7月10日M「COCO」ル テアトル

脚本・作詞:アラン・ジェイ・ラーナー、演出・翻訳・訳詞:G2。1969年にキャサリン・ヘップバーンがCOCOを演じて大評判になったブロードウエイ・ミュージカルだ。こちらのCOCOは鳳蘭。演技、歌唱とも圧倒的な迫力でシャネル・ココを演じきった。助演の湖月わたる、岡幸二郎、大澄賢也、鈴木綜馬、今陽子が鳳を立派に支えた。G2という演出家にはわたしは良い観客では無かったが、この舞台はバランスの良い適切な演出だった。とにかく鳳の存在感が舞台全体を支配した、彼女のこの役に対するほれ込みようがじかに伝わる舞台だった。
★同日am。シネカノンで西川美和監督の「デイア・ドクター」を見た。前作「ゆれる」もよかったが、この映画で日本の代表的な映画監督であることを示した。それに主役の偽医者を演じた笑福亭鶴瓶が素晴らしい。落語家の余技どころか立派な映画俳優だ。ラストの偽がばれて、警察に追われて東京の病院の看護人に潜り込んで、その病院で偽医者のときに誤診した八千草薫の老女に会ってしまい、二人が思わずクスクス笑いあうシーンが秀逸。
★★同日夕方。上野の森美術館「高橋コレクションーネオトニイ・ジャパン」高橋竜太郎という精神科医のコレクション、村上隆、会田誠、奈良美智、芋味ら、よくもこれだけ集めたものだという逸品ぞろい。日本の現代絵画の感性が館ぜんたいにみなぎっていた。日本の現代絵画が海外市場でおお売れに売れていることがよくわかる。ネストニイ(幼形成熟)の絵画は世界の荒廃感を癒すのだろう。演劇ではネオトニイの劇作家は前田司郎かな・・・。
同日夜。村上春樹「1Q84」読了。本は買ったのではなく、20年来の池袋の沖縄料理店「おもろ」の飲み友達有田芳生(今度東京12区から新党日本で衆議院に立候補している)からのお下がりだ。朝日新聞の文芸時評で斉藤美奈子はこの小説を娯楽小説だと書いていたが、まずは娯楽として至福の時間を過ごせた。しかし、娯楽だけでは収まりきれないなにか不気味な、大きな転換をはらんだ得体の知れないものがある。それはこれから考えよう。そういえばネストニイ・ジャパンの画家たちと村上の感性は通じるものがある。両者とも世界で売れているし・・。この小説にでてきて話題をさらっている謎のリトル・ピューピルは奈良の描く、怪しい視線を放っている幼児のような姿なのかなとも思えてくる。
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# by engekibukuro | 2009-07-11 09:17 | Comments(0)  

7月9日M★★「夏の夜の夢」S★★「ベンガリの虎」

★演出:エドワード・ホール、プロペラ、東京藝術劇場。むくつけき男ばかりの「夏の夜の夢」これはこtれで面白いが、特に職人芝居の部分は傑作だ。ただ、若い恋人たちは、6月にジョン・ケアードのオーソドックスな傑作を観たせいもあってか、ちょっとひいた。プロペラは断然「ヴェニスの商人」だ。
★★作:唐十郎、演出:金守珍、新宿梁山泊、井の頭公園特設紫テント。李礼仙を思わせる水島カンナのヒロイン、中山ラビの歌、旧状況劇場の十貫寺梅軒、田村泰二郎の牽引力などによって、また金らしい楽しいスペクタクルもふんだんで、、金はこの傑作戯曲の内容をあますことなく表現した素晴らしい舞台だった。金の唐への熱い思いと、唐世界を継承する意志をひしひしと感じた。
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# by engekibukuro | 2009-07-10 09:29 | Comments(0)  

7月8日M★「奇っ怪」S★★「ヘッダ・ガブラー」

★原作:小泉八雲、構成・脚本・演出:前川知大。仲村トオル、池田成志、小松和重と有力俳優が出演した。八雲の怪談から五つの話を選んだ。日常からの逸脱を芝居のコンセプトにしてきた前川には怪談はうってつけで、面白い舞台だった。ただ、大劇場での芝居を主にする役者の声が小さなトラムでは大きすぎて多少耳障りだったことと、アンサンブルとしてはイキウメの単独公演をみたいなと思ったこと・・・。
★★作:ヘンリック・イプセン、上演台本:笹部博司、演出:吉川貴義、赤坂レッドシアター。プロヂューサー笹部の若手演出家によるイプセン上演3作目。ヘッダを演じた小沢真珠はキレイだし、一つの性格をスムースに演じb抜いた。ただ、もうちょっと自身の葛藤をみせないと、とは思った。
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# by engekibukuro | 2009-07-09 10:40 | Comments(0)  

7月7日S「ヴェニスの商人」(演出:エドワード・ホール)

東京藝術劇場の芸術監督に就任した野田秀樹が英国の劇団プロペラを呼んで幕開きの芝居にした。さすが野田が呼んだだけあって刺激的で充実した舞台だった。全員で14人の男性だけの劇団。エドワード・ホールはロイヤルシェイクスピアカンパニーの演出家だった。この芝居は刑務所の囚人たちが演じるという構えになっている。全員囚人服。従来のシェイクスピア劇のコンベンションはことごとく排除されて、シェイクスピアと現代を直結させた。とくに裸になったアントーニオの肉をナイフでじかに切り取ろうとするシャイロックを、ポーシャが全力で阻止しするシーンの迫力は凄まじい。そのまわりで騒ぐ人々の反ユダヤ主義の叫びは、ホロコーストの記憶を呼び覚ます。だからといってゴツゴツした芝居ではなく、要所に潤滑油として流れる簡素な音楽での癒しのときがあり、ラストにはシェイクスピア本来の愉悦の場が確保されている。エドワード・ホールの演出とプロペラのアンサンブルの新鮮きわまりない舞台だった。
★岩波ホールで羽田澄子監督の「嗚呼 満蒙開拓団」を見た。国家の戦略で送り出したのに、敗戦後放り出した国家の罪悪をひしひしと感じさせた映画。当事者のインアタビューで聞く悲惨さは、日本人がこの悲惨を直視して記憶にとどめることを避けて繁栄を築いたこと、それが壊滅した今、日本人にこの歴史を見捨てたトラウマが消えることなくうずいていることを明かした映画だった。生き残った方々がいま平安に暮らしているようなのがせめてもの救いだ。83歳の羽田監督の艶やかな声でのナレーション、旧満州の風景の映像の美しさがせめてもの癒しになっていた。、
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# by engekibukuro | 2009-07-08 12:17 | Comments(0)  

7月5日M「あたしちゃん、行く先を言って」

テクスト:大田省吾、構成・演出:三浦基、川崎市文化センター アルテリオ小劇場。舞台全面にブロックが敷き並べられて入る。中央左寄りにおおきなスクリーン。そこに様々な風景が映し出される。役者たちはこのブロックを渡り歩き、走りながら大田のテクスト(大田の演劇論も)を喋り、語る。完成途上だというが、全体これはどういう試みなのか。
歩行、走行の姿、それぞれの役者の語り、映像の風景も三浦の美意識に裏打ちされていて十分楽しめるが、核というものがつかめない。美しき判じ物か・・・。ただ、個人的には安部聡子がみられるだけで満足。彼女の青年団の「S高原にて」の初演のときに演じた舞台を凍らせるような冷酷な女のイメージが忘れられないからだ。今回も、自分の持ち味を出し切っていた。
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# by engekibukuro | 2009-07-06 09:49 | Comments(0)