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9月29日(月)S「小指の思い出」東京芸術劇場

作:野田秀樹、演出:藤田貴大
 ・ものがたり-不眠症の”当たり屋”青年・赤木圭一郎は、場外馬券場売り場がある四つ辻にやってきた。そこに現れたのは、同業者で”少年時代を持つ女”柏羽聖子。彼女は、子どもの時間が取り戻せる白い実を売る・・・という口実で大人を呼び出している。赤木圭一郎ははその白い実を買うために、ここにやってきたのだ。
かって赤木圭一郎も通った、当たり屋の技を学ぶ「当たり屋専門学院」、3人の少年が生きる、魔女狩りの嵐吹きすさぶ中世ニュールンベルグー。あらゆる登場人物たちが時空をを越え、自在に行き来し、物語は、幻想(妄想の一族)と現実(現実の一族)の戦いになだれ込む。そして、子殺しの罪で追われる柏羽聖子は魔女として十字架にはりつけられ・・・。
 という物語ではあるが、野田の芝居は物語を追うような仕組みで観るようにはできていないことは周知のことだが、初期のとくに「夢の遊眠社」のこの芝居は飛躍に次ぐ飛躍の飛翔する芝居で物語にこだわれば超難解、1983年の初演では、それでも舞台は野田の陣頭指揮で、若い俳優たちが所狭しと舞台を飛び跳ねて、その勢いの爽快さの記憶がいまでも鮮明だ、それにこの芝居のタイトルそのもの伊藤ゆかりの、当時流行った伊東ゆかりの「小指の思い出」のポップスの軽いノリも加勢していた気がする。まさしく野田の自分の芝居は、テーマ主義でなく、コトバとイメージ”の芝居だということのサンプルのような舞台だった。この芝居を初演当時の野田と同年代の藤田が演出する。たとえば、野田の作品でも、今年中屋敷法仁が演出した「赤鬼」とはテキストの汎用性という意味で全く違う。藤田は、このテキストをとくにイメージの拡大という狙いを定めた。舞台には数台の車が微動しながら置かれ、藤田の舞台ではおなじみの木組みや金属の空洞の枠の人物移動、背景の天井まで、場面ごとの各種映像が舞台を睥睨するような感じで圧して、一つのヴィジュアルなアート作品のような趣で、俳優の演技もコトバもアートの包囲網へ参加するエレメトのような印象が強い。藤田のこの作品を再生させるこの作戦は、これはこれで十分納得できるし、藤田の飛び抜けた舞台感覚に改めて感心したのだった・。
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by engekibukuro | 2014-09-30 09:34 | Comments(0)  

9月28日(日)映画「ジャージー・ボーイズ」

84歳のクリントン・イーストウッド監督の最新作だ。
 週刊文春のシネマチャートでは5人のうち4人が、最高の五つ星、四つの中野翠でも「型通りの話とはいえ全編にちりばめられている60年代名曲の数々には浮き立つ。・・」と書き、五つの斎藤綾子は「メンバーそれぞれの独白がやるせない情を醸しだし、ザ・フォー・シーズンにどっぷり浸って楽しめた。必見です。」、森直人は「最高。20世紀米国の大衆芸能が持つ楽しさと不良性がぎっしり詰まっている。演奏場面のアナログな音の太さに観劇!」、そして芝山幹郎は「乗り心地のよい車で50-60年代をクルーズする感じ。映画を強引に加工しないのは「遊び人」イーストウッドの達観か。」
 ニュージャージー州のイタリア移民が集まる貧しい街で育った16歳のフランキー(ジョン・ロイド・ヤング)は
、美しいファルセットボイスの持ち主、地元のチンピラ、トミーのバンドに誘われ初めてステーじを踏み、1960年に四人組のザ・フォーシーズンを結成する。しばらくバックコーラスの仕事ばかりだったが、「シェリー」の大ヒットで一躍トップスターに。しかし、栄光の裏側でメンバーの嫉妬、トミーの借金問題、夫婦関係の悪化、娘のドラッグ問題などが進行し、バンドは崩壊する。
 ブロードウエーの人気ミュージカルをイーストウッドが舞台のメンバーをそのまま使っ映画化した。アメリカとアメリカ人、アメリカの大衆文化の精髄をイーストウッドの構えない流儀で映画にした、いつもより、ちょっと重いところもあるが、栄光と悲惨の明暗が、フランキーの結成当時の初めて自分たちだけのハーモニーをつくった時の喜びを、自分だけの犠牲的踏ん張りで守り続ける・・、最後に離散したメンバーが再会した演奏会が感動的、なにより小柄のジョン・ロイド・ヤングの独特の美声に痺れる・・。爆発的にヒットした「シェリー」!さらに彼らのパトロンが、このグループに心酔したマファイアの親分なのも渋い・・・。
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by engekibukuro | 2014-09-29 08:42 | Comments(0)  

9月27日(土)M「淑女のロマンス」トム・プロジェクト

作:水谷龍二、演出:高瀬久男、紀伊国屋ホール

 フリーターらしき、女に金を貢がせるのが上手な男の不在の部屋に年増女3人が、間をおいて現れる。むろん、3人はしらない同志、それぞれ男のただ一人の恋人だと思い込んでいる・・。このとんでもない鉢合わせのトンデモ芝居だが、この3人が前田美波里、柴田理恵、木村ミドリコという凄い布陣で演じられる・・。女3人を鉢合わせさせた男の狙いが不可解で、最後まで男は現れず、なにやらホラー気味のミステリアスなスリリングな展開で、中でも役柄でもあるが前田が容姿少しも衰えずの大貫禄で、他の二人はこれも役柄でもあるがタジタジで、この3人の持ち味をたっぷり楽しめたお芝居だった・・。

▲おもろ、中川君は二日酔いで欠席のメールが届く,カップルが今日行ったチューリッヒ美術館展の話をきく・・。
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by engekibukuro | 2014-09-28 09:21 | Comments(0)  

9月26日(金)S「どんぶりの底」流山児★事務所

創立30周年記念公演第一弾ーザ・スズナリ
 作j:戌井昭人、演出:流山児祥、美術:島次郎
 作者戌井は祖父が文学座の名演出家戌井市郎、その戌井を流山児が爆笑老人ユニット「オールド・バンチ」のメンバーとして参加してもらい、数々の「名舞台」を作った・・。その縁で戌井昭人に台本を依頼した。戌井は
自ら演劇集団「鉄割アルバトロスット」を主宰するが、すでに何回も芥川賞候補になっているほどの一家をなしている小説家でもある。わたしは熱烈な愛読者だ。その戌井の芝居を流山児が演出、それに以前は流山児と組んでいた美術の島次郎が美j術を担当する。それに60年代アングラ御三家早稲田s小劇場の土井通肇、状況劇場の大久保鷹、黒テントの根本和史、それにキャラメルボックスの大内厚雄が客演という異色キャストが連なる話題豊富な座組み・・。もともと戌井の作風は芝居も小説も変テコの魅力だ・・。流山児は「変テコでも構わない」「メチャクチャなの書いちゃって」ということになったのだが、あまりメチャクチャでもちうことで、ゴリキーの「どん底:を下敷きにするということになった。”ですから「どんン族」を、どんそん無意味にしていくような感じで書きました。そして、演出の流山児さん、役者の皆さんで、ちょっと意味を持たせ、最後は、良い意味で、んなだかわけのわkらないものに仕上げてくださtることを期待して、楽しみにしております”ということに・・。年寄りはもとの「どん底」の人物とこの舞台での人物を比べたり思い出したりでわくわくするが、アングラ御三家の役者の濃い芝居と、泥棒(ペペル)役の若杉宏二以下月舟さららなどの若いメンバーの薄くて軽妙な芝居のせめぎあいが、絶妙な効果を醸して、なんだかわからないが面白い舞台になっていて、それに流山児得意のミュージカルシーンが要所できちんと決まり、見事にショーアップされたのだ。あと、楽塾の桐原三枝が饅頭売り役で出ていたのも嬉しかった・・。、
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by engekibukuro | 2014-09-27 10:32 | Comments(0)  

9月25日(木)M「イット・ランズ・イン・ザ・ファリー」

ーパパと呼ばないでー

 作j:レイ・クーニー、翻訳:小田島雄志、小田島恒志、演出:山田和也、パルコ劇場
 この芝居は日本でもいろいろのユニットで何回も上演されているファルスのサンプルのような名作。なにより、小田島親子の翻訳が素晴らしい。まるで、ほんとうに楽しそうに親子で訳している情景が浮かんでくるようだ。今回、主役の医師モーテイマーを錦織一清が演じ、錦織以下、ピチピチの息子レズリーの塚田僚一からベテラン酒井敏也、綾田俊樹まで全員一丸、このどんな窮地にも臆することなくすり抜けてゆく意外々の転倒劇を演じぬいた・・。面白かった!

▲岩波書店の小冊子「図書」の今月号は、岩波新書の古典を特集している。そうそうたる執筆者のなかに堺雅人が”先輩俳優 西田幾多郎”というタイトルでー藤田正勝「西田幾多郎ー生きることと哲学」を取り上げている。映画の撮影で京都にいたっとき読んだそうで、それいらい西田に興味を持ち、日本最高の哲学書といわれている難解な「善の研究」も読む。”「西田幾多郎を演技論として読む」という野望はあきあrめていない。本屋で西田哲学の入門書をみつけると、ついついてにとってしまう。身の程しらずはみとめるけれど、西田自身、「私は内的生命の知的自覚を哲学の立場と考える。(「一般者の自覚的体系」)、なんていっている。内的生命をたよりに「いきとした演技とはなにか」をさぐるのは、それほど的外れなアイデイアじゃないんじゃないかとおもっている。・・・「先輩俳優、西田幾多郎」から、どんなアドバイスがもらるか、ちょっと楽しみなのである。”そうだ・・。
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by engekibukuro | 2014-09-26 08:01 | Comments(0)  

9月24日(水)「語る兜太ーわが俳句人生」(金子兜太)


 黒田杏子ー聞き手(岩波書店)

 ★水脈の果て炎天の墓標を置きて去る★

 この句は、太平洋戦争のいてトラック島で海軍主計将校として参戦した兜太は、補給が絶たれ、アメリカ軍の襲撃が猛威の下で、餓死者続出の地獄の島から、米軍の捕虜になり、ついに帰還する際の戦場からの島をおおう墓標を悼んだ絶唱ともいうべき句だ・・。
 この本は現在94歳の兜太の、全生涯を総括したというべき本だ。帰還後、日本銀行に復職し、学歴絶対の日銀で、東大にも関わらず組合運動に専念して出世の道を断たれ、それがかえって俳句への道を用意して、無季俳句の前衛俳句の雄として認められ、ついには「朝日俳壇」の撰者として、俳句界の大御所になるまでの、山国秩父の俳人でもあった医者の長男として生まれた兜太の波乱万丈の生涯の聞き書きだ。なにしろ94歳で現在も矍鑠として、毎週金曜日の朝日俳壇の選考日を楽しみに、熊谷の自宅から息子さんと東京へ出てくるのを楽しみに元気で活躍している。母堂は106歳で大往生なさったそうだ。兜太を10代で産んだ。大家族の中で苦闘を重ねた美貌の母だったそうで、夫が俳句にうつつを抜かすのが大迷惑で、兜太には絶対俳句などすうなといっていたそうだ。兜太は女性は10代で子供を産んだ方がいいと勧めている!故小沢昭一、永六輔、矢野誠一、入船亭扇橋などの「東京やなぎ句会」との交流の楽しさを語り、特に小沢昭一(俳号:変哲)との交友を貴重なものと語っている。あと10年は生きるそうだ・・。最後に私の偏愛する句を挙げる。

 ★霧の村石を投(ほう)らば父母散らん★
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by engekibukuro | 2014-09-25 08:57 | Comments(0)  

9月23日(火)「グランギニョル未来」


 「グランギニョル未来」は美術評論家の椹木野衣が書いた初めて戯曲。その戯曲が「新潮」10月号に掲載された。この戯曲は、椹木と飴屋法水によって結成されたユニット「グランギニョル未来」の第一作品として8月にヨコハマ創造都市センター(YCC)で上演されたそうだが、私は知らなかった・・。椹木と飴屋は、昔から盟友ともいうべき関係で、椹木が関係する美術展には、飴屋のアート作品が展示され、椹木の飴屋の紹介、飴屋論、対談は数多い。この二人が、演劇ユニットを結成したとは驚きだった。しかも、昔の飴屋の劇団名「グランギニョル」の復活として・・。だが、この戯曲、活字で読んでもどんな舞台になるのか見当もつかない。役名も”入り口””出口””未来”などで、ラストは・・
 「しゃこーん しゃこーん ひょろーん ひょろーん/ぽこーん ぽこーん くきーん くきーん
 パワー パワー きぼう きぼう/パワー パワー きぼう きぼう 長い余韻、やがて、すべての音が鳴り止む。」
この世の終わりのような静謐のなか、ラジウム・ガールズの唄声とともに、希望のようなこのだけが、深い森の梢に、こだまのように引っ掛かって残った。
(了)
観たかった・・。
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by engekibukuro | 2014-09-24 09:04 | Comments(0)  

9月22日(月)「俳句をつくる演劇人の句会」於銀漢亭






▲今回の兼題は「芝明神祭」・「敬老の日」

 最初、自然に「敬老の日」を「敬老日」と縮めて作っていたが、歳時記には”の”を入れてある。初心者は、歳時記の言葉にしあtがうべきだと、「敬老日」で作った句に”の”をいれた。それで、句会の披講での先輩方の句はおおかた、「敬老日」を使った句だった。初心者は、そういう融通が利かない・・・。だから、私の句、”の”を入れて字余りになって、間延びしてしまって・・、谷岡さんはおれの”敬老の日老いては従う木の葉かな”という句を、”の”を入れなかったら採ったのにと・・。今回は、むろんそのせいではないが、一句も選ばれず・・。次回、せいぜい頑張ろう・・・。 
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by engekibukuro | 2014-09-23 06:58 | Comments(0)  

9月21日(日)M「ファーム」(作・演出:松井周)

サンプル、東京芸術劇場シアターウエスト
 「人間のサンプル、人間のマガイモノ。人間らしからぬ人間を舞台にのせてみたという発想から始まった劇団ですが、もはや「人間らしい」という言葉が何を指し示すのかよくくわからない時代に突入しているという気がして、そもそも人間らしさって何なのかを考えるような作品をつくりたいと思うようになりました。生命科学や再生医療分野でのできごとは日々更新されて、ヒト、イキモノ、モノの線引きが困難になっていきます。この先
、私たちは「誰」と生きていくのでしょうか?演劇という「ごっこ遊び」からそのことを考えても面白いかなと思ってこの作品を作りました」・・松井の前書きだ。
 この前書きどうりの、松井・サンプルのテイストを絞り込んだ一種のSFコメデイで独特の笑いを誘うとても面白い舞台が出来上がっていた。幕あきは、3年間家に音信不通で帰らなかった変人のバイオテクノロジー学者(古屋隆太)に妻(町田マリー)が離婚状に判を押すようにと強要している。彼女、勤め先のスーパーの店長(金子岳憲)と再婚するつもりなのだ・・。夫はぐずぐずわけのわからないことをいって引き延ばす・・。二人の間の男の子は急速成長の異常児(奥田洋平)で体も頭も大人を凌駕している。この子の腹には息子を亡くした老婦人(羽場睦子)の息子の目を植え付けている。バイオ学者のテクノロジー乱用で、奇怪なイキモノが増殖して・・。一方、激戦区のスーパーで苦戦している店長は、ゾーン・トレーナー(野津あおい)というカルト主宰者の女にはまっている。老婦人が異常児と結婚したり、奇怪な出来事、会話が繰り広げられ、松井の作り方が絶妙で、人間、生命の奥深さ、不可解さが、SFというより、リアルにさえ信じられて、まったく松井のいう通りの今の人間の状態への危惧が活写された芝居になった。サンプル初主演の町田マリーが出色の演技、こんな面白い女優だったとは・・・。
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by engekibukuro | 2014-09-22 07:59 | Comments(0)  

9月20日(土)M「初萩の花」(作・演出:内藤裕子)

演劇集団団、ステージ円 
 ★女流劇作家書き下ろしシリーズ<その1>
 中卒で工場に勤めながら、家の田畑を必死に守ってきた杉田重夫(山崎健二)。一人住まいだったこの家に、会社のリストラ担当で困憊して自殺してしまった弟の家族が、東京から移り住んできた。その家族の物語。母(高林由紀子、長女(谷川清美)、次女(岸昌代)、三女(馬渡亜樹)、長女の娘(牛尾茉由)、近所の男(玉置祐也)の布陣・・。丁度新米ができたころで、その新米にもち米を混ぜて母が大量にオハギをつくる、が、たくさんつくり過ぎてしまって、近所に配るのに大わらわ・・。そんな日の女たちのおしゃべりの渦のなかから、この家の大問題がもうすぐ40の三女の結婚問題・・。当人の気持ちをおもんばからない姉たちのおおきなお世話に三女は憤然とする・・・。どこの家にでもあるような、行き違いや、誤解など、そういう家の中で当主のの伯父は寡黙だ・・。実はこの伯父、独身を貫いたのは弟の妻、母への思慕を捨てきれなっかあtからで、ある日、とうとう告白を・・・、その翌日台風の豪雨の中を水門の具合を見に行ったまま帰らない、そこへ警察から電話で・・・。場が変わって、お彼岸のある日、杉田家の庭に萩が咲く・・ぎっくり腰の伯父の世話せわをする母の姿があった。女優たちの精彩鮮やかな演技でこの一家の雰囲気が客席に染み渡り、客は自分たちの家族を思わず振り返ってしまうだろような芝居だった。
▲おもろ、中川君、カップル、店が暖簾も看板も新しくした・・。看板の電飾も明るく、これからも老夫婦でやる気まんまんだ!
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by engekibukuro | 2014-09-21 08:43 | Comments(0)