1月24日M「別役実3本立公演」Pカンパニー西池袋スタジオP

三作ともバス停とベンチのある舞台。
「バス停のある風景」(演出:木島恭)子はバスを待つ二人の男女がベンチに座っての会話劇。一寸した挨拶代わりの会話が妙にこじれてきて、尾をひいてしまい、バスが遅れてこないので、ますます深みにはまってしまう。強迫神経の進行(男)と軽い嘘が重大になっていまった(女)の会話が、人間というものの得たいの知れなさを感じさせた。
「或る昼下がり」(演出:小笠原響)は自分の赤ん坊を圧死させた女に罪をきせられそうのなる保険の外交員の話で別役の不条理ブラックコメデイのサンプルといっていい。
「湯たんぽを持った脱獄囚」(演出:小笠原響)は興信所の調査員が調査対象の男の妻の手の込んだ策略に陥り、殺されてしまう話だ。これは話を作り過ぎていて、観ていて、別役文体が肌にまとわりつくようで一寸疲れるが・・。いずれにしても3作とも別役劇のエッセンスともいうべき芝居で、演出も俳優たちも別役劇の勘所を手の内に入れていて、別役芝居のテイストを満喫させてくれた。
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# by engekibukuro | 2010-01-25 12:00 | Comments(0)  

1月23日M「岸田国士小品選」(演出:西川信廣)

プロヂューサー:衛紀生(可児市文化藝術振興財団)。「紙風船」「葉桜」「留守」の3作品。「紙風船」は結婚1年目の夫婦が日曜日をどう過ごすかの話。「葉桜」は母が娘の見合いの相手の男が、どう娘とつきあっているのかを娘に根掘り葉掘り聞きただして、嫁入りを受けるかかどうか思い悩む話。「留守」は主人夫婦が外出中の女中が、隣の同じ状態のj女中を呼んでいろいろ噂話をして、それに八百屋の若主人が加わる。三作とも岸田が、小市民、庶民の暮らしの中での喜怒哀楽をいかに愛しんでいるかが如実に感じられる芝居だ。「紙風船」は村井麻友美と若松康宏、「葉桜」は音無美紀子と村井の実母と子が演じる。「留守」は音無、若松に浅丘めぐみが加わる。「留守」は浅丘の隣の女中が、寿司桶をおごって、それが海苔巻きだけだといううのが可笑しい。「葉桜」は新派めくが、「紙風船」は古典的傑作だ。テレビのない時代に、若夫婦が日曜日をどう過ごすか、夫婦の会話が人間の実存の深みにおちそうになると、あわてて回避する様子がみていてどきどきする。テレビのある今でも若夫婦の日曜の過ごし方は決着のつかない課題だろう。三作ともそこはとないエロスが漂うのが肝た。
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# by engekibukuro | 2010-01-24 10:56 | Comments(0)  

1月22日S「TVロード」(作・演出:加藤一浩)東京乾電池

ザ・スズナリ。夜中の街を右往左往する総勢31人の男女の、その今現在の姿を捉えた芝居。清掃のボランテイアの仲間とか、便利屋だとか、様々な目的や用事をかかえてはいるが、それらの人々の言動の常識にかからない言動のフシギさが活写される。ショートピースの錯綜したつらなりだが、芝居の舞台でどれだけ人間の言動を自由に描けるかの、それを極限まで試した芝居ともいえる。ただ、こういう芝居特有の一種の弾みのようなものがあれば、もっとのっていけるのにとは思う。いずれにせよ加藤独特のテイストで、後をひく芝居ではある。
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# by engekibukuro | 2010-01-23 10:02 | Comments(0)  

1月19日M★東京グローブ座★★シアターコクーン

「冬のライオン」(作:ジェームズ・ゴールドマン、訳:小田島雄志、演出:高瀬久男)幹の会+リリックプロヂュース。西ヨーロッパに強大な国を築いたヘンリー2世と、その妻フランス王妃だったエレノアの物語。舞台は王の後継者問題に決着をつける1183年のクリスマス・イブの出来事。登場するのは王、王妃、三人の息子、フランス王フイリップ、その異母姉でヘンリーの愛人皇女アレー。
 この劇はシェイクスピアの歴史劇との類似をすぐ感じる設えだが、出てくるのは男女7人だけだ。シェイクスピア劇のような配下や兵士は出てこない。広大な城の空虚感だけが漂う。いわば狭まれた家庭劇の様相だ。それぞれの人物たちが言ううことは本音と嘘の繰り返しで、観ていて彼らの真実はまったく闇の中で全然わからない。その心理的駆け引きがこの芝居の、事実も真実も変転極まりなく、ただただ人物たちの孤独感だけが浮上する。だから力のない役者が王と王妃を演じたら、退屈してしまうだろう。しかし、ヘンリーを演じた平幹二朗とエレノア役の麻実れいの驚異的な名演技で退屈どころか圧倒さてしまった。後期高齢者とは思えない力のみなぎった壮年の王を演じる平は、長台詞をよどみなく悲喜劇的に語り、王の複雑な心を白日の下にさらしてゆく。麻実の逆境においても微塵も誇りを失わず、ヘンリーと対等に渡り合い、狡知の限りを尽くし、さらにヘンリーを心から愛する無垢な女心も華麗にちりばめる。その複雑な演じ分けはさながら黄金比のごとくで、まれにみる女性像を演じぬいた。パンフで谷岡健彦氏が、この芝居は王位を狙う息子たちの芝居だが、さらに王と王妃を演じるベテラン俳優を継がんとする次代の俳優たちの戦いの場でもあると書いていたが、平、麻実以外の三浦浩一、廣田高志、小林十市、城全能成、高橋礼恵らはそれぞれの役を的確に演じていたが、平、麻実の域に達するのはまだ大変な距離があるとは思うが、頑張ってほしい。王と王妃という人間の中では最高度の力であらゆる経験をしつくす人物が、最後にたどり着く虚しさが、逆に虚しさの豊かさとしかいうしかないものを観終わって感じる芝居だった。名演技を劇のバランスの中で際立って突出させず、3時間の芝居を落ち着いた流れとして創りあげた高瀬の演出も光っていた。
★★「血はたったまま眠っている」(作:寺山修司、演出:蜷川幸雄)。主演の森田剛、窪塚洋介のファンか、あるいは寺山信奉者か、立ち見が一杯の劇場だった。寺山23歳の処女戯曲。初演は劇団四季だった。寺山独特のコラージュ作品で、この舞台も中越司の美術が素晴らしかった。蜷川が念願していた戯曲のやっとの上演で新宿梁山泊の金守珍などもでていて、猥雑で騒がしい芝居だが、森田ファンも寺山信奉者もさぞ満足できただろう素敵な舞台に仕上がっていた。幕切れに登場人物全員がシャッターをあけて劇場裏の街路にでてゆく。そしてシャッターが閉まる。歴史の1ページが切り取られたような感慨が沸き起こる。
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# by engekibukuro | 2010-01-20 12:26 | Comments(0)  

1月18日S「ウーマンズアイ」楽天団、中野スタジオあくとれ

作:ルイス・ナウラ、演出:和田喜夫。

 オーストラリアの芝居だ。結婚40年を祝うため、ハネムーンを過ごしたホテルに夫婦と息子二人が集まる。
だが、妻が夫が勘当したもう一人の息子を密かに連れてきたので夫が激怒する。この男は建設会社の社長で長男は役員。新しいプロジェクトのことで親子は対立している。それらのことが重なって、家族の欺瞞や悪行が浮き上がってきて、ついには修羅場になってしまう。よく書けているテキストだが、こういう西欧風家庭劇は日本の俳優にはあまり向かないテキストなのだろう、俳優たちは熱演だが演劇的に昇華されず、修羅場の怒鳴りあいなど芝居を逸脱して狭い空間では聞き苦しい。ラストの小林千里の見事な長台詞でやっと芝居が納まった。夫・父親は実は病で死期が迫っていたのだ。
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# by engekibukuro | 2010-01-19 11:11 | Comments(0)