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11月29日(土)M「カルメギ」KAAT

原作:アントン・チェーホフ、脚本・演出協力:ソン・キウン、演出:多田淳之介、翻訳:石川樹里
東京デスロック+第12言語演劇スタジオ
 これは2013年に韓国で初演された。そして今年1月、韓国で一番権威のある東亜日報が主宰する東亜演劇賞のいて、この作品が作品賞、演出賞、視聴覚デザイン賞を受賞した。
 ”「カルメギ」は、アントン・チェーホフの「かもめ」を1930年代後半、日本の植民地支配下の朝鮮を背景に再構成した物語である。劇団12言語演劇スタジオ主宰者ソン・ギウンが脚色をし、韓国の俳優8人、日本人の俳優4人が共演した。原作を破格的に変形させながらも明確なコンセプトを伝え、韓国演劇界に警鐘を鳴らし、幅広い視野で微妙な韓日関係の誤解の余地を克服した。”これが主宰者の審査評fだ。
 この”破格的に変形させ”という舞台は、全面ゴミタメのような、朽ちた家具、ノートパソコンなどのガタクタが敷き詰められ、役者たちは舞台の一方から他方へ次々と流されるようにに通り抜け、大音量のKーPOPと日本のフォークソングが聞こえ、それとラヴェルのボレロが執拗に繰り返される。チェーホフの「かもめ」の人物や人間関係に即してはいるが、それらは分断されていて追ってはいけない・・。多田は、舞台上のガラクタと同じように、人間も人格が崩壊した断片としてとらえているようだ、朝鮮人も日本人も断片として歴史に流される。日韓の不幸な歴史を廃墟のような意表をつく強烈なセノグラフイーの一単位として人間を捕え、そのうめりを大音量の音楽で増幅させてゆく・・。多田らしい実験的な大胆な試みが韓国で評価されたことは過ぎし、喜ばしいことだ。韓国でのほうが多田の演劇性の理解者が多いのかもしれないとも思う。いずれにせよ、さらなる再考を促す刺激的な舞台だった。
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by engekibukuro | 2014-11-30 08:31 | Comments(0)  

11月28日(金)★M西すがも創造者★★Sリリオホール

★「さらば!原子力ロボむつー愛・戦士編ー」(作・演出:畑澤聖悟),渡辺源四郎商店、F/T参加作品
 これは2012年に初演されたもの。今回は、同じ渡辺作・演出で、高校演劇全国大会で最優勝賞を獲った青森中央高校演劇部の「もしイターもし高校野球の女子マネージャ-が青森の『イタコ』を呼んだら」も同時上演されるので、この高校生が参加するような作品に増幅されている。核サイクル施設や中間貯蔵施設に加え、核燃料処理場もできるだろうという土地が自分の暮らす県内にある。舞台は、その大挙上京してきた高校生の熱気にあふれた舞台で、自分の暮らす土地と今後の日本を行方を曇らす大きな問題への気持ちが演劇という表現で近づける、その思いがみなぎっていた。危険極まりないものが、10万年たたねば安全になrないそいしろものに誰も責任をとらない「丸投げにした世代」と「丸投げにされた世代」との対比・・。物語はこの廃棄物を処理するロボットの命運を巡るSF仕立ての、「リンゴ王国」の話・・、いかにも畑澤らしいメルヘンテイスト豊かなイマジネーションの極地をゆく芝居になっているのだが、初演では原子力ロボの絶望的なしゃべりが衝撃的だったが、今回は趣向が大掛かりになったぶん、メッセージの伝わり方が幾ぶん薄くなったのが残念だった・・。
★★「竹田恵子コンサート」withクラリネット&チェロ&ピアノ 葛飾女性部 輝きフェスタ2014
クラリネット:菊池秀夫、チェロ:福富祥子、ピアノ:大坪夕実
 第一部 林光ソングアルバム、第二部 チェリストのための「セロ弾きのゴーシュ」(台詞・作曲:林光)
 なかなか素敵なコンサートだった。ソングの詩は宮沢賢治と佐藤信。とくに佐藤の作詞の「強いものの権利について」というソングは猫が鼠に恋をしたのだが、食べ物がなくなって、ついに苦渋の判断で愛をあきらめて鼠を食べてしまう・・という林・佐藤のコンビの傑作の面白さが抜群だった。これは1967年の、劇団自由劇場の「皇帝ジョウンズ」の劇中歌で、六本木の地下の劇場で観たもの・・串田和美と佐藤が一緒に活動していた劇団・・。このコンサート、こんにゃく座の歌役者の第一人者だった竹田の面目躍如の舞台で、とくに「セロ弾きのゴーシュ」のカッコー、この鳥が部屋中飛び回っている動作の激しさ、軽さ、さすが独特の体操「こんにゃく体操」の先生だ・・。クラリネット、チェロ、ピアノとのコンビネーションも素敵で、歌の円熟味など格別の印象、なにより全体の舞台姿が綺麗だった・・。客と一緒に歌った「森は生きている」の「十二月の歌」も楽しかった。
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by engekibukuro | 2014-11-29 08:05 | Comments(0)  

11月27日(木)M「304」(作:蓬莱竜太演出:和田憲明)

ウオーキング・スタッフ プロデュース、シアター711
 ”東京、池袋北口から5分、古びたビル等が窮屈そうに立っている 赤松ビル304号室 ドアを開ければそこに、蓬莱ワールド”というキャッチフレーズだが、これはむしろ和田ワールド、この蓬莱の初期作品は、むかし観たが、そのときの印象とはずいぶんちがう・・・。これは濃厚な和田テイストの舞台だ。舞台は、304号室だが、無線機の装置が目につ・・・。ここに、高校の元同級だった男3人と女一人が、たむろしている。リーダーの松崎が怪しげな仕事をどこやらからとってきて、その仕事の内容は一切しゃべらなういで仲間に指示する。
仲間は不安ではあるが、かなりの金になるのでやっている。この部屋の住人秋山は無線機でしか外と繋がれない、女はマンガばか読んでいてマンガと呼ばれている。もう一人はテレビゲームオタク・・それと営業マンだったが今失職中の男、この男のしゃべりのテンションの高さは異常なくらい、こういうほとんどドロップアウトしている都会のはぐれもののそれぞれが、とてもきちんと蓬莱の手で描かれている芝居を、和田がそれをエキセントリックに増幅させて、役者はそれに心服して役をおもいっきり演じる。よくわからない仕事のヤバサがピンピン伝わってくるスリリングな空気が充満する舞台で、一人が警官の姿をみてビビッタのが原因で、仕事が失敗して、状況が悪化、そこへ仕事をまわしているリーダーの腹違いの兄が現れて、舞台は緊迫する。この男、冷酷無残ですさまじい・・・。仕事の内容は一切わからないが、これは現代社会に一断面を切れ味鋭く描いた芝居で、エンターテイメントとしても上出来な和田テイストを満喫できる舞台だった。これには、和田の芝居の常連の、不気味なアニキを演じた鈴木綜馬の力も加担している・・。
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by engekibukuro | 2014-11-28 07:45 | Comments(0)  

11月26日(水)





★週刊金曜日の特別編集「『従軍慰安婦』問題」をやっと読む。週刊文春や週刊新潮の朝日新聞バッシングへの全面的対抗の特集だ。充実した内容で、やっとでるべきものが出たと思えた。が、かりに右と左の対立にしても、左の劣勢というか、この国の言論状況のとてつもない変化だ。いまや、進歩的文化人は絶滅し、インテリという言葉も、存在もなくなった・・。いまや、インテリは有識者という呼称になった。
 インテリ層というものが大きな顔をしていた時代に育ったものには、よくわからない時代になった。
この特殊でも、良識派の元外交官の東郷和彦や、週刊文春の創刊時の編集長だった半藤数一利もインタビューに応じているが、いまの安倍政権下の日本への苦渋に充ちた対応が、なにか心にしみる。
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by engekibukuro | 2014-11-27 07:59 | Comments(0)  

11月25日(火)M「8分間」(作・演出:坂手洋二)燐光群

座・高円寺


 劇団による解説によれば、こういう芝居だ・・。

 ”・・電車から降りようとした女性客が足を踏み外しホームと車両の間に落ちてしまう。乗客らが自主的に降車、一致団結してその女性を引っ張り出し、無事救出。このことは全世界に報道され、日本人の非常時の結束力に賞賛の声が上がった。救出劇は8分の間に行われた。
 ・・・・この劇は検証する。登場人物たちが別の行を採っていたら?乗客たちが別な顔ぶれだったら?そもそもこの「事件」は本当に起きたのか。劇はさまざまな可能性によって、いくつもの展開を辿る。これは導入部に過ぎない、その時々のシチエーションのおいて、さまざまに反応する人々の姿。労働、家族、生活、教育の問題。人々の集合無意識。都市の残像。・・・・・・・・・・「8分間」という「はざまの時間」。”
 舞台は私鉄の小さなホームが狭い駅。その駅で如上の事件が起きて、救出劇が展開される。駅ではこれに痴漢事件、飛び込み自殺の気配を示す青年とかも加わって、混乱が深まって・・・。
 意表をついた面白い劇だったが、人命にかかわり、大幅にダイヤが狂うのに、鉄道側の対応が乗客まかせでおかしいと思ったりしたが、この事件による、いろいろの思考、検証の核がもうひつわからなかったのが残念だった。
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by engekibukuro | 2014-11-26 07:32 | Comments(0)  

11月24日(月)壇一雄「壇流クッキング」


 78歳を迎えて自分で料理を作ることにした。久しぶりに「壇流クッキング「を取り出す。昭和50年発行のこの本は、一時無痛になって94種類ほとんど作った。無人島に一冊だけ持って行く本だおしたら、迷わずこの本だというくらい料理の作り方だけの本を越えたら素晴らしい文章なのだ。それに、壇一雄が料理を作り始めたのは、少年のころ、母親が家を出てしまい。父親は料理などまるでできず、仕方なくっ自分買い物も料理も自分でやるようになった。どうも桐島洋子の「聡明な女は料理もうまい」という名著も(この本に邱永漢の食は広州にあり」が私の料理本ベスト3)、桐島が3人の子供を抱えて一人暮らしを始めたころの経験から、邱も奥さんが香港から出られない状況のころ書かれた本で、どうもアンハッピーの体験と料理の、味覚の切実さ、おいしさが密接に絡んでいる・・。私も・・・・。とにかくローストビーフのデシピをいろいろ読んでみたが、やはり壇さんが一番!ただこの本は数量表示がほとんどなくて、自分で勝手に推量するしかない。だからオーブンの音頭とか時間が書いてない。それに天火のころの料理だ・・。だけど、なんとかうまくできた(?)、サフランライスは、サフランをまぶして炒めた米をキャベツ一個の葉を湯にさらして、豚の背油を敷き詰めた鍋の上に置き、そう上に炒めた米をおいて蒸す。背油が溶け、キャベツの水分の蒸気で蒸し上がる。サフランの黄金色に染まったライス、どうも取り合わせが合わないみたいだが、ローストビーフは息子に配り、ワイン持参の義妹が来てくれて、家人が焼きリンゴを作ってくれて、まずまずの78歳の誕生日、おまけに、義妹が喜寿と間違えてお祝いもいただけたし・・・。
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by engekibukuro | 2014-11-25 11:53 | Comments(0)  

11月23日(日)映画「6才のボクが大人になるめで。」

監督:リチャード・リングレーダー

 ”ずっと映画が終わらないで欲しい。出来るなら10年後の彼らとまた出会いたい。心底そう思える、希有な作品でした。”これは映画監督の是枝裕和のコメントだが、まったくそのとおりで、ある平凡なアメリカ人の家族のリアルなドキュメントのようでいて、こらがまぎれもない純粋な映画そのものだという、えもしれぬ感触のある作品なのだ。
 とにかく、アメリカンライフの苦楽のすべてが一人の小円の成長に即して描かれた作品で、ちょっと長いが、この一種の人生の繰り返しの微妙な変化が作品の質を保証している。
 なによりこの映画の舞台が、テキサスだということが、アメリカ映画特有のローカリテイの魅力を放射していている。学校の校庭には、星条旗とテキサス州旗が掲揚されている。
 男と女、恋人、性、夫婦、離婚、パーテイ、ハイキング・・・・、少年はカメラに夢中になり、コンテストに高位で選ばれた。夫を二人棄てた母親は、少年とその姉が、大学の寮にはいり、念願でもあった一人暮らしに・・・。そのとき母親は娘と息子に言う”もう残るのは、葬式だけよ”と・・・、それに息子は”あと40年は生きるよ”と返して、それに母親は”あら、50年だと思っているのに”・・・。
 映画は大学に入り、寮の仲間とハイキングにゆき、素敵な女友達に会って、これは進展するぞと思わせてエンドへ・・・。
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by engekibukuro | 2014-11-24 07:27 | Comments(0)  

11月22日(土)M「じゃじゃ馬ならし」あうるすぽっと

作:W・シェイクスピア、翻訳:松岡和子、かきかえと演出:江本純子、あうるすぽっと+毛皮族共同プロデュース

 ”世界中のフェミニスト達から総スカンを喰らうシェイクスピアの問題作を、毛皮族・江本純子が欲望渦巻くドロドロ喜劇として蘇らせるもっと過激な問題作。
 難ありまくりの「男」と「女」の駆け引きとその渦中を、より猥雑に、より祝祭的に描きだします。”
という触れ込みだが、たしかに”渦中”、いろんな男女が渦巻いているのは確かで、じゃじゃ馬女キャヤタリーナ(鳥居みゆき)を強引、理不尽に調教するベトルーチョを演じる柄本時生は頑張っているし、キャタリーナの妹ビアンカの柿丸美智は色っぽくて面白いとかはあるんだが、全体ごちゃごちゃしすぎて、なにがなんだかわからないきらいがあって・・。
 江本が、”言葉でも物語でもなく、シェイクスピア劇の新たな楽しみ方を、あるいは「劇」そのものの新たな楽しみ方を、この「癖」をもてあそんだ劇にて、感じていただいたら幸いです。
私は劇には興味がなく、人がいる空間を、劇を使って作りたいだけかもしれないと、劇を作りながら何度も思いました。”と書いているが、”人がいる空間”の密度の濃さは凄いとは感じたのだが・・。

・帰りのカフェで週刊東洋経済の「中国」特集を読み終わり、おもろで中川君に渡す。
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by engekibukuro | 2014-11-23 06:31 | Comments(0)  

11月22日(土)M「じゃじゃ馬ならし」あうるすぽっと

作:W・シェイクスピア、翻訳:松岡和子、かきかえと演出:江本純子、あうるすぽっと+毛皮族共同プロデュース

 ”世界中のフェミニスト達から総スカンを喰らうシェイクスピアの問題作を、毛皮族・江本純子が欲望渦巻くドロドロ喜劇として蘇らせるもっと過激な問題作。
 難ありまくりの「男」と「女」の駆け引きとその渦中を、より猥雑に、より祝祭的に描きだします。”
という触れ込みだが、たしかに”渦中”、いろんな男女が渦巻いているのは確かで、じゃじゃ馬女キャヤタリーナ(鳥居みゆき)を強引、理不尽に調教するベトルーチョを演じる柄本時生は頑張っているし、キャタリーナの妹ビアンカの柿丸美智は色っぽくて面白いとかはあるんだが、全体ごちゃごちゃしすぎて、なにがなんだかわからないきらいがあって・・。
 江本が、”言葉でも物語でもなく、シェイクスピア劇の新たな楽しみ方を、あるいは「劇」そのものの新たな楽しみ方を、この「癖」をもてあそんだ劇にて、感じていただいたら幸いです。
私は劇には興味がなく、人がいる空間を、劇を使って作りたいだけかもしれないと、劇を作りながら何度も思いました。”と書いているが、”人がいる空間”の密度の濃さは凄いとは感じたのだが・・。

・帰りのカフェで週刊東洋経済の「中国」特集を読み終わり、おもろで中川君に渡す。
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by engekibukuro | 2014-11-23 06:31 | Comments(0)  

11月21日(金)S「青ひげ公の城」豊島公会堂

作:寺山修司、音楽:宇崎竜童、振付:前田清美、演出:流山児祥
 昭和27年に開設され、62年間豊島区の文化活動を支えてきた豊島公会堂が、新ホールへと生まれ変わる。その最後を記念して、2012年から始まった流山児★事務所と提携した企画、豊島区テラヤマプロジェクト。「地球空洞説」「無頼漢」を上演して、今回がファイナル公演「青ひげ公の城」。
 まずは恒例にんった幕間は、公会堂前の中池袋公園公から始まる。公園の広場に、「青ひげ公の城」主役オーデイションという設定で、集まった客に台本の冒頭を書いた紙を渡して、男女別に台詞を読ませる。
 ”ユデイット:きこえるわ、ため息が・・・、青ひげ公の城の方から、まるで、死人の髪の毛を吹き分けてくる風のようなため息が・・・ああ、あれは城のため息なんだわ。
 青ひげ:そんな恐ろしいところに、どうして嫁いできたのだね、ユデイット。
 ユデイット:あなたの腕の中で、花嫁衣装を着たいからです。”
そして、集まった全員で、豊島公会堂を指さし、”あれが青いげ公の城だ!”と叫ぶ・・。そして公会堂へなだれ込む・・。
 この1979年PARCO劇場で初演された魔術ミュージカルの今回は「7人の妻」は異色豪華キャスト。第一の妻が、流山事務所のトップ女優伊藤弘子、第二に妻が前進座の立女形の河原崎国太郎、第三の妻が文学座の美形女優山崎美貴、第四の妻がミュージカル界の新星関谷春子、第五の妻がベ宝塚出身のベテラン毬谷友子、第六の妻が元SKDのトップスター風間水希、そして第七の妻でになる、第六までの妻が死ぬことを心待ちにしている少女が、なんとSPACの美加理・・、彼女は初演のこの役で初舞台を踏んだのだ。ほかに元天井桟敷の蘭妖子、福士恵二。このほか含めて総勢36人のキャストがこのファイナル公演をひたすら盛り上げて、テラヤマワールドの絢爛と底知れぬ暗部の輝きを放ったのだ。寺山は、演劇の役とは、演じる俳優とは、その俳優の生活とは、その事実と虚構の狭間で生きる人間への問いを、その問いそのものを演劇にしたのだ・・。そして、その問自体は永遠に新しい・・。流山児はそのことをしかと体感させるミュージカルを創り上げて、この豊島区テラヤマプロジェクト ファイナルを貫徹させた・・。 
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by engekibukuro | 2014-11-22 06:58 | Comments(0)