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7月30日(土)Mデザート・パーテイ

作:宇梶剛志、演出:シライケイタ、劇団PATHOS PACK、芸劇シアターイースト

 ”一度はいきてゆくことに背を向けた抗匂い香絵は、周りの住人との交流でまた生きてゆくとのだと思い直し、一人暮らしている。隣家の4人は、かって自ら命を絶とうと訪れたビルの屋上で出会い、奇妙な共同性をしている面々であった。心の水分が吸い込まれてしまう砂漠のような都会で、その日を生き延びるだけの香絵と、人生を捨てかけた偽の家族たちは、この先どう生きてゆくのか?厳しいテーマを人間の底力・笑いや励ましで、登場人物達は人生のスタートを模索する。”
 奇妙な動物もでてくる、メルヘンチックでもある、全編、生きてゆくことの寂寥感が舞台にいやおうもなく漂っている芝居・・。そのテイストは独特の雰囲気を醸し出す・・。シライがよく宇梶のモチーフを劇団の俳優たちのアンサンブルを生かして、忘れがたい舞台に仕上げた・・。31日、昼・夜まで・・。 
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by engekibukuro | 2016-07-31 09:04 | Comments(0)  

7月29日(金)Sケラリーノ・サンドロヴィッチ

「ヒトラー、最後の2000年ーほとんど、何もないー」(作・演出:ケラリーノ・サンドロヴィッチ)、cube presents,本多劇場
 この作品は、ケラ×古田新太のコンビの3作目だ。大1作は2007年の「犯さんかな」、次は2011年の「奥様お尻をどうぞ」だった。この作品は東日本大震災の年の作品で、古田がブリーフ姿のでずっぱりで傑作だった。それでなくても近年のケラは連戦連勝で、読売演劇大賞優秀作品賞も受賞し、自分でも言っているが、松尾スズキと共にいまや演劇界の中心の位置にいるのだ。今回も、古田のほか、鳴海璃子、加来賢人、大倉孝二、入江雅人、八十田勇一、犬山犬子、山西惇が出演した。期待が観る前から高鳴るのは当然・・。が、今回はどうも調子がおかしい。タイトルもケラは「ヒトラー -最後の12日間ー」という映画からの類推でこれをもっとスケール・アップしたものだそうだが、最後の2000年というのは、どうもわかりにくい・・・。この作品はケラ本線のナンセンスコメデイとして上演されたのだが・・・。花田清輝「アヴァンギャルド芸術」によると「ナンセンスというのは、センスの否定であり、「無意味」というよりも、ボン・サンス(またはグッド・センス)によって、がんじがらめに縛られない前のわれわれの心の状態を指す言葉だ。つまり、それは童心の世界、本能の命ずるままに、不羈奔放にわれわれのいきていた世界、-われわれの心の故郷を形容する言葉だ」と定義している。ケラのこれまでのナンセンスコメデイは、この花田の定義を十分に満足させる豊かな、面白い舞台だった。が、今回は、いままでにない客いじりだとか、古田のブリーフ姿も、あまりサマにならなかったし、どうも期待外れだった・・。まあ、こちらの鑑賞能力の劣化かもしれないし、また、そんなに傑作が続くのものでもないし、一休みということで、自作に期待しよう!
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by engekibukuro | 2016-07-30 10:30 | Comments(0)  

7月28日M「狙撃兵」ーデッド・メタファーー

作:ジョージ・ウオーカー、訳:吉原豊司、演出:真鍋卓嗣、劇団俳優座、俳優座5F稽古場
 いま最も期待されている若手演出家真鍋が、所属する俳優座での演出作品だ。
”アフガニシタン戦線で優秀な狙撃兵として鍛え上げられたデイーンは無事帰還したものの新しい職を見つけらずにいた。一方彼の妻・ジェニーは妊娠中、父・ハンクは痴呆症が悪化の一途をたどり、母・フラニーは心労が絶えない状況である。そんな中、デイーンは雇われた先の女性議員ヘレンの良からぬ資金捻出策を知ってしまう。身の危険を感じたヘレンはデイーンを再び戦場に送ろうとする。同じ頃、ヘレンの夫・オリバーは、行き過ぎた妻の行動に歯止めをかけるべく、デイーンの狙撃兵としての能力に注目し、「妻を殺してほしいと」と持ちかける。”ジョージ・ウオーカーはカナダの劇作家だ。カナダでは荒唐無稽のブラック・コメデイの作家として名高いそうだ。この作品も、夫婦が反目し合って、その解決に、戦場で一発必中の狙撃の腕前で、タリバーン兵を殺してきたデイーンを使って、お互いにギャラをつりあげて、デイーンに殺しを依頼する・・。平時にはありえない話だが、この芝居では、それが特になんのメタファーではなく、あっけらかんと普通のビジネスのように取引されていて、その乾いた芝居の感触が、ごく自然で、それがふつうにありうるこだと思わせてしまう。その乾いた感覚で舞台を終始させる真鍋の演出が目覚ましい・・。それに応じて、ヘレンを演じる清水直子以下、ヂイーンの仙名翔一、べテラン神山寛ら俳優陣があっけらかんと自然に演じて面白い舞台が出来上がっていた・・。
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by engekibukuro | 2016-07-29 09:08 | Comments(0)  

7月27日(水)奥田愛基「変える」河出書房新社

 SEALDsのリーダーだった奥田愛基君の本だ。
”僕が生まれたの1992年はバブル崩壊間っ只中だった。それまで「経済なんかほっておいてもよくなる」「ジャパン・アズ・ナンバーワン」なんてことを本気で信じていた大人たちにとっては、「失われた時代」のはじまりだ。・・・・1992年生まれの僕らは、最初から未来が祝福されているような存在でなかったみたいだ。当然だけど僕には当時の記憶はないし、もっと明るい話題だってあったと思う。けれど少なくとも僕は、育った環境や自分の意志とは関係なく、その記憶にあるはずもない時代のある種の「暗さ」や「居心地の悪さ」を、今もどおこかでズルズルと引きずって生きているような気がする。”彼のお父さんはキリスト教会の牧師で、朝起きると、毎日しらない人が食卓にいたそうだ。お父さんがホームレスの人々を連れてくるからだ・・。この本は、彼のSEALDsを立ち上げるまでの自伝である。中学が沖縄の孤島で、高校が島根県の全寮高校だそうで、それらの自伝が、歯切れのよい文章で書かれている。それが国会前の大規模なデモを組織するようになるのだが、私のような60年安保を体験したものには、その違い方があまりに大きいので驚く、今のネット時代のコミニケイションなどない時代とはまったくちがう。だから、無名の支持者も膨大だが、悪口雑言もものすごい。殺害予告までされたというから、よほどタフでなければ乗り切れない・・。それでも彼の筆致は、妙に興奮せず、おちついて対処して、バイトをし、よく本も読み、音楽も聴き、いまどきの若者の暮らしを伝えてくれる。彼が引用する、いろいろな種類の学者、詩人、それから菅原文太の激励の言葉など、それだけでも読み応えがある。しかし、特定秘密法案も安保法案も大きなデモのかいもなく、国会を通ってしまう・・。しかし、安倍政権下の現下日本の有様は、この本を読み、奥田君の肌で感じたリアイリテイをとおして如実に感じられる。こういう若者がいるだけでも、希望があると思いたい。SEALDsはいったん解散するそうだ。次のステップを大いに期待しよう。その期待をもたせる、実に素晴らしい本だと思う。
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by engekibukuro | 2016-07-28 09:58 | Comments(0)  

7月26日(火)

 マーテイン・ファクラー「安倍政権にひれふす日本のメデイア」(双葉社)
 著者は、前ニューヨ-クタイムス東京支局長。安倍政権が日本のメデイアの弱みをよくわかっていることを数々例証する。
 第1章 安倍政権のメデイア・コントロール/第2章 メデアイアの自爆/第3章 ネット右翼と安倍政権/第4章 権力vs調査報道/第5章 失われる自由/第6章 不確かな未来
 以上の構成だが、”14年に朝日新聞で起きた「吉田調書」「吉田証言」報道の取り消しは、日本の戦後ジャーナリズムにとって大きな事件だった。記者クラブと独立した良質な踏査報道が朝日新聞で始まったわけだが、弱みとミスにつけこまれ、調査報道の灯火は一気に潰されてしまったように見える。・・・・、安倍政権は日本のメデイアの弱みをよくわかっており、勘所を心得ている。弱点とツボを押さえた瞬間、一気にメデイア・コントロールへ攻勢を仕掛けたように見える。”アメリカのジャーナリズムは、そんな場合、横の連帯を組んで政権からの圧力に対抗しなければならない。””ところが、政権から攻撃される朝日新聞は孤立し、他の新聞社やテレビ局は守ろうとしなかった。ただ傍観しているならまだしも、政権と一緒になって朝日新聞を攻撃してしまった。”わたしは子供のころから朝日新聞を読んでいるが、近ごろの朝日新聞の記事が、総体としてひどく薄味になり、読み応えがなくなっていると感じているので、この本を読んで、その原因が分かったのだ。
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by engekibukuro | 2016-07-27 10:03 | Comments(0)  

7月25日(月)「ゴンドラドラゴン」

"Go-n-do-la,La-do-n-go”  
 作・演出:坂手洋二、燐光群
 ”1980年代、東京。ゴンドラやブランコに乗って、ビそしてルのガラス掃除、外壁補修、高所作業を業務の中心とする会社があった。全員が同じ時給、出勤は自己申告、「原始共産制」を標榜する自由なく気風の中、社員の半数は俳優や音楽・美術のアーテイストだった。仕事のこと、未来のこと、さまざまな問題でぶつかり、通じ合う仲間たち、「昭和」「バブル」の終焉を経て、彼ら、そして家族たちは、さまざまな選択をしてゆく。”
 この芝居は、昭和の終わりのころのさまざまな事象、その時代の空気をよく伝えている。半分懐かしいような、現在との懸隔の大きさを肌で感じることができるような芝居だった。

・「銀漢」8月号が届いた。ファンである松代展枝さんの今月の句もいいものだった。
・夏うぐひす海の膨るる切り遠し/・手捻りのぐいのみ二つ初鰹/・少年の髭うっすらと更衣
・ペーロンをぐっと引きよす望遠鏡/・老鶯の一泊置いて聞かせをり 
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by engekibukuro | 2016-07-26 10:24 | Comments(0)  

7月24日(日)AICT演劇評論賞

 第21回AICT演劇評論賞の授賞式が、座・高円寺で行われた。
 今回は長谷川康夫著「つかこうへい正伝」が選出された。(選者:市川明、江森盛夫、小田幸子)
授賞式のあと、演劇評論賞受賞記念公開トークが行われた。
 出席は著者長谷川康夫、石井強司(舞台美術家)、松岡和子(翻訳家、演劇評論家)、視界は井上優(AICT日本センター、明治大学准教授)。
この本は、長谷川さんが、特に演劇書として、とくに意識して書いた本ではなく、長年つかのそばで暮らして、つかの人間としての個性、面白さを書いた本だが、むろんつかの口だての稽古で、加藤健一、風間杜夫、平田満を相手にして、芝居をつくってゆく様子も活写されいて、伝記の域を超えた演劇書としても十分に価値がある本であり、それが演劇賞受賞につながった。ゲストの石井さん、松岡さんのつかとのかかわりとの話は、それぞれ興味深く面白かった。本年7月は、つかこうへいの7回忌にもあたる・・。トークに参加した人たちの、つかの最盛期の体験が、ばらつきがあるのも興味深いことだった。わたしも「熱海殺人事件」の文学座での初演を観たが、さらに紀伊国屋ホールでも観たが。当時の若者の熱狂とは差があった。いずれにしろ、一時代を画した劇作家・演出家であることは確かで、それを想起させる有意義なトークだった。
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by engekibukuro | 2016-07-25 11:29 | Comments(0)  

7月23日(土)M「オムツ党走る」

脚本:伊波雅子、演出:鄭義信、あうるすぽっと
 沖縄の老人ホーム・ガジュマルの老人たちの悲喜こもごもの暮らしっぷりを、バンド演奏つきで面白く描いたお芝居だ・・、なかでも田岡美也子が演じる大城絹子は、「エスケープの女王」という異名をもつ老婆で、難攻不落と言われる施設からの脱走に果敢に挑戦し続けていたが、とうとうオムツになってしまい元気がない。
 このお芝居は、出演者十二人のうち、本職の役者は3人のみで、あとはお笑い芸人とミュージシャンという顔ぶれで、その一人人一人が、みんな役を担う演じ手として、きっちり舞台に立っていた。
演出のチョン・ウイシンは、沖縄のウイクリーマンションに宿泊して稽古に出向く・・。ウイシンは書く、”このマンションは高台にあって、入口のドアを開けっぱなしにすると、気持ちのいい島風が吹き抜けていく。遠くに沖縄の青い海が見えて、青い空も頭上に広がっている。しかし、時折、戦闘機の飛行音が晴れわたった青空を引き裂く・・・”そして、”ちょと暗い面持ちで稽古場に向かうと、沖縄の出演者たち、ミュージシャンたちは実にのんびり、ゆったりしている。稽古の合間に語ってくれる昔話や笑い話も、なんだか牧歌的である。霊やユタ(巫女)も日常的で当たり前のように、彼ら彼女らの話の中に登場する。そんなふうに、厳しい現実と牧歌的な日常が共存してしまうのが、沖縄の沖縄たる所以ではないだろうか。
 新しきもの、旧きもの、強きもの、やさいきもの、冷たきもの、温かきもの、楽しきもの、哀しきもの・・・「オムツ党走る」の中に、そんないろんなものを、相反しながらも包み込むものを、今の沖縄のほんの一滴でも、ぎゅっと閉じ込めることができれば・・・そう願っている。
 このチョン・ウイシンの願いは、舞台に充分に稔っていた・・・。
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by engekibukuro | 2016-07-24 10:32 | Comments(0)  

7月22日(金)M「彼らの敵」ミナモザ

作・演出:瀬戸山美咲、KAAT
 今回で3度目の上演だ。この作品は、読売演劇大賞優秀作品賞を受賞した。私も初演でとても感動した舞台だった。 1991年3月、パキスタンのインダス川で川下りをしていた早稲田大学の学生3人が強盗団に誘拐された事件が起きた。そのうちの一人の坂本が、この劇の主人公だ。
”44日間の監禁生活。砂と水しかない場所。あいつは昨日殺された。僕は気が狂いそうになった。おばあちゃんのこと、大学の履修登録のこと、松屋の牛丼のこと。そうしているかぎり、僕は僕のままでいられた。”
 この事件は週刊誌に取り上げられ、学生の無謀が非難され、それを読んだ読者から、学生たちの実家に無署名の投書が毎日たくさん送られてきて、彼らは週刊誌のカメラマンに追われる・・。その週刊誌の記事が、まっとうな取材抜きのでたらめの非難記事で、3人がいくらそれを抗議しても、はぐらかされてしまう。しかし、その坂本が、卒業後選んだ職が、週刊誌のカメラマン、パパラッチに追われた坂本が、そのパパラッチになったのだ・・。この芝居は、日本のジャーナリズムの暗部を抉った作品でははるが、それを直接訴える作品ではない。舞台は中央に円形の光があたる場所のみで終始する構えで、そこで、監禁生活のデテイール、パパラッチの出没、週刊誌に出入りする男女、編集者など、坂本が自分があったひどいことを、それを今度はほかの人間にあわせる職につく、それらの矛盾を、的確なドキュメントタッチで追ってゆく、その作劇術が実に斬新なのだ。事実を追ってゆくだけで、現在の日本のジャーナリズムの暗部のマチエールを感得させるのだ。それは坂本を演じた西尾友樹のシンプルで的確な演技を中心にした演技陣が、瀬戸山の作劇を熟知したアンサンブルを構成していることによる。坂本は、オリンピックに出場する女子選手のパンチラを撮って、あやうく自分があった遭難を彼女に与える瀬戸際に、自分が監禁されたとき、同じ監禁されて殺されたパキスタンの兵士の励ましの言葉を思い出す・・。編集長の悪罵をあびながら、その写真をとりもどす。舞台に生気がみなぎった傑作だ・・・。
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by engekibukuro | 2016-07-23 10:15 | Comments(0)  

7月21日(木)S「贋・四谷怪談」椿組

原作:鶴屋南北、脚色:立松和平、構演出:西沢栄治、主題歌:友川カズキ、プロデューサー:外波山文明、新宿花園神社野外劇
 椿組の花園神社野外劇も今年で31年目になった。この永年の活動に対して、昨年「紀伊国屋演劇賞・特別賞」が授与された。ここ花園神社は、新宿区の地震の避難地でもあるので、そのめんでも安全なのだ。
 この作品は22年ぶりの再演で、西沢が新しく構成しなおした。民谷伊右衛門は山本享、お岩が松本紀保、演技陣はバラツキはあるが、それは外波山陣頭指揮のもと勢いで夏芝居らしく盛大に盛り上げた。山本の伊右衛門は、赤穂の浪人暮らしで青息吐息の浪人だが、あまり陰気な影をもたない、むしろ愛嬌がある役作りで面白い。特によかったのは松本のお岩、薬で顔を崩されても、お化けのようでなく、舞台できりりと引き締まっているのは、さすが歌舞伎の家の血統を感じさせた。ラスト、宿敵吉良に奉公しようとした伊右衛門は、赤穂の吉良攻めに加われず、舞い落ちる雪の中で孤立無援で捕吏と戦い力尽きて殺されるのだが、その倒れた伊右衛門に、霊界からお岩が現れ寄り添うのだ・・・。その松本のお岩の伊右衛門への含みの豊かさが、「贋・四谷怪談」を夫婦の愛の物語として感じさせるのだ。
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by engekibukuro | 2016-07-22 09:40 | Comments(0)