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2月28日(日)長谷川康夫「つかこうへ正伝」

1966-1982 新潮社

 著者とつかは、早稲田大学の学生劇団「暫」で知り合った。著者19歳の時だ。
この本は、つかが慶応大学に入学した1968年つかが20歳のときから、34歳で「つかこうへい事務所」を解散するまでのつかの伝記だ。559ページに渡る、つかの演劇での業績を中心に書いた本で、まさに類をみない面白い本だ。これはつかという特異な演劇人のパーソナリテイと、その生活の活写、つかをめぐる、つかが育てた、今も活躍中の平田満、風間杜夫、加藤健一らのつかとのかかわり、彼らを育てたつかのやりかたなどの、活き活きした回想でありる。また、つかが在日韓国人であることも見え隠れする重要な要素でもある。しかし、なんといっても、つかの一般に知られている。口立でおこなう演出方法の紹介で、つかの芝居の作り方が、もっともまじかにいた著者ならではのものだ。つかに関わった沢山の人たち、その一人一人が細かに書かれていて、つかこうへい事務所の最盛期が、いかに若者を引き付け、劇場が常に超満員だったことが描かれる。そのデテイールの書き方が、すべて目に浮かぶような書き方で、伝記であるが、実に面白い読み物になっている。まじかにいたからこその本ではあるが、その細かい演劇史的叙述は貴重だ・・。
だが、つかの芝居に熱狂して、それから演劇に目覚めた若者が多数いるのはおおく知られた事実だが、さて、そのつかの芝居とはなんだったのか、その芝居の根幹のようなものが、あまりに著者が近いので見えてこない。戦後演劇史での特異な超あだ花だったのか、申し分のない伝記で読み物しても面白いのだが、それだからこそのつかという、人間としての、演劇人としてのさらなる興味と探索を誘う本だ。つまり、”つか演劇”とはなんだかを再考させる本である。著者は、この本ができたら、まっさきに読んで欲しい人として、昨年亡くなった扇田昭彦氏を挙げている。私も、扇田さんの読後感を聞きたかった・・・。
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by engekibukuro | 2016-02-29 10:18 | Comments(0)  

2月27日(土)彩の国さいたま芸術劇場

 「夜、さよなら   夜が明けないまま、朝   Kと真夜中のほとりで」
作・演出:藤田貴大 
 蜷川幸雄が藤田の「cocoon」に感銘を受け、それが契機で藤田が、蜷川のために「蜷の綿・Ninan‘s Cttonは」を書いたが、蜷川が病気治療中で延期の成り、上記の旧作3作品を再構成して上演した。
散文詩のようなリフレーンの多い、藤田の故郷の北海道のある町での、故郷をでてゆく若者の感情をヴィヴィドに語りかけるシーンの連鎖・・・。それに故郷の湖、風物、抒情性の豊かさを芯から感じることができた舞台だった。それにしても蜷川の快癒が心待ちである。藤田との共同作品を早く観たいものだ。
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by engekibukuro | 2016-02-28 10:27 | Comments(0)  

2月26日(金)S「原色衝動ダンサーズインパラダイス」

振付・構成・出演:白井剛、キム・ソンヨン、映像写真:荒木経惟、世田谷パブリックシアター

 ”全てのことは手探りで始まり、葛藤、逡巡、発見の時間を繰り返しながら、この作品も生まれてきた。からだの中に、得体の知れないものを抱えている二人のダンサーは、まったく違う方を見ながら、相手の中に渦巻く力を受け取り、跳ね返し、挑発し、けれど 共に生きる。そんな2年に渡る時間が現れた。
 その二人、白井剛さん、キム・ソンヨンさんはクリエーションのプロセスで唐突に荒木さんの写真と出会い、荒木さんに長い手紙を書いた。新宿の待ち合わせ場所に現れた荒木さんは、「自由に使っていいよ! 」と膨大な数の写真をポンとテーブルに載せた。笑いに包まれたその瞬間から、二人のあらたな格闘が始まっていった。幾度かのプセンテーションのたびに、美術、音楽、映像スタッフは隕石を降らせる。さまざまに変容してゆくクリエイーションは、二人のダンスの「衝動」を目撃する過程となった。”
 以上は、ダンサー・コレオグラファーの山田せつ子の”「衝動を目撃する」”という文章である。
こういう新しいダンスの試行をちゃんと理解して書くことが、私には難しいので、山田さんのパンフの文章を書き写した。なるほど、そういうことなのかと、舞台を思い出しながら追体験したのだった・・・。
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by engekibukuro | 2016-02-27 09:30 | Comments(0)  

2月25日(木)M「リチャード2世」蜷川幸雄演出

演出補:井上尊晶、作:W・シェイクスピア、翻訳:松岡和子、彩の国さいたま芸術劇場インサイドシアター

さいたまネクストシアター×さいたまゴールド・シアター
 昨年4月に初演され、今年度のハヤカワ「悲劇喜劇」賞を受賞した作品だ。
現在、蜷川は病気治療中だが、この芝居へのメッセージが、パンフに挿入されている。
”シェイクスピアを高齢者の集団と若者の集団の混成でやるなんて、ヨーロッパでは考えられないと思います。演劇的ショックと現代劇としての問題劇になれば嬉しいと思っています。
 現在病気治療中です。もうすぐ復帰します! 待っていてください。 蜷川幸雄
  
 三方から舞台を見下ろすインサイドシアター・・、真っ暗な舞台奥から、羽織袴・和礼服の男女の老人たちの車椅子を、これもおなじ礼服の若者が押しながら、舞台中心へ、たちまち舞台は老人たちと若者たちでいっぱいになる。そして大音響のタンゴが鳴り響き、若者と老人の男女のペアがタンゴを踊りだす、素晴らしい幕開き!ここからリチャード2世とヘンリー・ボリンブルッグの生死を欠け、愛憎が複雑に絡み合う、権謀術数渦巻く王位簒奪の争いが3時間にわたって繰り広げられる。芝居の興趣もむろん心を奪うが、ネクストとオールドの両シアターの競演が、現在の日本の高齢者社会における、若者と高齢者とのあるべき係わり、友愛の姿を鮮烈に思わせるのが、この舞台の貴重な成果なのだ・・。
  
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by engekibukuro | 2016-02-26 10:26 | Comments(0)  

2月24日ストアハウスコレクションVOL5 タイ週間

 タイから二つのフジカルシアターのユニットが来て、ストアハススのRemainsと競演した。

タイのB-floornoの「Red Tanks」とDemocrazy Theaetre Studioの「Hipster the Kings」隔日公演する。作・演出:木村真悟の Remainsは7人の男女が、体を密着させかたまり、それが溶けて、不規則的規則の蛇行のような直行の歩行を黒返し、しだいにスピードをあげて、最後には、ストアハウスの貴重な財産の膨大な数のカラフルな襤褸(ボロ布)と戯れ、一体化してついには、ボロを一人一人着衣して終わる、というお馴染みのパフォーマンス、毎回メンバーが異なるのが楽しい。作・演出の木村のライフワークとして沈んだ輝きがある。

 タイは「Red TankED」を見た。赤く塗ったドラムカン14個に一人の男が挑み、格闘する。
”男は、赤いタンクの中にいた。彼はどうしてその中にいるのかわかっていいなかった。彼に残されていたものは、深い悲しみと巨大な怒りー”

 両者とも充分見応えがあった。、
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by engekibukuro | 2016-02-25 11:10 | Comments(0)  

2月23日(火)M「猥(みだ)り現(うつつ)」

作・演出:中津留章仁、TRASHUMASTERS 赤坂レッドシアター

 中津留がまたまた快作を、それも怪作とすれすれとおぼしい作品を創った。
今回のテーマは宗教だ。作者はこの芝居について、”今回は宗教のお話ですいつもに増して荒唐無稽のお話だと感じるかもしれません。日本人は荒唐無稽の物語に拒否反応を示す傾向にありますが、それは現実が正しいと感じているからです。これを芸術的な観点からいえば、人々の発想が貧困になっているということですが、宗教的な観点からいえば世俗的な価値観が蔓延しているということになります。本当に現実は正しいのでしょうか。触れたこともない価値観に身を委ねてみるのも芸術のひとつの側面ではないでしょうか。知的好奇心旺盛な市民の育成を私達は目指していきたいのです。”
 舞台はある商店街のパキスタン人が形成するムスルリム料理の店。その店にISの兵士を志願する青年が入ってくる。ムスリムの店主と、この店の常連の宗教学者を頼ってのことで、青年は仕事もなにもままならず絶望的な状況なのだ。そこへその青年をマークしていた警官が訪れて来て、青年の荷物を調べようとするが、青年が応じないので、威嚇射撃をする・・。すべてはそこから始まる、この店には日本人のムスリム教徒が集まる店で、ほかにムスリム教のみならずカソリック教徒もいて、さらにそういう宗教と関係のないいじましい恋物語もはさまれ、件の青年が同性愛者だということ判明する・・。2時間半のこの芝居、こちらの想定などまったく外れる、作者がいう荒唐無稽の展開で、さらにウイキペデイア的な、世界宗教史をがんがん登場人物
が語り、芝居の展開は、人物の個々の深まりより、中津留の構想の語り部の役割を果たす。いままで観たことない芝居であることは確かで、違和感を感じながら観ていても、この芝居が、いまの世界の酷薄な現実と、その世界の日本への遠からぬ波及を感じさせるのは確かなのだ。現在の日本人について、前作は「そぞろの民」で、今回は”猥り現”、つまり猥りがましく現(うつつ)に生きている、不安を感じながら、わけもわからず生きている現実を描くという、ちゃんとした的を射ていることを認めざるを得ない芝居なのだ。つまりは従来の芝居の概念を度外視した、冒険的、現在的な快作だ。
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by engekibukuro | 2016-02-24 09:51 | Comments(0)  

2月22日(月)



 ・新宿のテアトル新宿で映画の「俳優 亀岡拓次」(脚本・監督:横浜聡子)を見た。亀岡に扮した安田顕は、まさしく、戌井昭人の原作そのままの人間で、雰囲気も原作のそれをたっぷり感じさせた・・・。が、映画そのものはあまり面白くない。出来事や、人間関係はやはり戌井の文体そのものになじんでいると、映画では平板になっていしまう・・・。戌井の文体そのものの映像化というのは、難しいことなのだろう。まあ、安井の演技だけでも楽しめるのだから、映画としてはこれでいいのだろう・・・。。
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by engekibukuro | 2016-02-23 09:04 | Comments(0)  

2月21日(日)「危機と劇場」内田洋一 晩成書房

 現在の日本の状況の中で、演劇と劇場はいかにあるべきかを問いただし、問い直す、切迫感にあふれた本である。

 第一章 ユートピアとしての劇場 
 第二章 劇の始原へ 東日本大震災のあとで
 第三章 記憶の劇場
 第四章 リアリテイの震災後 演劇時評2012年6月ー2014年5月
 
 著者は1995年の阪神大震災に神戸で直接被災した。その被災体験と演劇の関わりを元に、2011年の東日本大震災に際し、被災地を精力的に訪れ、東日本各地での演劇活動、郷土芸能を取材し、震災と演劇との関わり、演劇が被災た人々をいかに慰謝し、活気を取り戻す手立てになるかを実地に基づき考察する。演劇が、危機に陥った人々をいかに救済するか、日本経済新聞の記者としてのジャヤーナリステイックな活動と、演劇批評家との両面が、この本では切迫感をもって生きている。その危機意識は、野田秀樹を論じる文章にも反映していて、ここで描かれている野田秀樹の演劇は見事な輪郭をもっている。そのほか扱っている分野は多岐にわたっているが、今の日本で演劇と劇場が、いかに今の日本と日本人に対して有効に生かせるかという問題意識の切迫感はただならぬものがあって、演劇を愛する者にとって必読の書といえる。
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by engekibukuro | 2016-02-22 09:47 | Comments(0)  

2月20日(土)朗読東京 芸劇+トーク

 東京を読み、東京を語る。 東京芸術劇場

 例年、恒例のシリーズ。
 「グレート生活アドベンチャー」(作:前田司郎、演出:真鍋卓嗣)

 このテキストをAKB48の大家志津香と昨年まで劇団「鹿殺し」にいた山岸門人が朗読する。それが終わると演出の真鍋と3人で東京についてのトークをすrる。真鍋と山岸は東京生まれ東京育ちだが、大家は九州福岡県生まれで16歳で東京に出てきたという。東京についてのそれぞれの体験を語って屈託のないはずむようなトークで面白かったが、二人が朗読した「グレート生活アドベンチャー」という、女ともだちの家に泊りついてしまう一種のヒモ男を書いた、作者の前田は、東京の五反田生まれで、今でも五反田に住んでいる。前田の書く戯曲も小説も、その五反田のローカリテイが色濃く反映していて、そのローケリテイそのものに魅力がある、今晩の朗読作品には、直接五反田は出てこなかったが、前田作品を読んでいればそれがわかるはずで、その話も聞きたかったと、これはないものねだりであることは分かっているのだが、つい書きたくなったので・・・・・。
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by engekibukuro | 2016-02-21 09:38 | Comments(0)  

2月19日(金)「黄昏の光芒」せんがわ劇場

ードン・キホーテへのオマージュー
台本:柴田千絵里、演出:菊池准

 元高校の先生で、いまは全くボケてしまっている老人をかいがいしく世話をしている女性がいる。老人の娘だという・・・。ある日、高橋と名乗る青年が訪ねてきた・・・。実は、この青年はこのボケ老人の娘の子供で、孫だ。長い間音信不通だったが、母親が死んでしまい、御骨をもって祖父を訪ねてきたのだ。そうなると、現在老人を世話している女性はなにものなのか・・・。この謎の女性を新井純が演じる・・。この女性は近所では娘だということを認めていて、黄昏の淡いの光景のなかに立つと、とてもロマンチックに見えて魅力的で、郵便配達夫の男のあこがれの的でもある・・。しかし、老人はボケていてなにもわからない、この女性の出現も謎めいている・・。どうもこの芝居は話の組み立てよりもこの謎めいた女性の情趣を描くことに重点があるようで、このボケ老人をさして、-ドン・キホーテへのオアマージューというのはちょっとムリがある。だが、話の成り行きよりも、この謎めいた女性を精一杯ふくらませて演じた新井純の演技がもたせた舞台だった。
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by engekibukuro | 2016-02-20 10:13 | Comments(0)