人気ブログランキング |

<   2016年 04月 ( 30 )   > この月の画像一覧

 

4月19日(火)M「花嫁」三越劇場

原作:向田邦子、脚本:服部佳、演出・衣裳:石井ふく子

 上野池之端界隈の片倉家。開幕 主人だった片倉浩三の七回忌の法事の終わったところだ。高橋恵子が扮する未亡人ちよ、長男夫婦、長女、次女、三女が集まっている。故人の友人、西郷輝彦が扮する黒崎宇一も会葬にやってきた。・・・・・芝居は、還暦を過ぎたちよに妻を亡くした黒崎が結婚の申し込みをして、子供たちとひと波乱があって、最後は白無垢の花嫁姿で、夫の遺骨をもって嫁入りする・・・。この最後の花嫁姿の高橋を見せるための芝居のようで、そこに美空ひばりの歌「会う」が流れて・・・・。たまにはこういう芝居を観て高橋の還暦過ぎの花嫁姿にうっとりするのも悪くない・・・。

by engekibukuro | 2016-04-20 10:24  

4月18日(月)俳句を作る演劇人の会



 於・神保町銀漢亭

 今回の兼題は「蚕飼」と「花会式」
ふたつとも私にはなじみのない兼題でタイヘンだった。
それでも
 ・養蚕や黎明日本を立ち上げて
 ・蚕棚集団疎開の思い出に
この二つを採っていただいて嬉しかった。

by engekibukuro | 2016-04-19 10:26  

4月17日(日)M「イントレランスの祭」サードステージ

作・演出:鴻上尚史、全労済ホール/スペース・ゼロ

 ”あるとき
地球に580万人の宇宙人が難民として逃げてきて、各国は国連で決まった割り当てに従い、日本では25万人の宇宙人を受け入れることになる。
 宇宙人は地球に溶け込み、生活を始めてから数年がたったある日、売れないアーテイストの佐渡健吾は
恋人から、自分は宇宙人だと告白される。これは、宇宙人と地球人の愛と戦いの物語です。”

 これがこの芝居の惹句だが、こういう独特のイマジネーションを駆使しした舞台を創る鴻上の若々しさに驚く・・・、風間俊介、岡本玲らに舞台を締めるのは鴻上と旗揚げ以来の戦友・大高洋夫、この人を見られるのが大きな楽しみ・・・。


★皐月賞、人気のデムーロ騎手のリオンデイーズが5着、残念!

by engekibukuro | 2016-04-18 09:49  

4月16日(土)







★おもろ・・。内田洋一さんとわたしとで、「蜜柑とユウウツー茨木のり子異聞ー」で鶴屋南北賞を受賞した長田育恵さんをお祝いした。長田さんは、今年12月に劇団民藝に「SOETSUー柳宗悦ー(仮題)」を書き下ろす。柳総悦は民芸館を創始した、韓国の陶器・民芸の発見者だ。秋には演出の丹野郁弓さんと韓国へ取材旅行に行くという。それと自分の劇団「手がみ座」の公演も演出:扇田拓也で座・高円寺である。江戸時代の話だという。彼女、現在上昇一途だ・・。楽しく泡盛をラフテイやゴーヤチャンプルで吞む・・・。

by engekibukuro | 2016-04-17 10:35  

4月15日(金)「夢宮殿」イスマイル・カタレ

村上光彦訳 東京創元社

 佐藤優が以前から推奨していた本をやっと読んだ。
このイスマイル・カタレという小説家は、アルバニアの作家、アルバニアという国は、ホッジャという独裁者が支配する共産主義国家で孤立した国家だというくらいの知識しかなかったが、この小説を読むと、その独特の国の雰囲気は伝わってくる。それに、この小説は、まるでカフカの小説を読んでいるような気になる。夢宮殿とは国民の夢を国家で管理する役所だ。役所にはそれぞれ、国民が申告する夢を写す筆生という役職があり、それを選別する<選別>という役職があり、さらにその上に<解釈>という役職がある。その他、いろいろ複雑な仕組みがあり、役所の建物は迷路の連なりで、主人公マルク・アレムという青年がこの宮殿にゆき、目当ての人間にあいにゆくまでの描写は、いくら歩いてもたどりつけないカフカの「城」のような迷宮のおようだ。国民の夢を吸い上げて、分析し解釈して、国家に対する不穏な兆候をチェックするという、荒唐無稽な話が、この小説ではリアリテイをもつ。それは朝になって霧散するにしても、夢のリアリテイはみている当事者にとってはは抗いがたい真実だということに由来している。この小説では、田舎の青物商の申告した夢の解釈で、皇帝が高官を死罪にするという事件が起こる。なんとも面白い小説だった。

by engekibukuro | 2016-04-16 09:32  

4月14日(木)M「二人だけの芝居」劇団民藝

 作:テネシー・ウイリアムズ、訳・演出;丹野郁弓、東京芸術劇場シアターウエスト
 劇団民藝が奈良岡朋子の相手に岡本健一を呼んだ二人芝居だ。
この二人芝居、なかなかつかみにくい・・・、表面上の物語は、役者であるクレアとフェリースの姉弟が、地方公演のさなかに他の劇団員から見放されてしまい、二人だけが残り、二人でどういう芝居をやるのか、いろいろ考え、稽古らしきことを始める・・・というものだとするが、二人が話すこと、やってることはなにかとりとめなく、拡散する・・・。なにか、テネシー・ウイリアムズの非常に個人的な世界、生涯のほとんどを精神病院ですごした姉のローズ’(「ガラスの動物園」のローラ)との関係が、すぐに思い浮かぶし、テネシーが芝居をつくる、その作り方、芝居の世界のイメージのもっとも根柢に抱いているもののデッサン、生涯を芝居の世界にうずめた自身の自画像、さらに姉への愛の純度の高い変奏曲でもある・・。つまり濃密な純度の高いテネシー・ウイリアムズの世界のエッセンスだろう。そして、この舞台は、奈良岡朋子とう女優が、いまの日本での最高峰の女優であること、幼女から老婆まで、奈良岡の演じるクレアは、女優が人間の心の叫びをどこまで演じることが出来るか、その純度のおだやかで怜悧な披瀝だった。それに岡本は精一杯対応する姿は、充分に見応えがあった・・。

by engekibukuro | 2016-04-15 09:35  

4月13日(水)「下り坂をそろそろ下る」平田オリザ

 講談社現代新書
 平田さんから上記の新著を贈っていただいた。
 序論において、金子光春の詩「寂しさの歌」を引用しての、-三つの寂しさと向き合うーという項目を立てる。
 一つは、日本は、もはや工業立国ではないということ。
もう一つは、もはや、この国は成長せず、長い後退戦を戦っていかなければならないのだということ。
そして最後の一つは、日本という国は、もはやアジア唯一の先進国ではないということ。
 それは前記の金子の長い詩の最後の一節に照応させる。
”僕、僕がいま、ほんとうに寂しがっている寂しさとは、
この零落の方向とは反対に、
ひとりふみとゞまって、寂しさの根本をがつきとつきとめようとして、世界といっしょに歩いてゐるたった一人の意欲も僕のまわりに感じられない、そのことだ。そのことだけなのだ。”
 平田は17歳で自転車で世界一周の旅をした。演劇を初めからも、日本全国で演劇教育、コミニケーショん教育に携わり、海外公演で世界各国にでかけている、その体験からの、実感のこもった現在の日本の考察で、説得力に満ちている。そして、最後にはこの状態を少しでも救うのは、やはり、文化の力、文化立国しかないと説くのだ。この本には次のメッセージを書いた紙片がはさまれている。
★ 子育てのお母さんが、
  昼間に、子どもを保育所に預けて
  芝居や映画を観に行っても、
  後ろ指をさされない
  社会をつくることを目指そう。 二〇十六年四月 平田オリザ
 

by engekibukuro | 2016-04-14 10:07  

4月12日(火)M「アルカデイア」シス・カンパニー

作:トム・ストッパード、翻訳;小田島恒志、演出:栗山民也、シアターコクーン
 19世紀と現代が同一の場所できわどく交差する劇だ。ストッパードが数学の「カオス理論」に魅せられ
19世紀と現代を一つのカオス(混沌)の渦に巻き込む状態として示す・・。舞台は英国の貴族の豪奢な屋敷シドリー・パークの居間、19世紀にはこの屋敷に詩人バイロンが逗留した。開幕にはこの屋敷の令嬢トマシナ・カヴァリー(趣里)が、家庭教師のセプテイマス・ホッジ(井上芳雄)の授業を受けている。トマシナは早熟な令嬢で、勉強そっちのけで、人間の”肉への愛”についてセプチマスに意地悪な質問をしかける。セプチマスはバイロンの友達で、この屋敷の持ち主でトマシナの母であるレデイ・クルームに憧れている。そういう19世紀の出来事が、いつの間にか現代のバイロン研究の男女、バイロン研究家で大学の特別研究員バーナード・ナイチンゲール(堤真一)とバイロン研究のベストセラーをだし、さらにこのシドリー・パークにいた隠遁者を研究しているハンナ・シャービス(寺島しのぶ)が現れ、研究とプライベートの両方で、きしみあっている。その他さまざまな人物が19世紀と現代のカオスの網の目をくぐって出没し、一つの独特の劇世界を構成している。非常にハイブローな、翻訳劇としては英国の特殊性が勝っている芝居だが、俳優陣が充実し、演出の狙いがきちんとしているので、さらに、栗山がパンフで引用しているストッパードの言葉「作品から何かを得ようとしてくれるなら、その場でわかるひつようはない」という言葉をおけば、立派な舞台といえる。それほどポピュラーではないこの芝居に、よくも入ったといえる満席の客も満足しただろうと思った。

by engekibukuro | 2016-04-13 09:41  

4月11日(月)S:「バーン・ザ・フロア」東急シアターオーブ 

 BURN THE FLOOR NEW HORIZON

 演出・振付:ピータ・ロビー、振付:ジェイソン・ギルキソン
 ”「バーン・ザ・フロア・カンパニー」は、199年、イギリスで幕を開けて以来、世界各国で絶賛され、何度もワールドツアーを行っている。ジャズやロック、ポップスなど、多彩な音楽に乗せ、優雅に、激しく、踊り続けるダンスの迫力は、最初から最後までクライマックス!客席とステージが一体となって燃え上がり、会場をダンスフロアに変えてしまう「バーン・ザ・フロア」の高揚感は、観客を非日常の世界へ誘い、「ハッピーになれる!」「何度でも見たい!」と虜にしてしまう。”というのは、チラシの宣伝惹句だが、まさにそのとおりの舞台だった!さらに”また、キュートなカラフルなカクテルドレス、制服のようなスクールスタイルや、中世ヨーロッパの貴族のような豪華なドレスをはじめ、オリジナリテイあふれる衣裳も見どころの一つ。映画やミュージカルのハイライトをぎゅうっと詰め込んだようなステージには、これまで「バーン・ザ・フロア」を観たことがある人にも、初めて観る人にも、新鮮に映るに違いない。”というのも、まさにその通りだった。
 いつはてるのかといぶかるほど、スタンデイングオベーショlンが続き、本当に素晴らしい舞台だった。

by engekibukuro | 2016-04-12 09:24  

4月10日(日)コルテス戯曲集3 佐伯隆幸・西樹里 訳

 れんが書房新社
・黒人と犬どもの闘争
・「黒人と犬どもの闘争」手帖
・小説「プロローグ」
 戯曲「黒人と犬どもの闘争」の舞台はアフリカ、登場人物は
 オルン:六十歳、現場監督
 アルブーリ:共同住宅地=白人居留地(シテ)にひそかに入り込んだ「黒人」
 レオーヌ:オルンによって呼び寄せられた女性
 カル:三十歳、エンジニア
この4人で、アフリカの橋りょう工事の現場で、白人と黒人とのコルテス独特の問題意識・世界観が展開する。パトリック・シェローが演出して舞台化されたという。コルテスの世界は、その内容と言うより、台詞・言葉のコルテスのトーンが魅力なのだ。それは、佐伯の日本語の訳文によってもたらされるのだ。
・小説「プロローグ」はただでさえ難解だが、佐伯の訳註が凄い。どんどん註が増殖して、佐伯は、その膨大さを気にして、”註が長くなってしまう。いましばし。”とか”註がふくらむが”などと言い訳の言葉を入れて、連想に継ぐ連想が膨大な文献を渉猟して、しまいには訳註が本文を凌駕する奇観を呈して、なにがなんだかわからない具合になるのだが、むしろこの訳注に対する佐伯の情熱自体が魅力的になるのだ。いずれにしてもコリテス戯曲選3冊が佐伯の訳によって日本語で読めたこと、それによって、この類をみない劇作家を知ったことは嬉しいことだった。
・競馬・クラッシック第一弾「桜花賞」、単勝1・5倍の一番人気のメジャヤーエンブレムが外れた・・。

by engekibukuro | 2016-04-11 09:57