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4月29日(水)「龍三と七人の子分たち」北野武脚本監督

 トップシーン、勝村政信と池谷のぶえの夫婦が映り、その前に桜吹雪の入れ墨の裸姿が現れ、お父さんそんな恰好で出歩くなと夫婦に怒られている・・。元ヤクザもサラリーマンの息子に食わせてもらっていて、入れ墨だけが昔の名残だ・・。息子は妻の実家に行くから留守番を頼むといってコズカイを渡して出かける。その留守に昔の仲間の近藤正臣が遊びに来て、酒盛りをはじめて、つまみがないというので、孫の飼っている十姉妹を焼き鳥にしてくってしまう・・。そこで二人は昔の仲間を呼んで新しい組をつくって最後のあだ花をさかせようと・・、それで上野のの西郷さんの前で集合することにする、寸借詐欺でしのいでいる中尾彬、おもちゃのピストルを振り回している品川徹以下、あわせて七人のジジイヤクザが昔の夢をもういちどと、安田顕率いるおれおれ詐欺やあくどい稼業の新興暴力団に立ち向かう、もう威勢がいいばかりで息がきれてしまうオールドヤクザのアリサマはもう抱腹絶倒で、こんなに笑ったのは久しぶり!「文学界」の映画特集の藤へのインタビュー「北野武と大島渚はどちらが大監督か」で、この映画では武は現場にいないで隣の部屋にるそうで、現場の指示はチーフ助監督が簡単な指示をするそうで、それがかえって芝居に気が入る効果がったそうだ・・。藤は大島のハ-ドコア映画「愛のコリーダ」の主演だ。大島ほど華やかな人はいなかった、朝酒をあんなに格好よく呑む人はいなかった・・と・・。なんとかがんばってやっつけたのだが、武演じる刑事に全員パクられる。近藤は、藤に、こんどでてきたら俺が親分だというが、藤は”そんときはもう死んでらあ”と応じて、THE  END。観終わっておそろしく空しい、これはたけしが人の一生を見限っているからで、この見限りは、只事じゃない色取りをもっているのだ・・。
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by engekibukuro | 2015-04-30 09:31 | Comments(0)  

4月28日(火)M「カラフト伯父さん」東京グローブ座

 脚本・演出:鄭義信(チョン・ウイシン)
 グローブ座は3階席まで女の子でいっぱい!主役の初舞台の伊那尾慧のファンなのか・・。この芝居は再演だ・・。阪神・淡路大震災の10年後の被災地だった街の鉄工所、主人公徹はこの廃業した工場で一人住んでいる・・。ある日の夕方、突然初老の男とお腹の大きい女がずかずか入ってきた・・。男は”カラフト伯父さん”だと名乗り、女は愛人の元ストリッパーの仁美・・、カラフト伯父さんは升毅、仁美は松永玲子。実は、カラフト伯父さんは、幼いとき母と別れた実父だ、母は再婚したが、折にふれて東京から訪ねてきて、母はこの男を”カラフト伯父さん”だと徹に言っていたのだ・・。もう母は死に、義父も死んで、工場も閉めて、メッキ工場で働いている徹、そこへ東京の小さな出版社をやっていたのだが倒産して謝金取りに追われてもう逃げるところがなくなって、アコムでしりあった仁美と転がり込んできたのだ。徹は母の死とか、震災のときとか、たい編へんなときになにもしてくれなった伯父たちを追い出す、が、ななんだかんだと懇願する二人に押し切られてしまい、二人は住みついてしまう・・・。仁美はずうずうしいが、あけっぴろげで気はいい、いろいろあって、結局自己破産して最出発すことになるのだが、この3人の人物のキャラクターと攻防の有様をチョン・ウイシンは悲喜こもごもに面白く書いていて、震災以来人がいない、生活の気配がまるでないシーンとした気配のなかでの人の生きることの哀しみを深々と感じさせるのだ。最後に徹はカラフト伯父さんへの虚勢が消えて、幼い頃、カラフト伯父さんが話してくれた宮沢賢治の「銀河鉄道の夜」のなかの”ほんとうのさいわひ”とう言葉を連呼して、いままでの肉親の死や、震災で死んだ人々への隠していた気持ちをさらけ出し嗚咽する哀切感は心を無性に打つ・・。伊那尾は初舞台と思えない見事に役を演じたのだ・・。ファンたちは、あまり地味な芝居なのでおどろいたかもしれにが、惜しみなく拍手を絶やさなかった・・。ただ、初演はカラフト伯父さんが東京乾電池のベンガルで仁美は小島聖だった、升毅も松永玲子も良く演じていたが、とくに松永は大好きな女優だが、初演の印象が強すぎて、とくにベンガルのカラフト伯父さんは絶品だった・・しらずしらず比べてしまうのは仕方がないな・・・・。
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by engekibukuro | 2015-04-29 09:36 | Comments(1)  

4月27日(月)第五十九回岸田国士戯曲賞授賞式

 授賞式および祝賀会が神楽坂の出版クラブ会館で行われた。
今回の受賞者は「トロワグロ」を書いた城山羊の会主宰者山内ケンジさん、現在56歳で今までで最高齢の受賞者だ。城山羊の会の舞台には若くして亡くなった深浦加奈子さんが出演して注目されていた劇団だ。
 候補作は、桑原裕子「痕跡」、田村孝裕「世界は嘘で出来ている」、古川日出男「冬眠する熊に添い寝してごらん」、山内ケンジ「ドロサグロ」、角ひろみ「囁谷シルバー合唱団」、福原充則「つんざき行路、されるがまま」、ベヤンヌマキ「男たらし」、山本卓卓「うまれてないからまだしねない」、選考委員は岩松了、岡田利規、ケラリーノ・サンドロヴィッチ、野田秀樹、松尾スズキ、松田正隆、宮沢章夫。山内さんはCMフイルムのエキスパート、その関係かきちっとした身なりの人が大勢参会していた。
 岩松さんの選考経過の報告、選考過程で浮上したのはこの「ドロワクロ」と古川日出男「冬眠する熊・・・」で、2本受賞という案もでたが、結局1本に・・強力推薦者は岩松さん、「いいたいことを言う芝居ではなく、いいたいことを言わない芝居」という岩松さんらしい言葉で、山内さんの受賞の挨拶で”自分は岩松チルドレン」といっていたから、まずはめでたい。お祝いの挨拶を、朝日新聞で「ドロワグロ」の公演を激賞した徳永京子さん、徳永さんの挨拶はとても見事、やさしい言葉で劇の核心をいいあて、舞台をいききと彷彿させる・・。徳永さんはアミナーからメジャーまで、区別せずに同一視点と言語語で批評する。新しいタイプの劇評家であることを、この挨拶を聞いて改めて感じたことだった。この舞台を見損なったのがつくづく残念・・。それと、各選考委員の選評を載せた小冊子に宮沢章夫さんが長文の”「達者」でない「逸脱」でもない、なにか”というとても読む応えのある選評というより戯曲論を書いていて、その立論の柱になっているのが、梅山いつきの「アングラ演劇論」(どなたか梅山さんに連絡をとれる方は知らせてください)・・。平田オリザさんの挨拶で、”青年に山内健司という俳優がいて、受賞者の山内さんと同姓同名、それで紛らわしいのでケンジになさったという話・・。KAATで松井周さんが岩松さんの初期作品「布団と達磨」の演出をしてとても良かったので、岩松さん、松井さんが並んで立食していたので、そのことを・・。それと、久しぶりに原金太郎さんに会う、今、美輪明宏の「黒蜥蜴」に出ているとのこと・・。
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by engekibukuro | 2015-04-28 10:36 | Comments(0)  

4月26日(日)長谷川郁夫「吉田健一」(新潮社)

 吉田健一は、戦後日本を仕切った総理大臣吉田茂の長男である。カンブリッジ大学に留学、英仏文学の専門家であり文藝評論家、随筆家、それに晩年に名作を残した小説家である。戦後、吉田茂は強引な保守反動として、そのころの革新陣営から忌み嫌われ、その息子の本など、わたしは両親が共産党員なので、なおさら読む雰囲気はまるでなかった。まわりも左翼ばかりで、吉田健一の本を読む友達は誰もいなかった。しかし、あるとき吉田の「英国の文学」を読み、その素晴らしい文章で、英国の文学のみならず文学そのものに目覚めた思いがした。いろいろのジャンルを読んで、なかでも枕頭の書であるシェイクスピアの十四行詩の訳、それと大酒のみならではの食味エッセイ・・。この本は2段組み600ページにわたる本で、吉田の生涯とその仕事を全域にわたり追える限り追って記述した本で、興味深いえエピソードも数々あって、大部を読み進められた。たとえば、吉田は日本各地に美味を求めて旅をする。昔の大名旅行には能役者が随行したものだが、吉田の旅行には能役者の観世栄夫が必ず附いてゆくのだ。観世栄夫は能の世界を飛び出して、アングラの自由劇場の芝居の演出をしたり、言説も左翼に近いにのに、保守反動の親玉の息子(政治的には健一も父親に同調している)の美味探求の旅に随行する・・。また、新潮社で吉田にシェイクスピア全集の翻訳の企画があったが、丁度、文学座を割って劇団雲を設立した福田恒存が、自身の翻訳でシェイクスピアの戯曲を上演する、その訳を新潮社から出すことになっていて、ある日、羽織袴姿で、吉田宅を訪れ、吉田にシェイクスピアの翻訳を断念してくれと懇願したそうだ。結局吉田訳は実現しなかったのだが、吉田訳のto be or not to
beを読みたかったな・・。シェイクスピアのソネットは美しい”君を夏の一日に喩えようか”のような詩もあるがが、もっと激しいこれが詩なのかというような詩もある。ソネット第百二十九番
★肉欲の働き方は恥辱の浪費であり、/精神を疲れさせることでしかなくて、目的を果たすまでは、/肉欲は偽り多くて血睲くて、どんなことをやりだすか解らず、/野蛮で、極端に走り、礼儀を知らず、残忍で、/満足すればその途端にただ忌まわしいものになり、/理性を忘れて相手を追ひながら、それがすめば理性を忘れて/相手を憎み、食いついた魚を狂ひ立たせる為の/鉤も同様なのだ。/追っている時も、相手をものにした時も気違ひ染みてゐて、/追っても、追ひ越しても、度外れにしか行動できず、/先ず至上の幸福から始まって苦悶に終わり、/前は歓喜だったものが、後では夢なのだ。/そしてこれは誰でも知ってゐて、それにも拘わらず、/誰もかういう地獄に導く天国を避けられた験しがない。小説の代表作「金沢」から
★月夜というのは静かなものである。それで遠くの川の音も聞こえる気がするので、又それは逆に虫が鳴くのも消しもしてその鳴くのは空にとどきもしなければ遠景にも及ばず、それで月の反射が弱りもしないからやがては虫の音もその反射の一部に思われて来る。内山は酒でなくてそれだけの光の氾濫に酔った。確かに光も一種の流れであり波であってその中に足を踏み入れば足がその色に染まるのはそれに洗われるのである。
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by engekibukuro | 2015-04-27 08:48 | Comments(0)  

4月25日(土)M「バカのカベーフランス風ー」

作:フランシス・ヴェベール、訳・演出:鵜山仁、加藤健一事務所、本多劇場
 世界的ヒット作で、カトケン事務所の初演でも爆笑の渦を巻き起こした芝居の再演だ。STORYを写す。”パリのお洒落なマンションに住むピエール(風間杜夫)には、変わった趣味があった。週に一度、これぞ!と思う「バカ」をデイナーパーテイに連れて来て、笑いものにして楽しむというのだ。今夜のゲストは、フランソワ(加藤健一)という国税庁勤めの変わり者。ところがパーテイの前にギックリ腰で動けなくなってしまったピエール。そこへやってきたのフランソワは、ピエールを助けようとするが、やることなすこと全て裏目に出てしまう。さらに色男のメノー(声:平田満)が電話の向こうから乱入!事態はとんでもない事態に!!”・・・この舞台の秘かな目玉は、風間杜夫、平田満(声だけといっても平田テイストたっぷりに声業だ)の3人、つまり往年のつかこいうへい事務所の三羽烏の再会芝居であって、オールドファンにはたまらないのだ・・。この芝居のフランソワがバカとっても、これはあくまでーフランス風ーなので、フランス風のシニカルなエスプリを大幅に効かせた呼称で、このフランソワは女房がジャン・ジャック・ルソーという男(凄い名前だぞ)に奪われてしまって、その悲哀をマッチ棒の工作、なん百本使って、エッフェル塔やゴールデブリッジをつくる工作でまぎらしている、いかにも律儀な小役人で、マッチ棒工作自慢話がいくらしつこいといっても・・。日本語のバカという語感とちょっと違うようで・・、でも風間・加藤の丁々発止の芝居を楽しんで、二幕目にはいり、清水明彦扮する国税庁の鬼の査察官シュバルが出てきて、芝居がさらに弾けて沸点に達する・・、シュバルの厳しい査察で大金を納税する羽目になった男(平田のメノーだ)に、その恨みで女房を寝取られてしまう・・、そんなこんなで今回も嵐のような拍手の渦だった・・。
・おもろ、カップルの女性パ-トナー京都旅行から帰ってきた・・。中川君欠席・・。
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by engekibukuro | 2015-04-26 08:51 | Comments(0)  

4月24日(金)S「20000ページ」文学座アトリエ

作:ルーカス・ベアフース、訳:松鵜功記、演出:中野志朗

 スイスの新しい現代劇だ。さいしょはとっつきにくいが、じょじょにひきずり込まれてゆき、なかなか斬新なアクチュアルな芝居だと解ってくる・・、海外の新しい演劇を紹介してきた文学座アトリエの伝統の深さを感じさせた舞台だった・・、俳優たちも、演じるのに違和感もあるだろうと想像させる役をテキストの含意を伝える役割をきちんと果たしていた。
 この芝居は構えはSF仕立てで、どこかの穴に落ち込んだ男の頭の上に20000ページ分の本が入っているダンボール箱が落ちてきた。不思議に怪我をせず男はなにゆえか精神病院に移された。見舞いに来た恋人に担当の女医の精神病医は、わけいのわからない哲学めいたことばを連発して男の現状をはなし、恋人を困惑させる・・、男はその落ちてきた20000ページの本の全てが全部頭に入っているのだ。そして、この歴史学者が投げ捨てた本は「スイスの第二次世界大戦中の行為についての公式報告書」だった。問題は、永久中立国のスイスがナチに協力したことの記述を男が記憶してしまったこと・・。使命感にかられて、男はこ記憶力のアーテイストとしてテレビに出て、この文書について長時間語ったため、テレビから追放され、周囲から孤立させられる・・。精神病医は男のこの本の記憶を消し、代わりに科学や古典の無害の記憶に代替させる。男は津には廃人に近くなる・・・。芝居の局面は多岐に複雑に変化してゆくのだが・・・。この芝居が衝撃的だったのは、永久中立国といってもドイツの隣国のスイスがナチの侵略を免れていたのが不思議だったが、やはりそうだったのかということと、国家に都合の悪い歴史を忘却させて、無難な化学や、他愛のない映画の薀蓄に切り替えてゆくありさまが、今の日本と無縁ではないということ、一筋縄にはいかない芝居だが、肝心の中心は確固としていて、そこから多彩な細部に血脈が放射されている、ユニークきわまる芝居だった・・。
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by engekibukuro | 2015-04-25 09:29 | Comments(0)  

4月23日(木)M「満月の人よ」(作・演出:東憲司)

トム・プロジェクト プロデュ-ス、あうるすぽっと
 この芝居の企画は、九州出身のトム・プロジェックトのプロデューサーの岡田潔さんが、”九州の出身者による九州弁の芝居を創りたい!この芝居の企画は、そこから始まった・”そうだ・・。出演者4人のうち、父役の村井国夫、母親の岡本麗、息子の山崎銀之丞が九州出身で、今回の公演は再演だが、初演は山崎の役は、これも九州出身の池田成志だった。この一家に飛び込んできた娘役の藤澤志帆は東京都出身だが・・。
 九州の山村でいまや絶滅業種に近い鳥もちを作っている男のもとに、一人息子が悄然と戻ってきた、父が自分と小さな息子を捨てて、男と逃げた母親が戻ってきたという父の手紙を読んで来たのだが、自分も妻に逃げられ、商売も倒産して・・。当然3人ギクシャクして・・、そこへ森の木に父が付けた鶏もちがくっついてしまった娘が現れて・・・。娘はこの村の行事の天狗の神隠しに惹かれてどこやらから出奔してきたのだ。この芝居は、妻が男と逃げたのも天狗の神隠しにあったんだと無理やり納得するような民話劇風の構えが、いろいろタイヘンな人生を彩って、それが危ういけどかろうじて救って再出発できたという話を、東がうまく書きあげ、役者が九州弁の会話の面白さを振りまいて、最後は天狗が高い木の上に現れ、それを満月が煌々と照らすという結末を無事落着させた・・。天狗の蓑を着た村井の芝居が、生きることの悲喜をそくそくと感じさせて、いい芝居だった。
・渡辺守章訳「マラルメ詩集」(岩波文庫)は半分は注釈と解説で、まず詩だけは読み終わったが、まったく覚束ない読み方で・・。
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by engekibukuro | 2015-04-24 08:22 | Comments(0)  

4月22日(水)M「冬の時代」劇団民藝

作:木下順二、演出:丹野郁弓、紀伊国屋サザンシアター
 初演は1964年(観た)、大正期の堺利彦な、大杉栄などの社会主義者が大逆事件のあとの権力の弾圧下で喰うために広告、代筆を商う売文社をおこしてそこに集まる社会守護者の群像を描いた芝居、初演のころはまだ、権力と戦う堺や荒畑寒村などのことは、60年代の観客にはまだ生々しい記憶があった。いまはそういう記憶が消えていて、このその時代のことどもの長台詞の応酬が主体の芝居は、堺(役名渋六)を演じた千葉茂則以下民藝の俳優はよく演じていたが、いかに今とは縁遠い舞台になっていたのは致し方ないだろう。同じ時代や人物たちを描いた風俗劇の形を借りた宮本研の「美しきものの伝説」と違うのと思ったことだった。
だが、パンフレットが充実した論考や対談があって、日本の「冬の時代」について、舞台を充分に補強してくれている。実際パンフレットに今わたしがもっとも信頼している片山杜秀や、出版社の未来社の名編集者であとに影書房を創設した松本昌次と河野孝の対談(松本さんは未来社時代、わたしはただのバイトだったが、ずいぶんと世話になり、松本さんと高山図南雄が起こした劇団「演劇座」の舞台花田清輝「爆裂弾記」の舞台にも出していただいた)、それに特異の画家森本泰昌がこの「冬の時代」につて、きちんとした論考を寄せているのには驚いた。昔から民藝のパンフは読みでがあったが、こんかいはそのよき伝統がまさに生きていた。
片山は・「冬の時代」-明治国家体制と社会主義の軋轢の歴史についてー」・において「売文社の人々の思想の軸は、真ん中に議会主義の堺利彦を置き、左に無政府社会主義革命の大杉栄、右に国家社会主義革命の高畠素之を置けば、だいたい見えるだろう。彼らはそれぞれの思想をはぐくにながら「冬の時代」に耐えたつもりだった。だが、本当の春は来なかった。大杉栄は師の幸徳秋水並みに政府から危険人物としてマークされ、1943年の関東大震災のどさくさに超法規的に殺害された。この、お芝居のエンマこと伊藤野枝と一緒に。堺利彦はというと、1925年の普通選挙制定で彼の夢に近付いたかと見えたが、それは国体の変革につながる政党の活動を阻止する治安維持法とセットにされたから、社会主義政党が思う通りやるというわけにはちっとも行かなかった。堺は失意のうちに死んだ。高畠も道半ばに斃れ、彼の思想は結局、昭和の戦争の時代の「国家総動員」の考え方に利用されてしまった。「冬」のあとにはさらに「冬」が待っていた。」。これに呼応するように対談の松本さんは、「木下さんの言葉で、”人は未来を急ぎ過ぎる、あまりに多くの未精算を残したまま”というのがあります。本当に日本は急ぎ過ぎて、未精算の過去を山ほど残していますね。各国から「歴史認識の欠如」が批判されている有様です」と語っている。この芝居も未精算の項目の一つを提示したのだ。
いまは未精算のどんずまりの時代、様相を変えた「冬の時代」なのだろう・・。
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by engekibukuro | 2015-04-23 09:23 | Comments(0)  

4月21日(火)映画「バードマン」

 アレハンドロ・G・イニャリトウ監督のこの映画、アカデミー作品賞を獲った瑛亜がだが、アカデミー賞受賞映画でもこんな個性的な凄い作品もあるあんだね・・・。しかも、この映画はブロードウエイの劇場が舞台の、NYの演劇界の内情が赤裸々に描かれた映画なのだ。主人公は「バードマン」というスーパーヒーロー映画のスターだった男だが、仕事も家族も失って復活をかけて、自分で台本を書き、演出・主役もかねてブロードウエイの劇場にかけたのだ・・。この台本は高校生の頃、演劇部で芝居をやって、それを観に来たレイモンド・カーヴァーに、”よかったよ”というメモをもらい、それを肌身はなさず持っていて、この芝居もカーヴァーの作品を基にいているのだ。だが、ハリウッドの元sターに対してNYの演劇世界は厳しい、共演者のキャステイングも難航し、やっと選んだ男優もエキセントリックでインポだと広言していたのに、プレビューの舞台のベッドシーンで突然勃起してあわや相手の女優に・・・、そういうエキセントリックな役者、それに薬物中毒から生還した娘、別れた妻、妊娠を告げる今の愛人、さらに難物はニューヨークタイムスの初老の女性演劇批評記者、この女性、ハリウッドの落ちこぼれなど、NYの演劇界は許さない、プレビューも見ずに、”公演を打ちきりにしてやる”とバーで主人公元スターに言い放つ、彼は”この芝居に全財産をかけている、あんたは書き放題書いてどんなリスクがあるんだ”と抗弁するのだが・・。どうも映画で見る劇評家にはろくでもない人間が多い、トリフォーのナチ占領下のパリの演劇界を題材にした映画で、劇評家がレジスタンスの演劇人をナチに密告した、「毒薬と老嬢」の老嬢の甥はの演劇担当記者は芝居を観ないで書く、カナダのなんとかいう映画では演劇評論家が演劇界の権力絶大のボスだった・・。NYの舞台の初日の新聞の劇評がその公演を左右する、それだけ良くも悪くも権威がある、日本ではそれほどのこはないが。が、この初日前の神経をすりへらす緊張感は執拗なドラムソロが追いつめる・・。元スターには幻聴が遅い、タバコを吸いにアグン姿で外にちょっと出たら、アグンが扉にくっついて外せず、ガウンを脱いでブリーフだけで街を歩き劇場に戻るハメにいなる・・。その映像がネットに流れて・・。だが、そんな緊張感が元スターのかってのバードマンの鳥の姿でNYの上空を飛び回る映像で奇妙なバランスがとれて、いよいよ初日、が、ラストの主人公のピストル自殺のシーンで激しく舞台に倒れ込み血が噴出する、満場総立ちのスタンデイングオベーション・・。プロヂューサーが治療を受けている主人公にタイムスの初日の劇評をもってくる、なんと”この芝居はNYの演劇界に新しい血をもたらした”と絶賛しているのだ・・。ラスト、主人公は無人の病室の窓際に立つ、世話をしている娘が病室に戻ると父はいない、、だが、窓から空を見上げる娘の顔は満面の笑顔だ・・。素晴らしい映画だった、演劇批評家を演じた女優もなんともいえない存在感がある魅力的な女優だった。
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by engekibukuro | 2015-04-22 08:16 | Comments(0)  

4月20日(月う第十八回 俳句をつくる演劇人の会

 今回の兼題は「鶏帰る」「御影供」

それと今回は別の趣向があった・・。前回の会の兼題は「遍路」だった・・。そのとき、わたしがつくったのは「舞いつつ杖により沿う遍路蝶々」、この句は選句から外れたのがだ、終わってか酒宴になって、この句の”遍路蝶々」にわけもなくこだわって酔ってうるさく呟いていたらしい・・。それを谷岡健彦主宰がヘルプしてくれて、こんかい”ヘンロチョウチョウ”という言葉を句に入れる課題を設定してくれた・・。これは、”変ロ長調”でも”遍路町長”でも、とにかく”ヘンロチョウチョウ”をいれればいい、むろん入れるか入れないは自由なのだが・・。
それで、谷岡さんは”変ロ調てふ春愁のホルン”という洒落た句を、大西酔馬さんが”女遍路丁々発止の宿選び”という面白い句を、伊藤真紀さんが”振り返る遍路蝶々見失い”という遍路蝶々”を使っていただいた句など、まずまずの趣向になったのは何よりだった・・。私は”鳥帰る神保町の上空を”と言う句を谷岡さんに採ってもらったが、ヘンロチョウチョウは”鳥帰る鶏たち返路喋喋し”とか”急迫厠に急ぐ変露腸腸”とか無理やり句をつくって大方の失笑をかった・・。
 今回は、”鳥帰るやがて切手になる空を”という素晴らしい句を作った、若手俳人お茶の水大の今泉礼奈さんが、就職の内定が決まったということで、それを祝ってみんなで乾杯!した・・・。
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by engekibukuro | 2015-04-21 09:47 | Comments(0)