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1月30日(月)映画「沈黙」


 スコセッシ監督の「沈黙」を池袋シネマサンシャインで見た。
 遠藤周作の原作の面白さの記憶があったし、なにしろそれを名作「タクシー・ドライバー」の監督のスコセッシが監督するというので期待が大きかった。
 が、どうも過酷なキリシタン弾圧の映画なのだから、重苦しいのは当然だが、ぜんたいの映画そのもの重苦しさはちょっと耐えられなかった。二人の宣教師がキリシタン弾圧下の長崎に潜入して、宣教と告解の儀式にと、信徒たちの必死の擁護下で活動するのだが、信徒への幕府の過酷な弾圧での信徒が??耐え切れずの裏切りなどにより、ついに幕府にとらわれ、一人は殺され、一人はキリスト像の踏み絵を強いられ、背教する・・。日本は、キリスト教が育つ地ではない、それが育たない沼地だということになる。にもかかわらず、どんな過酷な状況ででも、信仰の光が一条でも射しているシーンがあればと思ったのだが・・。どうも、親が唯物論者で共産党員で家にキリスト像はおろか仏壇も神棚もない家に育った人間には、宗教とはまったく無縁の人間なのだと思い知ったのだった。
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by engekibukuro | 2017-01-31 09:42 | Comments(0)  

1月29日(日)

 「国際演劇評論家協会日本センター/シアターアーツ主催 劇評講座」が座・高円寺で開かれた。
今回は、ちょうど、2月2日が初日で座・高円寺で上演される、トラッシュマスターズの「たわけものの血潮」の作・演出の中津留章仁氏を呼んで、「演劇の未来と可能性について」というタイトルで、日本センター会長の新野守広氏を聞き手にして開かれた。資料をみると、おびただしいくらいの数々の演劇賞の受賞、年間、自ら主宰するトラッシュマスターズのほかの劇団にも、精力的に書き下ろし、演出もする。まさに、油ののりきったであることがわかる。特に中津留氏が、演劇がその時代を映すアクチュアルな鏡だという定義を実地に実行している劇作家だということが如実に感じられる話だった。単なる社会派の作家ちうだけではない、中津留氏の劇は、これからもきちんと評価しなければならないと思った。
 稽古のダメダシで後からくという中津留氏をのこして、高円寺の沖縄料理屋で懇親会。「悲劇喜劇」の元編集長の今村さんとゆく。その席で、文学座の研究所を出て「平泳ぎ本店」という劇団を立ち上げた演出の藤代修平さんと鈴木大倫さんと会う。いろいろ文学座時代の話を聞き、こんど新しい劇団の芝居を観に行くことにする・・。ほかに中西理さんも話に加わって・・。遅くなって中津留さんとは合わずじまいで今村さんと帰る。
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by engekibukuro | 2017-01-30 09:45 | Comments(0)  

1月28日(土)M「マクベス」カクシンハン

演出:木村龍之介、作:W・シェイクスピア 翻訳:松岡和子、東京芸術劇場シアターウエスト

 若々しく、意欲的な「マクベス」だった。シェイクスピアの四大悲劇のなかでは、私にはなかなか良い舞台に巡り合うことが少ない悲劇であり、全面的に首肯できるような舞台にまだ巡り合っていない。”きれいは、汚い”々の魔女や、その他有名な見せ場はたくさんあり、その見せ場々を綱渡りのようにつなげてゆく舞台が多くて、マクベス個人そのもの悲劇性が大きく浮かび上がってこないのだ。この舞台の演出も新趣向が数々あり、カクシンハンの意欲を感じさせるものだった。戦いのシーンはのっけから、折りたたみ椅子の開閉を使って、大勢の兵士の戦いを訪仏させ、兵士ら登場人物の衣裳も一見すると下着のような薄物で、真以美扮するマクベス夫人も真っ赤な衣装で断髪だ。そういうアイデアで見せ場を大きく表現して、マクベスを演じる河内大和は皮ジャン姿で演じぬく・・。たいへんな意欲作であることは確かだが、趣向倒れの感じのところもあり、「マクベス」という戯曲の難しさを改めて感じたのだった。だが、カクシンハンのシェイクスピアへのたゆまぬ挑戦は敬意に値する。
・おもろへ。今日は中川君がきて、独り酒をまぬがれた。彼もとうとう定年だそうだ。おお、年月よ!という感しきり・・。
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by engekibukuro | 2017-01-29 10:29 | Comments(0)  

1月27日(金)

 
 ・東京医科歯科大へ
 今日はPET検査、これは癌の検査で、FDCという薬を静脈注射し、撮影に適した状態になるまで個室に入って1時間なにもしないで待つ。本も読めない。それから撮影する。

戌井昭人の短編小説集「酔狂市街戦」(扶桑社)を読みだす。この本の装丁はタグチトモロウだ。学生時代に芝居をはじめて、五十歳を過ぎた独り者の話で、学生の時観たアングラ芝居「烏賊座」に観劇し、そのあとの飲み会に誘われ、それからその劇団で芝居を続けている・・。とんでもない飲んべえで、あまりに飲みすぎるので、若い劇団員が家でカナリアを飼って、寂しさを紛らわせなさいとう忠告を受けて、レモンカナリアを部屋で飼うことにする。それをすすめてくれた若い劇団員が、一緒にカナリアを買いいってくれて、別れたそのあとで無謀運転の車によって死ぬという悲しいことが起こるのだが、年をとってもバイトをしながら芝居を続けていく芝居の魅力に取りつかれた男の、悲哀と喜びがないまぜになった芝居の魔力を描いた傑作だ。この小説は、いまは廃刊になったen-taxiはいという雑誌に掲載されて、そのとき読んだのだが、再読してその感を深くした。
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by engekibukuro | 2017-01-28 11:02 | Comments(0)  

1月27日(金)

 
 ・東京医科歯科大へ
 今日はPET検査、これは癌の検査で、FDCという薬を静脈注射し、撮影に適した状態になるまで個室に入って1時間なにもしないで待つ。本も読めない。それから撮影する。

戌井昭人の短編小説集「酔狂市街戦」(扶桑社)を読みだす。この本の装丁はタグチトモロウだ。学生時代に芝居をはじめて、五十歳を過ぎた独り者の話で、学生の時観たアングラ芝居「烏賊座」に観劇し、そのあとの飲み会に誘われ、それからその劇団で芝居を続けている・・。とんでもない飲んべえで、あまりに飲みすぎるので、若い劇団員が家でカナリアを飼って、寂しさを紛らわせなさいとう忠告を受けて、レモンカナリアを部屋で飼うことにする。それをすすめてくれた若い劇団員が、一緒にカナリアを買いいってくれて、別れたそのあとで無謀運転の車によって死ぬという悲しいことが起こるのだが、年をとってもバイトをしながら芝居を続けていく芝居の魅力に取りつかれた男の、悲哀と喜びがないまぜになった芝居の魔力を描いた傑作だ。この小説は、いまは廃刊になったen-taxiはいという雑誌に掲載されて、そのとき読んだのだが、再読してその感を深くした。
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by engekibukuro | 2017-01-28 11:02 | Comments(0)  

1月26日(木)

 高村薫「土の記」の下巻を読む。主人公が住んでいる奈良から大震災の起こった福島まで800離れているが、この村落まで有形無形の影響を及ぼし、村の若い人はボランテイアで東北行く・・。主人公の伊佐夫は日々の農作業、特に天然の茶畑の世話が早朝の仕事で、それから田や畑に回るのだが、蜩(ひぐらし)が鳴き続ける木立、田や畑には、ナマズやザリガニやさまざまな小魚がいて、そういう場所で働く雰囲気は、今の時代にも自然が豊かに生きていて、それらに囲まれながら生活している伊佐夫をなにかうらやましい気もするのだが、妻を事故で亡くして一人暮らしだったのが、近所から犬を一匹もらわらずをえなくなって、今は犬がついてまわる・・。それにしも、交通が不便で、この村落の家は見な車を持っていて、それが伊佐夫は軽自動車だが、この土地の人はではベンツやBMWをざらにもっている・・・。小説は、この小説の暗い部分、亡くなった妻の浮気の記憶などの影も消えないのだが、とうとう伊佐夫も認知症の症状がでてきた・・。老化の歴然たる兆し・・。この下巻の帯の惹句は”生の沸点、老いの絶対零度”とあるが、その領域に入り、これが私にも身に染みるのだが、この小説の素晴らしさは、奈良の山村で生きる人々の、奈良ならではの古い格式のある暮らしの描写と、主人公伊佐夫を描く、句点のなかなか来ない粘着力のある文体で、読者に巧み追体験させる文章だ。これは人間の心のありのままを書きつくすプルーストの文章を思わせるものだ・・。とにかく新年早々の充実した読書体験だった。
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by engekibukuro | 2017-01-27 09:58 | Comments(0)  

1月25日(水)M「ザ・空気」二兎社

作・演出:永井愛、東京芸術劇場シアターイースト
 テレビ局の話だが、まず、セットが、テレビ局の内部らしからぬ、簡単な椅子があるだけの抽象的な部屋(美術:太田創)で、同じ部屋が、20階とかほかの階にもあり、まったく無機的な感じが、この芝居のマチエールを如実に伝える。ある番組を放映する局内のスタッフの話。出てくるのは、編集長今森(田中哲司)、キャスター来宮(若村麻由美)、アンカー大雲(木場勝己)、デイレクター丹下(江口のりこ、編集マン花田(大窪人衛)の5人。この芝居での番組は「ニュース・ライブ」、具体的には、編集長はぜひともほ放映したいニュースがあるのだが、それが上層部に承認されるか、そのことに関してスタッフがどう感じ、思っているのかが、さらに上層部は許認可権のある総務大臣がどうおもうかなど、一つの番組をめぐってみな気を使って、結局無難に、無難にということになって、編集長がぜひとも伝えたいニュースはうやむやになり、かって同じ状況で絶望した飛び降り自殺した編集長と同じように飛び降りてしまう、幸い途中に障害物があって命は助かるのだが、テレビマンとしては終わる。この芝居は題名どうり、今の日本の空気を読みそこなう恐怖が、じわじわ迫ってきて、そのザ・空気がほんとうは何なのか、というより、慮りだけが先行して、本当のことが消去されてしまう現実を永井はきわめて簡潔に伝えたのだ。いまの安部政権下のマスコミがなにかおびえているような、弱弱しい感じを受けることが、この芝居で解明されたとを感じ、演劇がその時代の鏡の役割を果たすということを証明した、アクチュアルでそれを伝える俳優の面白さも満喫できる舞台だった。
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by engekibukuro | 2017-01-26 10:27 | Comments(0)  

1月24日(火)M「戸惑いの惑星」

作・演出:G2、音楽監督:荻野清子、東京グローブ座
 坂本昌行、長野博、井ノ原快彦の3人が出演。
劇場に入って驚いた・・。私の両わきの新聞社関係の男性以外、ほとんど女性・・。
人気タレントの公演ならではの光景・・・。私も毎朝テレビのあさイチでみる、井ノ原快彦ーイノッチの舞台は見たかったのだから・・。
 3人とも歌を唄う、Play with Musicとする音楽劇で、”生きることに戸惑う3人の男たちが深くあしまいこんだいた「本当の自分」と再会するための心の旅路、取り戻したいのは過去か、それてとも未来なのか・・”そういう心の光景を唄い、演じるのだが、3人ともきちんと演じて、とてもスター気取りのみじんもないとても感じの良い舞台だった。、
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by engekibukuro | 2017-01-25 11:05 | Comments(0)  

1月23日(月)



★佐伯隆幸さんが亡くなった!このごろ劇場で、お会いできなくなっていたと思っていたが、まさか亡くなるとは、まだ75歳だ・・。黒テントの中心活動家で、アングラ演劇の優れたイデオローグで、専門のフランス演劇では、コルテスの不朽の名訳者だった。人間としても実に面白い人で、私のようなそれほど昵懇でないものでも、お会いするのが楽しみだった・・。演劇書でも大著もあるが、これからはコルテスを読み、願うことならの佐伯訳コルテスの芝居の上演を観たい。合掌!

 今年初の”俳句を作る演劇人の会”が神保町の銀漢亭で・・。兼題は「火の番」「初暦」
私は、”火の番の歩数と競う星の数”を伊藤真紀さんに採っていただき、”初暦傘寿の山の向こう側”を谷岡健彦さんと、大西酔馬さんに特選で採っていただいた。これはうれしかった。
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by engekibukuro | 2017-01-24 09:53 | Comments(0)  

1月23日(月)


★佐伯隆幸さんが亡くなった!このごろ劇場で、お会いできなくなっていたと思っていたが、まさか亡くなるとは、まだ75歳だ・・。黒テントの中心活動家で、アングラ演劇の優れたイデオローグで、専門のフランス演劇では、コルテスの不朽の名訳者だった。人間としても実に面白い人で、私のようなそれほど昵懇でないものでも、お会いするのが楽しみだった・・。演劇書でも大著もあるが、これからはコルテスを読み、願うことなら佐伯訳コルテスの芝居の上演を観たい。合掌!

 今年初の”俳句を作る演劇人の会”が神保町の銀漢亭で・・。兼題は「火の番」「初暦」
私は、”火の番の歩数と競う星の数”を伊藤真紀さんに採っていただき、”初暦傘寿の山の向こう側”を谷岡健彦さんと、大西酔馬さんに特選で採っていただいた。これはうれしかった。
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by engekibukuro | 2017-01-24 09:53 | Comments(0)