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10月30日(金)★M「お化けの太陽」★★S「VOICE2」

★劇団桟敷童子の炭鉱三部作一挙連続公演が、10、11、12月に行われる。これは劇団桟敷童子の代表作シリーズ。10月「お化けの太陽」11月「泥花」12月「泳ぐ機関車」。作:サジキドウジ、演出:東憲司、美術:塵芥、3作ともすみだパークスタジオ。
 物語三作は東の故郷北九州の炭鉱の話、石炭の隆盛期と衰退期にわたっての石炭に振り回された家族とその周囲の話だ。「お化けの太陽」はエネルギーがすでに石炭から石油に移行した時代の話だが、舞台は昔炭住(炭鉱住宅)があった場所で、広大な向日葵畑に囲まれている。劇場全体を囲むような塵芥の美術の向日葵・・。そこの部落に、炭鉱事故で姉二人と孤児になり、今は一人前の職人として働いている松尾元、この元に、親戚にたらい回しにされて、この部落に流れ込んできた人になじまない変わり者の孤児の柳瀬範一が
おなじ孤児同士の匂いからか、この元だけになじむ・・・。この二人を中心した芝居で、ほかに大勢部落の男女がでてきて、桟敷童子のアンサンブルが見事に結晶した舞台で、この三作でも私は特に、大手忍が演じた範一少年に強く惹かれる芝居で大好きな芝居なのだ。今回も範一が大好きなお兄さん元と別れて、施設に行くラストに感動したのだが、初演にあった遠くにはなったが、炭鉱の影が今回はさらに薄くなり、物語の背景が見えにくくなったとい感じが残った・・・。
★★作・演出・音響:長谷川孝治。弘前劇場が発展的解消してNPO弘前劇場と改称して新たに設立された。これはドラマリーデイング三部作。1ー岡本かの子「桜」、2-小説:長谷川孝治「三上葉子」、3-エッセイ:長谷川孝治「津軽の声、津軽の詩」。1-は鹿の子の短歌の朗誦でバックに桜の万華鏡のような写真とジャズが流れる。2-の三上葉子は、いきら酒を呑んでも絶対酔わない女性で、妻子もちの上司の恋人と飲み比べをして、サントリーオールドを1本、ストレートで飲み干してしまう。大酒自慢の上司は酔いつぶれて、それで関係を断ち別れる決心をするが、かえりの電車でワンカップ大関をがんがん開けていき、それでちょっぷり酔った気がした。3-は、写真家小島一郎の津軽地方の写真をバックに、郷土の詩人、作家の高木恭造、植木曜介、太宰治の津軽弁の「方言」を朗誦し、そのテキストをバックの画面に写し、読み方と意味を示す試み。趣向が変わった3本ともとても、おもしろく洒落ていて、素敵ないかにも長谷川らしい試みだった。わたしは東京にきた、長谷川・弘前劇場の作品は全て見ているが、新しいNPO弘前劇場にもおおいに期待したい・・。
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by engekibukuro | 2015-10-31 09:43 | Comments(0)  

10月29日(木)M「ドラマ・ドクター」(作・演出:川村毅)

テイーファクトリー、吉祥寺シアター

 川村のまえがき
”ドラマ・ドクターという名の職業が米国ハリウッド、映画業界にあると耳にしたのは五年程前でした。それが頭から離れなかったのは、日頃より物語とは何かを考えているせいでしょう。今回、ドラマ・ドクターを題材にして戯曲を書こうと思い到ったのは、現在、私たちはこれまで有効と思っていた様々な社会、経済、政治のシステムの崩壊を目の当たりにしていると感じるからです。”

 そのドクターを河原雅彦が、若い劇作家を末原拓馬、堀越涼、それに謎めいているが、作家らしい男を笠木誠、岡田あがさ、そしてドラマ界の巨魁ヘルマン・プレミンジャをベテラン・伊藤克が演じる。ドラマ創りのさまざまなテクニックの問答は、余人、素人の理解、介入の余地はないが、この混迷の時代に、いかにして人々に訴えるドラマを創るというタイヘンさが、、この芝居を、そのこと自体をウエルネイドの舞台に仕立てる川村のさまざまなドラマを書いてきた成熟したドラマ作りの腕前で、とても面白く観ることができた。川村らしい新趣向の舞台の成功だ・・。
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by engekibukuro | 2015-10-30 07:56 | Comments(0)  

10月28日(水)図書(岩波書店PR誌800号記念号)

 この図書は、家に唯一送られてきた雑誌で、中学生のころか読んで来た。私のわずかの知識の大部分はこの雑誌のおかげだ。今号で面白かったのは、斉藤美奈子の連載「文庫解説を読む」の赤川次郎の文庫本の最近亡くなった哲学者鶴見俊輔の解説の紹介。<私は、第一作「幽霊列車」から、赤川次郎の作品の数よりも多く、その作品を読んでいる。もう一度、おなじ小説を読みたくて読んでいる場合もあり、うっかり忘れて同じ作品を読んでいる場合もある。赤川さんが、三百冊書いたとして、私は四百冊読んでいる。>
 鶴見の解説はしかし、ここからいきなり飛躍するのだ。
<どうして、彼の作品を初登場以来、読み続けているのか。私の同時代の日本に失望しているからである。/しかし、世界に先んじて原爆を2発落された日本を憎むことはできない。/それにしても、原爆を2発落されて、日本より強いとわかってから、アメリカに従い、今はそのアメリカにいだかれて、いばって国民に向かって命令なそしている。この私の国の中に暮らして、私は国民のひとりとして、自分の国に眼をそむけたくなる。/いったいどこにのがれたらいいのか。/古典として言えば、日本に残っている「風土記」と「風土記逸文」である>。最終的には<私にとって現代日本の『風土記』である。に着地するのだが・・・。という解説・・・。
 ・東京医科歯科大学の歯科でかなりきつい抜歯をする・・。
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by engekibukuro | 2015-10-29 07:33 | Comments(0)  

10月28日(水)図書(岩波書店PR誌800号記念号)

 この図書は、家に唯一送られてきた雑誌で、中学生のころか読んできた。
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by engekibukuro | 2015-10-29 07:33 | Comments(0)  

10月27日(火)M「西遊記」流山児★事務所

作・演出:天野天街、音楽:鈴木慶一、企画:流山児祥、ザ・スズナリ

 リピーテイング・エンドレスドラまの雄天野の西遊記、孫悟空、沙悟浄、猪八戒、玄奨三蔵ら、西遊記のお馴染みの面々が、シーンの連なりの一部が、急に繰り返しになり、その繰り返しが、まさにエンドレス状態になり、もういい加減にしろという客のガマンの寸前まで繰り返す・・・。それが、ななんともいえない天野演劇の極みであり、天野ファンにとってはたまらない・・。流山児★事務所の役者連にとっては、もう何回もあyっているので、もうその流儀をてのうちにいれている。今回は、大将の流山児がいつもの坊主頭にあんちゃんカツラをかぶせて、とんでもない若造りで舞台を仕切りたがって、大ひんしゅくの役まわり、中でもこの天野ドラマにいつも一番フイットしているのが、釈迦、羅刹役の伊藤弘子で今回も水を得た魚のおようにスイスイ切れがいい芝居と歌舞・・。それと今回目立ったのが、謎のコドモを演じた坂井香奈美、元気いっぱいの面白さだった。・。
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by engekibukuro | 2015-10-28 08:54 | Comments(0)  

10月27日(火)M「西遊記」流山児★事務所

作・演出:天野天街、音楽:鈴木慶一、企画:流山児祥、ザ・スズナリ

 リピーテイング・エンドレスドラまの雄天野の西遊記、孫悟空、沙悟浄、猪八戒、玄奨三蔵ら、西遊記のお馴染みの面々が、シーンの連なりの一部が、急に繰り返しになり、その繰り返しが、まさにエンドレス状態になり、もういい加減にしろという客のガマンの寸前まで繰り返す・・・。それが、ななんともいえない天野演劇の極みであり、天野ファンにとってはたまらない・・。流山児★事務所の役者連にとっては、もう何回もあyっているので、もうその流儀をてのうちにいれている。今回は、大将の流山児がいつもの坊主頭にあんちゃんカツラをかぶせて、とんでもない若造りで舞台を仕切りたがって、大ひんしゅくの役まわり、中でもこの天野ドラマにいつも一番フイットしているのが、釈迦、羅刹役の伊藤弘子で今回も水を得た魚のおようにスイスイ切れがいい芝居と歌舞・・。それと今回目立ったのが、謎のコドモを演じた坂井香奈美、元気いっぱいの面白さだった。・。
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by engekibukuro | 2015-10-28 08:54 | Comments(0)  

10月26日(月)S「地を渡る舟」てがみ座

作:長田育恵、演出:扇田拓也、東京芸術劇場シアターイースト
 初演は2013年、日本中を歩いた民俗学者宮本常一が主人公の劇だ。明治の大富豪渋沢江栄一の孫で、日本銀行副総裁だった渋沢敬三が開設したアチックミュージアムでの、宮本と渋沢の関係を中心に、ミュージアムにおいて渋沢が庇護し研究に専念させた民族学徒の物語・・。1935年から始まる戦前、戦中の話だ。
 再演に当たって長田は書いている。
”本作の上演に再び向かい合うとき、2013年の初演時と作品の質感がまったく異なって感じられることに気づきました。この作品を構想したのは、震災直後、たとえ一瞬でも日本中の一人一人がこの国の未来を考えようとした、そんな体感が芯に残る、そんな時期でした。
 だからこそ常一が愛したうつくしい日本を、私自身もともに視て書き継いでいきました。なにかを信じながら。あれから2年、私たちはいま「新しい戦前」を生きています。常一が記録しつづけた日本を、私たちはたしかに手渡されたはずなのに、手のひらは温かさを覚えているのに、いつしかそれを壊し、喪おうとしています。私がいま立ち返りたい場所は、自分の足で日本の隅々まで歩き、ふれあい、確かめた常一の学問です。2015年、この作品と新たな眼差しで向かい合い精一杯に演劇を創ること、そこから、次の一歩を踏み出そうと思います。”上記の文中、”私たちは「新しい戦前を生きている」”という言葉に含蓄がある。常一の学問が、新しいアクチュアリテイを帯びてきた時代になってきたのだ。日本について新たな眼差しで向わなければならない時代、その眼差しを常一の学問から確かな課題を見出し、それを追うこと・・。今回の舞台は、長田のことばを充分に体感させる扇田の演出であり、渋沢を演じた清水伸、渋沢を演じた俵木藤汰以下の演技陣だった。そしてこの真に独創的な創作の舞台をが輝やかせていたのだった。 
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by engekibukuro | 2015-10-27 10:49 | Comments(0)  

10月25日(日)ミッシェル・ウエルベック「服従」

大塚桃ー訳、佐藤優ー解説 河出書房新社

 ウエルベックは「素粒子」以来愛読してきたが、この新作は意表を突く・・・。主人公はユイスマンスの研究で博士号を持つ学者、パリの大学の教授だ。40代の独り者で、女子学生といろいろ付き合い、寝ている、ミリアムという22歳の学生と深くなったが、親がユダヤ人で、フランスのイスラム化が顕著になってきているのを警戒してイスラエルに移ってしまうので、彼女もイスラエルに行ってしまう。この主人フランソワは一人っ子で、父も母も死ぬ・・、無類のグルメでシニカルなこの男の暮らしっぷりや、そのたびの意見が、これがウエルベックの語り口が独特で無類に面白いのだが、今回の小説は、近未来といっても5,6年先のことだが、フランスが刻々とイスラム化して、要職にある人々が、次々イスラーム教徒になってゆく、その経過・プロセスの報告が緊迫していて、いくら学識豊富なインテリでも、この世の中の変化に追い付けず、徐々に怯えて暮らすようになり、ついに新しい大学に招聘され、そのイスラーム教徒の学長、この学長は一夫多妻で40代の第一夫人と15歳の第二夫人をもっているのだが、この学長の感化で、最後はイスラム教徒になり、イスラムの神に”服従”する決心をしたのだ。まさか、無類の教養と頭脳をもつフランソワがイスラム教徒に・・。意表を突かれたのだった・・。ただ、この小説、フランスで苦しい生活を強いられているイスラム教徒や、中近東の現在の厳しい混乱など一切言及されていない。この学長によれば、イスラム教は貧富の差を公然と認める教義をもつそうだ。とにかくヨーロッパ社会がイスラム教にそうとう侵食されている社会だということが、ひしひしと感じられる小説だった。
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by engekibukuro | 2015-10-26 10:41 | Comments(0)  

10月24日(土)M「血の婚礼」新国立劇場小劇場

作:フェデリコ・ガルシ-ア・ロルカ、翻訳:牛島信明、演出:田中麻衣子、新国立劇場演劇研修所講演第9期生試演会。

 なかなか見事な舞台だった。このロルカの名作を、ともすれば血の混迷の物語として、過剰になりがちな表現がおおくて、それが一種の紋切型に陥ることがままみられた今までのこの芝居だったが、今回の舞台は抑制が効いていて、舞台の強弱のテンポがキレが良く、挿入される全員の歌唱シーンも舞台を効果的に高揚させていた・・。血で血を洗うような一族の過去の暗い影がいやおうもなく覆う婚礼の日に、もう表向きは清算されていたはずの男女が、自分たちのつつしみや理性を凌駕する、先祖からのアンダルシアの血の力によって婚礼の場から、男は妻を、花嫁は花婿を裏切り馬に乗って逃げ出す。行く先のない絶望的な逃亡、追いつかれて花婿と男のナイフが躍って二人は死ぬ。誰が悪いんでもない血の力、血の天意、一生嘆き続けるのは女たちだけだ・・・。このようなロルカの世界を、これぞロルカだと、この舞台ははっきり感じさせた。
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by engekibukuro | 2015-10-25 09:52 | Comments(0)  

10月24日(土)M「血の婚礼」新国立劇場小劇場

作:フェデリコ・ガルシ-ア・ロルカ、翻訳:牛島信明、演出:田中麻衣子、新国立劇場演劇研修所講演第9期生試演会。

 なかなか見事な舞台だった。このロルカの名作を、ともすれば血の混迷の物語として、過剰になりがちな表現がおおくて、それが一種の紋切型に陥ることがままみられた今までのこの芝居だったが、今回の舞台は抑制が効いていて、舞台の強弱のテンポがキレが良く、挿入される全員の歌唱シーンも舞台を効果的に高揚させていた・・。血で血を洗うような一族の過去の暗い影がいやおうもなく覆う婚礼の日に、もう表向きは清算されていたはずの男女が、自分たちのつつしみや理性を凌駕する、先祖からのアンダルシアの血の力によって婚礼の場から、男は妻を、花嫁は花婿を裏切り馬に乗って逃げ出す。行く先のない絶望的な逃亡、追いつかれて花婿と男のナイフが躍って二人は死ぬ。誰が悪いんでもない血の力、血の天意、一生嘆き続けるのは女たちだけだ・・・。このようなロルカの世界を、これぞロルカだと、この舞台ははっきり感じさせた。
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by engekibukuro | 2015-10-25 09:52 | Comments(0)