8月1日(日)M音楽座ミュージカル「七つの人形の恋物語」

原作:ポール・ギャリコ、脚本・演出:ワームプロジェクト、音楽:高田浩、井上ヨシマサ、石川亮太、ル テアトル。パンフレットに香山リカが原作について「読みはじめは、とても謎めいた怪しげな印象を受けました。幻想物語かなと思いながらページをめくっていくうちに、最後は”人間の話”だということがわかって、とても不思議な気持ちになりました。(中略)そのことを物語として見せていて、なおかつ人形というモノを介在にして表現している。本当に、人間の多面性や複雑さ、多層性を実感させられる物語です」と書いている。音楽座のミュージカルは物語がしっかりしているという定評があり、それを音楽とダンスで無類に高揚させる。その安定感が抜群なのだ。ただ、香山が書いたような、この物語の複雑さが、理解の難度を高くしている。ヒロインのムーシュと人形達の人形劇の舞台での係わり、酷薄な大元の人形遣いキャプテン・コックと人形達とのかかわりが、よく呑み込めない。ナチス台頭の前夜のヨーロッパの複雑さが投影されているようだが、音楽・ダンスは素晴らしいのだが、隔靴掻痒の感を免れなかった。

▼メモ。芝居がはねて、日曜日にもやっている谷中の居酒屋・五十蔵(イスクラーロシア語で火花)に久しぶりに行く。この店は、池袋で開店し、三年前から実家を改装して谷中で始めた。40年来の付き合いだ。シーちゃん、ユウコちゃんの姉妹でやっている。しばらくこなかったから、ユウコちゃんの一人息子の翔太君が結婚して奥さんの実家の蒲田に住んでいるとか、末の妹のアコちゃんに孫が出来たとか、そういう消息をききながらら、ここでも泡盛を呑む。谷根千(谷中、根津、千駄木)の街の人が常連で、この常連のひとたちとお喋りするのが無類に楽しい。
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# by engekibukuro | 2010-08-02 10:28 | Comments(0)  

7月31日(土)M「海港」(作:川崎照代、演出:藤原新平)

演劇集団STAMP、東京藝術劇場小ホール。93年のこの劇団の前身「ぐるーぷえいと」の同じ川崎・藤原コンビでの、鹿児島の港町を舞台にした「塩祝申そう(しおえもそう)」「鰹群(なぐら)」「港の風」の三部作一挙上演が忘れられない舞台だった。この芝居も鹿児島の港町。戦前からタバコと雑貨の商いをしていた店の隣に、区画整理の頓挫で売春宿が出来てしまう。芝居はこの雑貨屋の姑と嫁と、隣の売春宿の女たちとの交流が下地になる。鹿児島は男尊女卑だといわれているが、実際は男は女の力に圧倒されている。この一家の主人も逃げ出している。だからこの一家の姑と嫁は強い女で、この二人の毎日のけんか腰の会話がこの芝居の見所だ。喧嘩しているようで、心底では助け合っている。物語は一寸とらえどころがないが、この姑の矢野陽子と嫁の倉野章子の鹿児島弁での会話(言い合い)は絶品だ。女の強さ、強いゆえの寂しさを肌に感じさせた。ラストの酒屋に店を転じたこの二人が、生まれて初めてビールを飲み、むせ返って、そのとき電話が鳴り、しぶしぶでてもると、長い間消息不明だった息子からの電話だと暗示させる場面は、芝居の終わり方で最良の幸福感にあふれた場面だった。それと、戦争の傷跡が、こういう辺鄙な地方の隅々まで残っているというメッセージが舞台の底から聞こえてきた。
▼メモ。終わっておもろへ。中川、カップル、k先生と常連だが、やっと当選後初めて有田芳生さんがきた。みな拍手。今日は、オレのブログを曲解した、さるデパ地下のレジ嬢へのオレの恋慕の話で盛り上がる。暑さしのぎにはいいか・・・。珍しく津嘉山正種さんが、女性お二人ときていた。津嘉山さんはそういえば沖縄出身だった。酔っ払っていたので、しらないのに声をかけてしまった。失礼しました。
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# by engekibukuro | 2010-08-01 10:13 | Comments(0)  

7月30日(金)M朗読劇「少年口伝隊一九四五」

作:井上ひさし、演出:栗山民也、新国立劇場 演劇研修所(4期生)公演、新国立劇場。原爆の被災に遭い、孤児になった少年3人が、原爆の被災で輪転機が壊れて、新聞発行不能になった中国新聞の代替策で、新聞の記事になるべき情報を町々の街頭で口頭で伝える仕事をする。この少年達の仕事や暮らしが中心だが、井上さんらしく、原爆の投下、被災、その激甚な被害状況の我々がかなり知っている事柄を、改めて3人の少年の物語の背後に、整理して核心をきちんと示した。特に、被災後の廣島が水浸しになった山津波、台風の被害の原爆の被害をさらに累乗化した惨禍の描写は息をのむ。舞台の前面に14人の男女の俳優が椅子に座る、背後に、ギターを弾く宮下祥子。この朗読劇は、2008年の2期生が初演して、3期生、4期生と受け継がれてきたものだ。私は初見だが、、14人がそれぞれのパートをきちんと演じ、廣島弁も自然で、老け役も少年役もちゃんと演じて、これは研修生として当然なはなしだが、総体に演技のレベルの向上が感じられ、この名作を栗山の演出のもとにほぼ十全に表現できていたことを喜びたい。3人の少年はその後原爆症で死ぬ。この少年達の記憶を風化させないために、毎年上演すべきだろう。

▼メモ。芝居が終わって、久しぶりに池袋の地下の喫茶店フラミンゴにより、佐藤優「日本国家の真髄」を読み出す。東武デパートでカツオを買い、今晩は一人なので、檀一雄の「檀流クッキング」のカツオのたたきと、丸元淑生のレシピで鶏レバーのシチューをつくり、ウイスキーを飲み、メシを喰う。
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# by engekibukuro | 2010-07-31 11:17 | Comments(0)  

7月28日(水)S「女の罪」(作・演出:ペヤングマキ)ブス会

リトルモア地下。ペヤングマキは「ポツドール」の旗揚げメンバーで、AV監督でもある溝口真希子。彼女が立ち上げた「ブス会」の第一回公演だ。舞台は、こじんまりしたバー。どこからか紛れ込んできたダサイ主婦らしき女が、カラオケで熱唱している。アクンターには風俗の女、バイトのハタチの女の子、マダムは巨乳をほこるグラマー、あとからパッパパーの子持ちのキャバクラ嬢。この5人の女が繰り広げる女の裏と表。ペヤングマキは、”全ての女が嫌いでもあると同時に愛おしくもあろます”と語る。そんな彼女の女に対するアンビバレンツな感情が、女の恋愛、結婚、出産、浮気を巡っての性愛の種々相を突き放して描き出し、狭いkバーはどんどん煮詰まってくる。そのリアリイテイの凄まじさは、女の悩みのタネである男から見ると、慄然としてタジタジになる。話の細部の転調が見事で、女優連も捨て身の頑張りで、「ブス会」は類をみない芝居を立ち上げたといっていい。
▼メモ。来春開場する神奈川藝術劇場:KAATの「ラインナップ発表」会が渋谷の東急ホテルで開かれた。藝術監督宮本亜門が、まずクリエイテイブパートナーを紹介した。首藤康之、岡田利規、岩城京子の諸氏。ついでライインナップは、杮落としは宮本演出の三島由紀夫「金閣寺」だが、1月後半に長塚圭史演出の三好十郎「浮標」、3月に三浦基演出の芥川龍之介作「Kappa/或小説」、杉本博司の杉本文楽「曽根崎心中」、2月には岡田の新作「ゾウガメのソニックライフ」も上演される。長塚、岡田、三浦と現在では最強の前衛作家を主力にしたのは、一大見識で亜門監督下のKAATの活動は大いに期待できる。大変だろうが頑張って欲しい。
・柄谷行人著「世界史の構造」(岩波書店)読了。世界史の現在は、もうほとんど行き詰まっていることを感得させてくれる本だ。世界史を交換様式AからDで読み解くというのがこの本の基調だ。その交換様式の基礎は主にカント、ヘーゲル、マルクスの業績からだ。だから、カント、ヘーゲルはおろかマルクスさえほとんど読んでいない私は、この本の理解はほとんど出来ていないだろう。柄谷の文体をたどる感覚的なもので最後までよみとおしただけだ。ただカントの「他者を手段としてのみならず目的として扱う」という道徳律と、著作「永遠平和のために」の国際連盟についての論述が、戦争の惨禍により第一次大戦後に国際連盟、第二次大戦後に国連とと実現され、柄谷の目指す「世界共和国」へは、再三次大戦によって実現されるのか・・・という問題構成は解った気がした。これくらい難しい論述でも、今の世界は読み解けない難所にきているようだ。だから、今の論壇の論文がなんの手ごたえもないのは当然なんだりう。有識者と無識者との差異が歴然として、あいまいなインテリまがいはまったく無用。そのことがわれに返って、解っただけでも読んだ甲斐があった。
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# by engekibukuro | 2010-07-29 13:38 | Comments(0)  

7月27日(火)▼メモ

▼シネシャンテでスコット・クーパー監督の「クレージーハート」を見る。この映画でアカデミー賞のオスカーを獲ったジェフ・ブリッジスが、落ち目のカウントリーミュージックの歌手を演じる。一種のロードムービーで、かっては人気絶頂で才能溢れるシンガーだったが、酒びたりが嵩じてどんどん下降、いまは小さな町のボーリング場の片隅や、居酒屋で歌い、旅から旅への毎日だ。それでも昔のファンが必ず一人や二人はいるのだ。そんないまや57歳の彼にも煌くような恋に恵まれて、それも一瞬にして消える・・・。まあ、ラストはハリウッド映画の予定調和に収まってしまうが、ジェフ・ブリッジスの演技は凄いとしかいいようがないし、シコット・クーパー監督は、涙腺を刺激させるシーンを続出させた。もちろん、全般カウントリーミュージックが流れる。福田和也がカウントリーミュージックが、一番アメリカの深層のリアリテイを表出している音楽だといっていたが、言葉はわからなくても、それは十分感じられた。

▼今週の週刊SPAの福田和也と坪内祐三の連載対談は、亡くなったつかこうへいの話。そこで坪内が、年に100本以上芝居を観る演劇評論家を”そんなに観て、うんざりしないのかね”といって、演劇でも映画でも一つのジャンル観ない批評家が多い、そういうジャンンルjを横断的に体験するのが重要なのにと・・。そういえば何十年も芝居の周辺にいるが、美術だと会田誠あdとか、映画ではクリント・ウーストウッドの話や、村上春樹の「1Q84」を読んでも話し相手がいない・・・・。
・映画の帰りに久しぶりに日本橋のたいめいけんで昼飯にロースカツを食べた。さすが老舗の洋食屋tのカツは美味い。
・昨日前歯が前触れもなくポロリと抜けた。出版健保の歯科へ。抜けた歯をもっていったら、ソレを入れなおして済んだ。もっとも春にその歯を入れてくれた先生だったが・・・。
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# by engekibukuro | 2010-07-28 09:46 | Comments(0)