9月2日M「モグラ町一丁目」(作・演出:前川麻子)

龍昇企画、theatre iwato。前作はモグラ町に住む、どうしようもないダメ人間の群像を前川がいとおうしく描いた、演劇復帰の快作だったが、続編のこの舞台は、ややこしくわかりにくい、前川の才気が空転ぎみで残念ながら不発の舞台だった。
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# by engekibukuro | 2009-09-03 11:53 | Comments(0)  

8月30日M「304」(作:蓬莱竜太、演出:茅野イサム)

あうるすぽっと。この芝居は2004年にOFF OFFシアターで初演されたそうだ。1時間ちょとの小品だが、思わぬ傑作だった。蓬莱の力量をまざまざと感じた。池袋北口のふるびたアパートの304号室。この部屋に数年前高校の同級生だった男4人と女ひとりがたむろしている。ボスのマツザキは不在であとの4人がゴロゴロしている。この連中はマツザキがもってくる怪しげな仕事をしている。簡単な仕事のわりには報酬がいからだ。ただ、仕事の内実はマツザキは知らせない。知らないことが条件なのだ。連中はマツザキの秘密を知りたがってその話をしているが、マツザキが現れるまでの会話が上手い。マツザキの出現をいやおうなく期待させる。現れたマツザキは不可解で不気味な男だった。その日の仕事は鞄をどこかのロッカーに入れてくるだけのことだったが、鞄の中を絶対見てはいけないと厳命されていた。それをなんかの拍子に見てしまった一人が余りの驚きで鞄を届けず隠してしまった。中身は芝居の最後まで分からない。これでマツザキの仕事は破綻した。マツザキの兄という中年男が現れキレまくってマツザキをボコボコにする。仲間は解散する。これだけの話だが、舞台は得体の知れない不安感が充満して緊張感が募ってくる。ゴロゴロしている男女の下らない会話とか振る舞いが一つ一つ生きていて芝居の芯を深めてゆく。現今の壊れた社会を体感させるようだ。蓬莱の劇作術に感嘆した。茅野の演出も丁寧にテキストを生かす。マツザキを演じた青柳翔が不可解で複雑な男の存在感をじかに感じさせ、平良政幸の兄の怖さが圧巻だ。他の役者も役と実生活が密接だからか、ものすごくリアル。舞台劇でしか味あえな面白さを満喫させてくれた。
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# by engekibukuro | 2009-08-31 14:41 | Comments(0)  

8月29日M「ジャンヌ・ダルクーイオアナと炎」

作:マテイ・ヴィスニュック、演出:ペテロ・ヴトカレウ、レパートリーシアターKAZE。「KAZE ビエンナーレ国際演劇祭2009」としてルーマニアの作家マテイ・ヴィスニュックの芝居を4本上演。その第3弾がこの芝居。演出はルーマニアの隣国モルドバのペテロ・ヴトカレウ。モルドバの男優二人、女優が一人客演した。フランスの田舎娘があるとき天の神の声を聞き、国難を救い、それが最後には魔女の仕業とされ火あぶりの刑に処される。よくしられたジャンヌ・ダルクの物語だ。一介の村娘が天からの声を聞いて奇跡を起こすなどのことが許されたらカトリック教会の存在理由が喪失してしまう。神を独占する地上の権力と神の天啓とじかに接した村娘の対立、相克。ジャンヌ・ダルクの舞台はそれこそアヌイのものをはじめ、無数にあるが、ペテロの演出は巨大なマリオネットとか、人形を使った舞台を華やかにする工夫が一杯で、その中からジャンヌの悲劇が劇的に浮上してくるヴィジョンを魅せる、そういう予感は確かにあったが、残念ながらそれが十分に達成されたとはいえないようだ。村娘が一瞬でもこうむっただろう天啓の超越的な場面を見せて見せてほしいなどとはいわないが、KAZEの俳優が今一歩力が足りないような気がした。モルドバの俳優と比べてもそう感じた。努力していることは十分分かっているが・・・。とはいえ、ルーマニアのユニークで魅力的で、今の世界で貴重な劇作家をきちんと日本に紹介したKAZEの功績は十分称えられる。
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# by engekibukuro | 2009-08-30 09:29 | Comments(0)  

8月28日S「天災詩人・藤富保男の世界」新宿ピットイン

天災は天才の間違いじゃない。藤富は高齢だが現役の前衛詩人。わたしの今の日本の詩人では一番好きな詩人だ。藤富の所属する同人詩誌「gui」の主催、企画は詩人としてもジャズ評論家としても知る人ぞ知る奥成達、残念ながら二人とも病気で来られなかったが、楽しい会だった。これは朗読がWAHAHA本舗の佐藤正宏で、共演するのが坂田明らのジャズだから、いやがうえにも盛り上がった。メンバーは渋谷毅(p)、石渡明宏(g)、外山明(ds),上村勝正(b)、坂田明(sax)。佐藤も朗読もよかったが、圧巻は坂田明のサックス。素晴らしい音色とエネルギー、縦横無尽のサックスとクラリネットの扱い、ボイスパフォーマンスもむちゃくちゃ面白い・・。藤富の詩のサンプルとして「穴」という詩を写す。               
                 昼すぎ、枯木の根を一本抜く
                 夕方 虫歯を抜く
                 夜 名月を見ながら
                 鼻毛四本の次 短い五本目も抜く
                 深夜 錆びた太刀を
                 非常に非情に抜く
                 明け方 ゆっくり
                 誠実と嘘九百の舌を抜く
                 
                 次の朝 もう抜くものないか
                 
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# by engekibukuro | 2009-08-29 12:37 | Comments(0)  

8月27日M★「エル・スール」S★★「寺山修司」

★作・演出:東憲司、トム・プロジェクト、本多劇場。舞台は東の故郷福岡。博多の長屋だ。そこに住む貧しい人々、朝鮮人一家。それと石炭廃絶の三池の労働争議の敗北から流れてきた遊郭の女。時は昭和33年。西鉄ライオンズが日本シリーズの巨人戦で3連敗から鉄人投手稲尾の豪腕で4連勝し優勝した年。ラオンズは福岡の博多の人々の夢だった。ライオンズが勝てば貧しさも苦しさも一切忘れられた。東はそんなライオンズにまつわる長屋の人々の暮らしを、熱狂的なファンの一人の少年を通して、愛おしさに溢れた筆致で描く。少年をたかお鷹がはげ頭の實年齢で演じるのが一つのミソ。ほかに一寸淫らな長屋のオバサンを松金よね子が快演。東の郷土愛にじかに触れる舞台だが、台本も俳優もやや気が張りすぎた感もある。東の劇団「桟敷童子」の外山博美がラストに今の時代の少年役でちょっと出てきたとき、少しホットしたのそのせいか・・・。
★★作・演出:高取英、月蝕歌劇団、紀伊国屋ホール。これは高取の「寺山修司 過激なる疾走」(平凡社刊)を舞台化したもの。初演は昨年の8月で大好評だったので劇場側から再演を要請されたそうだ。また、この上演は月蝕歌劇団25周年記第一弾だ。よくもこの「暗黒の宝塚」と呼ばれた特異な劇団がここまできたものだ!高取英の夢の持続力・・。この舞台も鷹取の師である寺山の生涯をあますところなく描ききっている。特に中心は母親の寺山ハツとの凄まじい地獄のような母子関係の愛憎の深さの描出。むろんバックにはJ・A・シーザーの呪術的な音楽のうねりのにのった、セーラー服、レオタード姿など異装の少女たちの群舞が舞台を圧する。毎回新人が加わる少女役の多数のメンバー、高取のオーラが健在の証拠だ。
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# by engekibukuro | 2009-08-28 09:12 | Comments(0)