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12月21日S「第三の証言」(作:椎名麟三、演出:壇臣幸)

青年座、青年座劇場。青年座は俳優座を飛び出した若手俳優が創立した劇団だ。創立メンバーは森塚敏、山岡久乃、東恵美子らだ。劇団結成の主眼は創作劇を上演すること。第一作を劇団員全員でアポなしで椎名麟三の家に押しかけ強引に書かせたのが、この芝居だ。青年座は「青年座・セレクション」という名称で、劇団の礎を築いた創作劇を連続上演する企画を立て、その第一回公演だ。初演は1954年、椎名ファンだった私はそれを観ている。中身はあらかた忘れたが、首吊りのシーンの強烈さは覚えている。
 舞台はビスケットをつくっている製菓工場。この工場ではフシギなことばかり起きる。新米の工員新三は、工場のいたるところでネズミの死骸を見つける。新三は騒ぎ立てるが、他の工員も社長もなれきっているか全く無関心だ。それに社長は主体性が全く無く、どこからか届く電報の指図で動いている。おかしなことが頻発するが、なんといっても給料がいいのだ。不景気な世の中で、皆職を失いたくないから、大概なことは目をつぶっているのだ。新三が依頼した保健所の診断で、ネズミは全て肝臓障害で死んでいるという報告が届く。ビスケットの粉が毒ではないかという疑惑がひろがってゆく・・・。
 椎名麟三は不条理な実存主義作家といわれ後にキリスト教に帰依するが、この芝居を改めて観ると、その思想が直に伝わってくる。新三はドストエフスキーの「白痴」のムイシュキンだし。ニヒリストの工員梶原はロゴージンだ。工場全体を動かして売るのが誰だか不明だというのもカフカ「城」を思わせる。つまり全体がカフカ的不安でみなぎっているのだ。それにこの芝居では女工一人と、ラストには新三が首を吊った。首を吊った新三の足がないかにぶつかる音につれて白雉の女工が踊りだす。この舞台の貧困と虚偽に苛まれた実存的不安は、自殺者3万人の現在に直結する。ただ、今は身なりとかに粉飾されていて可視化が不透明になっているだけだ。実体はこの舞台の状況と変らないだろう。この芝居がこんなにアクチュアルだとは、おもわぬ収穫だった。演出も俳優もテキストの真意を十分に伝え、椎名麟三を復活させた。

by engekibukuro | 2009-12-22 11:21 | Comments(0)  

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