6月20日(日)「フツーの生活・沖縄編」(作・演出:中島淳彦)

中島淳彦 戦中戦後三部作連続公演(長崎編、宮崎編と続く)、紀伊国屋ホール。
 米軍の上陸が迫る戦争末期沖縄のガマ(洞穴)に閉じ込められた沖縄の人々の極限状態の苦難を描く。大けがした敗残のヤマトの軍人も強引に入ってきた。中島は一人ひとりの住民を丁寧に描き、ガマ中の状態を真に迫るように髣髴とさせた。中島の劇作家としての力を如実に感じさせた舞台だ。役者達もきとんと人物になりきっていた。現在の沖縄・普天間の問題、戦争のときは本土の捨石にされ、いまもそれが繰り返されているとき、まことにこの芝居はアクチュアルだ。!どんなひどい状態でもなれれば「フツーの生活」になってしまう人間の現実を中島は見つめている。


▼メモ。ジーン・ベネデイテイ「スタニスラフスキー伝」読了。97年に出版され買いっぱなしになっていた本をやっと読んだわけだが、この時期に読んだのもなにかの巡り会わせだろう。とニかく10代に教わったスタニスラフスキーシステムはソビエト権力によって、社会主義リアリズムのために図式化された教義だったのだ!これで積年にわたるスタシステムへのアンビバレントは氷解した。そして一個の芸術家としてのスタニスラフスキーへの尊崇の気持ちが湧出した。
・福島・函館のローカル・草競馬になってからプラスになった。
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# by engekibukuro | 2010-06-21 11:09 | Comments(0)  

6月19日(土)M「電車は血で走る」劇団鹿殺し

作:丸尾丸一郎、演出:菜月チョビ、東京藝術劇場小ホール。初見だがいかににも大阪でしか出来ない芝居だね。電車の大事故で亡くなった子供の追憶を、工務店の職人達がつくった歌劇団の芝居と絡めて、職人達の哀歓を縫いながらの音楽劇、電車は楽隊の隊列で現されて、さまざまな小ドラマを載せてゆく・・。大阪風のくどさはあるが、独特の劇団だという強い印象は残った。

▼メモ。劇場で隣の野田学さんと観劇。ドトールでお喋り。おもろへ。中川君とK先生。今晩のオランダ戦の視聴率、その時間飲み屋はガラガラだろう。萱のママは4年前にはゲームの時間に誰もこなかったといっていた。劇場は・・?オランダ戦、惜敗だった、残念!
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# by engekibukuro | 2010-06-20 08:20 | Comments(0)  

6月18日(金)S「裂躯(ザックリ」(脚本・演出:下西啓正)

乞局、笹塚ファクトリー。箍が外れた芝居なのは毎度のことだが、今回はちょっと様子が違う。今までは一応整合された体裁がある芝居だったが、今回は親殺しのモチーフは強烈だが、芝居の枠がよくつかめないのに、個々の人物の台詞は芝居の枠から外れたナマのリアリテイがは突出する。セットをはじめ丁寧につくってあるし、役者も下西の台本に懸命に忠実に演じている。客の理解におもねらず、自分のモチーフを堂々と提示し、自分流の芝居を貫徹する態度は感心するが、今回はちょっとついてゆくのが大変だった。

▼メモ。芝居が終わった後、出演者の石村みかさん、マネージャーの吉久さん、谷岡さんと笹塚の居酒屋で飲む。石村さんは扇田拓也さんのパートナーだ。彼女が前にいたMODEのあhなしや、色々芝居の話で弾んだ。
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# by engekibukuro | 2010-06-19 11:00 | Comments(0)  

6月17日(木)M★東京乾電池S★★SISカンパニー

★「海辺のバカ」(作・演出:加藤一浩)シアターイワト。21人の男女の人物が、海辺の喫茶店に出たり入ったりする。バックにはけだるい歌が流れて、トーンが醸成され、人物達は乾電池・柄本メソッドというべきか、ヘタウマ風の演技で統一されている。不可解な出来事も、一見怖いシーンもあるが、すべては海辺のけだるい風景と空気のなかに溶けてゆくようだ。出来事の連鎖は紹介しても舞台の喚起にはなるまい。岩松了の「アイスクリームマン」風というか、岩松の芝居をもっと脱臼させたような、重量を抜いて、実質を希薄にしたような芝居だと感じられ、海辺の話しもエリック・ロメールの映画「海辺のポリーヌ」というタイトルが浮かんできた。独特な引き込まれるようなテイストは一寸類例がないもので、21人の人物もそれぞれ際立っていて、2時間半を飽きるさせなかった。
★★「アット・ホーム・アット・ザ・ジー:第一幕<ホームライフ>第二幕<動物園物語>」(作:エドワード・オルビー、演出:千葉哲也)シアタートラム。1959年に書かれた「動物園物語」に半世紀後「ホームライフ」が加えられた。「ホームライフ」は「動物園物語」のピーター(堤真一)と妻のアン(小泉今日子)の家庭での会話劇。子供も二人いて、何一つ不自由もない中流家庭の休日の会話。妻は倦怠期にさしかかった今の生活に不満を感じ始め、カオスがなくなったという。相当きわどいセックスライフの話までして、ピーターはたじたじだ。このカオスという言葉が、その日の午後の休日習慣である公園での読書をジェリーに妨げられ、ジェリーの風変わりな話に引き込まれる要因になったのか・・・。ジェリーは自分のボロアパートの暮らしを、隣の部屋のオカマの話や色きちがいの中年女の大家の飼っている犬との愛憎に引き裂かれた交渉の話などを、一方的に喋り捲る。中流の生活への憧憬と憎悪からか、最後に自分でピーターに持たせたナイフに突っ込んで死ぬ。ピーターは一生の苦悶をしょわされた。この芝居は二人の関係の解釈が様々あり、解釈に媚びるようなところがある芝居だが、それはおいておいてまずは大森南朋のジェリーの芝居を楽しむのが第一だ。大森はこの風変わりな貧しい青年の振る舞いと考えの提示を孤独感を秘めて魅力的に演じぬいた、残像が確かに消えずに残るジェリーだ。ピーターの手を借りた自殺も、観念的な哲学からではなく、どうにもならない偶然の成り行きだろう。たとえそれが結果的に満足がいった行為だとしても・・・。千葉は「キレイじゃなきゃいけないワケ」の若手俳優、「ブルー/オレンジ」のソンハ、この芝居の大森など若手や舞台にまだ不慣れな役者にイキイキとした面白い芝居を演じさせる優れた技を持っている。最近メキメキ演出力を買われている由縁だ。
▼メモ。今日は2本芝居を観て疲れた。三茶から半蔵門線で神保町までゆき萱へ。サカエちゃんとコナツと四方山話で閉店後盛り上がる。、
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# by engekibukuro | 2010-06-18 15:45 | Comments(0)  

6月16日(水)▼メモ

東武練馬のワーナーマイカルで北野武監督の
「OUTRAGE」を見た。ヤクザ映画だが、ヤクザ
映画の悦楽など皆無。ただ組織と組織の権力
争い、組を生き延びさせるための殺しの連鎖の
みを無機的に描く。権力闘争の論理の形式を
累乗させて淡々と追う。徹底的に北野は醒めて
いる。ヤクザ映画を、政治と権力のメカニズム
を解剖した普遍的な映画に仕立てるのに成功
している。ヤクザ映画がもつカタルシスが絶無
のこの映画は、そのことで深い印象を残す。
武の現代世界にもつている荒涼感そのものだ。
役者は多士済々だが、この映画のマチエール
そのものの英語を喋る金庫番の加瀬亮、ヤクザ
から金を貰い情報を流す悪徳刑事の小日向文
世がいい。
・板橋美術館で「日本の美術運動」展をみた。
館の収蔵品だけの展示だが、なかなか揃って
いる。大正美術から戦後美術まで。珍しかった
のは日本のプロレタリア文化の理論的支柱
だった蔵原惟人の肖像画3点。柳瀬正夢、
村山知義、それと永井愛さんの父である画家
永井潔の3人が描いた。大好きな麻生三郎の
子供の絵があったのが嬉しかったが、会場で
まさに際立っていたのは、酒で命を短くし、路上
で急死した放浪の画家・長谷川利行の少女
を描いた2点。天性の才気がキラキラ輝いて
いた。
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# by engekibukuro | 2010-06-17 09:53 | Comments(0)