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2月27日(金)


 AICT賞候補作:井上理恵編「木下順二の世界ー敗戦日本と向き合って」(社会評論社)を読む。
まず懐かしい、この本を読んで大隈講堂で観たぶどうの会の「風浪」、森雅之が出た第一次民藝の「山脈」、むろん山本安英の「夕鶴」、一橋講堂で観た久米明や桑山正一らの「彦市ばなし」、「三年寝太郎」などの民話劇、同じ講堂での木下訳のシングの「海にのりゆく人」などのアイルランドの芝居、映画の老婆役でなじんだ北林谷栄が、こんな素敵な美人だったと目を瞠った「オットーという名の日本人」で演じたアグレス・スメドレー・・。また、木下はそのころの日本の進歩的文化人の代表のような知識人で、ぶどうの会の公演会場には丸山真男、石田雄、内田義彦などのそうそうたる学者がきていて、その雰囲気は独特だった・・。
 木下は戦後新劇の第一人者だったのだが、この本を読んで、いま、新劇回帰の風潮があるのではないかと感じた・・。新劇からアングラへ、そして80年代の小劇場、静かな演劇あのへ推移して、今、トラッシュマスターズの中津留章仁、チョコレートケーキの古川健など、新劇というより、木下の目指した現代世界、現代日本の歴史と現実を真正面からとりあげ劇化しようとする志向と合致する劇が注目を浴びてきた・・。チョコレートケーキの主宰の日澤雄介は、いわゆる軽い小劇場のノリとは無縁だといっているし、それに長塚圭史が木下の「蛙昇天」を演出する。そういうことを考えさせる刺激的な本だった・・。〝生きるんだ”
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by engekibukuro | 2015-02-28 09:34 | Comments(0)  

2月26日(木)★M世田谷PT★★Sシアタートラム

★「藪原検校」(作:井上ひさし、演出;栗山民也)
 野村萬斎の杉の市・・。初演の時は、この配役をいぶかる人がいた、この稀代の悪党のダーテイなイメージが萬斎にはあわないと思ってのことだったのだろうが、舞台を観てそれは覆った・・。この数奇な運命のもと、その厳しい盲目の人を襲う人生を、才気と度胸でかいくぐってついに検校の地位を手にした二代目藪原検校を、萬斎は古典芸能での鍛えられた身体と怜悧な役作りで、たんにダーテイという人間におさまらない、忘れがたい悪の華ともいうべき、自分の盲人という宿命に果敢に抗い、復讐をとげた人物として造形できているのだ。それは井上の代表作といわれる、この戯曲の真髄を舞台に提示出来たということ・・、盲人史の研究に一生をかけた研究者に二代目藪原検校という検校を知らなかったと絶望させたという話もある、井上のフイクションの精緻で波乱万丈の素晴らしさを堪能できた舞台であったということである。ほかに、語り手役の盲太夫を演じた山西惇が舞台全体を支えて貢献していた。
★★「解体されゆくアントニン・レーモンド建築旧体育館の話」(作;オノマリコ、演出:稲葉賀恵)・趣向
 シアタートラム ネクスト・ジェネレーションVOL・7
 その体育館が取り壊されるという歴史的建築の保存を巡る話が軸だが、9人の女子大生の入学から卒業までの学園生活のトピックスと、それについての彼女たちの生活と意見の前身を駆使した応酬と活動を舞台狭しと走り回る劇だ・・。もうなんでもありのようで、戦前のこの学校での活動家の話もで治安維持法のことまででtくる・・。驚いたのは学生が”インターナショナル”を歌ったこと、しかも歌詞が”たて飢えたる者よ”じゃなくて”たて呪われたものよ”だったこと、いまは”飢えたる者”でなく”呪われたもの”ものなのか・・。この舞台の女
子大生の言動をみていると、彼女たちが歴史にも社会にも位置をもてない、自分たちの恣意性の只中におかれているような大変な時代に生きているなと感じたのだった・・・。意表をつかれた舞台だった。
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by engekibukuro | 2015-02-27 10:10 | Comments(0)  

2月25日(水)M「稲葉小僧」文化座

作:三好十郎、演出:原田一樹、文化座アトリエ

 とてもめずらしいおもしろい芝居をみた。終戦直後のはなしだ。戦前の遊び人らしき男が、戦争中に付き合っていた女を置いて上海に行っていて、戦後まっとうに炭鉱で働いて生きようと帰国して、女を迎えに行く、やっと見つけた女は外科病院にいた・・。その女の子供が入院して瀕死の状態だったのだ。男と6年も音信がなくよんどころなく別の男と結婚し子供を産んだのだ・・。舞台は病院の待合室で、男は勝手に女を連れて新しい人生をやりなおそうとして気持ちを高ぶらせていて、一緒に病院にきた弟分のテキ屋相手に盛り上がっていたのだが、子供の手術の真っ最中に来たのだった・・。終戦直後だから輸血の血が不足していて、子供の手術に必要な血液型の血が用意できずに深刻な状況になっていた・・。そこでもろもろの愁嘆場があって、最後には男の血液型があっていたいたのだ・・・。最後に子供の元気な泣き声がきこえてきて終幕・・。初演が新国劇だったそうで、台詞もなにもいまではあまりみない”芝居がかり”だが、文化座の俳優たちはその芝居の味を醸成しながら、よく伝えて、三好の劇世界を効果的に紹介したのだ・・。
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by engekibukuro | 2015-02-26 06:57 | Comments(0)  

2月24日(火)M「The River」演出:青木豪

作:ジェス・バター・ワース、翻訳:高田曜子、東京芸術劇場シアターイースト

 イギリスのどこかの川辺のロッジ、ここに岡本健一が演じる、ひがなこの川での釣りに興じている男が住んでいる。芝居がはじまると、この小屋の窓から夕陽をみて感動している女がいる・・。男はこの女と月の出ない新月の今夜に夜中に川に釣りに出るのだが、女は行方不明になる・・・。さんざん探した男はみつからず警察にでんわするのだが、その最中に女は戻ってきた・・。だが、隣の部屋からでてきた女は別の女に入れ替わっていた・・。この芝居、ちょっとした出入りの瞬間に別の女がでてくる、この女たちを南沢奈央、鬼頭典子、森尾舞がえんじる・・。なんとも蒙昧なミステリアスな世界で、このちょとめくらめく、それでいて明瞭なフシギな世界のテイストを岡本が自ら調味して、客に提供して不可解でありながら、妙に納得できる舞台を創ったのだ。
・「シアターアーツ」誌の昨年の演劇書を選ぶAICT賞の選考委員を仰せつかって候補作の谷川道子「演劇の未来形」を読む。もう一つは井上理恵編「木下順二の世界」だ。
・アメリアカでもイーストウッのドアメリカン・スナイパー」は大評判だ・・。当事国だから当然だが、全米アラブ空協会が、アラブ人への憎悪をあおる映画だと抗議声明をだした。これもわかる、だがイーストウッドはそれも織り込み済みで創ったのだろう・・。現在ただいまの状況の映画なのだから・・・。
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by engekibukuro | 2015-02-25 10:04 | Comments(0)  

2月23日(月)S「ぶた草の庭」(作・演出:土田英生)

MONO,ザ・スズナリ
 かなり久しぶりにMONOの舞台で水沼健、奥村泰彦、尾方宣久、金替康博、土田英生のメンバーに会えたえた・・。今回の客演は、山本麻貴、高坂勝之ら5人。ヨコカワ病という治療法のない致死性の奇病に感染して廃村に隔離されている男女の、この村での暮らしを描く・・・。記憶が消滅し、斑点ができ、突然死ぬ・・。そういう恐怖に脅かされながらなんとか日常をすごす人々の交流をMONO流のユーモアをまぶして描く、子k路の底に絶望をかけながら、そんなことをおくびにも出さず、いま研究中のぶた草による治療薬をまっているのだが、この不安の中での人々の生きざまを悲哀のウーモアともいうべきMONOの役者のテイストで舞台をすすめて、客演のメンバーもよく呼応して、この一風変わった土田の芝居を充実させた・・。やはりこの芝居、土田の奇想ともいうべきアイデイアの劇世界におどろきもし、メンバーの演技を堪能したのだった・・。
・「伊藤憙朔 舞台美術の巨人」(俳優座劇場編)。兄が舞踊家の伊藤道郎、弟が千田是也の舞台芸術の兄弟をもつ伊藤憙朔の業績を集大成した本、伊藤の時々に書かれた文章も網羅されて、日本の新劇のみならず、カブキや新派、商業演劇など、日本の近代の舞台装置・美術の開祖というべき人で、舞台のみならず映画美術でも「雨月物語」「楢山節考」「大仏開眼」まどの名美術がる。伊藤が若い日のアメリカ滞在中にアメリカの街などを描いた沢山のスケッチ、数々の舞台写真が収録されてヴィジュアルでも楽しく、作品年賦もついた貴重な本だ。
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by engekibukuro | 2015-02-24 08:09 | Comments(0)  

2月22日(日)C・イーストウッド「アメリカン・スナイパー」


 イーストウッドはすごい、戦争の現実を容赦なく描き、戦場の現場にいるかのような臨場感がこれは映画を越えたそのもののような伝達だ・・。海兵隊を擁護する狙撃部隊の狙撃兵クリスは、”弱い羊を守る牧羊犬のなれ”と父にいわれ育ったテキサス生まれのクリフは、イラクで子供を含む160人を射殺して”伝説の射撃手といわれようになる・・。だが国には恋女房と二人の子供がいて妻は戦場から帰還のたびに旅に夫の心が変調をきたしてくるのを感じ、戦場に行かないようにと訴える・・。戦場と家庭、クリフは妻も子供も人一倍愛しているのだが、9.11に衝撃を受け祖国愛に燃えて、さらに死んだ戦友の復讐のために、父から教わった牧羊犬の使命を果たさずにいられない・・。この心の相克、なにしろいまは激戦の真っ最中に携帯で本国の妻と会話できる時代になっていて、妻の耳には戦場の爆発音が直に聞こえるのだ・・。戦場で母親が子どもに対戦車用の手りゅう弾をわたすのを目撃するとその子供を撃たざるを得ないのだ・・。一介の兵士だからこのイラク戦争の意味とかは考えないのは普通だろうが、荒廃した街での酷薄な市街戦を観ていると、この戦争なんなのかと自然に疑問がむくむくと湧いてくるし、今の中東の戦争の現実をまるで自分がそこにいるように触感させるイーストウッドの描き方は、中東の戦禍を拡大させたイラク戦争の誤謬を肌で感じさせる・・。クリフはそれでも生きて帰り戦場には行かないことになるのだが、ラストは意外な・・終わり方をする・・。いままでのイーストウッドの「父親たちの星条旗」や「グラン・トリノ」も米兵の心の傷を描いてきたが、かならず、映画としてそれを癒すカタルシスがあった・・。だが、この映画にはそういうカタルシスはない、それほど今の戦争はむごいということんあのだろう、昔子供のころは映画を見終わり外の出ると、外の景色がまったく違って見えたものlだが、この映画を見終わった外に出ると、新宿の街が違って見えた・・・。
・文藝春秋」で芥川賞作品の小野正嗣「九年前の祈り」、「新潮45」で渡辺京二「父母の記」を読む・・。
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by engekibukuro | 2015-02-23 06:11 | Comments(0)  

2月21日(土)M「ペリクリーズ」加藤健一事務所

作:W・シェイクスピア、訳:小田島雄志、演出:鵜山仁、本多劇場

 カトケン事務所35周年記念公演だ。異例の休憩なしの2時間10分、シェイクスピアへの敬意あふるる力のこもった舞台だった。シェイクスピアのロマンス劇、のっけから近親相姦の話からはじまり、死者の蘇りので終わるちょっと荒っぽい貴種流離譚、むろん流浪の王ペリクリーズは加藤健一、加藤はシェイクスピアの37作品からなぜこの作品を選んだかについて”シェイクスピアの37作品はこれまで何度も読み返してきましたが、この歳になってやっと「ペリクリーズ」の台詞だけは自分の体を通り、現代劇と同じ感情を使い、リアリテイをもって喋れるかなと感じたのです”と語っている・・。これは今までのカトケン事務所のレパートリーの系列にきちんと収まっているということが見終わると納得できる。これは鵜山の要所
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by engekibukuro | 2015-02-22 06:41 | Comments(0)  

2月21日(土)M「ペリクリーズ」加藤健一事務所

作:W・シェイクスピア、訳:小田島雄志、演出:鵜山仁、本多劇場
 カトケン事務所35周年記念公演だ。異例の休憩なしの2時間10分、シェイクスピアへの敬意あふるる力のこもった舞台だった。シェイクスピアのロマンス劇、のっけから近親相姦の話からはじまり、死者の蘇りので終わるちょっと荒っぽい貴種流離譚、むろん流浪の王ペリクリーズは加藤健一、加藤はシェイクスピアの37作品からなぜこの作品を選んだかについて”シェイクスピアの37作品はこれまで何度も読み返してきましたが、この歳になってやっと「ペリクリーズ」の台詞だけは自分の体を通り、現代劇と同じ感情を使い、リアリテイをもって喋れるかなと感じたのです”と語っている・・。これは今までのカトケン事務所のレパートリーの系列にきちんと収まっているということが見終わると納得できる。これは鵜山の要所々を簡潔に浮上させるクールな演出によるものであり、逆三角形の大きな布が天井から降りてくる乗峯雅寛の斬新な美術、簡素で役を活かす竹原典子の衣裳の効果も生きていて、物語の運びが独特のリズムを生んだのだ・・。役者も山崎清介、田代隆秀などの手練れのシェイクスピア役者が脇を固めて、女優陣も王女マリーナの加藤忍、女郎屋のおかみを演じる那須佐代子などが精彩を放ち、特に海賊に連れ去れて女郎屋にうりとばされても、決して体を開かず生娘を守りとす王女の、まわりの女衒やおかみやろくでなしどもを神を信じる清い言葉で清・聖圧(?)する加藤の王女の気品の勝利が白眉だった・・。この王女にたじたじになる那須のおかみも面白く芝居の興趣を盛り上げた・・。とに艱難辛苦を奇跡的に乗り越えた大団円になるシェイクスピアのロマンス劇は、いかにありえない荒唐無稽の話でも、艱難辛苦を舐めてはいない幸せな我ら凡愚にも喜びのおすそ分けをいただく満足ががあるのだ。加藤・ペリクリーズは現代に生きたのだ・・。
・おもろ、中川君、カップル・・。昔のこの店のバイト生が久しぶりに来店・・。
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by engekibukuro | 2015-02-22 06:41 | Comments(0)  

2月20日(金)内田洋一著「風の天主堂」

日本経済新聞出版社刊

 日本経済新聞の記者である著者が、新聞の「美の美」欄で天主堂について連載したたときに現地で感じたことをまとめた本である。内田さんは新聞では演劇担当だと承知していたのだが、こういう演劇とは直接つながらない本(中に演劇との接点での言及はあるのだが)を書くとは、そして実に読みごたえがある本であることに感銘をうけた。天主堂のある現地とは、むろん九州の五島列島を中心にした”かくれ切支丹”が暮らし生きてきた土地だ。この本で、いままで上っ面しか知らなかったかくれ切支丹の人々のこと、列島各地の天主堂の信仰の場所であるのはむろんだが、その天主堂の建立の推進、建築に関わったフランス人神父や日本人の大工の話、その他その現地での取材で、著者の優れてジャーナリステイックな文章である以上に、天主堂の美しさにそれぞれの土地での、その自然、海や空とつながったその美しさの、その美的体験の叙述がすばらしい・・。そして、日本人の無宗教性などという言説は、この切支丹やそれに対抗する仏教の強度などの叙述で疑わしいものだという気がしてきたし、さらに”島国であり、山国である日本は、「かくれる」という行き方を悲劇的な類型として定着させてきた民族なのだと思う”という指摘他、著者が”あとがきで「この本は学術書でも美術書でもなく、まして宗教書でもなく、民衆史とその表れとしての美を語る試み”ということに関わる多岐にわたる言及の豊かさがこの本の最大の特長なのだ・・。芝居との係わりでいえば、明治になっても切支丹への弾圧が続いたことを知り、永井愛の「鷗外の怪談」で鷗外が幼少のころ故郷の長州の津和野の牢獄での切支丹の悲鳴を聞いたという話が納得できたのだ・・。
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by engekibukuro | 2015-02-21 07:19 | Comments(0)  

2月19日(木)M「モンテイ・パイソのSPAMALOT」

脚本・詞:エリック・アイドル、音楽:ジョン・ドウ・プレ&エリック・アイドル
 原作:映画『Monty Python and theh Holy Grail』Iより
 企画・上演台本・演出:福田雄一、赤坂ACTシアター

 2012年に初演されたミュージカルの再演だ。イギリスの国民的人気コメデイグループ:モンテイ・パイソンの大ヒット映画「モンテイ・パイソン・アンド・ホーリー・グレイル」をグループのエリック・アイドルが自らパクっ
たミュージカルを福田が面白い上演台本にして笑いっぱなしの哄笑ナンセンスコメデイミュージカルに仕立て上げた・・。あらすじは、”神のお告げを受けたアーサー王(ユースケ・サンタマリア)は従者バッツイ(マギー)を連れ、家来となる円卓の騎士を集めて聖杯を探す旅に出る。しかし、次々に起こる奇想天外なハプニングが、彼らの行く手を阻む・・。果たしてアーサーたちは、目的の聖杯を見つけることができるのか?”とうものだが、多士済々の役者たちが、異様に舞台を盛り上げる・・。その舞台形成の中心はほまならぬ池田成志で、この手のナンせンスコメデでは右に出る役者はいない、いまではどんな役柄でも立派にこなす役者だが(今朝の「マッサン」に戦時中の酷薄無比の特高刑事役ででていた)、大昔早稲田の学生劇団から出発した山の手事情社のメンバーで、安田雅弘や清水宏らと天衣無縫の極点的ナンセンスコメデイを演じていて、それが無類に面白かった・・。その素地がいまやこの舞台で全開して演じられた・・と勝手に思ったのだった・・。だけどもう50代で、若手役者をしのぐほど歌って踊って、舞台狭しと演じぬく元気さ、エネルギーにほとほと感心し、おどろいたのだ・・・。
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by engekibukuro | 2015-02-20 08:28 | Comments(0)