんでもない方向に投げ、その砲丸が彼女に直撃、全身ギブスだらけの大怪我し多恵子の同部屋に入院する、選手はその砲丸をお見舞いで進呈する、その砲丸がいろいろへ廻って芝居の綾になる・・・、終幕、超満員の客の怒涛のような拍手・・・。
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by engekibukuro | 2014-02-25 07:06 | Comments(0)  

2月23日(日)M「サロメ」東京芸術劇場ウエスト

原作:オスカー・ワイルド、脚本:コビヤマ洋一、演出:佐藤智恵

 なんともユニークな「サロメ」だった、サロメが西条美咲、ヨナカーンを秋元道行、ヘロデを大和田伸也が演じる・・・。舞台中央に監視塔のような円筒形の建物ものがあって、銃をもった兵士が巡回していて、なにやら不穏な、この古代ユダヤの芝居が、現在の不穏な中東情勢の空気を感じさせ、服装はみな現代服で、大和田扮するヘロデは長いマフラーをたらしたコートを羽織った王様だ・・・。全体が、状況劇場、新宿梁山泊をにいたコビヤマのアングラ劇風テーストが感じられ、特に西条ノサロが、もともとヨナカーンの首を激しく所望する驕慢な王女ではあるが、ピチャピチャな現代娘でその激しさは尋常でなく、激情がきわまると全裸になった・・・。大和田のヘロデの仰々しい芝居も独特の存在感を示し、大勢の登場人物を有機的にさばいた演出も不安手の安定、緊張と弛緩のアンバランスのバランスのような独特のもので、現代の「サロメ」が十分に成立していた・・・。
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by engekibukuro | 2014-02-24 07:45 | Comments(0)  

2月22日(土)M さいたまネクスト・シアター第5回公演

2014年・蒼白の少年少女たちによる「カリギュラ」(作:アルベール・カミュ、翻訳:岩切正一郎、演出:蜷川幸雄)彩の国さいたま芸術劇場インサイドシアター
 蜷川幸雄は、”「わり箸」とか「鉛筆」とかおくが呼んでいる無表情で、やせ細っていて、声が小さく、ほとんど他者に興味を示さないようにみえる”ネクストのメンバーが昨年11月の公演「ヴォルフガング・ボルヒェルトの作品からの九章」で突然変化しはじめた。なにかが彼らの核心にふれたのだろうか、と今回の上演について書いた・・。それでこの「カリギュラ」、ネクスト・シアターのメンバーは3時間の長大な芝居を見事に演じ切った。現在の演劇界に独自の一角を築き上げたrといっていい。このローマの暴政の限りをつきした狂気の皇帝がつくりだした世界、それにねじふせられ、みじめに追随せざるをえない貴族たちち、さまざまなニュアアンスで追従する人々、皇帝の権力によって、自身の芸術的資質をも駆動させて、世界の果てまで人間に本来そなわっていると独断する可能性の論理を追いつめ、気まぐれに殺し、犯し、臣下を恐怖に陥れる、にもかかわらずその皇帝に恐れとともに魅せられる人々・・さいごにはむろんよってたかって惨殺されえるのだが・・、この華麗なカミュの観念劇であり、現在でも実在しているリアルな権力につてのドラマを、カリギュラを演じた内田健司以下、ネクストのメンバーは蜷川の熱い演出に充分応えて、客席に充実した時間をもたらしたのだ。
▲渡辺京二「北一輝」(朝日新聞社)読了。この二・二六の思想的指導者、近代日本の稀有の思想家の全貌がおぼろげだな理解力で知り、北がいま現在の世界情勢まで見通しているのに驚く・・、それと渡辺の膨大な知識量量、深い教養、ポレミックな文体に魅せられた。
▲大雪で2週間ぶりにカップル、中川君とウルメンバーがそろった。中川君の京都旅行の話と写真・・・。
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by engekibukuro | 2014-02-23 08:15 | Comments(0)  

2月21日(金)★M劇団民藝★★S MONO

★「蝋燭の灯、太陽の光」(作:テネシーウイリムズ、訳:吉原豊司、演出:高橋清祐)紀伊国屋サザンシアター
 この作品はテネシー・ウイリアムズが大学生の時書き、1937年に地元セントルイスのアマチュア劇団が上演した。しかし、これは元原稿が散逸していたり、トーマス・ラニア・ウイリアムズという本名で書かれていて、ほとんど知られていなかった。それが劇団員の一人が持っていた上演台本がみつかり、作者没後21年もたった2004年た出版されたという戯曲だ。舞台はアラバマ州の炭鉱町、1930年のアメリカは大恐慌の時代、、小説ではスタインベックの「怒りの葡萄」、演劇でもクリストファー・オデッツなどプロテスト演劇の時代で、この作品も 悪辣な炭鉱会社と搾取される炭鉱夫の厳しい対立を、ある一家の生活をとおして描いたものだが、一昔前のプロレタリア演劇を思い出す懐かしくおあるが、古めかしい芝居でちょっとびっくりする・・。たしかに訳者の吉原が書いている通り、現在でもすさまじい搾取が行われているブラック企業など、資本主義の横暴は現在でも変わらない、しかし現代劇は社会の変化の差異を表現するナマモノなので、そのことを改めて考えさせられる芝居だった。貧乏暮らしから抜け出したい一心の一家の美人の娘(桜井明美)とこの女に惹かれながら炭鉱夫のリーダーとしての責務に身を投げ出す男との愛のエピソードに後年のウイリアムズを感じさせ、一家のきりもりをして、息子を炭夫にさせまいと学資を貯金していたが、それを逡巡の末ストライキの救済資金に提供する母親を演じた日色ともゑが舞台を締める・・、た、蝋燭の灯のように自分一己の狭い場所から、太陽の光のあたる場所に出て大きなものに変わる・・・、「ガラスの動物園」や「容貌という名の電車」のテネシー・ウイリアムズが、若いときにはこんな作品を書いたのかと興味深い芝居だった・・。
★★「のぞき穴、哀愁」(作・演出:土田英生)、駅前劇場
 ある会社の社長が社員の動向と働き具合を探らせるために、自分の愛人と昔首にした元社員を集めて、社内に諜報課をつくり、各部屋の天井から監視させるという土田流の奇想横溢の芝居だが、どうもこれはムリがあるなあ・・、だが客演をまきこむ、水沼健、奥村泰彦、尾方宣彦、金替康博、土田英生のMONOのメンバーの芝居とアンサンブルを観ているだけで十分満足する大ファンだから、どしがたいねえ・・・。
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by engekibukuro | 2014-02-22 07:11 | Comments(0)  

2月20日(木)★M新国立劇場★★S東京芸劇Tイースト-suto

★「アルトナの幽閉者」(作:ジャン=ポール・サルトル、翻訳:岩切正一郎、演出:上村聡史)

 久しぶりのサルトルの大作の上演だ。アルトナはドイツ・ハンブルグにある地区。ドイツきっての造船業主の長男フランツは、第二次大戦の独ソ戦での戦争犯罪にかかわり、アルゼンチンに逃亡、その地で死んだことになっているが、実は13年間アルトナの実家に世話をする妹レニ以外に会わず13年間閉じこもっている。父親は喉頭癌で余命半年と宣告され、事業をフランツに継がせる願いをあきらめきれず、最後に会うことを切望する。芝居の主流は、フランツと妹レニ、それに父親の」差し金でフランツに会う次男の元映画スターの妻ヨハンナとの交流だが、この舞台はフランツを演じた岡本健一の一人芝居と見まがうほど、長時間この自らを幽閉した異常な男を、その正気と狂気のはざまでもがき苦しむ男を目を見張るような変化に富む演技で演じ切った。まさに岡本の奮闘公演で、これだけで十分見応えのある舞台だったが、芝居全体の感興にそれが収まらなかったのが残念だった・・・。
★★「障子の国のテインカーベル」(作:野田秀樹、演出:マルチェロ・マーニ)
 この作品は野だが、母の死の直後25歳のときに一気に書いた若書きで、野田が演出したことはない作品だ。この作品を毬谷友子が上演することを以前から熱望していて、やっと実現して、毬谷と奥村佳恵のWキャストでの上演となった。演出はキャサリン・ハンターの公私とものパートナーで、野田の芝居にも出たマルチェロ・マーニ、私の観たのは奥村の回、このピーター・パンと妖精テインカ-ベルの野田流のねじれた変化の話を奥村がまさに堂々と多彩の変化を演じ切った・・。若いのに演技も歌も安定感があって立派なものだった。今日は昼は岡本、夜は奥村と役者を堪能できた日だった。
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by engekibukuro | 2014-02-21 07:15 | Comments(0)  

2月19日(水)M「失望の向こうがわ」アル☆カンパニー

作・演出:三浦大輔、SPACE雑遊
 すごい芝居だった。平田満が、”アル☆カンパニーの到達点といっていいかもしれない”と言っているのもうなずける。戯曲は三浦リアリズムの極点だと感じたし、平田の演技は鬼気迫るものだった・・・。むろん、相手の井上加奈子、からむ平原テツの演技も平田に呼応して劇を盛り上げる・・。舞台は居間のテーブルと椅子、それと三浦の舞台にはつきもののエンドレスのかけっぱなしのテレビ・・。話は、妻の携帯のメールをみてしまったサラリーマンの夫が、妻の浮気をしりそれを詰問するだけの芝居なのだが・・・、妻はメールの交信を見られてしまったので観念してこたえだす・・。夫婦二人暮らしで子供のできない体質の妻・・、彼女がひまをもてあまして、パチンコ屋へ行き、そこで知り合ったパチンコ名人の年下の男に誘われてホテルへゆく・・、まあ、ごくありきたりの話だが、むろん夫にとってはとてつもない恐慌をきたす重大事だ・・、夫はその浮気の顛末を逐一妻に話させる・・。この詰問と妻の応える応答の会話が芝居のすべてだが、双方ただごとじゃないことだが、観ているほうには時として阿呆くさい、バカバカしい、笑うしかないような情景がくりかえされる、この情景が平凡な夫婦の内実、あるいは男女のあいだの深淵の描出とかの、それだけだったら芝居の形をとった平凡なドキュメントでしかない・・・、夫はホントのことを知りたいのと、妻がホントのことをうまくごまかしてくれることを願うことの間で無様に動揺する・・。そして夫婦で昔摩周湖へ旅して、霧が晴れて湖がち突然見てきたときの二人で感動した思い出を妻にもちだし、妻もうなずくのだが、さいごには浮気の相手の男の恋人の示談書とか、夫が浮気相手を呼び出して、妻への気持ちのホントのことを暴力的にききだす、男は”このババア”のあれこれを友達にレインでしゃべりまくっていたし・・・、夫はなんとか事態を穏当におさめるのが本望だったが、しらずしらずのうちに真実の探求者に変貌してゆき、たぶん知りたくもない夫婦の真実に近ずいてゆく、ここまでの動揺と鎮静の果てもない繰り返しの平田の演技・・、われわれは現実の夫婦の人生を目撃しているのか、それが演劇なのかいぶかしいくらいの観劇が、平田の変貌の演技でこれがまぎれもなく三浦・平田の打ち立てた独特のどこか深いところにたどり着いた芝居だと認めるのだ・・二人は傷を残したが、二人の摩周湖のl思い出は傷つかない・・だろう・・、それと居間の出来事と関係なしに流れつづけるテレrビ映像のの不気味さ!、
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by engekibukuro | 2014-02-20 06:47 | Comments(0)  

2月18日M★シアタークリエS★★世田谷PT

★「Paco-パコと魔法の絵本ーfrom[ガマ王子vsザリガニ魔人}」(作:後藤ヒロヒト、演出:G2、劇中歌:瓜生明希葉、企画・製作:東宝/キューブ
 この芝居は2004年初演、2008年再演、「パコと魔法の絵本」というタイトルで映画化もされた。そういう評判作だが私は初見・・。交通事故で両親を亡くし、同乗した自分も記憶喪失の疾患のために入院したパコという少女、この芝居はそのパコをめぐる入院中のさまざ人々、医師、看護士を描いたもの・・。パコは毎日お母さんにもらった絵本「ガマ王子vsザリガニ魔人」を見ている・・。このパjコと入院中の大人たちとの交流は一種の大人のおとぎ話のような不思議な味わいがある・・。パコを演じるのは谷花音/キッド咲麗花のダブルキャストで私は谷花音の日・・。わたしは後藤ヒロヒトもG2も苦手で敬遠いてきたが、この芝居で両者とも感服した、不明を恥じる・・。そしてなにより役者の力、キャステイングの妙、話そのものより、話が役者の魅力を引き出すものとしてとてもよくできていること、つまり久しぶりに”お芝居”らしい舞台を観たという懐かしいような満足感があったのだ。特に人を人と思わぬ傲慢極まりない老人を演じた西岡徳馬、この老人がパコとの交流で優しいいいおじいさんに変貌するのだが、その変化のムリのないバランスがとれた演技はまさに底光りがする名演技だった。その西岡以下、松下優也、安倍なつみ,伊礼彼方、上山竜司、川崎亜沙美、広岡由里子、マギー、山内圭哉、吉田栄作、みなそれぞれの個性を最大限発揮した面白い演技だった。
★★「A Louer/フォー・レント」(構成・演出・振付:カビリエラ・カリーソ、フランク・・シャブリエ)、ピーピング・トム)ベルギーの超人気カンパニーの3度目の来日公演だ。ダンシングパフォーマンスというのか、セリフもあるし、オールマイテイのフイジカルステージ、韓国人のダンサーも有力メンバーで、その超絶身体能力はすさまじいくら意外々の展開のマジカルワールドで、基本はねじれ、痙攣の渦巻き、緊張と弛緩のはざまから、フシギに今のわれわれの生きている世界の不安にぴったりよりそっている感じが昂進してくる・・、なんともいえないチャーミングなカンパニーだ・・。
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by engekibukuro | 2014-02-19 07:40 | Comments(0)