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12月11日(日)

 「シアターアーツ」誌で一緒に編集委員をやっていた藤原央登君が、週刊金曜日に書いていたので、まったく遅ればせだが、11月11日のバックナンバーを取り寄せて読む。
 <特集 演劇の力>
 ・巻頭の本号のメッセージ
 ”いま、演劇こそが社会を変える。そう言い切ってしまいたい。あふれる反骨心、批評精神は、安倍政権の暴走でさらに深みを増す。生身の人間が生身の観客に直に語りかけ、ふと立ち止まらせ、再考させる。そんな演劇ならではの力を、いまいちど信じてみよう。まずは、世の中に蔓延する「これって、おかしい」を、巧みな笑いの舞台に昇華する永井愛、新作では「言論の封殺」に切り込む。そこから覗く、日本社会とは。そして、人間とはー。”
 この永井愛を筆頭に、坂手洋二、平田オリザのインタビューがあり、亜女会!「アジア女性舞台芸術会議実行委員会」の鈴木みのりの紹介がある。
 藤原君は「ゼロ年代の<前衛>からテン年代へ」というタイトルで書いている。”前衛的で、美を追求する作品が人気だったゼロ年代の演劇。しかし、東日本大震災を経て、よりダイレクトに社会を見つめ、作品にする新しい世代の台頭が目立つ。それは、「演劇の力」を再認識させる変化でもある。
推移を検証してみた。”そのなかで、あまり評判にならなかったが、使用済み核燃料を減滅処理する大規模プラント「むつ」。それは5万円後の世界でも完成しない。という一度稼働させた原発の扱いにくさと恐ろしさを描いた、渡辺源四郎商店の畑澤聖悟作・演出の「さらば!原子力ロボむつー愛・戦士編ー」を特筆しているのが、我が意を得たりで、この作品はもっと知られていい傑作なのだ。

by engekibukuro | 2016-12-12 10:17  

12月10日山本健一「劇作家 秋元松代」

ー荒地にひとり火を燃やすー 岩波書店
 この本はおおげさでなく、空前の名著だ。秋元の生涯をたどり、その劇作品を評価し、日本の現代演劇史の回顧と展望を新しい視点に収めたのだ。”秋元は劇作家としてデビューする以前の戦前から、戦後の創作の苦闘、そして死の直前までの六十年年間を綴った、ほとんど未公開の日記249冊と作品覚書146冊、計395冊を残した。”山本は、この未公開の395冊を精査し、必要な取材、探訪をして、秋元の作品の成立までの過程、秋元の人生の要所をしっかり押さえ、この希有の劇作家の生涯をまるでその本人に直接接したように描き出した。目次:第1章「想う」、第2章「家を出る」、第3章「デビューのころ」、第4章「脱皮」、第5章「放送劇はやめられない」第6章「娼婦たち」、第7章「リアリズムを超える」、第8章「戦後に蘇る和泉式部伝説」、第9章「「七人みさき」の天皇制」、第10章「蜷川幸雄との出会い」第11章「八ヶ岳への移住」、第12章「旅する心評伝「菅江真澄」」、最終章「勝つ」。私は2014年の「マニラ瑞穂起」を観て、いままでいろいろ秋元作品は観てきたが改めて感心した。だが、ほとんどこの本を読んで、秋元について何も知らなかったと思い知った。だが、秋元の代表作の内にはいる「かさぶた式部考」、「常陸坊海尊」を初演した演劇座の舞台を観ている。演劇座の企画者の、この本にも取材されている未来社の編集者松本昌次さんとは、未来社で長いことアルバイトをしていたので、よく知っている。「かさぶた式部考」の式部を演じた徳永街子(作家・徳永直の娘)のこの世のものとも思えぬ妖艶さ、「常陸坊海尊」のラストで”我は常陸坊海尊でござる”と言って舞台に現れてきたときの衝撃を覚えている(記憶は危
なっかしいが)。書きたいことはいろいろあるが、最後にこの本の山本の文章が、ジャーナリステイックな文章として最上のもので、その文章が評伝を書く文章として最上のものに昇華されているということを特筆しておきたい。

by engekibukuro | 2016-12-11 10:35  

12月10日山本健一「劇作家 秋元松代」

ー荒地にひとり火を燃やすー 岩波書店
 この本はおおげさでなく、空前の名著だ。秋元の生涯をたどり、その劇作品を評価し、日本の現代演劇史の回顧と展望を新しい視点に収めたのだ。”秋元は劇作家としてデビューする以前の戦前から、戦後の創作の苦闘、そして死の直前までの六十年年間を綴った、ほとんど未公開の日記249冊と作品覚書146冊、計395冊を残した。”山本は、この未公開の395冊を精査し、必要な取材、探訪をして、秋元の作品の成立までの過程、秋元の人生の要所をしっかり押さえ、この希有の劇作家の生涯をまるでその本人に直接接したように描き出した。目次:第1章「想う」、第2章「家を出る」、第3章「デビューのころ」、第4章「脱皮」、第5章「放送劇はやめられない」第6章「娼婦たち」、第7章「リアリズムを超える」、第8章「戦後に蘇る和泉式部伝説」、第9章「「七人みさき」の天皇制」、第10章「蜷川幸雄との出会い」第11章「八ヶ岳への移住」、第12章「旅する心評伝「菅江真澄」」、最終章「勝つ」。私は2014年の「マニラ瑞穂起」を観て、いままでいろいろ秋元作品は観てきたが改めて感心した。だが、ほとんどこの本を読んで、秋元について何も知らなかったと思い知った。だが、秋元の代表作の内にはいる「かさぶた式部考」、「常陸坊海尊」を初演した演劇座の舞台を観ている。演劇座の企画者の、この本にも取材されている未来社の編集者松本昌次さんとは、未来社で長いことアルバイトをしていたので、よく知っている。「かさぶた式部考」の式部を演じた徳永街子(作家・徳永直の娘)のこの世のものとも思えぬ妖艶さ、「常陸坊海尊」のラストで”我は常陸坊海尊でござる”と言って舞台に現れてきたときの衝撃を覚えている(記憶は危
なっかしいが)。書きたいことはいろいろあるが、最後にこの本の山本の文章が、ジャーナリステイックな文章として最上のもので、その文章が評伝を書く文章として最上のものに昇華されているということを特筆しておきたい。

by engekibukuro | 2016-12-11 10:35  

12月9日(金)S「シブヤから遠く離れて」

作・演出:岩松了、美術:二村周作、シアターコクーン
 初演は2004年、演出は蜷川幸雄、蜷川の懇請で書き下ろした劇だった。舞台は、周りにススキが生い茂る渋谷の南平台あたりの古色蒼然たる屋敷・・。この屋敷の存在感がこの芝居の一切だ。役者は初演にも出演していた小泉今日子以外は、わつぃが観たことがない若い役者が私は多い。村上虹郎、鈴木勝太、南乃彩希、駒木根隆介、小林竜樹、高橋映美子、観たことがあるのは、小泉、橋本じゅん、豊原功補、そして岩松、そして文学座のたかお鷹が出てきて一安心・・。どういう芝居だかは、岩松流の変化、推移でとても整理できない・・。ただ、初演の時も感じたのだが、中沢新一の著書「アースダイバー」に書かれている、渋谷という土地が、古代から谷底の土地で、下に川が流れている、呪術的な土地で、今は都会の反映した盛り場だが、その街の底からなにやら得体の知れないその呪術的な支配力がシブヤを、そこに生きる人々を金縛りにする、というような妄想が、このこ古色蒼然たる屋敷と、そこで生存することを強いられている人間をみて、湧いてきたのだった・・・。

by engekibukuro | 2016-12-10 09:49  

12月8日(木)M★「かどで」・★★「舵」

作:久保田万太郎、演出:★坂口吉貞、★★:五戸真理枝、文学座12月アトリエの会

「かどで」は、大正時代の足袋などの袋物を商う店の職人たちの話・・。年季奉公の8年の年季が明けて、独り立ちできる職人が、おかみさんと北海道へ行く・・・。独り立ちの喜びがあると周りが思っているのに、時代はそれをそうさせない・・・。袋物の製造が、機械化される時代になり、職人の存在が不要になってしまう、何のための年季奉公だったのか、苦い”かどで”になってしまって・・・。舞台は、職人たちの仕事場の会話が見どころ、聞きどころで、久保田の下町の職人たちへの哀惜にに満ちた会話で、役者たちも、文学座の創立者の一人久保田の芝居を演じるのは格別の心持なのだろう、それぞれ気持ちがじっくり入った芝居をして、久保万の世界を満喫させてくれた。
「舵」は浅草の三社祭の日に、しばらくぶりに家を出て、いろいろあって、葭町の芸者に出て、金持ちの妻になって、ぜいたくに暮らしている姉が、浅草の生家にやってきた。だが、話をする目的の弟が、祭りに以外の人に会って、いつもの限度を超えて酔ってしまって、話ができない、小品だが、浅草の雰囲気が舞台に醸しだされていて、畳の移動などの工夫もいっぱいで、文学差らしい暮れの公演で たっぷり楽しめた。

by engekibukuro | 2016-12-09 07:37  

12月7日(水)M「金色交響曲」

★ーわたしのゆめ、きみのゆめー「ロミオとジュリエット:作:W・シェイクスピア、翻訳:松岡和子」
 1万人のゴールド・シアター2016、さいたまスーパーアリーナ
企画・原案:蜷川幸雄、企画・構成:加藤種雄、脚本・演出:ノゾエ征爾
 蜷川が設立した、高齢者の表現集団「さいたまゴールドシアター」を基礎に、蜷川は生前さらに多くの高齢者の作品をつくりたいと「1万人のゴルド・シアター」を企画、それを蜷川の急逝により、ノゾエが引き継ぐぎ、この大集団劇ために「ロキオとジュリエット」を下敷きにしたオリジナル作品を書き下ろした。テーマは”老人の夢”。。
 参加者は、60歳から91歳、約1600名の高齢者。地元埼玉、東京、神奈川、千葉といった関東圏はもちろん、北は北海道、南は宮崎、アメリカ在住の日本人といった参加者が集う。広大なアリーナを全面的に1600人の参加者が、それぞれの役をおおらかに演じて、ゲストの蜷川の舞台に出演したことがあるこまどり姉妹がこの大集団劇の要になる素晴らしい歌唱で、大会場を盛り上げた。そして、芝居の要はゲストの俳優・木場勝巳が締めた。・・・。ラストに全員で泉下の蜷川幸雄に感謝の言葉をかけた。蜷川さんもさぞ、天空のどこかで観ていて喜んでいただろうと思わせる、大成功の上演だった。

by engekibukuro | 2016-12-08 10:41  

12月6日(火)


 「群像」12月号
 服部文祥「息子と狩猟に」
 都会の狩猟愛好家が、小学校生の息子を連れて鹿狩りにゆく。熊もでる。「本当に獲物と遭遇したのか、白昼夢だったのか、一秒ごとに自信がゆらいでゆく。(中略)あーっと声を漏らしながら地団太踏むぐらいいしか、することがない。」鹿を撃ち損ねた瞬間の父親の心理描写。高揚から落胆へ。命中したとき、しなかったとき。アドレナリンほ行方がどの箇所にも書けている。しかし、実は冬山の鹿狩りは作品の半面でしかない。「あー、大井町警察署、交通課のフジモトです」。冒頭すぐの台詞。「振り込み詐欺」の電話だ。父子の狩りと並行し、詐欺集団の生態が描かれる。組み合わせに面食らう。けれどすぐ説得される。人が自然界で獣を狩るように、詐欺集団は人間社会で無防備な独居老人の財産を狩っている。共に狩りなのだ。狩りを準備し鹿を解体する描写同様に、詐欺集団の手口も綿密に綴られる。詐欺犯のリーダーは少年時代の「獣狩り」の快感を「独居老人狩り」に重ねているようだ。犯罪に向けてのアドレナリンの出方も良く家格書かけている。そして詐欺集団に内紛が起き、リーダーはそこで出た死体を始末すべく冬山に向かう。二つの狩りはついに交差。父子と詐欺犯のどちらが狩られるか。ナードボイルドの傑作だ。
・以上、朝日新聞、片山杜秀の文芸時評に拠る。たしかに傑作だ・・。面白かった。

by engekibukuro | 2016-12-07 07:46  

12月6日(火)


 「群像」12月号
 服部文祥「息子と狩猟に」
 都会の狩猟愛好家が、小学校生の息子を連れて鹿狩りにゆく。熊もでる。「本当に獲物と遭遇したのか、白昼夢だったのか、一秒ごとに自信がゆらいでゆく。(中略)あーっと声を漏らしながら地団太踏むぐらいいしか、することがない。」鹿を撃ち損ねた瞬間の父親の心理描写。高揚から落胆へ。命中したとき、しなかったとき。アドレナリンほ行方がどの箇所にも書けている。しかし、実は冬山の鹿狩りは作品の半面でしかない。「あー、大井町警察署、交通課のフジモトです」。冒頭すぐの台詞。「振り込み詐欺」の電話だ。父子の狩りと並行し、詐欺集団の生態が描かれる。組み合わせに面食らう。けれどすぐ説得される。人が自然界で獣を狩るように、詐欺集団は人間社会で無防備な独居老人の財産を狩っている。共に狩りなのだ。狩りを準備し鹿を解体する描写同様に、詐欺集団の手口も綿密に綴られる。詐欺犯のリーダーは少年時代の「獣狩り」の快感を「独居老人狩り」に重ねているようだ。犯罪に向けてのアドレナリンの出方も良く家格書かけている。そして詐欺集団に内紛が起き、リーダーはそこで出た死体を始末すべく冬山に向かう。二つの狩りはついに交差。父子と詐欺犯のどちらが狩られるか。ナードボイルドの傑作だ。
・以上、朝日新聞、片山杜秀の文芸時評に拠る。たしかに傑作だ・・。面白かった。

by engekibukuro | 2016-12-07 07:46  

12月5日(月)M「SOETSU 韓くにの白き太陽」

作:長田育恵、演出:丹野郁弓、劇団民藝、三越劇場

 長田育恵が劇団民藝に書き下ろした力作だ。
”美学者・柳宗悦は雑器として扱われていた朝鮮白磁の美しさに魅了され、予感に突き動かされるように1916年(大正5)年初めて朝鮮に渡った。磁器の専門家浅田伯教・兄弟と知り合い、宗悦は朝鮮の
美にのめりこんでいく。名もなきものの営み、文化を育む土。おおらかなユーモアと生命力・・・。
 そして失われゆく民族文化のための美術館設立へ。しかし、日本統治下の朝鮮では、宗悦の活動は統治政策の一環だと誤解され、さらに朝鮮独立運動や関東大震災時の痛ましいい事件が、人々の間に亀裂を深めていく。様々な矛盾おなかから掴み取った一握りの確信が、やがて宗悦を日本の民藝運動への構想に導いて行く。”
 この舞台は、日本の朝鮮統治と宗悦の朝鮮の民藝への愛が、相反しさまざまな矛盾の渦巻きを起こしたことをヴィヴィッドに描き、当時の朝鮮の現実を多重的に描いて、しっかりした芝居になっている。宗悦を演じるのは、客演の篠田三郎。だが、劇としてその要素群が拮抗しあうと、主人公宗悦の
姿が、その渦巻の中に巻き込まれて薄くなってしまう懸念もでてきて、難しいところだ。だが、そうはいっても、宗悦の妻のクラシック音楽の歌手柳兼子との関係の面白さなど、魅力的な舞台に仕上がっていた。長田は民藝の舞台で、しっかりした素地を築いたのだ。

by engekibukuro | 2016-12-06 08:02  

12月4日(日)


 真保裕一「ストロぼ」を読む。
 この小説、あるカメラマンの自伝であるが、章立てが50歳から22歳へと逆行する仕組みになっている。第5章 遺影 50歳、第4章 暗室 42歳、第3章 ストロボ 37歳、第2章 一瞬 31歳、第1章 卒業写真 22歳。
 この小説で写真技術というものの複雑さ、深さというものが主人公が、見習いから自分のスタジオをもつまでのプロセスを追ってゆくうちに、自然にわかってきて、改めて写真というもののその記録性、芸術性、そして、一人の人間にとってかけがいのない貴重性があざやかに描かれている・・。
”カメラマンの喜多川はある日、若い女性から余命短い母親の遺影用の写真を撮ってほしいと依頼される。母親はかって喜田川に撮影されたことがあるというが、全く記憶にない。いったいどんな因縁があったのか。(「遺影」)”50歳から22歳までフイルムを巻き戻すようにさかのぼって人生の哀歓を描き出す、味わい深い小説だった。

by engekibukuro | 2016-12-05 09:23