人気ブログランキング | 話題のタグを見る

7月5日(日)


いま活発に演劇をして、評価も高まっている劇作家・演出家で俳優でもある岩井秀人が、文学界7月号に小説を書いた。長い間のひきこもりから、演劇を経験することによって脱出できた体験を描いた小説「俳優てみませんかを書いた。母親のちょっとした勧めで、演劇教室に通うことになる。行ってみたら、教室には初老の女性ばかりで、男はこれも老人一人だけ・・。この演劇教室で役を演じることになる。アメリカの「おお、スザンナ」などで有名な作曲家のフォスターの役だ。フォスターは才能に任せて曲を量産する。おのれを過信する。だが、行き詰まる。酒に溺れる。このフォスターの生涯が、自分がかって自信に満ちていたが、就職した途端に挫折して引きこもりになった自分と重なって、一心に稽古に励むようになる・・。だが、まわりの共演者の老人たちは、勝手な自己チュウの演技で、ことごとく彼を邪魔する。どうもこんないがみ合いを演出家の先生がとめたり、調整しないのがフシギではあるが、とにかく、自意識過剰なひきこもり青年は、役を通じておのれを相対化することができる俳優の、演技の効用に目覚め、頑張る。共演者と喧嘩しても、傷つき合っても、嫌な相手とも芝居ができると気ずく。この小説の片山杜秀の朝日新聞の文芸時評の結論が素晴らしい。「芝居の幕切れはフォスターの死。作曲家は青年の分身だ。酒に溺れたフォスターの死は引きこもる自分の死だ。分身殺しはおのれの魂の死と再生のドラマになる。青年は蘇る。演劇の機能が病み衰えた魂の治療にあることを、これほど明快かつ実際的に、しかも芝居の機微に触れながら綴れた小説は珍しい」。才能あふれる演劇人だとは思っていたが、改めて見直す思いさせた小説だった。

by engekibukuro | 2015-07-06 09:25 | Comments(0)  

<< 7月6日(月)「扇田昭彦さんを... 7月4日(土)「ヘレン・シャル... >>