<   2011年 02月 ( 26 )   > この月の画像一覧

 

2月5日(土)M「6号室」劇団黒テント、シアターイワト

原作:アントン・チェーホフ、訳:松下裕「六号病棟」より、台本・演出:坂口瑞穂。
 チェーホフの名高い短編の劇化だ。気が狂っていると認定され、狂人専門病室の6号室に閉じ込められた、元病院長のアンドレイ・エフィームイチ。自分が正常だと言い張ればいいはるほどますます狂人扱いされるおそろるべき悪循環・・・。坂口の上演台本はこの名短編の真髄を伝えていた。長いすがあるだけのがらんとした裸の空間での芝居も、荒涼たるこの芝居の世界の感じが濃厚にでていた。アンドレイ・エフィームイチの片岡哲也、病室の守衛ニキータの重盛次郎が印象に残ったが、他のメンバーの演技力が向上したら、もっといい舞台になるだろう。


▼おもろ、久しぶりに中川君、亀谷先生、カップル、それに岸本さんと、常連のフルメンバーが揃った。まあ、揃っただけでいい・・。泡盛がうまい・・。岸本さんが、故郷の鳥取の日本海で釣ったおおきなヒラマサの話とか・・・。
[PR]

by engekibukuro | 2011-02-06 08:59 | Comments(0)  

2月4日(金)メモ









 ▼近所のシネコンで劇場版「相棒」をみた。テレビではみていないのと、小林信彦が週刊文春で”必見”と書いていたのみたのだが、これが”必見”かねえ・・・。ただ、六角精児、川原和久、山西惇、大谷亮介、それに藤井びんまで、小劇場の面々がいい役ででていたのが嬉しいというか、川原はこのごろ舞台ではみていないし、六角など「善人会議」でのデビュー当時から観ているので感慨ひとしおだった。
[PR]

by engekibukuro | 2011-02-05 09:22 | Comments(0)  

2月3日(木)M「チェーホフ」東京芸術劇場小ホール

作・演出:タニノクロウ、ドラマトウルク:鴻英良。
 チェーホフの未完に終わった医学論文を鴻が訳し、元精神科医のタニノが、その論文をもとにチェーホフの作品世界を渉猟し、幻視の舞台をつくりあげた・・・・と。この医学論文には民間伝承、奇術、魔術など超自然的で観念的な事象に異常なまでに興味を示しているそうだ。そういう要素をチェーホフの「こう野」や「グーセフ」「かもめ」などの作品から抽出して、タニノはイメージを創りあげた。それは篠井英介の扮する魔女のパフォーマンス、毬谷友子が生演奏をバックに歌いおどる、スラブ・中央アジア風の音楽は毬谷の歌唱力が素晴らしいもので聞きほれる・・・・。小人のマメ山田が舞台で影のように揺曳して上方には三日月がかかっている少年チェーホフ・・。手塚とおると蘭妖子しもそれらの雰囲気をもりたてる・・・。
 しかし、このイメージ群は、元・精神科医のタニノのアート・セラピーとしての癒し効果はあっても、よほどチェーホフの作品世界に親しんでいる人しか玩味できないだろう思う。(例えば朝日新聞でこの芝居の劇評を書いた山本健一)しかし、イプセンを手がけ、今回はチェーホフと様々な作家・分野に触手を伸ばすタニノの活動は目がはなせない・・・。

▼メモ。風邪気味なのでお茶の水の出版健保へ。たいしたことはなかったが、レントゲンで撮った自分の肺をみせられて、50年来の喫煙を断念、禁煙を決意して所持のタバコとライターを棄てた。
[PR]

by engekibukuro | 2011-02-04 10:47 | Comments(0)  

2月2日(水)M「雨と猫といくつかの嘘」(作・演出:吉田小夏)

青☆組、アトリエ春風舎。
 風太郎は60歳、今日は誕生日、外はどしゃぶりの雨。風太郎が生まれた日もどしゃぶりだったと母は言っていた・・・。今は妻とも離婚して、アパ-ト一人暮らし。今日は娘が婚約者を連れてお祝いに来てくれた。息子は結婚して赤ちゃんがいる。この芝居は、風太郎の現在、過去が瞬時に入れ替わり、母、父、祖父が現れ、自分の子供のとき、娘の子供のときと、変幻自在に時が変わる。しかし、いつも外は雨で、人物の出現、退場のときにはいつも傘をさしている。吉田はあゆく切れそうで微妙なつよさでつながっている家族の愛情を、繊細に描く。この台詞の響きは客の心にしみいる。家族の姿を透視するスタイリッシュな演出は、ますます洗練されてきた。あとは猫、一家に飼われてきた猫の初代の玉三郎は、自分の寿命がつきたと感じて、一家に惜別の辞をのべる。”奥さん、わたしはあなたが大好きだった、また生まれ変わってあなたのもとにきたい・・・・、それでは皆さまよい人生を!”と語って暗闇に消えてゆく・・・。小さなムス娘は”タマがなにかごちゃごちゃいてるわ”といぶかしんだが・・・。

▼『「日本画」の前衛1938-1949』展を国立近代美術館でみた。30年代に外国の新しい潮流をとりいれて日本画を革新しようとした日本画の画家たちの仕事しをあつめた貴重な展覧会。交流のあったアイ光や村井正誠も出品されていた。ほとんど知らない人ばかりだが、戦後妻、赤松俊子と「原爆の図」を描いた丸木位里の絵のスケールの大きさ、造形の力強さ、斬新なマチエールに打たれた。丸木さんはオヤジの友人で、小さなころにあったことある。懐かしかった。、
[PR]

by engekibukuro | 2011-02-03 09:36 | Comments(0)  

2月1日(火)S「喜劇 ファッションショー」劇団民藝

作:木庭久美子、演出:渾大坊一枝、紀伊国屋サザンシアター。
 開幕、主人公てるが2千万円の札を数えている。18歳から務めにでて、現在75歳まで結婚もせず貯めた2千万円だ。マンションを買ってローンも終わった。そのうえマンションの一部屋を間貸ししている。てるは銀行を信用せず、利子もやすいし、2千万円を金庫にいれ、押入れにしまっている、そして毎日札を数えているのだ。ただ、誤算だったのは間貸しした同じ75歳の明日待子が家賃も食費も滞納していりこと。彼女は売れない女優で金がはいるとすぐ浪費してしまうからだ。
 そのてるの貯めた金に詐欺師で泥棒の男女が目をつけた。詐欺師は勘で家の中に金があると睨んだのだ。詐欺の手口はてると待子に、シルバーファッションショーに出てくれと持ちかけ、高額のギャラを出すという。てると待子は詐欺師がもちこんできた華麗なドレスを夢中になって試着している隙に、詐欺師の相棒の女に押入れの2千万円を盗まれてしまう。それから警官をよぶやら、てんやわんやあって、最後には盗んだ詐欺師をうわまわる悪党にその金をさらわれてしまい、そいつは国外に逃亡してしまう。てるは諦めざるをえないが、待子が詐欺師のファッションショーのアイデイアをデパートに売り込んだのが成功して、デパートの協賛をもらって二人の自力でしシルバーファッションショーを盛大に開催したのだ。
 ラストシーンでてるは相手はいないが、75歳にして華麗なイブニングドレスを着て舞台にたった。お客もてると同年齢の女性が多く、心からの拍手を惜しみなく送ったのだった。
[PR]

by engekibukuro | 2011-02-02 09:30 | Comments(0)  

1月31日(月)S「金閣寺」(作:三島由紀夫演出:宮本亜門)

原作翻案:セルジュ・ラモット、台本:伊藤ちひろ、神奈川芸術劇場ホール。
 ホールのこけら落とし公演。なかなか立派な劇場だ。芸術監督の宮本が、この劇場でのオープニングラインナップでは<NIPPON文学シリーズ>を主眼にするという。今の日本人を覆っている精神的な空虚感を過去の日本文学の再発見によって、少しでもみたしてゆこうという趣旨だ。その第一弾が三島の「金閣寺」。
 三島の名作を文学性をうしなわずに舞台化するという困難な作業を成功させた舞台だった。それは吃音の主人公溝口を演じた森田剛、その友達の鶴川を演じた大東俊介、柏木を演じた高岡蒼甫の若い3人が舞台で生きた演技ができたことによる。辺境の貧しい寺の息子の溝口は幼い頃からどもりをからかわれて育ってきた。金閣寺に徒弟に出されて、そこで知り合った鶴川は溝口のどもりをからかわずすすんで友達になってきた。大学にいってから知り合った内翻足の柏木は、その不具を逆用して女をたらしこむ術を手に入れていた。この3人の交流が舞台の中心だが、金閣寺の老師の瑳川哲朗、副司の花王おさむ、溝口の父の高橋長英らベテランが彼らを支えて芝居の幅を厚くした。 この作品の核心である、溝口の魂を震撼させた金閣の美との溝口の対決は、フィジカルな苦悩をメタフィジカルな観念に昇華させようとする虚しい営為だったが、それの舞台表現は宮本はホーメイの歌い手の山川冬樹と大駱駝艦の舞踏家たちのパフォーマンスによって果たした。
溝口の苦悩は金閣を放火するという行為によって解決させる・・・、その余韻が残ったまま終わる。

▼谷岡健彦さんの週刊金曜日の俳句欄に入選した句の紹介。兼題は”年忘”。
 ・年忘曇る眼鏡を笑いあい・
眼鏡をかけていない人間には気がつかない情景だな・・。それにしても彼はこの欄にたびたび入選している。常連になったね。
[PR]

by engekibukuro | 2011-02-01 12:37 | Comments(0)