<   2016年 08月 ( 24 )   > この月の画像一覧

 

8月21日(日)

  

 トルストイの「イワン・イリッチの死」を読んだ。
先日読んだ、アトウール・ガワンデ「死すべき定めー死にゆく人に何ができるか」に死を直視した名作だと書いてあったが、まさにそのとおりの名作だ。その簡潔な文章、さすが文豪の作品、死ぬ前に「戦争と平和」を読もうかなとさえ思ったが・・・。
[PR]

by engekibukuro | 2016-08-22 08:57 | Comments(0)  

8月20日(土)「モモ」あうるすぽっと

 としまアート夏祭り2016 子どもに見せたい舞台vol,10

原作:ミヒャエル・エンデ、脚本・演出:吉田小夏、青☆組

 吉田の苦心の脚色だが、子どもにはむつかしかったかな、でも途中で帰った子どもはいなかったな・・。子どもはちゃんと面白いところをキャッチしていたのかな・・・。むつかしいと感じたのは、私のようなジイさんかな・・・。
 それにしても、吉田の舞台を、なんと長い間観てきたものだと、感慨ふかい・・。吉田さん、席まで”お暑いところ・・・”とあいさつに来てくれた・・・。


・おもろによって帰る。
[PR]

by engekibukuro | 2016-08-21 07:36 | Comments(0)  

8月19日(金)M「青木さん家の奥さんⅡ」

 KAMO2016 作:内藤裕敬、演出:荒谷清水、SPACE雑遊

 南河万歳一座の鴨鈴女が主宰する”鴨リンピック”2016”という触れ込みで、鴨のほか、新宿梁山泊の水嶋カンナ、カムカムミニキーナの藤田記子、それに橘花梨の4人の芝居だ。それにギターのゴーごー木村が参加する。「青木さん家の奥さん」は内藤裕敬の代表作といっていい名作だ・・。それに惹かれて観に行ったのだが、舞台にビールを詰める空き箱が林立しているのは同じだが、「青木さん家のの奥さん」の続きの芝居ではなかった。それに芝居の中で、鴨鈴女の芸歴35年といっていたが、南河内万歳一座をはじめて新宿のタイニアリスで観たときの面白さは格別のものだった。そのときから鴨の演技のリズムとコミカルな味は魅力的でたちどころにファンになった・・・。
 が、今回の舞台は、4人の女優のバライテイショーのようなもので、まるで私の予想していたものとはちがっていて、がっかりしたのだったが、お客さんは結構喜んで観ていて、鴨リンピックはそれなりに定着したシリーズだということは十分感じられた・・。時代は変わり、芝居も変わり、人々も変わるという当たり前のことを感じた次第だった・・・。
[PR]

by engekibukuro | 2016-08-20 09:20 | Comments(0)  

8月18日(木)「求愛」瀬戸内寂聴 集英社

 
 14編の小気味よい短編集、90過ぎてよく年齢を感じさせない小説を書けると感心した。
そのなかの「さよならの秋」から・・男との別れの小説・・・。
”どう考えても、私は瑛太のこと今でも嫌いじゃないみたい。でも、別れよう、別れたいの。瑛太に散々バカにされながら、今度のデモにSEALDsに参加して出るようになってから、人生観変わっちゃたの。だって、今の総理のだんこうしようとする戦争法案が通ったら、瑛太も戦争に引っ張られるのよ。女だって召集されるのよ。私たちの未来はつぶされるのよ。・・・・・瑛太は笑うけど、デモってる時って脳の中が透明になって、自分のことなんか無くなちゃう。みんなで生きようよって、高揚した気分が躰いっぱいにみなぎってくる・・・。” 

 
[PR]

by engekibukuro | 2016-08-19 07:43 | Comments(0)  

8月17日(水)トム・プロジェクトプロデュース

「百枚めの写真 一銭五厘たちの横丁」
 原作:児玉隆也、写真:桑原甲子雄、作・演出:ふたくち つよし、俳優座劇場

 昭和20年の3月10日の東京大空襲で下町は壊滅的に破壊されて、死者は数万人でた。だが、奇跡的にある町の一角だけが戦禍を免れた・・。桑原の戦時中の下町の庶民の家族写真をたよりに、残された家族を児玉は訪ね歩く・・・。そこで、奇跡的に焼け残ったある一家にたどり着く・・。この舞台は、桑原の数々の家族写真を舞台のスクリーンに映す・・。私は戦時中は、学童集団疎開で東京にいなかったが、映された家族写真は、子供のころ接した当時の家族たち、その父を、母を、子供たちを思い出して実に切ない気持ちになった。なんとこの庶民家族の笑顔の善良なこと、この人たちの父や成人に達した子らを一銭五厘の葉書の招集令状で戦争に駆り立てた当時の日本の非道が、一枚一枚の写真から伝わってくるのだ。この芝居は昭和四十九年に訪ねあてた一家の戦中、戦後の暮らしを描く・・。この一家も旋盤工の父親の長男が妻と幼子を残して召集され戦病死する、そして妹も空襲の余波で死ぬ。児玉の役を田中壮太郎が演じ、一家の主人を桟敷童子の原口健太郎、母を大西多摩恵が演じる。毎年8月には上演して、あの非道な戦争を思い出す、そういう一種の記念碑的な芝居だ。
[PR]

by engekibukuro | 2016-08-18 09:55 | Comments(0)  

8月16日(火)「いま、ここにある武器」

 脚本:JOE Penhall,翻訳:小川絵梨子、演出:千葉哲也、風姿花伝プロデュース、風姿花伝
 軍需産業のエンジニアが、いまの無人飛行機・ドローンの発明にかかわり、それが会社や国家にとって極秘な要素があり、それを一技術者の特許ではすまない状況になって、この芝居はその技術者の苦悩を描いた芝居だ・・・。その武器をめぐる話が、主に千葉哲也が演じる技術者と中嶋しゅうが演じる歯科医の兄との対話で進められる、その千葉と中嶋の対話、弟が陥っている状況と、それに対して人間としていかに普通に暮らすか、いわば国家的な大問題と、きわめて個人的な生活の局面が、この兄弟の会話であぶりだされてくる、そのプロセスの二人の芝居、その千葉、中嶋の演技を堪能できる、問題は問題だが、なによりこの演劇性そのものの熟度を楽しめるのが、この舞台の成果だ・・。千葉をめぐる企業側の人間を演じる那須佐代子、斎藤直樹も、千葉の演出が現出させたこの芝居のトーンを深めて、現代社会のかかえる危機的状況とそれにまつわる個人の生活、生き方の軋轢の密度を深めていた。
[PR]

by engekibukuro | 2016-08-17 09:49 | Comments(0)  

8月15日(月}「一九四八年」早川書房

 ジョージ・オーウエルの新庄屋哲夫訳版は表題は「1984年」、新訳版の高橋和久訳は「一九八四年」だ。旧訳を読んだとき、どうしても読み進められなかった。この本は、全体主義国家に言及される時に”これはオーウエルの「1984年」に書かれた世界だ”という風に引用されるのだが、どうしても読めず、途中で投げ出していた。今回、「新訳版」を読んだのだが、それでも事情は変わらず、読めなくて、おまけに解説が、難解で知られたトーマス・ピンチョンだから、なおさらダメで・・・。
 しかし、新版の訳者のあとがきで、「読んでいないのに、見栄によるのか礼儀によるのか、読んだふりをしてしまうという経験は万国共通らしく、英国でもかなりの人が身に覚えがある、と拷問にかけられなくとも告白しているらしい。しかも英国での「読んだふり本」第一位がオーウエルの「一九八四年」だというのである」と書いている。そうかやっぱりとか思ったのだが、わたしは「読んだふり」はしないぞ・・。ただ、面白くなくて進めなかっただけで、多分、名作を読むことに挫折したのだ。
[PR]

by engekibukuro | 2016-08-16 09:18 | Comments(0)  

8月14日(日)

 アトウール・ガワンデ「死すべき定めー死にゆく人に何ができるか」
 原井宏明訳 みずず書房

 著者は外科医であるが、アメリカの代表的な高級誌「ニューヨーカー」の常連ライターだ。
この本は、人間が年老いてからどう暮らしてゆくか・・。そのための、アメリカのさまざまな施設を紹介し、それぞれの高齢者の病気との対し方を、綿密に取材し実例をあげて書き、アメリカの高齢者の実像を描きあげる。医学的な細かい事例もわかりやすく書かれているが、それぞれの人間像がまるでその場で会えたような臨場感豊かに描かれている。特に著者の父、インドからアメリカにやってきて、泌尿科医として成功した父の死に際しての医学的なプロセスを詳述する。さまざまなできうる限りの治療をするのだが、やがてなくなる。遺言によって、故郷インドのガンジス河に骨を流す・・。この本が素晴らしいのは、死にゆく人間の最後の在りようを、医学的な知識を中核にして書く文章そのものが魅力的なことだ。私はこの本が扱っている高齢者だが、普通この種の本を読むのは苦痛で避けるのだが、さすがみすず書房の出す本だ・・。またたくまに読んでしまった。
[PR]

by engekibukuro | 2016-08-15 09:08 | Comments(0)  

8月13日(土)M「天球儀」紀伊国屋ホール

作・演出:末満健一
”山荘「天球儀」に集められた7人の招待客たち。そこではある人物の葬儀が行われるという。姿を見せぬ山荘の主からの要求はただひとつ。「蓬茨奏音(ほうしかのん)の死を悼むこと」。だが、招待客は誰一人として「蓬茨奏音」という人物をしらないと言う。亡骸のなき葬儀。「蓬茨奏音」とは何者なのか?彼は本当に死んだのか?互いに共通点をもたない7人の招待客は、なんのために「天球儀」に集められたのか?。その事実が明らかにされる時、7人の招待客は己の実存を失うー人間の記憶が脳ではなく、「スフィア」と呼ばれる外装置に置き換えられた世界線の現代日本を舞台に、殺人事件の起こらないミステリーがか開幕する。”
 青年座の大塚仁志や花組芝居の加納幸和というベテランも出演している。日本の舞台劇としては珍しい本格ミステリーだ。構成も、物語の進み方も密度が濃く、重厚な舞台である。「スフィア」という装置でSFの要素も大きい物語だ。近ごろ、珍しい芝居だった。
[PR]

by engekibukuro | 2016-08-14 09:33 | Comments(0)  

8月12日(金)








 ・東京医科歯科大学へ。各種検査で終日過ごす。
 ・アトウール・ガワンデ著「死すべき定めー死にゆく人は何ができるか」(むすず書房)
を読みだす。著者はインド系アメリカ人、ハーバード大学教授で、雑誌「ニューヨーカー」での科学部門のライターで、執筆記事はベスト・アメリカン・エッセイ2002に選ばれた。たしかにぐいぐい読ませる文章だ・・・。
[PR]

by engekibukuro | 2016-08-13 09:46 | Comments(0)