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10月20日(火)M月「谷間の女たち」劇団昴

作:アリエル・ドルフマン、訳:水谷八也、演出:森新太郎、あうるすぽっと

 ”1973年、ピノチェット将軍が権力を握った後、私はチリから国外退去を余儀なくされた。ある夜、・・・私にある一つのイメージが浮かんだ。それはほとんど幻に近いものだった。河のそばで一人の老婆が、岸に打ち上げられた死体の手を握っているのである。 -アリエル・ドルフマン
 そして最初は詩として書き始められ、20年たって戯曲の形でまとめられた。日本の初演は1999年、いまはなきベニサンピットで、演出:木村光一、主演の老婆ソフィア・フェンテスは渡辺美佐子で上演された。。わたしはその上演を観ているが、夫を国家・軍に拉致された女たちが、河ののほとりで黒衣をまとって、まるでギリシャ悲劇のコロスのように立ち並んでいる光景が記憶に残っている。河の水に運ばれ浮かんできた男の死体を老婆ソフィアが見つけ、当地の軍の隊長に埋葬許可を申請にゆくのだが、その死体の解明、処理をめぐって隊長と当地を実質支配している資産家の息がかかっている副官と対立する。この劇では、女たちの男たちへの思い、さらに自分たちの運命を呪う魂の叫びが、詩のフォルムとして顕現されている。権力、支配階級の手先としての軍の露骨な弾圧のリアルと、先住民族の血をひく老婆ソフィアの自分の魂にあくまで忠実な行為との舞台上の相克は、かならずしもわかりやすいものではない・・。だが、その理解へのとまどい、違和感そのものが、現実の国家の強圧そのものが劇の重要な要素であること、それが民衆を弾圧することそのもののすさまじい現実の衝撃を感じさせるのだ。その衝撃の客の体得がドルフマンの願いだろうし、この上演はそれを実現している。

by engekibukuro | 2015-10-21 09:50  

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