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10月19日S「生きているものはいないのか」

作・演出:前田司郎、五反田団、東京藝術劇場小ホール。07年に初演され、岸田戯曲賞を獲った作品だ。役者ががらりと変った。初演は京都の役者だったが、今回は東京の役者。原因不明の病因で人間がバタバタ死んでゆく、登場する18人の人間は一人だけ生き残り、17人は死んでしまう。その死に方も様々で、初演より17とうりの死なせ方がより独特で、端的にいって面白い。笑うきゃないような悶絶ぶり。前田の演出も冴えているし、役者も様々な工夫をして自分の死に方を考えているようだ。この大量死の芝居を、岩松了がニヒリズムだといって否定したと、アフタートークで前田が語った。前田は人間の生死を、産まれたときから死が始まっている人間の生死の価値をそれほど認めていないと言い、しかし、それにもかかわらず人間が価値をつくりだそうとすることは凄いことだ思い、この戯曲もそのことをポテンシャルに書いた、決してニヒリズムではないと。たしかに前田の作品は、おおげさな価値感とは無縁で、価値の希薄を埋めるなにかを懸命に探して試行錯誤している芝居だ。ニヒルにみえるのは、彼のシニカルな感性、それが独特なのは前田が生まれ育った五反田、品川界隈、銀座や新宿とちがったセカンド繁華街の感性によって生きているからだと思う。そのローカリテイの体現者で、それはなかなか魅力的で、彼の戯曲や小説の魅力の源泉だ。前田の小説を高く評価する福田和也もそのローカリテイの文学化を賞賛している。三島賞をとった小説も、「新潮」10月号に載った「逆に14歳」という小説も、品川、五反田の土地柄の空気が濃厚に感じられるのだ。ただ、この芝居は17人が死んで、一人が生き残るという形式が完璧で破綻がない。死なせ方も面白い死に方が重なると、かえって妙に平均化してしまう。驚くべき話を自然に見せてしまう技術は大変な力だが、その形式の完璧さが、内容を薄めてしまう感じが否めない。前田の芝居は形式が破綻含みでどこへ連れて行かれるのか分からない途方のなさが真骨頂だと思う。同時上演の「生きているのか」をまだ観ていないから、そういう意味で楽しみだ。別の話で、アフタートークの構え方、客の質問に応える態度が、きちんとして誠実で正直だ。これは同じ青年団系の松井周や岩井秀人にも感じられることで、これは平田オリザがもたらしたものか・・。

by engekibukuro | 2009-10-20 20:54  

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