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3月30日(月)M「闇のうつに我に我かは」Ring-Rong

 -池袋モンパルナス
作:山谷典子、演出:小笠原響  サイスタジオコモネAスタジオ
 Ring-Rongは文学座の女優山谷典子が立ち上げたユニットで、戦争と平和をテーマにした台本を上演してきた。今回は、「原爆の図」で著名な丸木位里・俊夫妻が開設した丸木美術館をモデルにした美術館が舞台・・。この美綬館の女性のj館長の父母は画家で、この美術館にはその母の代表作「灯篭流し」が常時展示されている・・。この美術館にある日老人が訪ねてきて、この絵を長い間見つめていている。芝居は、この老人と館長の数奇な係わりが遡行されてゆく・・。昭和18年、20年、現代へ・・・。しかとは明示されてはいないが、池袋モンパルナスといわれた画家たちが集まって行き来していた地域での話で、池袋近辺の椎名町には、アトリエ村という集落があって、丸木夫妻も戦中、戦後そこに住んでいて、ファッションデザイナーの長沢節も住んでいた・・。芝居は現代の美術館と戦中とを往復しながら、戦中の画家や演劇人など芸術家たちの国への忠誠と、純粋芸術との狭間で苦悩する群像を描いてゆく・・。この戦中の芸術家たちの生きざまを描く、山谷の筆致と想像力は臨場感あふれ、たしかにトレースしていて、現在の戦争の気配を喚起する・・・。戦争と平和というテーマが迂遠なものではなく、きわめて今日的なテーマとして再浮上してきたことを示すものだ・・。館長とさきの老人が実は・・・という多少メロドラマテテイックな芝居の縦軸も休憩なしの2時間10分の芝居を飽きさせない柔らかい駆動力になっていた。俳優も老人の小笠原良知、母親を演じた山谷、館長の大崎由利子がしっかと舞台を支えていて、辻萬長の息子の辻輝猛が出ていた。余談だが、丸木夫妻は父の友人で、小さい頃俊さんには絵本をもらったり、可愛がっていただいた・・、懐かしかった・・.
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by engekibukuro | 2015-03-31 10:01 | Comments(0)  

3月29日(日)M「オイデイプス」錬肉工房、座・高円寺

作:ソポクレス/高柳誠、構成・演出:岡本章、音楽:細川俊夫
 2013年に国立能楽堂で上演し、高い評価を受けた作品の再演、決定版上演と銘打たれた上演だ。
この作品の詩人高柳誠のソポクレスを基にしたテキストの荘重なレトリックと現代音楽の俊英である細川俊夫の音楽が共振し、岡本が現代能として舞台化した成果だった・・。この成果のさらなる主要因は、岡本が長年にわたって築いてきた人脈である各界の芸能者の共演だ。桜間金記(能楽)、田中純(あやつり人形)、笛田宇一郎(現代演劇)、鵜澤久(能楽)、塩田雪(あやつり人形)、岡本章(現代演劇)、牧三千子(現代演劇)、このメンバーがそれぞれの分野での特技をテキストの舞台化へと、岡本演出のアクセントに応じて最高度に発揮できたのだ・・。特に、知らずして父を殺し、母と交わるという自分の暗黒の所業を自ら狂気のごとく、秘密を知る人々を追いつめ、突き止めてゆくオイデイプスを80歳の田中純がオイデイプスの人形を遣って演じる、その田中のテキストの朗誦の迫力と人形遣いの手際が光っていて、この場面を田中に託した岡本演出の白眉だった。このシーンが、高柳の荘重なうねるような詩句のテキストの、その荘重なトーンを突き破り、下界におりてゆくような劇的クライマックスを打ちたてたのだ・・。テキストは人間の遮ぎきれぬ不可避な悲劇を、星辰のスケールの裡に展望する・・。最終シーン・・・。
 ・遠い星々の瞬きが、かすかな波動となって/はるかなこの星の岸辺にまで押し寄せ/ぽつねんと立った揚柳の葉をそよがせて/また、天空の蒼い極みへと帰ってゆく

 遠い星辰の歌が、かそけき響きとなって/堆積した時間のゼリー状の膜を震わせ/記憶の層に侵入し、心
の襞をゆすぶって/また、天空の果てへと消え去って行く

 溶暗ー。
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by engekibukuro | 2015-03-30 08:45 | Comments(0)  

3月28日(土)M[丹下左膳ー百万両の夢枕ー」

作:趙博、演出:金守珍、新宿梁山泊 東京芸術劇場シアターウエスト 
 オール電化のご時世で 電気がなければますます生きられない
 アメリカの傘の下 ハンバーガーほどの幸せを
 鼻の先にぶらさげて 便利便利と啼いていた
 青い鳥が殺されて みんな汚れた
 海も 陸も 空も 地下も 地上も
 核々 死か慈か 核々、死か慈か 核々、死か慈か
 核々、死か慈か
 生きているうちが花なのよ その花散らして踏んづけるのがは誰なのよ
 『核々、死か慈か』(詩・曲:趙博)
この唄がメインテーマの、ぶっちゃけた音楽劇風バーレスク、もう核で汚染されきった日本の特殊地域のホルモン専門の居酒屋が舞台、舞台上手のテレビには往年の名画「丹下左膳」のビデオが終始映されていて、居酒屋にたむろ落ちこぼれの若者、2階に住む女郎などが、日夜喧嘩に明け暮れている・・。そこに突然、大久保鷹扮する丹下左膳が現れ、むやみに格好つけて慣れぬ片手一本の刀を振り回す・・。なんだこりゃみたいな舞台だが、もう夢も希望もない末期日本の様相はこんなものかとは、たっぷり思わせる、超の歌曲に連れられての歌と踊りがふんだんのとにかく魅せてしまう、スペクタクル演出の名手金の会心の舞台だろう・・。
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by engekibukuro | 2015-03-29 08:40 | Comments(0)  

3月27日(金)第二回ハヤカワ『悲劇喜劇』賞

 第二回ハヤカワ『悲劇喜劇賞授賞式が明治記念館で行われた。
今回の受賞作品は二兎社・永井愛作・演出「鷗外の怪談」だった。
この作品に直接関わったキャスト、スタッフへ正賞として「悲劇喜劇」創刊号をデザインした盾を、副賞として100万円を授与された。選考委員は、今村忠純、鹿島茂、小藤田千栄子、高橋豊、それに今回から小説家の辻原登氏が加わった。
 <この賞の創設に際して>早川書房社長早川浩氏は、「早川書房の創業者である父、早川清は明治生まれの演劇青年でした。軍需協力工場であった家業のかたわら、芝居を観るのが何より好きでした。終戦を迎え、これ幸いと機械を売り払って出版社を興したのです。両親、家族を抱えてよくも、と思いますが、それほど演劇への情熱があったのでしょう。早速、演劇雑誌「悲劇喜劇」を創刊したのも当然のことでした・・・。」と書いている。
 選考委員の選考過程・結果の挨拶があり、永井さんのj受章の挨拶があり、パーテイに移り、小田島雄志先生、矢野誠一さんなど早川ゆかりの方、それにさまざまな演劇関係者が集まり、いろいろの方にお会いでき楽しいパーテイだった。編集長の今村麻子さんにお姉さんの、福岡女学院大学準教授の今村紅子さんを紹介していただいた・・。
 永井さんは、大石静さんと二兎社を旗揚げしたごく初期から観ているので、ことのほか嬉しい受賞だった。
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by engekibukuro | 2015-03-28 08:35 | Comments(0)  

3月26日(木)鷲田清一「老いの空白」(弘文堂)

・「幼くしてあることと老いてあること、つまりは人生といものの入口と出口、それをくぐり抜けるのが、とてもむずかしい時代になっている。とりわけ<老い>の現実はいま、どう考えても、きびしさ、惨めさ、なさけなさのほうが、誇りや満ち足りしのぐ、日本社会は、「超高齢者社会」という現実に、それも他に例をみない速度で直面しつつあり、これまで人類史に参照すべきモデルのない時代を迎えている。が、<老い>のかたち、<老い>の文化が、<老い>そのものの内にも外にも見えない・・・。<老い>は空白のままである。その空白のなかに、高齢人口がどんどん流れ込み、、<老い>はその存在が「問題」としてしか問題にされない。それほど<老い>の空白はきわまっている。」 この本は、そういう現在の超高齢化社会のさまざまな現実を踏まえ、高齢者がどうその現実に対処するか、著者は哲学者だからレヴィナスやナンシーなどを引用・参照するが、そういうむずかしい記述の理解は怪しいものだが、いまそういう高齢化社会のまっ只中に生きている者には、著者の問題意識そのものが切実ですがりたい藁だ・・。現在の高齢化社会を生きるのは、なんの規範も無効な霧の中での白兵戦のようで・・。介護のモデルとして愛される老人の鋳型におしこまれ、意地悪バアサアンなどもう出没できないと著者は語り、老老介護も夫婦愛を過剰に強要され、こわれてしまうと、その対処として”
高齢者夫婦の親密性はその老いの過程において終焉する、夫婦は緩やかに終わるべき”だと提案される。そういう現実に対し、著者はいままでの老人のマイナスとされtきた、弱さ、無為、愚行などを逆転させる思考や方途をいろいろ案出して、老人がただそこにいるだけで認められ、自身も自足する状態を目指すのだ・・。
・テレビで北島三郎の福岡博多座での一座の最終公演のドキュメントをやっていた・・。北島作・演出の「国定忠治」、芝居が2時間、すぐに20曲歌う歌謡ショー、サブちゃん78歳、わたしと同い年、エライねえ!!

・朝日新聞夕刊の徳永京子の蓬莱竜太作、田村孝裕演出の「漂泊」の劇評がとてもいい、情理を踏まえて完璧に分析し、的確に批評していた・・。劇評の白眉だ・・。
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by engekibukuro | 2015-03-27 08:28 | Comments(0)  

3月25日(水)M「現代能楽集 クイズ・ショウ」燐光群

作・演出:坂手洋二 ザ・スズナリ

 いろいろな、多彩なスタイルのクイズ・ショウが2時間半にわてって繰り広げられる。
戦後のテレビの老若男女そろって楽しめ、物知りになる主流番組、一つの文化として形成されt来た感があるクイズ・ショウ・・・、おどろいたのは、この長時間、あらゆる種類のクイズを取集してあり、それがびっしり舞台の上のクイズ・ショウとして展開される、その量と密度、作者は、こういうクイズのような形で受容される知識というものへのクエッションを提示しているとい思える多量の、圧倒的なクイズの文化の氾濫への批評なのだ。いかにも坂手らしい切り口で、現代日本をあぶりだした異色の手ごたえのある舞台だった・・。
 諸説あるクイズの語源の一つも教わった・・・。それは”ダブリンの劇場支配人デイリー氏が、「二十四時間以内に何の意味もない新語を流行らせることができるかどうか」について友人と賭けをして、街中の家の扉や至るところに「quiz」と落書きをした。その事件がダブリンじゅうに広まり、ついには辞書にも載ったとされている。”
 それにしてもサザエさんのお父さんの磯野波平さんは、京都大学出身だと、この芝居のクイズで初めて知った・・・。
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by engekibukuro | 2015-03-26 10:14 | Comments(0)  

3月24日(火)M「青頭巾」(作:唐十郎、演出:中野敦之)

唐ゼミ、浅草花やしき座
 5年間、唐ゼミのテントを建てて公演していた花やしきの隣の駐車場が使えなくなり、今回は花やしき内の椅子席の劇場公演だ。1967年に唐率いる状況劇場は、花園神社で「腰巻お仙・いろはにほへと篇」を上演したが、よく68年に新宿浄化という地元の商店街の締め出しにあい花園神社では公演できなくなって、この「青頭巾」公演で久しぶりに花園k神社に帰ってきた・・・。李礼(現ー麗)仙と小林薫が両輪の舞台で、扇田昭彦「唐十郎の劇世界」によれば、”陶酔の美酒から遠く離れて”と要約される、客を陶酔させ、のめりこませた芝居とはちがう、非日常の劇的高揚は、すぐに現実の醒めた世界へ連れ戻され、客はとまどうちょっと唐の芝居の別の世界を見せた芝居だったという・・。今回唐ゼミ版での青頭巾をかぶるのは、テキ屋の女オイチョカブ、この李礼仙が扮したオイチョカブを椎野裕美子、オイチョカブの自殺した商社員の弟の小林薫が演じた杉作を演じた熊野晋也が演じた・・。そのほか、テキ屋の面々、正体不明の街の面々を禿恵、丸山正吾以下の役者陣がそれらしく見事に気持ちよく演じていて、このアウトローの悲喜こもごもの世界を、特に椎野がフルルがついたピンクのパンツを堂々と開陳して大奮闘しての、興奮と冷却のダイナミズムをうねりだして、中野の演出は冴えわたっていた・・・。ちょうど春休みで花やしきは子供たちでいっぱい、終演後暮れなずみ一挙に寂寥感が訪れる浅草をあとにした、楽しい観劇日だった・・.
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by engekibukuro | 2015-03-25 08:18 | Comments(0)  

3月23日(月)M「漂泊」(作;蓬莱竜太、演出;田村孝裕)

プロデューサー:綿貫凜、オフイスコットーネ、吉祥寺シアター

 作者蓬莱と演出田村は、舞台芸術学院での同窓生で、共に特異なアングラ劇団だった中村座の主宰、劇作家で演出家の金杉忠男の教え子だ・・。二人はそれぞれ、演劇界で高く評価されている劇作家・演出家になった・・。この二人が作・演出で一緒に芝居を創るのは初めてではないか・・・。キャストも異色で、久しぶりの舞台だという市毛良枝、若松武史、清水直子、三津谷亮、谷川昭一朗、小林勝也。
 大雨が降りしきる幕開き、早朝のキッチンで市毛が、リビングのソファで眠りこけている若松を怒鳴りつけている、この男全く見知らぬ人間で、夫の弁護士の小林を呼ぶが・・・。すると2階から外で暮らしているはずの高橋の娘が降りてくる、実はこの男、昨晩のパーテイで会ったばかりの男で、酔っぱらって連れてきたのだという・・。この男をめぐる人物たちの困惑の最中に、大雨が出水の域まできて、家が水浸しになりそうな災害の様相をおびてきて、谷川のこの地域の会長が、学校への避難を促すのだが、このあたりでは立派な一軒家が自慢の市毛は家に残るとききいれない、そのうえ明日ニュージーランドにいる息子のところへ初孫に会いにゆく予定だと・・・。谷川は「アンタの家は評判最悪だよ」と言い捨てて去る・・。若松の謎の男がこの家の体面ばかりでバラバラの内情をバクロしてゆき、水はますます嵩をましてゆき遂に床の上まで・・・、という構えの芝居だが、人間というものが、いかに自分勝手な価値観と理屈で生きているかということが、観ていて自分のことでもあるような、いやおうなしのリアリテイを感じさせる舞台だった・・・。
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by engekibukuro | 2015-03-24 08:38 | Comments(0)  

3月22日(日)


 ウイリアム・ケント・クルーガー「ありふれた祈り」(早川ポケットミステリー)

 このミステリーは久しぶりに、ページが閉じられるのが惜しいようなミステリーだった。
舞台はアメリカ・ミネソタ州のドイツからの移民がつくったニューブレーメンという町での出来事・・・。
この土地は昔インデイアンのダコタ・スー族の土地だった、このミステリーにはインデイアンの蔭が覆っている・・。このミステリーは、語り手の13歳のときの夏休みの出来事だ・・・。不審死が2件続き、そのあと、ジュリアード音楽院にゆくことになっている18歳の姉が殺される・・・。このミステリーの魅力は、ミステリーの醍醐味を支える、この小さな町の風土と人々の描き方・・・。アメリカの小説の魅力の大きな要素である、ローカリテイの多彩な描写の魅力が素晴らしいのだ・・・。犯人が後半にはいって容易に想像がつくが、そのことの追い方自体が面白さになっている・・。ひさしぶりに読後感が豊かなミステリーだった・・・。
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by engekibukuro | 2015-03-23 07:46 | Comments(0)  

3月21日(土)M 別役実フェステイバル第一幕

 <不思議な国のアリスの>「帽子屋さんのお茶の会」(作:別役実、演出・美術・出演:近藤良平<コンドルズ>、吉田トオル<ストライク>)、北九州芸術劇場プロデュース、あうるすぽっと
 2015年3月から2016年7月までに、18カンパニーによって19作品を上演する別役実フェステイバルの第一弾だ・・。北九州芸術劇場の定例のシリーズ「リーデイングセッション」に近藤を呼んで、九州でのオーデイションで選ばれたメンバーによって上演されたものを、ダンス作品に作り替えた作品だという。近藤を入れて21人のメンバーが、別役の<言葉遊び>と近藤の<身体遊び>がごちゃごちゃとダイナミックに混合した、まるでおもちゃ箱をひっくり返したような舞台で、その要所々で近藤が学ラン姿で踊りまくって、強烈なアクセントを点描してゆく、別役さんもびっくりするだtろう、別役作品のダンスステージへの変貌だった・・。
 近藤のメッセージは以下のとおり
★ーまとめます。大事なことは、アリス、リーデイング、ダンス、別役実、小倉、東京、2回目の旅、ふざけた仲間、吉田トオル、能祖さん(プロデューサー)、舞台スタッフ、衣裳、しぶといココロ、あそぶココロ、本番の日、ビール なのです。さあ!楽しんでいきましょう。―
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by engekibukuro | 2015-03-22 09:17 | Comments(0)