10月31日M「ろじ式」(作・演出:松本雄吉)維新派

国際舞台芸術祭「フェステイチバル/トウキョウ」の開幕作品。800個の標本箱を出演者が自在に並べ替えたり、積み替えたりしてさまざまな情景が作られる。その積み替えの動作から、あらゆるパフォーマンスが完全に制御されている。パフォーマーは無機的といっていいぐらいに制御に従う。その完全さが維派独特の美を産みだす。維新派の本線の野外劇でなく屋内の舞台だとそれがつくずく感得できる。開幕にふさわしいインスタレーション、演劇を超えた美しいアート作品だ。
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# by engekibukuro | 2009-11-01 11:53 | Comments(0)  

10月30日M★「生きてるものか」S★★「甘い丘」

★作・演出:前田司郎、五反田団、東京藝術劇場小ホール。「生きているものはいないのか」の形式の完成度を楷書とすると、この芝居は超草書で、判読が難行だ。死体とおぼしき寝転がった人間が痙攣しながら起き上がって、いろいろするのだが・・。フォルムとアンフォルメルの間の芝居の実質の隘路はむつかしいものだという感想をもった。今回の芝居のラストが新生児の誕生を描いていて、これは前田の生の肯定のメッセージだと素直にとり、次の芝居が楽しみだ。
★★作・演出:桑原裕子、KAKUTA、シアタートラム。なかなか良く出来た群像劇だ。山のなかの前科モノや最底辺が集まってきた零細サンダル工場へ、行き所がなくなったセレブの女性が働きに来ての物語だが、芝居の中核はこの工場の様々な個性豊かな群像の生き様。それぞれ見事に描かれていて、会話も生動感に溢れて、役者たちも活気に満ちていてダイナミックな舞台だ。舞台上方にメルヘンチックな丘を配した美術も視覚を楽しませる。なによりもこの芝居の要所が、いろいろあっても人間関係が豊かな零細工場のワーキングプアたちを描いて、今の派遣切りなどのワーキングプアの現実への対抗的なメッセージになっていて、実にアクチュアルな舞台になっていることだ。
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# by engekibukuro | 2009-10-31 11:11 | Comments(0)  

10月27日SMANSAI解体新書 その拾伍「ことば」

-生命体としての存在論(オントロジー)-企画・出演:野村萬斎 出演:穂村弘 春日武彦。世田谷パブリックシアター。今回は気鋭の歌人・穂村弘と精神科医・作家の春日武彦がゲスト。 この解体新書のステージは1日しか開催しないのせいもあるが、大人気で毎回立ち見が出る盛況。現代演劇に係わる外の分野の文化・学問を取り上げ、斯界の権威・新鋭のスピーチと萬歳とのデイスカッション、時には萬斎の狂言・謡の実技も入り、演劇の外延を広げてくれる。今回の「ことば」は穂村が新聞で選者をしている投稿短歌の傑作をピックアップして穂村の解釈が語られるのがメインになった。穂村の解釈の面白さ、それと彼のパーソナリテイと話の面白さで笑いが立ち昇って盛り上がった。が、「ことば」という主題は大きくしても、小さくしても眼目がはっきりせず、さすがの萬歳も話を煮詰めるのに難渋している感もあった。しかし、こういう主題を果敢に取り上げて、現代短歌の現在を紹介、短歌・詩のことばと精神病の患者の狂った言葉の差異についての春日の話(両者の言葉は似ているようで病者の言葉は”形骸化”しているという)など興味深い話題を引き出し、所期の目的は果たせていると思った。いい勉強になった。
・穂村の取り上げた短歌の例三つ。
 (1)「あっ今日は老人ホームに行く日なり支度して待つ迎えの車」(相澤キヨ)
 (2)「最期には納得できず死んで行く和牛たちよ今年は干支だ」(二宮正博)
 (3)「蓋とらば鰻あるらむ鰻重の蓋とるまでのこの不安感」(村田一広)
歌の面白さのポイント:(1)あっ(2)干支(3)鰻重、天丼では成立しない。
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# by engekibukuro | 2009-10-28 16:21 | Comments(0)  

10月25日M★「ソビエト」S★★「盲導犬」

★ーマヤコフスキー生誕116年ー。作・演出:小池竹見、双数姉妹、座・高円寺。初演は16年前、たしか大隈講堂脇のテントで観た記憶がある。ソビエトの夭折した詩人マヤコフスキーが主人公。装置はロシヤ・アヴァンギャルドの構成派風。芝居はある劇団の話。ツアーの時代には官憲の検閲で初日前に台本がズタズタにされ舞台はめちゃめちゃになってしまう。革命後は革命権力の検閲が厳しい。芝居は、そういう権力の検閲で右往左往する俳優たちの生活と、劇中劇がパラレルに進行してゆく。マヤコフスキーとおぼしき人物は劇団の中心になっている。ソビエトが壊滅した現在、この芝居を再演するのは、なかなか斬新で野心的な試みだったが、、話が冗長ぎみで成功したといえないのが残念だ。
★★作・演出:唐十郎、唐組、雑司が谷・鬼子母神境内テント。「何故、そんなに飢えるのか 俺のファイキル 何故 そんなに影をにくむのか 俺の犬」・・盲導犬ファイキルに逃げられた男とフーテン少年、そしてバンコックで夫を亡くした未亡人らが、新宿のコインロッカーの前で繰り広げるドラマ。初演は新宿アートシアターでの蜷川幸雄演出。主人公は蟹江啓三だった。たしか初舞台だった桃井かおりが扮した婦人警官のミニスカートがまぶしかった。今回初めて唐が演出した。盲人と少年の心が溶けあってゆく交流、未亡人の絶望、ときおり聞こえる幻の犬ファイキルの咆哮、コインロッカー前の彼らを囲む種々の人物たちをまじえた騒擾は豊穣だ。今回は盲人の稲荷卓央、未亡人の藤井由紀らのベテランに向かう、高木宏、岡田悟一、気田睦らの若手の活躍が目覚しい。唐は「五人の愛犬教師」の一人として出演。コーラスのあとに一人でソロを歌うと、鳥山昌克に「この芝居に無関係の芝居の主題歌を歌うな」と制止される場面が大爆笑。たしかその歌は「ジョン・シルバー」の主題歌だ。唐世界に共振する客が一杯のテントの千秋楽だった。
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# by engekibukuro | 2009-10-27 07:55 | Comments(0)  

10月22日S竹田恵子オペラひとりっきり「白墨の輪」

・中国・元代の歌舞劇=元曲「灰欄記」+ベルトルト・ブレヒト「コーカサスの白墨の輪」にもとずく二幕のオペラ(作曲:林光、台本:広渡常敏、ピアノ:大坪夕美、演出:恵川智美)古賀政男音楽博物館けやきホール。こんにゃく座の転機になったという林光の名曲・名作だ。こんにゃく座の重鎮だった竹田が退座して単独で活動しているが、今回一人で何役も演じるオペラに挑戦した。もともと歌も芝居もうまい「歌役者」という名称がぴったりの人だったが、この公演は彼女の美質があますところなく出揃った見事な舞台だった。作曲そのものも素晴らしいが、シンプルでドラマテイック。都で反乱が起こり領主が首を切られた夜、女中のグルシェは、奥方が置き去りにした赤ん坊のミヘルを連れて逃げる。世継ぎの命を狙って追っては迫り、グルシェは知恵と力の限りを尽くして幼子を守り育て、愛情が深まり、自分の子として育てる決意をする。そのとき、反乱が平定され、奥方は亡父の領地と財産を手に入れるために、見捨てた子供が必要となる。ミヘルは発見され、二人の女、グルシェも奥方も自分こそ母親であると主張する。判事は殺されていて、飲んだくれの書紀アツダクが臨時判事になった。アツダクは、地面に描いた白墨の輪のまんなかに子供を立たせ、二人の女に両方から引っ張れと命じる。グルシェはそんなことは出来ない・・・、名高い白墨の輪の裁判の名判決はご存知のとおり。むろんグルシェが中心だが、出てくる人物を明確に歌い分け、演じ分ける竹田の技量に感服する。特に、各人物の表情がその人間になりきらなければ絶対できない真実感が感じられる。今まで観た「白墨の輪」で彼女が演じた飲んだくれの判事アツダクが一番だ。この男の魅力をあますことなく惹き出した。珠玉の舞台だった。
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# by engekibukuro | 2009-10-23 14:37 | Comments(0)